お口の悪い上司ですがいい人です
官僚試験に合格して、八年の月日が経った。
リラはもりもり仕事に邁進し、平民出身であることも女性であることも気にならないほど生き生きと働いている。
故郷の孤児院は立派に建て替えたし、鶏も飼った。
月々の仕送りをしつつ、孤児たちが一人前になれるよう、教育面でもサポートしている。
学園への寄付も怠らない。銅像を建てようという申し出は、丁重にお断りしたけれど。
「ところで、あなたはいつ婚姻するんです?」
前触れなく上司から投げかけられた問いに、思わずリラは持っていた書類を取りこぼすところだった。危ない。
今リラは、国庫を管理する財務室の補佐官だ。つまり、上司とは財務長官である。
あからさまに狼狽えるリラに、長官は大きくため息をつく。
「前監理長官に大見得を切ったそうじゃないですか。その時が来たら、掴み取るんでしょう?」
侯爵様、なんで言いふらしちゃうんですか……。
あっさり監理長官を引き継いで領地に帰ってしまった恩人を、心の中だけで詰る。
いや、わかっている。自分がいなくなった後、リラをよろしく頼もうと思ってくれたことは。
だけど、なんでそんなことまで。
「殿下はとっくに適齢期を過ぎて、継承権も返上されましたよ。あなたも充分、名がある。実力で男爵位も賜ったでしょう。何があなたを躊躇わせていますか」
正直、漆黒の王子様がまったく隠さないお陰で、彼の想い人がリラであることは周知の事実だ。
そして、リラとしても好ましく思っているのは本当で。
王位継承権を返上した第四王子は、騎士として生計を立てている。
血筋は王家だが、爵位は一代限りの大公位。政治的に必要な縁談にも年齢などの都合が合わず、未だに独身を貫いている。
八年は、決して短い時間ではない。
それでも、仕事にばかりかまけるリラに、漆黒の王子様は想いを告げるでも急かすでもなく、ただ静観している。
それはまるきり、学園での二人のようで。
あの頃から変わっていない自分の幼さに、リラはちょっぴり落ち込んだ。
「正直なところ、今の殿下に政治的な旨みはさほどありません。婚姻してもしなくても、相手も誰でもいい」
「長官、言い方……」
「しかし、あなたは別ですよ。平民出身者で官僚になったのは、今も昔もあなたただ一人。しかも女性。引く手数多なのはあなたの方だ」
「え」
「あなたは年齢的に行き遅れだと呑気に構えているかもしれませんが、そんなの誰も気にしませんよ。嫁いでもらえるだけでも箔がつきます」
「そうなんですか……?」
「当然でしょう? 平民時代からアデット侯爵の後ろ盾を得て、平民出身者唯一の官僚になり、実力で爵位を得た上、その美貌だ。私やアデットがどれだけの羽虫を払ってきたか」
全然知らなかった。言葉を並べられれば、なるほどなとは思うものの。
でも、そうか。いつの間にか『その時』は訪れていたのか。
「午後休ください」
「さっさと行きなさい」
素っ気ないけれど情の深い上司に感謝し、リラは財務室を飛び出した。




