第五話:美しき女王と下僕
【Side:アリス】
……はっ! 保健室のベッドの上で、私はガバッと飛び起きた。 いけない、あまりの尊さと鼻血による貧血で意識を失っていたなんて!
「リリア様! 今すぐ戻ります! あの女装魔王と二人きりにしておくと、何を食べられるか分かったものじゃありません!」
私がベッドから降りようとした時、カーテンの隙間から、銀縁メガネがぬっと現れた。マリオンさんだ。
「お目覚めですか、アリス様。……いい気付け薬がありますよ」
「気付け薬? そんなものよりリリア様を……」
「これです」
ふふふと怪しく微笑む彼女が差し出したのは、デジカメの液晶画面だった。 そこには――。
壁に追い詰められ、涙目で頬を染める男装のリリア様(国宝級)。 そして、その顎を指先で持ち上げ、妖艶に微笑むナイトブルーの美女(魔王)。
「タイトルは『魔女の晩餐』です」
「~~~~ッッ!!?」
ブワッ、と鼻の奥が再び熱くなる。 尊い! 悔しいけど美しい! リリア様のあの表情、私が引き出したかったのに! でも、この「怯えながらも惹かれている」ような目は、あの魔王にしか出せない……!
「……っ、ぐふっ……」
「おや。気付けにしては効きすぎましたか。……またダウンですね。お大事に」
口の中に血の味が広がる。そして、私は再び、深い闇へと落ちていった。
リリア様……どうか、ご無事で……。
◇◇◇
1.女王の公開尋問
体育館の舞台上。 アリスが再び意識を失っている(気絶している)間に、立ち稽古は佳境に入っていた。
「ああ、ロミオ、ロミオ! なぜあなたはロミオなの?」
舞台上のバルコニーから切なげに手を伸ばし、とろけるような甘い声音で恋を謳う。 その一挙手一投足に、見学していた女子生徒たちが「きゃーっ!」と黄色い悲鳴を上げてバタバタと倒れていく。
(な、なんて演技力なの……! 本物の恋する乙女にしか見えないわ!)
リリアも、目の前の「ジュリエット」の完成度に舌を巻く。 ……だが、ここからが地獄の始まりだった。
「……私は……その名が君の敵だというなら、すぐにでも捨てよう!」
「本当? ……嬉しいわ」
(あら? ……台本にそんな台詞あったかしら?)
ふと、エリアスの瞳の奥に、怪しげな光が揺らめいた気がした。 彼は妖艶に目を細めると、バルコニーの手すりから身を乗り出し、甘く囁く。
「なら、名前を捨てる代わりに……『私のもの』になると誓ってくださいませ!」
「へ?」
今度こそ自信を持って言える。――そんな台詞、台本のどこにもないわ!
「答えて、ロミオ。……それとも、この場で口づけをして契約させないと分からないかしら?」
言うが早いか、エリアスは舞台下のリリアへ手を伸ばし、その手首をガシッと捕まえた。 優雅な見た目とは裏腹な、万力のような力強さ。 グイッ! と強引に引き寄せられ、私はつま先立ちになる。
「ひ、ひえー! ……ち、誓います! 誓いますから顔を近づけないでーーっ!!」
(だ、誰か助けて! これは演技じゃないの! 脅迫よ!)
(ああ、こんな時にアリスがいてくれれば……!)
そんな心の悲鳴が誰かに届くはずもなく。 表情は聖女のようににっこりと微笑み、しかし瞳には肉食獣の輝きを浮かべたエリアスに、私はなす術もなく支配されていた。
だが、この迫真の(?)演技を前に、周りの生徒はただただ感心するばかりだ。
「おおっ、すごい……あの二人、役に入り込んでるな」
「尊い……男女逆転なのに、完全に『美しき女王と下僕』の世界観だわ……」
演出担当の生徒も、台本との違いなど気にする様子もなく、「なんて迫真の演技なんだ」と恍惚として見惚れるばかりなのだった。
◇◇◇
2.開演5分前の紅
「ロミオとジュリエット」上演当日。
開演直前のざわめきを聞きながら、舞台袖でロミオ姿のリリアは開演を待っていた。
「……リリア。襟元が少し乱れているよ。こっちへおいで」
ジュリエット姿のエリアスがそう言って、リリアの手を引いた。
そのまま、緞帳の重い布地の裏側へ引き込む。
二人っきりになった途端、にぃっと赤い唇が妖艶な笑みを浮かべる。
壁に身体を押し付けられ、リリアは逃げ場を塞がれた。
つぅっと嫌な汗が背中を伝い落ちる。
「……うん。男装も似合っているね。凛々しくて、食べちゃいたいくらいだ」
すっと顔を近づけたかと思うと、そう囁いて、リリアの襟を開けると首筋に唇を寄せた。
熱い唇の感触とちくりとした痛み。
「ひゃぅっ!?」
(エ、エリアス、跡がついちゃう……っ!)
エリアスは顔を上げ、涙目になったリリアを見下ろす。
「……ふっ。そんな顔でジュリエットを誘惑するなんて、悪いロミオだね」
美貌の令嬢が怯える美少年の頬を手袋をはめた手でするりと撫でた。
「お仕置きが必要だね。……口を開けて」
リリアが拒否する暇を与えずに深く口付ける。
舌が水音を立てて絡み合い、エリアスの口紅の味がリリアの口内に広がった。
開演前の舞台裏のざわめきはもう二人の耳に届かない。
息が上がる頃、唇が離れる。リリアの口元はエリアスと同じ「赤」に染まっていた。
ふっとエリアスは吐息を漏らし、そのはみ出した鮮やかな赤を名残惜しげにみだらに拭い取った。
「……綺麗だよ。僕の色がよく似合う」
「……おや、僕も化粧直しをしないといけないね」
エリアスは自分の唇を指で触れ、ニヤリと笑う。
二人の時間の終わりを告げるように場内に開演を告げるブザーが鳴る。
「さあ、行こうか。……最高の悲劇を演じよう」
呆然とするリリアの背中を押し、光あふれる舞台へ送り出す。
(唇が……熱い。エリアスの匂いが取れない……。 こんな顔で、みんなの前に出るの……!?)
――ジャーン、と荘厳な音楽とともに緞帳が上がる。 まばゆいスポットライトが、舞台中央のロミオを照らし出した。
その瞬間。 客席から「わぁっ……!」という歓声が上がるはずが、どよめきにも似た「ため息」が漏れた。
凛々しい男装の美少年。 けれど、その瞳はどこか潤み、少し腫れた唇には「情事の余韻」のような赤が滲んでいる。 それは、悲劇のヒーローというより、「魔性の女に魅入られた哀れな生贄」のような、退廃的な色気を放っていた。
舞台袖の暗がりで、マリオンのカメラのシャッター音だけが、カシャカシャと軽快に響いていた。
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※2/14より22:40更新
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