第五話
訓練所の階段に、ハリスが立っていた。
ソルトは気を失ったユリウスを背負いながら、ハリスの元へ行く。
「よぉ!おかえり!見てたぜ、ナイスファイト!」
と、ハリスは晴れ晴れとした笑顔を浮かべ言う。
「途中から、俺も見てただけだけどね」
その笑顔を見て、ホッとしたのかソルトも笑いながら答えた。
「いやいや、ソルはよくやってたぜ。あそこまでアウグストにむかっていったんだから。俺も少し剣の嗜みがあるから…凄さはわかるし」
ハリスの言葉に、ソルトは、
「確かにグリフィスも隙がなくて怖かったけど、途中からユリのが怖かった。邪魔になったら、コイツ、俺のことも刺しそうだったし」
と言って、一度ユリウスを持ち上げて持ち直した。鎧が重いのだ。
「…ほんと、コイツ一回キレると手に負えなくて…
普段はキレることなんてめったにないんだけど」
ソルトはそう言ってユリウスを見る。
「ユリは?怪我はしてないか?」
ハリスも7心配そうにユリウスを見た。
「うん。グリフィスがだいぶ手心を加えてくれたみたいで。刺し傷はない。…今は気を失ってるだけだ」
とソルト。
「とりあえず、部屋に行くか。
アウグストが兵舎のベッド貸してくれるって言ってたから、そっちに行ってみようぜ」
ハリスは階段の上を指しながら言う。
「え?兵舎?いつもの地下じゃなくて?」
ソルトが、首を傾げながら聞く。
「ああ、アウグストの兵舎さ」
うんうん、と誇らしげにハリスが言うが、ソルトは、「ふーん」と特に興味なさそうに返事するのだった。
「目を覚まされましたか?ご気分はいかがですか?」
カーテンが風でヒラヒラと舞っている。
窓の前に一人の女性が立っていた。
彼女は心配そうにユリウスを覗き込んでいる。
「…ここは…いや、貴女は?
ここは収容所のはず。貴女のような女性がいていい場所ではないところですが…」
ユリウスは飛び起きて、混乱したように言う。
「ふふふ。私はシンフォニア。
ここにはあの方がいるから…」
彼女…シンフォニアは歌うような声でそう言った。
あの方…?
ユリウスが聞き返そうとした時、
「お、ユリウス、目ぇ覚まし…し、シンフォニアさん!!こんなところで何をされてるんですか!!?」
ハリスはユリウスに声を掛けるも、立っていたシンフォニアに驚いて、声が裏返っていた。
ゆるく三つ編みにした髪、優し気な微笑み、歌うような声。
ユリウスのシンフォニアの第一印象だ。
「こんにちは、初めまして。
私はだいたいここにいますわ。あの方のお世話をする為に」
そう言って、彼女は窓のほうを向いた。
「じゃあ…やっぱり、噂は本当だったんですね…アウグスト…グリフィス様が若い奥さんもらったって話!」
ハリスは興奮した様子で、シンフォニアに聞いた。
「まあ…奥さんだなんて…おこがましい。あの方は本国に奥様がいらっしゃいます。私が勝手に…。
…押しかけ女房と呼ぶのも気が引けるくらい」
シンフォニアはハリスの方を向いて、一息に言った。少し顔が赤いようだ。
(うらやましすぎる~)
とか、ハリスは考えていたとか。
「でも、ここは危険ではないか?こんな血気盛んな男ばかりのところに」
ユリウスはベッドに腰かけるように座り、シンフォニアに言う。
「…あの方にも止められます。…それでも。私は少しでも長くご一緒したいのです。
戦に出る御身、明日何が起こるかもわからない。
だったらせめて、悔いが残らないように、その姿を目に焼き付けていたい」
祈るように彼女は言った。
(そのような気持ち…俺には理解できない…。
なのに、どうしてこのように…この人に惹かれるのだろうか…)
ユリウスはジッとシンフォニアを見つめながら、考えていた。
「シンフォニア、すまなかった」
しばしの沈黙ののち、アウグスト…グリフィスが現れた
その後ろからソルトが付いて来て、シンフォニアの姿に驚いている。
「わぁ!可愛い人だなぁ!グリフィスの娘!?」
(言うと思った…しかもいつの間にか呼び捨てになってるし…)
ソルトの言葉に、ユリウスは心の中で突っ込んだ。←呼び捨てについては人のこと言えない
「いいえ。私はこの方に片思いをしている図々しい女です」
シンフォニアはにっこり微笑んで、はっきりと言った。
「そのように自分を卑下するものではない」
グリフィスも、少し困ったような様子でシンフォニアをたしなめた。
「だって本当のことですもの。
何を言われても、私はあなたのものです」
しかし、シンフォニアは笑顔のまま首を振ってそう言った。
「熱烈!(男冥利に尽きるよな~)」
ソルトは顔を赤くしながら言う。
(言われてみてぇ…)
と、ハリスも天を仰いだ。
「俺には…理解できない、少しも。
でも、なぜか分からないが胸が苦しい…」
ユリウスは二人とはまた違う反応をしていた。
「……」
グリフィスは、なぜかその様子を何か考えるように見ていた。
「うふふ。私は今、最高に幸せです。だって、大好きな方のおそばにいられるのだもの」
そう言ってシンフォニアは終始笑顔でキラキラしていた。
「シンフォニア、部屋に下がりなさい。鍵はしっかりとかけるように」
「はい、グリフィス様」
グリフィスの言葉に、シンフォニアは素早く頷き、去っていった。
((あんな彼女欲しい…))
と、ソルトとハリスの心を奪っていったのは、また別の話。
地下への階段を下りていると、ガラスのはまっていない穴のような窓から、巨大な月が見えた。
どおりで明るいわけだ、とユリウスは呟くと、不意に上の階に人影が見えた。
「オーギュスタン様」
あの歌うような声が階段に響く。
「…?…
俺のことか…」
ユリウスは、ソルトはいないしな、と確認してから言う。
「あ、馴れ馴れしくお呼び止めしてしまっては…」
ユリウスの様子を見て、シンフォニアは少し恐縮する。
「いえ、そういうわけでは…
そのように呼ばれたのは初めてだったので、分かりませんでした。シンフォニア様」
「私も『様』付けは慣れません…どうぞ、シンフォニアとお呼びください」
ユリウスの言葉に、シンフォニアは少しホッとした様子でそう言った。
「では、俺のことも『ユリウス』とお呼びください」
と、ユリウスも言う。
「まあ、そのような…
グリフィス様の副将になるお方をそのようにお呼びできませんわ」
シンフォニアは少し戸惑ったように首を振った。
「副将…?
とにかく、『ユリウス』とお呼びください。
俺には従兄弟がいるので、呼ばれてもどちらか分からないし、その名は嫌いなので」
気になる言葉はあったが、ユリウスはあえて聞かず、それだけお願いした。
「そうでしたのね。分かりました…
では、ユリウス様。
どうかあの方を…グリフィス様をよろしくお願いします」
シンフォニアは祈るように手を合わせて、ユリウスに言った。
「あの方は孤独な方です。私などでは到底癒すことはできない程に…
私は運悪く女の身に生まれ、戦場に立つことができません。
だから…」
シンフォニアがそこまで言ったとき、上の階からろうそくを持った老紳士が現れた。
「シンフォニア、部屋の外は危険だ。戻りなさい」
静かな声でそう言うと、シンフォニアはまだ何か言いたそうだったが、
「はい、申し訳ありません、グリフィス様…」
とだけ言って、上の階へと上がって行った。
ろうそくの火は揺れながら、残った二人を照らす。
「シンフォニア様は、美しい方だ。
俺には理解できないが…それでも、あのように生きることの出来ること、羨ましく思う」
シンフォニアの去って行った先を見つめながら、ユリウスは言う。
「…せめて、シンフォニアにはここを出て、普通の幸せを生きて欲しいと思うが…」
「…
シンフォニアの幸せは、今ここにある」
戸惑うグリフィスに、ユリウスは静かに言った。
その言葉にグリフィスは少し沈黙して、何かを考えているようだった。
「『副将』の件、あとで貴方の口から教えてくれ」
ユリウスはそう言い残し、再び地下牢へと戻った。




