第12話 第二聖女カトレアと、勝てる気がしない理由
聖サーヴァント学園の中庭。
午後の柔らかな日差しを切り裂くように、凛とした、しかしどこか傲岸な空気が広がっていた。
中心に立つのは、白銀の髪をなびかせた一人の少女。
王国第二聖女、カトレア・ルミナス。
その澄んだ蒼い瞳には、揺るぎない選民意識と、聖職者としての誇りが宿っている。
「私はこの国の加護を司る者。今、世界が必要としているのは、混沌を打ち払う絶対的な聖女の力です」
通る声が中庭に響き、生徒たちは固唾を呑んでその威光を見守る。
カトレアの視線が、標的を射抜くように固定された。
そこに立つのは、あまりにも無防備で、あまりにも「普通」を装った少女。セラフィナイト・ゴールドステインである。
「貴女を、聖女候補生として相応しいか試させてもらいます。……覚悟はよろしいかしら?」
「まぁ。滅相もございませんわ。わたくしのような者が、カトレア様のお相手だなんて……光栄ですわ」
深々と頭を下げるセラフィナイト。
その背後で、魔王ヴォルガドが退屈そうに腕を組み、鼻で笑った。
「ところで」
カトレアは一歩踏み出し、探るような目を向ける。
「貴女、第三王子からいきなり求婚されたそうじゃない。一体どんな手を使ったのかしら?」
「い、いえ! プロポーズだなんて! ただのお隣さんとしての、親愛のご挨拶をいただいただけでございますわ」
「……お隣さん?」
「はい。今度、私のお隣さんたちとご一緒して、王子様のお城を拝見する許可をいただきましたの。とっても楽しみですわ!」
周囲がざわめく。王城への招待を「近所の散歩」感覚で語る少女に、カトレアの眉がぴくりと動いた。
「……なるほど。では、その余裕がどこまで持つか、聖女の魔力で直接問わせてもらうわ!」
カトレアが即座に掌をかざし、高位の詠唱を紡ぐ。
「――エクスタ・バインド!」
空気が爆ぜ、目に見えない拘束の鎖がセラフィナイトを包囲する。
ヴォルガドの瞳がわずかに細まった。
(ほう。初手から手加減なしの高位拘束魔法か。……だが)
その瞬間、セラフィナイトの瞳が微かに揺れた。
(……いけません。このままでは、足元の花壇のお花さんたちが、魔法の余波で萎れてしまいますわ……!)
彼女は静かに、祈るように胸の前で手を合わせた。
直後、カトレアの放った魔法の軌道が、まるで見えない手に導かれるように空へと逸れた。
束縛の力は虹色の残光を撒き散らしながら、雲の彼方へと消え去っていく。
「すみません! 失敗してしまいましたわ!」
セラフィナイトは慌てて謝罪した。
観衆には、ただカトレアの魔法が狙いを外したようにしか見えなかった。
だが、放った本人であるカトレアだけは、その戦慄に総毛立っていた。
「……貴女。今の、何を……?」
「いえ、ただお祈りしただけですわ。お花さんが影響を受けないように」
カトレアは沈黙した。
計算外だ。自分の魔力が、あんなにも「優しく」いなされるなんて。
「……いいわ。ならば、貴女自身の力を見せなさい。隠さずに!」
セラフィナイトは困ったように微笑み、静かに目を閉じた。
「では……皆さんが今日も、幸せでありますように」
――世界が、一変した。
風が止まり、中庭全体が黄金の祝福に包まれる。
枯れかけていた花が一斉に咲き誇り、空には二重の虹がかかった。どこからともなく小鳥が集まり、少女の周りで歌い始める。
「……また世界を祝福したな。加減を知らん女だ」
ヴォルガドが呆れたように呟く。
光が収まり、セラフィナイトは照れくさそうに笑った。
「えへ。わたくし、これしかできませんもの」
カトレアは動けなかった。
自分が一生をかけて到達しようとしていた「神の奇跡」を、この少女は挨拶ついでにバラ撒いている。
「……これは」
震える声で、彼女は呟いた。
「勝てる気がしないわ……」
誇り高き第二聖女は、崩れ落ちそうな心を必死に支えながら、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
――勝負にすら、なっていないわね。
カトレア、君なら大丈夫!




