これが目に入らぬかー?
王宮の門にたどり着くと、あんまりにも汚らしい格好のリラを警戒したのか、門番の騎士がザッと前に出た。
リラは無理に進むことはせず、足を止める。
胸元から宝物を取り出して、深呼吸。────大丈夫。きっと、大丈夫。
「王立学園最終学年、特待生リラと申します!」
淑女の嗜みを身につけたのは、きっと今この時のためだ。
凛と背筋を伸ばし、腹に力を込めて、声を振り絞った。
ぐらっと視界が揺れたが、奥歯を噛み締めて耐える。
「ジルベル・アデット侯爵閣下にお目通り願いたく! 閣下のご許可は得ております!」
掲げたのは、壁のように大きく恐ろしく見透かす目をした本物のお貴族様から預かった、あの日のブローチ。
宝物というか、もはや恐怖から肌身離さず身につけていたけど、あの方の言う通りだった。
ざわりとしたのは一瞬で、すぐに門番がブローチを改め、門の内側に入れられる。
ブローチの威力すごいな。思わず感心してしまう。
ふらつく身体を支えようとしてくれるけど、今少しでも寄りかかっては、きっと気を失ってしまう。
まだだ。まだ、リラは立っていなければならない。
ぜいぜいと呼吸をしながら、付き添うように傍に騎士がつきながら、ゆっくり、ゆっくり歩く。
ああ、目が霞む。背中が寒い。寒い。
「────リラさん!」
呼ぶ声にハッと顔を上げると、貴族らしからぬ駆け足でこちらに向かってくる新緑を見つけた。
その後ろには漆黒の王子様の姿もあって、自分でも意外なほどにホッとした。
「……侯爵様」
「リラさん! ああ、これは痛いね。よく来てくれた」
「侯爵様、殿下。……助けてください」
リラだけでは、もう、これ以上どうしようもない。
素早く前に出た漆黒の王子様が、ぐいっと身体を抱き上げる。びっくりするほど軽々と。
「あとは任せろ」
「そうだよ、リラさん。よく頑張ったね。ゆっくりお休み」
薄れていく意識を必死につなぎ止めながら、リラはなんとか口を動かす。
「でんか」
「なんだ」
「言うの、おそくなって、ごめんなさい」
本当は、ちゃんと知っていた。
漆黒の王子様はいつも、リラが助けを求めるのを待っていた。
言いたいことはあるか、してほしいことはあるか、と目が問いかけていたことも。
リラが助けを求めればすぐにでも動けるよう、いつだって備えていてくれたことも。
助けを求めない者に、上位の者が自ら手を貸すことはない。
まして、王族と平民だ。進んで施すわけにはいかない。
だから、漆黒の王子様は万全に構えながら、いつもリラの言葉を待っていた。
そうできなかったのは、リラの我儘と意地と強がりのせい。
「まったくだ。意地っ張りめ」
「官僚試験の結果、教えてください……」
「わかったわかった」
途切れる寸前に聞いたのは、少し笑みを含んだ低い声だった。




