1.鉱夫ディエス
上司と喧嘩し、妻に離縁された近衛騎士ディエスは、聖都の長屋でその日暮らし。しかし、ひょんなことから聖都の聖騎士として日雇いで働くことに。男やもめが、ままならないながらもそれなりに暮らす話です。
「それは、奥様に逃げられて当然だと思いますよ」
と、エルフの男は美しいかんばせを無遠慮に顰めて言い放った。
「むしろ、よく今の今まで捨てられずにいましたね」
「お前さあ……もう少し手心ってものがあってもいいんじゃないのか?」
容赦のない断言に、ヒューマンの男、ディエスは、ムッと唇を突き出して唸った。
まだ日が出ている時間だというのに、聖都の酒場は賑わっている。多人種が暮らす聖都では、ヒューマンとエルフが向かい合ってエールを煽っていてもだれも気にする者はいない。聖都は国で一番栄えている商業都市なので、移民がとても多いのだ。なので異種族の友人同士が明るいうちから酒を飲み、そして、ディエスがザウの街から聖都の下町へ単身で越してきた理由をダラダラと話していても、誰も気にしない。
「それに俺は捨てられたんじゃない。そりゃ、三行半は貰ったが、あちらの実家が、近衛騎士を辞めた男の元に娘は置いておけないと言いだしたんだ」
「世間ではそれを三行半と言うのです」
必死に言い訳を立て並べるディエスに、エルフのノインはすっかり呆れ顔だ。
「あなただって、奥様を引き留めもしなければご実家に抵抗もしなかったんでしょう」
「それは……そうだが……」
がっくりと肩を落とし、ディエスはエールのカップに口をつけた。ちびちびと、麦に申し訳ないような情けない飲み方で啜る。
「……そもそもこの結婚は、爺さんが、自分が死んだ後に後ろ盾がないと困るだろって仕組んだ見合いだったんだ。向こうだって、拾い子とはいえあの聖騎士アナントの息子が相手だからわざわざ五人姉妹の一番上を出してきた。それが、爺さんが死んで、俺が近衛騎士を辞めちまったんだから、そりゃ返して欲しいにきまってるだろ」
「私は君のそういう風に物事を割り切って考えているところが好きだけれど」
ノインは目を細め、そして、しょぼくれているディエスとは対照的な仕草でエールをあおる。
「もし私が女だったら、君みたいな男とは絶対に結婚したくないですね」
「どういう意味だ」
「言葉の通りですよ。君、私が男で本当によかったですね」
長命種はそう言うと、なんとも楽しそうに笑う。
「とにかく、今時じゃありませんね。上役とケンカをして辞表を投げつけるなんて」
「ケンカはしてないし、辞表を投げつけてもいない。ただ、俺は、近衛騎士というものは命を賭してでも主を守るべきだし、それが出来ない奴は前線に出しちゃなんねえだろって話をしただけだ。そしたら、翌月から離島の防人になるか宝物庫の番人になるか選べって言われたから、俺はウミネコと戦ったり金貨を守ったりするために鍛練を積んだわけじゃねえっつって辞めてきたんだ」
「うん。それを世間では上役とケンカをして辞表を投げつけたって言うんですよ」
それはそれは愉快そうに、数百年生きたエルフは笑う。一方のディエスは、不満顔を隠すことなく今度は勢いよくエールを喉に流し込んだ。
「まあ、いいんじゃないですか。私は君のそういうところが気に入っているんです。上役の首を撥ねなかっただけ我慢強いと思いますよ」
細い指で揚げ鶏を切り分けながらノインは言った。ノインはエルフだが、肌は浅黒い。本人曰く、ダークエルフとハイエルフのミックスなんだそうだが、真偽の程は定かではない。長命種らしく達観したところがあり、なかなかの皮肉屋。それで時々ゾッとするような発言もするので、実は魔族だと言われても驚かない自信があった。
「君が哀れなバツイチ男になってザウ領主の近衛騎士を辞めるに至った経緯はよくわかりました。けれど、それからどうして、聖都で長屋暮らしをしているんですか」
「文無しになったからだよ」
ディエスは短く答えた。
「嫁さん……元嫁さんを実家に戻す時に、財産は全部渡したんだ。家屋も家財も彼女の実家から貰った物だったし、元々給金は全部彼女に渡してた。それに、俺の都合で向こうにもバツをつけちまったから……貴族の令嬢は金なんかいらないだろうけど、でも、他にやれるもんはなんにもないだろ。子どもも出来なかったわけだし」
「成る程」
「それで、さすがに元近衛騎士が家なし職なしで領地をウロウロするのもバツが悪くてな。だから、職にありつけそうな聖都へ出てきたんだ」
ディエスはそこまで話すと、急に心配そうな顔になったノインに大きく首を振ってみせる。
「ああ、大丈夫。金はある。長屋の主人が顔の広い人で、すぐに仕事を紹介してくれた。今は西の鉱山で毎日鉱石掘りだ。日当だから、今日の飲み代はちゃんと払えるぞ」
「私はそんなことを心配しているわけじゃないんですけど」
ずい、とディエスの方へ揚げ鶏の皿を押しやりながら、ノインは美しいかんばせを傾けた。ついでに通りがかった給仕をつかまえ、肉団子を追加で頼む。
「確かにウミネコと戦ったり宝石を守ったりするために鍛練を積んだわけではないでしょうが、かといって鉱石を掘るために鍛えた身体でもないでしょうに」
「剣を振るうわけじゃない」
「ツルハシならいいのですか」
「鉱石掘りも重労働だ。鍛えててよかったと思うよ」
ノインの気持ちはディエスには届かない。歯がゆそうにノインは首を振り、少し冷めかけていた揚げ芋を口に運んだ。
「……身体だけは大事にしてくださいね。昔と違って、何かあった時に私が治してやることはできないんですから」
「悪党や魔物とやりあうわけじゃないんだ」
ディエスは笑い、そして、ソースがかかった肉団子を運んできた給仕にエールのおかわりをたのむ。
「昔みたいに、土手っ腹に穴を開けるようなことはないさ」
「魔物だ!!」
嘘だろ、と、ディエスはツルハシから顔を上げる。
「撤収、撤収、総員、引き上げ!」
「どういうことだ!?」
驚いている間にも、周囲にならってツルハシを投げ捨て、出口へ向かって走り出す。想像より、誰も慌てていない。慌てていないが、躊躇いもない。工具も鉱石も放り出し、まっすぐ出口へ向かって走っている。足の速い者は足の遅い者の腕を引き、転んだ者は即座に引き上げられる。追い越したり暴れたりする者はいない。皆がほぼ同じ速さで、一目散に出口へ向かっているのだ。
「この山には大盟主の加護を受けているから、魔物は出ないんじゃなかったのか?」
「兄ちゃんは新人か」
走りながら、隣の男に尋ねる。尋ねられる程度の速度で走っているのだ。
いかにも鉱山の男らしい体格をしたその人は、走る足を緩めないまま答えた。
「確かに、大盟主様の加護は受けてるさ。山の、お日さんの当たるところはな。だから俺たちが掘る山の“中”は範囲外。掘ってるうちに、魔獣や魔蟲の巣にぶちあたるなんてのは、ままある事故だ」
「なるほどな。だから誰も慌ててないのか」
整然とした『避難』の正体に、ディエスは感心するしかない。
数分も走らないうちに、外の光が見えてきた。目がくらまないよう、無意識のうちに目を閉じる。目蓋の外側が明るくなったときには、もう、坑道の外へ飛び出していた。
「こっちだ、新入り!」
坑道の外に積み上げられていた、オーガの背丈ほどある塀の向こうから声がする。先ほどの男だろう。他にも、ベテランらしい鉱夫らが手招きをしている。
「ここに隠れるんだ。それから、目と耳を塞いでろ……新人は、見るもんじゃない」
ぎゅっと人と人の隙間におしこめられたとたん、断末魔が響いた。人が死ぬ時に上げる、悲痛な叫び声。周りの男たちもぐっと目を閉じて耳を塞ぐ。次に聞こえたのは、人の骨と肉がバリバリと食い破られる音だ。
「間に合わなかったか……気の毒に……」
被せるように、魔獣の呻き声が上がった。のたうち回るような苦しむ咆哮が続き、そしてすぐに、肉の灼ける不快な臭いがあたりに立ちこめた。
それを待つように、塀の陰に隠れていた男たちが小さく大きくため息を零し始めた。胸に手を当て、哀悼を示す者もいる。人をかき分けて表へ出ると、鉱山の入り口には魔獣が“溶けた”跡と、その近くに人だったものの肉塊がいくつも転がっていた。
「惨い……」
ディエスはすぐに理解した。魔獣が人を食ったこと。その魔獣も日の当たる場所に出たことにより大盟主の加護に灼かれて溶けたこと。
「三人もやられちまった」
救護の札を下げた男たちが、ヒトの残骸を運んでいく。それを見ながら、老練の親方が苦しげに息をついた。
「お前、新入りだな。【巣当たり】は初めてで驚いただろう」
「あ、ああ……」
「前は、年に一度あるかどうかだった。それが、最近は月に数度も起きやがる……死人が出たのも、今年で三度目。合わせて十人も死んじまった」
親方は残骸のあった方へ手を合わせ、それから、ディエスの腕をぼんと叩いた。
「しばらくは閉山だ。このあと聖騎士団が調査に来て、調査と浄化が済むまでは再開は出来ねえ。……何か他の食い扶持はあるか?」
鉱夫は皆日当で働いている。親方はまずは鉱夫の財布事情を心配するのだ。
「いや……」
「そうか……お前さんはチル爺さんの紹介だよな。あの長屋に住んでるなら、ドブさらいや荷運びの仕事なんかは」
あるだろう、という親方の言葉が遮られる。
ディエスが、親方を突き飛ばしたのだ。
「親方、逃げろ!」
それはほとんど、ディエスの中にこびりついた近衛騎士としての動きだった。親方を突き飛ばしながら身を翻し、構えの姿勢を取る。無意識に腰に手を当て、そして、そこに得物がないことに舌を打つ。
つい今し方まで親方が立っていた場所に、魔獣の爪が突き刺さっていた。
「新人!」
「おい……どうして加護の中で魔獣が動けるんだ」
一瞬遅れて、びりびりと、肩の皮膚が裂けた痛みが走る。どうやら爪が掠ったらしい。ディエスの二倍も三倍もある体躯をした魔獣は、地面に突き刺さった爪を引き抜ぬきながらよろよろと立ち上がった。
「おい、新人、逃げろ!」
「逃げれるものなら、逃げたいさ」
魔獣が再び大きな爪を振りかぶる。凄まじい風圧と供に振り下ろされた爪を後ろに跳んでよけながら、ディエスは口の中で呟いた。体躯のわりに、動きは遅い。大盟主の加護が効いていないわけではないのだろう。
このまま持久戦に持ち込めば勝機はある。だが、果たして、この巨大な魔物が加護の力で溶けるまで、どれくらい持ちこたえればいいのだろう。
「チッ」
目の前を大きな爪が掠めた。止まって考える時間はないらしい。
鉱夫たちは再び塀の向こうに隠れている。親方も無事なようだ。
苦しげに呻きながら、しかしディエスを獲物と認めた魔物は、容赦なく爪を振り下ろし、振り上げる。それを交わしながら、ディエスは少しずつ間合いを広げた。
魔獣が出てきた坑道が正面。左背後に鉱夫たちが身を潜めている土塀があるので、万に一つでもそちらに向かわせるわけにはいかない。気持ち右に避けながら、魔獣の視界から外れる程は離れない。
最良は、このまま時間を稼いで魔獣が溶けるのを待つこと。幸い加護の力で魔獣の動きはどんどん鈍っている。持久戦にも自信がある。
だが、最悪は……魔獣の背後にぽっかり開いた坑道から、次の魔獣が出てくること。獲物の長剣どころか護身用の短剣すらない今、二体以上の魔獣を相手に立ち回りながら背後の鉱夫たちを守れる確証はほとんどない。
再び魔獣の爪を避けて後ろに跳ぶと、想定より手前で背中が土壁にぶつかった。工具をしまっている小屋との距離を見誤った……戦いの勘が、鈍っていたのだ。
「っあっぶねえ!」
間一髪、魔獣の爪は顔の横を掠める。そのまま突進してきた巨躯を左に避け、地面に転がる。勢いよく突っ込んた魔獣が小屋を破壊し、壁が崩れ屋根が落ちた。
咳き込みながら、ディエスは目をこらした。どうっと立ち上った土煙のせいで視界が悪い。このまま瓦礫に潰されて大人しくなってくれればいいのだが……
「やっぱり、そうはいかねえよなあ」
ガラガラと瓦礫が崩れる音を聞きながら独り言つ。魔獣の巨大な身体が立ち上がるのが土煙の向こうから見えたのだ。とはいえ、加護の力によりその身体は半分ほど溶けていて、ネクロマンシーが使役するアンデッドのような姿だ。実際、ほとんどそれに近いのだろう。意志で動いていると言うより、ただ、最後に残った殺意と本能で、ディエスに襲いかかってくるようだ。
「お前も辛いよなあ。とっとと溶けちまえば、楽だったのに」
腰を上げ、ディエスは言った。まるで誂えたみたいに転がり出てきた鉄の棒を握る。剣にはほど遠いが、素手よりずっといい。
「今、楽にしてやるよ」
構え、そして、蹴る。地面を。多くの魔獣の場合、弱点は頭部だ。希に頭部を吹き飛ばされても生きているものもいるが、この魔獣がその例外側でないことを祈った。
魔獣の爪が、空中を進むディエスの脇腹を割いた。とはいえ、浅い。想定内だ。ディエスは鉄の棒を振りかぶると、そのまま、思い切り魔獣の頭部にめり込ませる。
「ぐっ……」
よく手入れされた長剣を振るった時とは比較にならないほどの重い衝撃が腕に伝わる。肉を叩く感覚、骨が砕ける音、全てがダイレクトに伝わってくる。躊躇ってはいけない、と教えてくれたのは、養い親の聖騎士アナントだった。ディエスはその教えの通り、躊躇うことなく鉄の棒を振り抜く。
耳をつんざく断末魔と供に魔獣の身体がどうっと倒れ……そして、不快な臭いをたちのぼらせながら、聖なる力の前で灼けた。
「っ……はあ……」
ディエスは安堵のため息をついた。安心したら、傷が痛む。左の肩と右の脇腹に受けた傷が、ようやくじくじくと痛み始める。骨と筋は大丈夫だろうが、肉は多く抉られた。たぶん血もけっこう流れただろうな……と思った時、騎士の本能が、ディエスに左へ身体を振らせた。
「っぁあっ!」
受け身を取る余裕はなかった。直撃を避けて吹き飛んだ身体が、むき出しの地面に叩きつけられる。何があっても獲物だけは手から離すなという養父の教えだけが、辛うじてディエスの手から棒を離すことを許さなかった。
「マジ……だよ、なあ」
唇の端から鉄くさい物が溢れたのを感じながら、ディエスは笑った。戦いというのは、大体いつだって最悪のパターンになるのだ。そんな時にはもう、笑うしかない。
坑道から現れた二匹目の魔獣。一匹目よりずっと俊敏に動く魔獣は、のしのしと獲物と定めたディエスの方へ近寄ってくる。
よろよろと立ち上がったディエスに向かって、鉤爪が振り上げられた。土塀の向こうに隠れた鉱夫たちは、もう遠くへ逃げただろうか。せめて最悪の中の最悪、自分の視界にはいない三匹目が現れていることだけはないことを願う。
辞したとはいえかつては騎士の端くれだった身だ。無抵抗で嬲られるのは趣味じゃない。どんどん体温が下がっていくのを感じながら、獲物代わりの棒を構える。視野はとっくに半分しかない。
頭上に襲いかかる獣の気配を感じながら、ディエスも棒を振りかぶる。古なじみのエルフに葬式の手配をさせる羽目になるんだろうか、などと思いながら魔獣の脇腹に鉄の棒をめり込ませた。まだ固い肉を抉る前に、頭が吹き飛ぶ未来が見える。
さよならだ、ノイン。
……と思ったが、ディエスの頭が吹き飛ぶより先に、目の前の魔物が四つに避けた。右上から一太刀、左上からもう一太刀。
「危なかったな」
「ああ……」
どうっと土煙を立てて魔獣の肉塊が地面に散らばり、聖なる力の前に溶けていく。ほとんど暗くなった視界に、聖騎士団の白いマントがひらめいた。
「助かった……みたい、だな」
ぐらり、と足元が揺れる。ついに指先から力が抜け、ディエスの身体はどさりと地面に転がった。
「おい、大丈夫か。しっかりしろ……治癒班、早くこちらへ!」
よく通る男の声を聞きながら、ディエスは、ついに意識を闇の奥へと手放した。
「この借りは高くつきますよ」
と、エルフのノインは不愉快を隠さずに言った。
「悪かったって」
「言いましたよね?」
「他に誰も浮かばなかったんだ。入院の身元保証人なんて」
「はぁ……」
眉間の皺をぐりぐりと押さえ、ノインはまたため息をつく。
魔獣との戦いで一命を取り留めたディエスは、救援と調査に駆けつけた聖騎士団によって聖都の治療院へ運ばれた。事の経緯は、鉱夫長が説明してくれたらしい。ディエスは丸三日間眠り続け、そして、無事に目が覚めたのが今朝。ひとまず公費で入院できることは聞いたが、多少は金がかかること、そして何より、身元の保証人が必要だと言われ……名前を挙げたのがノインだったのだ。
「本当に、心から、ええ、あなたの葬式を手配する羽目にならなかったことを喜んでいますよ」
「なら少しは嬉しそうな顔をしろよ」
ずっとしかめっ面のノインに、ディエスはふてくされた顔を向ける。
「呼び出して悪かったって。お前しか浮かばなかったんだよ。次から、葬式の手配は長屋の爺さんに委託しておくから」
「私が温厚で穏健なエルフでなければ、君のことをぶん殴っているところでしたよ」
ノインがついに青筋を立て、そしてすぐに脱力し、ため息を零す。
そんな旧友の言葉を冗談だと受け取ったディエスは少しだけ笑い、それから、肩と脇腹に巻かれた包帯を撫でた。
「でもまあ……よかったよ。見舞いに来た鉱夫長からきいた。死んだのは、最初の魔獣にやられた三人だけですんだみたいだ。他の連中は皆無事だったって」
「四人目にならずに済んでよかったですね」
「ホントになあ」
ディエスは笑った。
「たまたま聖騎士団が麓の村に調査に来ていたから、すぐに駆けつけたんだってよ。ついてたな、マジで」
「やっぱり殴っていいですか」
「なんでだよ」
怪我人を労れよ、とディエスは口をとがらせ、それからふっと考える。
それにしても、ディエスを助けに入った聖騎士。あれは相当な腕の持ち主だろう。姿は見えなかったが、太刀筋は見えた。ブレのない直線。そして、見事な四分割。きっと二刀流だろう。鍛練を積んだだけでなく、天性の才能もある。
王都の聖騎士団がどんなものかはよく知らない。それこそ養父アナントはかつて聖騎士だったと言うが、ディエスが拾われた時にはとっくに引退していて、博打と酒が好きなスケベジジイだった。剣の腕前は一流だったが……。
「それで、明日からはどうするんです」
考え込むディエスに構わず、ノインが聞いた。
「しばらく鉱山は閉山。また無職に逆戻りじゃないですか」
「そうなんだよなあ」
先ほど見舞いに来た親方が言うには、大盟主の加護の効きが弱い魔物が出たということで、大がかりな調査が入ることが決まったらしい。当然その間は採石は出来ないし、採石が出来ないと言うことは、鉱夫たちは仕事にあぶれるということだ。
「長屋の爺さんに相談してみるさ。それこそ、ドブさらいや荷運びなんかはいつだって人手が足りてないみたいだし……」
ノインが何か言いたげにディエスを見た。そして、薄い唇を開こうとしたその時。
「失礼、邪魔をするぞ」
凜とした声が病室に響いた。扉が開き、同時に、ガチャガチャと金属がぶつかる音も響く。
「鉱夫ディエスが目を覚ましたと聞いた。無事で何よりだ」
「ええとあんたは……」
入ってきたのは、ヒューマンの男だった。軽鎧に身を包み、短いマントも垂れている。そしてそのマントには、聖騎士団の所属を示す紋が大きく刻まれていた。
「もしかして、あの時の聖騎士か」
「……なぜ、そう思う?」
男がディエスを見る。
「簡単さ。あんたは聖騎士の紋を付けていて、長剣を二本下げている。あのクロスの太刀筋はやっぱり二刀流によるものだったって答え合わせができただけだ」
「たまたま俺も二刀流なだけだという可能性もある」
「聖騎士のくせに二刀流使いだなんてどうかしている奴がそうそういてたまるかよ。騎士ってのは盾と剣、あるいは大剣で、とにかく、守りながら戦うのが定石だ。当たらない前提の二刀流なんて、よほど自信があって実力も折り紙付きじゃなきゃ、持たせて貰えないのさ」
「……只者ではないと思っていたが、やはり、そこらの鉱夫ではなさそうだな」
騎士の男はそう言うと、小さな頭を軽く振った。
そして、ディエスに向かってこう告げたのだった。
「鉱夫ディエス。お前、聖騎士にならないか」
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