幸せにしたいのです
八年経って、立派な体躯の騎士となった漆黒の王子様は、とてもワイルドなイケメンさんだ。
もちろん令嬢方にも人気はあるものの、本人の無愛想さで騒がれることは少ない。リラとの噂も、その一因なのだろう。
やっとそのことを自覚したリラは、アポも取らず騎士団の訓練所へと足を向けた。
今日は休息日とのことなので、臣籍降下した後に住む元王族としては控えめな屋敷まで出向く。
出迎えた執事は、ぴくりとも表情を動かさないまま、リラを応接室へと案内した。
「息災か」
「変わりありません」
いつもの挨拶を交わし、向かい合って腰掛ける。
無言。いつも通りならば、確かに無言。けれど、今のリラは少々そわそわしてしまう。
「で、殿下」
「なんだ」
「……わたし、殿下が好きなんですけど」
「そうか。俺もだ」
どうしよう。告白のつもりが、会話が終わってしまった。気まずい。
二十五歳にもなって、浮いた話が一つもないリラは、そわそわしつつも打開策を考える。
「その、……ええと、もらってくれますか?」
「ああ」
「婚姻って意味ですよ?」
「ああ」
「ちょっと! 会話をしましょうよ!」
投げ返して来いと怒れば、ふっ、と小さく笑う気配。
珍しいなと見てみると、ほんの少し、耳の先が赤い。
────もしかして、照れてる?
ものすごくわかりづらいが、もしかしてこれは照れ隠しなのだろうか。
見極めようと眉間に皺を寄せて凝視するリラを、あたたかな色を称えた漆黒が見返す。
「もう、いいのか」
「え?」
「一人で頑張りたい欲は、概ね満足できたか?」
あ。そうか。
すとんと腑に落ちて、やや呆然としながら頷きを返す。
この人は、リラが自分の足で立ちたいことも、その間は誰かに支えられたくないことも、きっと気づいていた。
やりたい、やるべきと思うことをやり尽くすまでひたすら待つのが、この人の想いの示し方だった。
そして、それは、それこそが、リラの欲していたものだ。
リラ自身すら自覚していない本音を拾い上げて尊重するほど、この人はリラを一途に想ってくれていた。
「殿下……」
声が震える。目頭が熱くなって、眉間にさらに皺を寄せた。
ああだって、出会った頃のリラはただの平民で、王族との恋愛だなんて考えもしなくて。
ときめきはあっても、それより優先したいことが山ほどあって。
そのどれもを、この人は黙ったまま見守っていた。
「……好きです」
いつからかは知らない。でも、いつの間にかリラの心の真ん中にいた人。
ピンチになると必ず現れるのは、偶然でも王子様だからでもない。
ただ、この人が一心にリラを見ていたから。
「好きです……」
「ああ。俺もだ」
努力しか知らない、意地っ張りのリラをそのまま受け止めてくれる人。
それが王子様だったなんて、どんなおとぎ話だろう。
「俺だって、やりたいようにやってきた」
「……そうですか?」
「ああ。たとえばこの屋敷には、すでにおまえの部屋がある」
「えっ」
「婚姻式の準備も万端だ」
「ええっ」
「俺は俺のしたいように、おまえはおまえのしたいように。この八年はあるべき期間だった」
びっくりするような事実を淡々と明かし、想定内だと笑う顔が憎たらしい。
泣きそうな気分も吹っ飛んで、思わず笑ってしまう。
ああ、そうか。そうですね。必要な八年間だった。
お互いの夢を叶えるために、きっとあるべき時間だった。
「俺は、もう王子ではない。残り物でよければもらってくれ」
思ってもいないくせに、リラの気持ちを軽くするためにそんなことを言う。
不器用で無愛想な愛情は、学園時代からずっと近くにあった。
「はい。ギリアス様、わたしと婚姻してください」
名前を呼んだだけで、そんなに嬉しそうに笑うのなら、これからは少し意地っ張りも控えよう。
これから先は、この人を幸せにすることが、リラのしたいことだ。
「リラ」
低く響く声に、甘さが加わる。
いつもと同じ距離。けれど、きっと明日はもう少し、新しい色に変わっているはず。
「出会った時からずっと、おまえが好きだったよ」
この人の深い深い想いを、リラが同じだけ返せる日まで。
どうか、隣で。
長くなりましたが、いったん完結です。
お粗末様でございましたm(*_ _)m




