第三話
闘技場で、ユリウスの前に立ちはだかる老剣士。
その隻眼の老剣士は、ユリウスに向かってこう言った。
「覚えておけ、若き餓狼。…どんなに抗おうと、400年の血はお前に付きまとうだろう。
それは呪いの如くな」
「よりによって…ユリウス、お前…嫡男かよ!!なんだって、そんな大事なご長男様が戦の最前線に!?」
ハリスは声を張り上げて、ユリウスに聞いてきた。
「…この戦には自分の意思で参加した。
俺は、オーギュスタン家の人間として生きるのを辞めたんだ」
ユリウスは感情もなく、淡々とした口調で説明する。
「ふ~ん…名家のお坊ちゃんには庶民に分からない悩みがあるわけですか」
「『ハリス』なんて名前、なかなか庶民につけないぞ。どこかのお坊ちゃん」
ハリスのちょっと嫌味なセリフに、同じように返してみせるユリウス。
「お前らに比べたら、ド庶民だわ!毎日高級肉なんて食えないし?ワインなんて贅沢品だし!」
ハリスは唾を飛ばしながら反論する。力が入っている。
「毎日肉を食べてるわけじゃない(食べられないとは言わない)し、酒なんか飲まない」
ハリスの言葉にちょっとズレたことを言うユリウス。
「え?お前らケンカしてる?」
とさらにボケたことを言うソルト。
ソルトの言葉に、((ケンカではない…))と二人は心の中で突っ込むのであった。
「まあ…じゃあ、お前が継がなくても、お前には弟とかいるってことか」
とハリス。
「いや、ユリウスには兄弟はいない。
一番年が近いのが俺で、後は俺の兄貴が三人いるから、オーギュスタン継ぐのは一番上の兄貴じゃないかなぁ?
ユリの母さんが再婚してもう一人産みでもしなきゃ」
ソルトは腕を組み、ユリウスを見ながら言う。
「…俺にはもう、何の関係もない話だ」
ユリウスは、ソルトと目を合わさずに吐き捨てるように言った。
ハリスはユリウスの表情を想像しながら「ふーん」とだけ言う。
「ここだけの話にしておいてもらえるとありがたい」
とユリウスは言うが、
「あ~…俺もそうしてやりたいのはやまやまなんだけど…
ここの連中って、他人の噂話とか大好物な奴らだからさ…
あんまり保証できないんだよな。さっきの話、誰か聞いてたかもしれねぇ。新入りの話なんて、みんな興味津々じゃん?」
ユリウスの恰好も相まって、と付け加えるハリス。
「ユリウス!ごめん!」
ハリスの言葉が言い終わる前に、ソルトは素早く謝罪した。
「今更どうこう言ったって仕方のない話だ。なるようになれ」
と仁王立ちのユリウス。
「あっはっは!やっぱお前おもしれぇわ!」
ハリスの笑い声は、牢獄にひと際大きく響き渡ったのであった。
その後、ハリスの予想通り、噂はあっという間に北方収容所に駆け巡った。
しかし、そのおかげで思いもよらぬ人の興味を引いた。
「へえ、上の階ってこんな風になってんだな。普通に武器庫じゃん」
ソルトは、きれいに並べられた武器や鎧を間近で見つめながら、言った。
(『収容所』とは言ったものの、重要な要塞になっているというわけか…)
ユリウスは、部屋の様子を見ながらそんなことを考えた。
「うはぁ!初めて見たぜ!こんな風になってるんだな!」
「ハリス、超うれしそう!!」
興奮しているハリスを見て、ソルトは大笑いする。
「お、お、お前ら!!ここはなぁ!北方収容所最強の男しか入れない部屋なんだぜ!つまりは…」
まったく何もわかっていない二人に業を煮やしたハリスが、声を張り上げると、
「ここを管理するのは、このグリフィス・アウグストだけに許された権利。
つまりここは、私の部屋だ」
ハリスの後ろから、ハリスより長身の白髪の老紳士が現れた。
「「「!!」」」
一気にピーンと空気が張り詰める。
三人は一瞬動きを止めた。
「アウグスト将ぐ…」
ユリウスが呼ぼうとした瞬間、
「グリフォンさん!!招待状ありがとうございました!アンタ超いい人だな!
ハリスにまでくれるなんて、ほんとアンタ、スターの鑑だよ!!」
とソルトが老紳士…アウグストの手を握って言った。
「うはぁ!馬鹿、ソル!お前なんて失礼なことを!
すみません、コイツ、アホなんです!」
ハリスがソルトをアウグストから引き離して、必死に謝る。
(もうなんか言い訳も面倒だな…なるようになれ)
頼みの綱のユリウスもそんなことを考えて遠い目をしていた。
「ふっふっふ…肝の据わった小僧だな、気に入った」
そんなおのおの三人の様子に気づいてか気づかずか、アウグストは可笑しそうに笑った。
「ほんとに?やったぜ!」
当のソルトは嬉しそうにガッツポーズ。
その横でオロオロするハリス。
「肝が据わっているなんて買い被りです。何もわかっていないだけですので」
ユリウスは、はしゃぐソルトに冷たい目を向けながら、アウグストに言う。
「…
お前が『嫡男』か」
鋭い眼光がユリウスを捕らえた。
しかし、ユリウスも怯むことなく言う。
「オーギュスタン家は、もう私には関係のないことです。縁を切りました」
「…そうか。しかし、お前が思っている以上に『血』とは重く、深いものだ。
ただの数年で切れるほどに、軽いものではない。
ここで証明されただろう?」
アウグストは、ユリウスの言葉に、少し考えるような表情をしながら言った。
「…俺にはまだ、それが信じられません…」
ユリウスは珍しく少し動揺したような声で答えた。
「…ユリウス。お前は実に興味深い。
私はお前が、今後必ず類まれなる存在になっていくと思っている。血筋ゆえか分からぬが、その存在感…」
とアウグストは言う。
「貴方がそう言うのでしたら…そうなのでしょう」
ユリウスは少し俯きながら言った。
「…マーレンは愚鈍な領主であったが…優秀な子ども…孫に恵まれたようだな」
アウグストは、ユリウスを見ながらも、どこか遠くを見ているようだった。




