第一話
太古の昔より広がる砂漠の地に、歴史上、もっとも巨大な帝国が存在した。
その力を最大にしたのが、アブシール朝、ラガシュ一世の時代である。
残忍、非道。数々の悪名が各地に残る中でも、彼を称賛する者は多い。
そして今日は、彼の輝かしい歴史の中の、影の英雄の話をしよう。
この物語の主人公は、アブシールの英雄、ユリウス・オーギュスタン将軍である。真っ黒な鎧に真っ黒な兜、フルーレという剣を持った細身の将軍。
この時代、アブシール朝と双璧を成した、メディシス王国。
彼は、そのメディシス国建国以来400年支える重鎮、名家オーギュスタンの嫡男でもあった。
メディシスとアブシールによる、アデレータ海戦は有名だが、若きユリウスもメディシス側で参戦していた。
しかし、メディシスは歴史的大敗を喫する。
海上で、共に参戦していた親類ソルト・オーギュスタンと捕らえられ、二人の身柄はアブシールへと移された。
乾燥した空気、照りつく太陽、巻き上がる砂。
ここは砂漠の国、アブシール。
風の音と、衣擦れの音だけが辺りを支配している。
「オーギュスタン?」
ラガシュの元に、ユリウスは、ソルトと共に縄に巻かれて突き出された。
ユリウスを見て、興味深そうにラガシュは言う。
「…あの呪われた一族の名か。実在していたのだな」
『オーギュスタン家は呪いの一族』、メディシスでは有名な話だが、まさか敵国のラガシュの耳にも届いているとは。
ユリウスは心底嫌そうに舌打ちする。
ラガシュの褐色の手が、そのユリウスの顎をグイと掴んだ。
「汚らわしい手で俺に触るな、蛮族が」
ユリウスはそう言い放ち、真っ黒な兜の奥から冷たい視線を向ける。
「ほぉ…。よほど命がいらぬと申すか。
それともただの世間知らずか?良家のお坊ちゃん」
ラガシュは、ユリウスの顎を掴んだまま、おかしそうに笑う。
しかし、目は笑ってない。
ユリウスは睨みつけながら、そんなことを考えていた。
「…決めたぞ、余は貴様を飼おう。
のち、貴様の国に乗り込んだ際、『オーギュスタン』が最初に根絶やしにする一族の名だ」
ラガシュは顎を強く持ち、高く持ち上げたのち、その場に打ち倒した。
「さっさと殺せ。お前に仕えるなど、死んだほうがマシだ」
ユリウスはすぐに起き上がると、低い声で吐き捨てるように言った。
「それを決めること。今ここから貴様に権利はない。死んでも構わぬが、貴様の部下を拷問にかけるだけのこと」
ラガシュは配下から渡されたハンカチで手を何度も拭きながら、そう言い放つ。
「お前を…殺す…」
ユリウスは地獄から這い上がってきたような、恨みのこもった声で言った。
その様子に、ラガシュは楽しそうに、
「面白い、その呪いとやら。本物なら、貴様の呪われた血で余を食い尽くしてみよ。
…できるものならな」
と言って、身を翻し去って行った。
「ラガシュ…!この屈辱、忘れぬぞ…必ず、お前の首をもらう」
遠くなる背中に、ユリウスはあらん限りの声で叫んだ。
「ヨォ!お前ら見慣れないな。新入りか?…出身は?」
松明の明かり1つだけの湿気っぽい地下牢の中で、ユリウスとソルトは、明るい声の、二人より少し年上そうな青年に声を掛けられた。
「俺たちはメディシス!お兄さんは?」
と、ソルトは答える。
「おお、お前らもかぁ。…あの海戦以来、ここも賑やかになったよなぁ」
青年は顎髭を触りながら、しみじみと言う。
「え?どういう意味?」
ソルトは聞き返す。
「俺たちは、ちゃ~んと民族ごとに分けられて収容されてるのさ。
その中でも、ここはそこそこ模範的と見なされた奴が入ってる上級牢獄さ」
模範的?と、ソルトはユリウスを見る。
あんな大口叩いた我々を、上級牢獄に入れるとは…。…逆に嫌味か?
「?
俺は海戦以前からここにいたんだが、海戦後はお前たちみたいなメディシス兵たちが大勢ここに来たんだ」
と青年が続けた。
青年は『ハリス』と名乗った。年は25で、やはりユリウスたちより少し年上だった。
「…メディシスはやはり、大敗したのか…」
ユリウスは、海戦を思い出しながら言うと、
「大敗も大敗よ。メディシス側は八割くらいの舟が沈んだんじゃない?
俺たちは陸から見てたよ」
と、ハリスが言った。
「え?ハリスも戦争に行ったの?」
ハリスの答えに驚いたようにソルトが聞く。
「ああ。囚人は兵役がメインだからな。ほかに土木とかインフラに回されるけど、兵役が多いな」
とのこと。
ユリウスとソルトが顔を見合わせていると、
「お前たちは知らないと思うけど、この国は完全なる弱肉強食だから。強い奴は美味いもんが食えたりいい思いができるが、弱い奴は戦で最前線に立たされる」
とハリスは二人の前で腕を組んで言った。
「え~マジかよ。で、俺たちは最前線なの?」
一番気になるところをソルトは聞いた。
「ん?アデレータ海戦の最前線は海上だぜ。
俺たちは海に一番近い陸で見てた。まあ、ぎりぎり前線は免れている感じだな」
なるほど…とソルトも顎を触りながら頷く。
「その『強さ』の序列は、どのように決めるんだ?アブシールから見た、その民族の兵力や属する国の国力、ということなのか?」
ユリウスは、なぜか納得しているソルトを押しのけてハリスに聞く。
「いやいや、アブシールは究極の弱肉強食。国の力はもう及ばない。
単純明快。闘技場で戦って決める。強い奴が正義だ。分かりやすいだろ?
俺たちは、強さでのみ自由が与えられるのさ」
そう言ったハリスの眼が、一瞬ギラッと輝いたように見えた。




