第3話
不可解な返答に、俺は首をひねった。そして、質問に答えてくれたデイモンドに敬意を表し、先程より少しだけ態度を良くして、問う。
「婚約者同士のデートに、何故、幼馴染のジェリーナさんがついて来るんですか?」
その問いに答えたのは、ジェリーナだった。
「だって、デイモンドったら、一年前にエレーンと婚約して以来、私よりエレーンのことばかり優先するから、私、寂しいのよ。だから私、デイモンドとエレーンのデートにまぜてもらうことにしたの。そうすれば、寂しい思いをしなくて済むでしょ?」
ジェリーナはそう言って、デイモンドの手に自分の手を重ね、二人は笑顔で見つめ合った。その様子は、どう見ても『ただの幼馴染』には見えず、仲睦まじい恋人同士としか思えなかった。
まったくもって、おかしな話だよな。いくら寂しいからって、婚約者同士のデートに、幼馴染がくっついていくなんて話、聞いたことがない。訝しむ俺に、ジェリーナは抗議するように、言葉を続けたよ。
「ボーイさん、あなた、三人でデートなんて、変だと思ってるんでしょ。でもこれは、エレーンも認めてくれたことなのよ。エレーンはいつも、快く私の同行を許してくれるの。『そんなに、どうしてもついて来たいなら、仕方ありません、諦めます』ってね」
おいおいおいおい。
『そんなに』
『どうしても』
『仕方ありません』
『諦めます』
全然、快く許してないじゃないの。
エレーンさん、めちゃくちゃ嫌がってるじゃないの。
俺さ、そこで、なんとなくわかったんだ。
エレーンが、どうして昼間から強い酒をあおるほど、荒れているのかを。
怒ってるんだよ。
そして、激しく失望してるんだ。
馬鹿で常識のない婚約者と、彼の、図々しく無神経な幼馴染に。
だから、強い酒でも飲まなきゃ、やってられなかったんだな。
デイモンドがエレーンと婚約したのは一年前だって、ジェリーナが言っていただろ? ……と、言うことは、エレーンは一年間も、この馬鹿な二人組と、三人一緒にデートさせられてたってことになる。
酷い話だよな。人を舐めるにも、ほどがあるだろ。
なんだか、無性にエレーンがかわいそうに思えてきた俺は、デイモンドとジェリーナに対し、苦言を呈そうとしたんだ。どうせ店はクビになるに決まってるし、この馬鹿二人に、ちょっとくらい文句を言ったって、バチは当たらないだろうと思ってね。
しかし、結局俺は何も言えなかった。
俺が口を開く前に、エレーンが、ずっと閉じていた口を開いたからだ。
「……私……許してなんかいない……」
女の声とは思えないくらい、低い声だったよ。
そして、低い割に、よく聞こえる、重たい声でもあった。
しかしジェリーナは、おどけたような仕草で耳に手をやり、ケラケラと笑いながら、言う。
「えぇ~? なんですかぁ~? よく聞こえないんですけどぉ~? くすくす、もうちょっと大きな声で言ってもらってもいいですかぁ~? あはっ、エレーン、いつも思ってたけど、あんたの声って、蚊の飛んでる音みたいに小さくって、気持ち悪いわよね」
見てるこっちがイラッとくるような、ふざけた態度だったよ。
良く聞こえないはずなどない。ジェリーナよりエレーンから離れている俺だって、ハッキリ聞き取ることができたんだからね。……恐らくあの女は、いつもこんな調子で、物静かなエレーンをからかっていたんだろうな。
そして、あからさまにエレーンが馬鹿にされているというのに、デイモンドはジェリーナをたしなめる様子すらなかった。むしろ、微笑ましいものでも見るかのように、ニコニコと笑ってたんだ。
本来なら自分の味方であるはずの婚約者に、いつもこんな態度を取られていたとしたら、エレーンはどれほど悲しく、そして、悔しい思いをしてきたことだろう。
ますますエレーンを哀れに思った俺は、馬鹿二人に、罵声を浴びせようとした。
その時だった。
エレーンが、急に立ち上がったんだよ。
その手には、先程デイモンドがひったくっていったはずの酒のボトルが、上下さかさまに握られていた。話している最中に、ひっそりと取り返していたらしい。
それで、エレーンはどうしたと思う?
まあ、だいたい予想つくよな。
そうだよ。
殴ったんだよ。
酒のボトルで、思いっきりジェリーナの頭を。
その一発で、ジェリーナは「ぐぇっ」て、悲鳴を上げて、ぶっ倒れちまった。
……殴る前にさ、エレーンが、叫んだんだけどさ。
その叫び声が、めちゃくちゃ怖かった。
俺、今でも時々、夢に見るくらいだもん。
エレーンは、心の中身、全部吐き出すみたいに、大声で「ね」って叫んだんだ。
えっ?
それのどこが怖いんだって?
ああ、そうか。
実際に聞かないと、分かんないよな。
エレーンはさ、「ね」って言う前に、鋭く息を吸ったんだよ。
「シッ!」って、それこそ、刃物みたいに鋭い呼吸でね。
な?
これでエレーンが、なんて叫んだのか、分かっただろ?
彼女はさ、「死ね」って叫んだんだよ。
ほら、俺たちさ。あんまりいいことじゃないけど、日常会話の中で、けっこう『死ね』って言葉、使ったりするだろ? カッとなって言っちまうこともあるし、冗談めかして使うこともある。
でもさ、エレーンの言った「死ね」はさ、言葉としての重みが、全然違ったよ。それこそ本当に、彼女の怒りとか、悲しみとか、苦しさとか、そういうのが、全部詰まってた感じだった。




