前世のリラだって頑張ったのです
怪我や痛い表現があります。
お尻が跳ねるほどスピードを出す馬車の幌を小さく上げてみると、まだ王宮がそれなりに大きく見えた。
学園からはまあまあ離れてはいるが、王都は出てない。
────よし。飛び降りよう。
脅し目的なのか、はたまたもっと最悪な目的なのかはわからないが、解放されないことだけは確実。
帰らないわけにはいかないのだ。なんたって、明日は官僚試験の合格発表の日。
熱を出そうが這いつくばろうが、行かない選択肢はない。絶対にだ。
幸い見張りはいない。
まあ、彼らの知る令嬢は、走る馬車から飛び降りたりしないのだろう。普通はしないけど。
慎重に、跳ねて着地する瞬間を見計らい、荷台を蹴った。
「……っつ、いたぁ……」
受け身は取ったつもりだが、意味があったかはちょっとわからない。
草むらを狙ったとはいえ、全身激痛で息が止まった。息をしているだけマシか。
しばらくじっとして、そろそろと身体を動かす。
首も、手も、足も、うん。大丈夫、動く。右の足首が若干怪しいけど、歩けないほどじゃない。
念のため、制服のスカーフを足首にきつく巻いてから、リラは立ち上がった。
「……ふざけんじゃないっての」
誰が何の目的でこんなことをしたのかは知らない。
でも、正面からやり合う度胸がないなら、ただの臆病者と何が違う。
陰口だの嫌がらせだの、子供じみたことばかりして、しまいには他人頼み? 貴族の誇りはどこいった。
リラは、本物を知っている。
きっとあの方や漆黒の王子様は、こんな姑息なやり方はしない。プライドが許さない。
彼らについてなんにも知らないけど、わかる。本物かどうかくらい、平民にだってわかるんだ。
舐めるんじゃない。
努力と根性と粘り強さなら、リラは絶対に負けない。
ぐいっと額から流れる血を拭い、暗闇を睨みつけて、リラは駆け出した。
不格好で、汚れまみれで、ちっとも優雅じゃない。けど、それがどうした。
たかが人生なんて、誰もが泥臭く生きてくもんだ。
リラは一度生きて死んで、これが二度目の人生だ。
でも、たかが人間。やっぱり泥臭くいくしかないんだ。それでいい。
とっくに限界を迎えた心臓が痛くて、呼吸にヒューヒューという音が混じっても、リラは足を止めなかった。
歩くより遅い足取りでも、片方の視界が完全に塞がっても、手足の感覚が鈍くなっても。
ゆっくりと、夜が明けていく。
真新しい太陽が生まれて、産声を上げた世界が色づく。
分かれ道で、リラは一瞬、足を止めた。右に行けば王宮、左なら学園。
身汚い平民にはハードルの高い王宮か、一応は立ち入りが許されている学園か。
ぎゅっと胸元の宝物を握り込み、深呼吸をして、リラは王宮を選んだ。
息が、苦しい。心臓も喉も痛い。右足の感覚がない。顔面の半分は流れっぱなしの血が固まっている。
「まけるもんか」
神父様。本当はね、リラは知っている。前世で死んだ時のこと。
心配させたくなくて、わからないと嘘をついたけど。ごめんね。
今みたいに、リラは学校や会社で苛められてた。
こそこそ聞こえる噂、くすくす広がる笑い声、でも誰一人リラに話しかけないし、話しかけても無視される。
リラは、自分で自分をころしたの。
思い出した時は、飛び上がってびっくりした。だって、今のリラとは全然違うんだもの。
リラには神父様もたくさんの兄弟たちもいて、たまには一人になりたいと思うくらい一人じゃない。
でも、もしも一人きりだったら? こんなに頑張れるわけはない。
今なら、前世のリラみたく抱え込む性格でもなくて、苛められたら倍返ししてやろうと思う。
だからちょっぴり、前世のリラの分もやってやろうって気持ちも、あるんだよ。
だからね、今世は負けないって決めたんだ。
リラは負けない。負けないために、必要なら他人にも頼るんだ。




