第4話
デイモンドもその声を聞いたわけだし、何より、目の前でジェリーナがぶん殴られたのを見て、死ぬほど慌てたんだろうな。とても男の喉から出たとは思えない、「ひえぇ」って感じの情けない声を漏らして、その場に尻もちをついたんだ。
そんなデイモンドに、エレーンはゆっくりと近づき、また、酒のボトルを振り上げた。……大きな声じゃ言えないけどさ、俺、その時、『いけ! そのクソ男もやっちまえ!』って思ったよ。
でもさ、エレーンは、ボトルを振り上げたまま、動かなくなったんだ。
……彼女、泣いてたよ。
そして、ぽつりと、呟いた。
「デイモンド、どうして、私を見てくれなかったの……?」
……ってさ。
デイモンドからの返事は求めてないみたいな感じでさ。
唇が、小刻みに震えてるんだよ。
開かれた口から、魂が抜け出てしまってるように、俺は感じたな。
エレーンは、ぽつり、ぽつり、ぽつりと、まるで、小石でも吐き出すみたいに、一人でしゃべり続けたよ。俺、彼女がなんて言ってたか、全部覚えてるんだ。……あんまりにも、悲痛な声で、かわいそうだったから。
「どうして、私とのデートにいつもジェリーナを連れてきたの……?」
「私が嫌がってるのに、どうして、やめてくれなかったの……?」
「ジェリーナが私をからかって笑うのを、どうして止めてくれなかったの……?」
「私を、無視しないで……私を、いないものみたいに、扱わないで……」
「デイモンド……あなたのこと、本当に好きだったのに……」
「あなたも、私のこと、好きだって言ってくれたのに……」
「二人なら、きっと幸せになれるって、信じてたのに……」
それだけ言い終えるとさ、エレーンも、パタッて倒れちゃったんだよ。
そりゃ、そうだよな。
あれだけ強い酒を一気飲みしたんだ。
これまで意識を保ってただけでも、すごいことだよ。
それで、エレーンも、ジェリーナも、病院に運ばれた。
不幸中の幸いと言うべきか、エレーンはあまり腕力のない方だったらしくてさ。ジェリーナの頭には、大きなたんこぶ以外に、出血も裂傷もなく、殺人にはならなかったんだ。
……もっとも、エレーンは、ジェリーナを殺してやりたかったんだろうが、あんなくだらない女のために、殺人犯になることはないよな。
えっ?
なんで病院に運ばれた後のことまで知ってるのかって?
俺、ラウンジをクビになった後、エレーンがどうなったのか気になってさ、彼女のことをあれこれ調べたんだよ。それで、色々なことが分かったのさ。エレーンとデイモンドの、出会いについてもね。
エレーンは、かなり格式高いおうちのお嬢様で、男に対して、全然免疫がなかったらしい。それが偶然、あのデイモンドと出会って恋に落ち、あっという間に、婚約まで結んじまったそうだ。純真な娘にありがちだが、一度好きになると、もう一直線って感じだったんだろうな。
だが、デイモンドは見てくれが良いだけの、最低の男だった。エレーンと出会うまでも、散々女の子をとっかえひっかえして、時には二股、三股をかけるのも、当然だったらしい。
さらにひどいのは、デイモンドの近くには、常にあのジェリーナがいるってことだ。昔からジェリーナは、デイモンドと付き合う気もないのに、いつも彼にまとわりつき、恋人とのデートにくっついて行ってたそうだ。
その理由が、また最低なんだよ。
ジェリーナは性格の曲がった女で、幼馴染であるデイモンドが、恋人よりも自分を優先する姿を見ると、たまらない優越感と快感を覚えるらしくてね。自分の恋路なんかそっちのけで、デイモンドに引っ付いてたってわけだ。まったく、どうかしてるよな。
しかもデイモンドは、『シスター・コンプレックス』や、『マザー・コンプレックス』ならぬ、『幼馴染・コンプレックス』でさ。ジェリーナのことが、可愛くて可愛くてたまらないみたいなんだよ。だから、ジェリーナが自分の恋人をからかったり、時には露骨にいじめたりしても、全然怒ったりしないのさ。
そんな馬鹿二人に呆れて、ほとんどの女は、一ヶ月と持たずにデイモンドと別れてしまう。……しかし、純粋で、我慢強いエレーンは、違った。どれだけデイモンドに軽んじられ、ジェリーナに馬鹿にされても、一年間も耐えたんだ。いつか、デイモンドが、自分のことだけを見てくれると信じてね。
……しかし、そうはならなかった。
それで、最後はキレちまったってわけさ。
エレーンのことを詳しく調べていくうちに分かったんだが、彼女、あの辺りじゃ評判の、心優しいお嬢様でな。これまで、喧嘩どころか、声を荒げたことすら、一度もなかったんだとさ。
こういうのはたいてい、事件が起こった後だと、『あいつならいつかやると思ってた』って適当なこと言う奴が、一人か二人は出てくるもんだが、エレーンについての話を聞いた全員が、彼女のことを好きで、そして、心配もしていた。
……エレーンは、本当に良い子だったんだろうな。それが、あわや殺人事件になっちまうところまで追い詰められてたんだから、ひでぇ話だよ。




