第14話 勇者と、丸裸の理由
午後、中庭。
穏やかな木漏れ日が差し込む、生徒たちに人気の中庭に、突如として異変が起きる。
ふっと現れた渦のような何かが、空間を歪ませる。
「あれ、何かしら?」
モルディナとカトレアが並んで歩いていた、その時。
光が収束し――
ひとりの青年が現れる。
「……来たか。やったぞ!」
ゆっくりと顔を上げる。
「ついにこの世界にも――」
一歩、踏み出す。
「俺という名の勇者がな! ハハハハ。」
沈黙。
モルディナとカトレアが、じっと見ている。
「……ねぇ」
モルディナが小さく呟く。
「あなた、何者? そんな物騒な物をもって、誰を倒しに来たの?」
勇者は一瞬、固まった。
「は?」
(なんだこのゴージャスな2人は?)
カトレアが続ける。
「この国、ドラゴンも魔族の侵攻も、全く確認されていないのだけれど?」
(いやいや、そんなことはない)
一拍。
「勇者って、必要かしら?」
沈黙。
勇者の眉がぴくりと動く。
「……いや待て!」
声を荒げる。
「この世界には魔王がいるだろ!」
指を突きつける。
「だから転移してこれたんだ!」
「俺が必要だからこの世界に呼ばれたのさ!」
(ん、なんか変なこと言ったか?)
一瞬、間。
そして。
モルディナとカトレア。
「……ふっ」
笑いを、押し殺す。
「それ、本気なの?」
モルディナ。
「あなた、昔なら秒で抹殺されてたわよ?」
カトレアも淡々と。
「ええ。本当に運がいいわね」
勇者の表情が引きつる。
「……ふふふ、何を言ってる」
無理やり笑う。
「俺がどこから来たか、分かってるのか?」
一歩、前に出る。
「こんな文明とは天と地ほどの差がある世界だ」
腕を広げる。
「“力”の格が違うんだよ」
静寂。
モルディナが肩をすくめる。
「いいわよ」
カトレアも頷く。
「折角だから見てあげるわ」
勇者は口元を歪めた。
「はは、後悔するなよ――」
「こんなこともあろうかと」
大きく見せるために胸を張る。
「日々ゲームでスキルを磨き――」
「レベルもカンストまで上げてきた」
目をつむり、そしてゆっくり開きドヤ顔。
「配信だって伸びてきてたんだ」
「知名度もそこそこだ」
大層に腕を広げる。
「オレの強さに、驚くなよ!」
沈黙。
モルディナとカトレアが、じっと見ている。
「……で?」
モルディナ。
「何をするつもりなの?」
勇者はニヤリと笑った。
「決まってるだろ」
手を掲げる。
「まずは軽く挨拶の一発――手加減するから安心しろ」
詠唱。
「雷鳴よ轟け! サンダーブラスト!!」
――シーン。
風だけが、吹いた。
沈黙。
勇者、無表情で固まる。
「……あれ?おかしいぞ、調整しすぎたか」
もう一度。
「雷鳴よ轟け! サンダーブラスト!!」
――シーン。
完全な無音。
(……おかしい)
(詠唱は合ってる)
(スキルも覚えてる)
(なのに――)
「なんで出ない?緊張のせいか、それとも湿気の問題か」
焦り。
「いや待て、落ち着け」
こめかみに手を当てる。
「そうだ、ステータス確認……」
視界に、見慣れたウィンドウ。
だが。
「……は?」
5秒くらい息もせず固まる。
「え?」
目をつむり、冷や汗を感じる。
「なんで……」
震える声。
「レ、レベルが……」
指が止まる。
「……(はてな)?999って出ない?」
沈黙。
モルディナ。
「さっきから何してるの? 早くしなさいよね」
カトレア。
「全く騒がしいだけね」
勇者は顔を上げた。
「お前ら……何した?」
二人。
「?」
本気で分からない顔。
「何よ、何もしてないけど」
「ええ。ずっと見ていただけよ」
勇者の呼吸が乱れる。
「そ、そんなはずはない!」
ジリジリと後ずさる。生徒たちの視線が痛い
「レベルが消えるなんてありえない!」
「誰かが干渉したはずだ!」
沈黙。
モルディナとカトレア。
ちらり、と視線を交わす。
そして。
同時に、小さく笑った。
「……ああ」
「なるほどね、それ」
ぴたりと合う声。
「セラフちゃんだわ」
「セラフィナイトね」
勇者が振り向く。
そこには。
「こんにちわ!」
いつも通り。
ぺこり、と一礼するセラフ。
澱んでいた空気が、一気にやわらぐ。
固まっていた勇者、さらに固まる。
「……あ、あ」
モルディナが肩をすくめる。
「たぶんアレね」
カトレアが続ける。
「レベルっていう概念ごと――」
一拍。
二人、同時に。
「挨拶で浄化されたのね」
「レベルなんてそんなランクのようなもの、ここには関係ないもの」
モルディナが諭すように言う。
「不浄の証として消え去ったのよ」
カトレアが続く。
沈黙。
風が、静かに吹いた。
セラフはきょとんとしている。
「まぁ?」
理解者、ゼロ。
勇者の世界だけが、完全に終わっていた。
勇者は、もうずっと動けなかった。
動くのが恥ずかしかった。
ゆっくりと、顔を上げる。
「……いや」
震える声。
「いやいやいや」
首を振る。
「レベルがダメでも――」
手を握る。
「スキルはあるはずだ!」
指を鳴らす。
「インベントリ!」
――無反応。
「……は?」
もう一度。
「インベントリ!!」
――沈黙。
「装備変更!」
――沈黙。
「ステータス強化!」
――沈黙。
「クイックスロット!」
――沈黙。
「……」
「……なんで?」
モルディナ、ぼそり。
「ほらやっぱり、全部“システム依存”なのね」
カトレア、小さく頷く。
「概念ごと消えているなら当然よ」
勇者、硬直。
「……じゃあ」
最後の希望に託す。
「フィジカルなら……!」
ダッ、と地面を蹴る。
「うおおおお!!」
何を目標にしてるのかもわからず、ただ剣を振りかぶる。
――スカッ。
盛大に空振る。
バランスを崩す。
そのまま転び、顔の隣に剣が突き刺さる。
「ぐえっ」
完全に静止している。
モルディナがゆっくりと近づき、
「何よそれ?何のパフォーマンスよ」
カトレアは動くのもやめ、
「勇者なのに一般人以下ね」
勇者、地面に伏したまま。
「そんな……」
小さく、呟く。
「俺……最強のはずだったのに……」
沈黙。
そのとき。
セラフが、そっと近づいた。
「大丈夫ですか?」
穏やかな、女神のようなやさしい声。
勇者が、顔を上げる。
「……」
一瞬。
泣きそうな顔。
セラフは、にこりと微笑んだ。
「膝と肘が擦りむいてますよ。これ絆創膏です。」
ぺこり。
その瞬間。
勇者の肩から、ふっと力が抜けた。
「……あ」
ぽつり。
「なんか……暖かい。どうでもよくなってきた」
沈黙。
モルディナが憐れみ、
「精神まで浄化されてるわね。ズルいわ。」
カトレアも続く
「早すぎるでしょう……」
勇者は空を見上げた。
「……帰ろうかな」
ぼそり。
「うん。そうしよう。」
小さく頷く。
「配信、続きやろ。待ってる人がいるんだ!」
完全に現実へ帰還。
モルディナがはぁーっとため息をつく。
「じゃあ、早いとこ帰りなさい」
カトレアも淡々と。
「もはやここに居る必要もないでしょう」
勇者は立ち上がる。
一度だけ、セラフを見る。
「……ありがと」
何に対してかは、分からないまま告げる
だが次の瞬間。
「――待て」
空気が、わずかに重くなる。
勇者は恐る恐る振り向く。
そこにいたのは――
長身、長髪、鋼のような体躯のヴォルガド。
ゆっくりともったいつけて歩み寄る。
生徒たちがざわつく
「余に、不眠の呪いをかけたのは――お前か?」
静寂。
次の瞬間。
「し、し、し、し、知らないです!!」
顔面蒼白。
「初対面です!! ほんとです!! すみません!!」
土下座しかける勢い。
ヴォルガド、じっと見る。
そして。
「ほう……確かに違うな」
小さく呟く。
「確かに、こんなに殺気が弱くはなかった」
興味を失ったように背を向ける。
勇者、全力で頷く。
「はい!! すみませんでした!!帰ります!!」
再び空間が歪む。
光。
だが――何も起こらない。
消えない。
沈黙。
セラフは首をかしげる。
「まぁ?」
モルディナとカトレア。
小さく肩をすくめる。
「……ふん」
ヴォルガドが憐れみを向ける。
その場に取り残されたままの、10分間の勇者。
「か、帰れない! どうしたら…」
すっかり心も折れた勇者
いつもとは異質で、生徒たちも呆気に取られていた。
「あの、お名前お伺いしてもよろしいですか?」
そこに、女神の微笑みがあった。
「ジェ、ジェイル・リスターと申します!」
「まぁ、素敵なお名前ですね。わたくしはセラフィナイトと申します。セラフとお呼びくださいね」
「は、はいセラフさま」
思わず「さま」をつけてしまう圧倒的な存在に、彼の心は堕ちてしまった。
「堕ちたわね」
「そうね」
「無理もないだろう」
勇者ジェイルどうなる?




