第十八話:魔王の初夜と翌朝の攻防
「この時をどれほど待ったか。今日こそは君を僕のものにするよ」
王宮に準備された寝室にエリアスはリリアを抱き上げたまま、進み入る。
扉の閉まる音がするや否や、パチンと指を鳴らし、魔法で鍵をかけた。
カチャン、ブォン!
物理鍵、魔法結界、防音結界の三重ロックで厳重にこの部屋を隔離した。
「……これで、アリスも、陛下も、誰も入ってこられない。 今のこの空間には、僕と君しか存在しないんだ」
世界から二人を切り離すと、うっとりとリリアに口付ける。
「……んっ……!」
何度も顔を角度を変え、互いの全てを吸い尽くすように深く唇を重ねた。
キスの合間の息遣いも荒くなっていく。
「エ……リアス、苦しい……」
リリアは酸素不足で涙目になる。
「……ごめん、リリア。止まれそうにない」
リリアの頬を伝う涙を舌で掬って、エリアスが低く呟く。
その目は欲望でギラつき、獣のように自分の唇を舐める。
白いドレスを脱がせるのももどかしく、魔法で全て脱がせ、エリアス自身もきらびやかな盛装を脱ぎ捨てた。
「……リリア、可愛い。早く食べてしまいたくなる」
「……や、だ……恥ずかしい……」
熱っぽいエリアスの視線に晒され、リリアの身体は羞恥で赤く染まる。
「君の全てを見せて。隠さないで」
浅い息を繰り返しながら、自らの身体を隠そうとするリリアの両手を彼女の頭の上に片手で縫い留めた。
「ああ、綺麗だ……新雪のようなこの白い肌に初めて痕を残すのが僕だなんて、幸せ過ぎてくらくらする」
部屋を柔らかにてある月の光の下、淡い白に浮かび上がる肢体。
自由を奪われたものの、恥ずかしげに身体を捩る仕草にエリアスの劣情が刺激された。
おもむろにリリアの身体に覆いかぶさり、首筋に吸い付いた。
長い白い指は胸や腰、臍の周りの感触を確かめるように蠢く。
「あ……んっ!」
くすぐったさと痛みにリリアの身体が跳ねた。
ふっと息を吐き、エリアスの唇が指の跡を追う。
「ああ、リリア。愛してるよ」
感極まったように、エリアスが吐息の合間に呟く。
リリアは快楽に翻弄されながら、薄く微笑む。
「私も、……愛してる、わ」
とろんとした瞳を向けられ、エリアスはごくりと生唾を飲んだ。
「ねぇ、リリア」
エリアスは動きを止め、切なげな目でリリアを見つめる。
「君の口から『愛してる』って聞けて嬉しいけど……まだ、夢みたいだ。 君の愛を、形にして見せてくれるかい?」
「僕に触れてほしい」「僕を求めてほしい」という、甘えたような懇願にリリアは小さく頷く。
それを見て、エリアスはリリアの髪をそっと撫でる。その指先が小さく震えていた。
(……ああ、エリアスはまだ不安なのね)
リリアは胸が締め付けられる。その不安を拭いたいと強く感じた。
「わかったわ」
艶然と微笑み、今度はリリアがエリアスを押し倒し、その均整のとれた靭やかで逞しい体を組み敷いた。
「今度は私がエリアスをめちゃくちゃにしてあげる」
初めてのシチュエーションに胸が高鳴るのを感じながら、リリアはエリアスの胸に手を伸ばし、その感触を楽しむように撫でる。
「……ッ!!」
柔らかい刺激が堪らずエリアスの身体が小さく跳ねる。
その表情が気になりちらりと視線を向けると熱く潤んだ目と視線があった。
(エリアスも気持ち良く感じてくれてる?)
背筋をゾクゾクする快感が登り、加虐的な気持ちに火が点いて、リリアは、エリアスがいつもするように、彼の首筋や鎖骨に唇を寄せる。
リリアの赤く長い髪が胸元をくすぐり、そのまま、唇を落とす背徳的な美しさにエリアスはぞくりとし、新たな熱が生まれる。
(いつもエリアスが私につけるみたいに……こうすれば、安心する?)
ちゅ……
あえて目立つ首筋を強く吸い上げ、所有の証としてのキスマークをつける。
首筋に熱と痛みを感じた瞬間、エリアスの理性が完全に崩壊した。
「……ああ、最高だ。 一生消えないように、もっと深く噛み付いていいくらいだ」
「きゃっ!」
いきなり身体が持ち上げられ、あっという間にエリアスの身体の下に組み敷かれた。
「ごめん、リリア。主導権を渡すなんて言ったけど、撤回する。 ……そんな可愛いことをされて、黙って寝ていられるほど、僕は大人しくない」
エリアスの瞳は、もうリリアを逃す気など微塵もなかった。 恐怖すら感じるほどの執着。けれど、その奥にあるのは、どうしようもないほどの愛だ。
「全部、僕に預けて。 ……もう、朝まで逃がさないから」
「リリア、愛してる……愛してる……ッ!」
降り注ぐような熱い口づけと、愛の言葉。 エリアスの手はリリアの全身を愛おしむように這い、その熱で理性の欠片すらも溶かしていく。
「……あ、ん……」
甘い痺れが頭の芯まで響き、リリアはエリアスの背中にすがりついた。 ドレスも、飾り気のない自分も、全てをさらけ出して彼に委ねる。
「痛かったら言って。……止める自信はもうないけど」
「……ええ。……お願い、エリアス」
リリアの耳元で低く呟くと、エリアスはリリアを抱きしめる腕に力を込めた。 互いの肌が隙間なく重なり、境界線が消えていく。
結界に閉ざされた部屋に、二人の重なり合う吐息だけが溶けていく。 月だけが知る、長く甘い夜が始まった――。
◇◇◇
深夜、エリアスの寝室前。
扉の向こうの熱気とは裏腹に、廊下は冷え込んでいた。
「悔しいーッ!」
アリスはハンカチを噛み締め、奇声を上げている。
その横では公爵私室の護衛騎士が二人任務に当たっていた。
「アリス様のお悲しみの声が、私の魂を震わせる……!」
片方の騎士は聖女の献身に心打たれていたが、もう一方の騎士クラウスは銀縁眼鏡の下から冷めた視線でその様子を見ていた。
「はぁ……」
(……うるさいな。近所迷惑だろ。 ていうか、公爵閣下の初夜を覗こうとするとか、聖女以前に人としてどうなんだ)
クラウスは小さくため息をつき、一歩前に出る。
「アリス様」
「なんです!? 今、私は『リリア様の残り香』を精神感応で受信するのに忙しいのです!」
「廊下は冷えますので。風邪を引くと、明日のリリア様への奉仕に支障が出ますよ」
目くじらを立てるアリスにクラウスは冷静に対応した。
「ッ!? ……た、確かに! 私が倒れたら誰がリリア様のモーニングティーを!? 貴様……モブの分際で痛いところを……!」
独り勝手に合点の行った様子にクラウスは眉をひそめる。
(モブってなんだよ……)
「ほら、毛布を持ってきました。ここで待機するなら、せめて静かに包まっていてください」
妄言とも思える台詞をスルーして、念の為に準備していた毛布をアリスに手渡す。
「……ふん。気が利きますね。 名前は? 褒めておいてあげます」
「……クラウスです。お褒めは結構ですので、どうかお静かに」
くしゅんと小さくくしゃみをしてアリスは毛布にくるまる。
それからしばらくして、クラウスが、眠ってしまったアリスを見下ろして、ずり落ちかけた毛布をかけ直し、小さくため息をつくのだった――。
◇◇◇
長い夜が明け、小鳥のさえずりが聞こえる。 リリアは重いまぶたを持ち上げたが、体は鉛のように重かった。
「……うぅ……腰が……」
「おはよう、リリア。気分はどう?」
横から聞こえてきたのは、やけにツヤツヤとした爽やかな声。 見れば、エリアスが頬杖をついて、愛おしそうにこちらを覗き込んでいた。 昨晩の野獣のような姿はどこへやら、今は完全に「満たされた飼い主」の顔だ。
「……エリアス、元気ね……」
「君のおかげでね。 ……ふふ。顔を洗うのも大変そうだ。食事はベッドで摂ろうか」
エリアスは上機嫌でガウンを羽織ると、扉へと向かった。 リリアはシーツを引き上げながら、ぼんやりとした頭で考える。
(昨日のあれ……夢じゃなかったんだ。……すごい体力だったなぁ……)
◇◇◇
エリアスが、指をパチンと鳴らして結界を解く。 そして、人が入れない程度に、わずかに扉を開けた。
「……おい。食事を」
「待っておりましたーーッ!!」
騎士に命じる間もなく、食い気味にアリスがワゴンと共に現れる。 その顔には、深いクマと、不気味なほどのハイテンションが同居していた。
「さあ! リリア様の生存確認と栄養補給を! 私が直々にお口までお運びし……」
「帰れ」
ダンッ! エリアスは無慈悲に、アリスの鼻先でワゴンだけを奪い取り、足で侵入をブロックする。
「ぐぬぬ……! 魔王の鉄壁……! ですが、その隙間から見えるリリア様の寝顔……プライスレス……! ……って、はっ!?」
アリスの目が、一点に釘付けになる。 エリアスの開いたガウンの襟元。 白い首筋に、くっきりと残る「赤い花弁」。
「そ、それは……まさか……!!」
アリスが絶句するのを見て、エリアスはニヤリと口角を上げた。 わざとらしく、その痕を指先でなぞってみせる。
「ああ、これ? ……リリアがね、『私のものだ』って、泣きながら付けてくれたんだ。 一生消したくないくらい、嬉しいよ」
「キェェェェェーーッ!! マウント取られたーーッ!! しかも特大のーーッ!! そこ代われこのバカ魔王ーーッ!!」
バタン!! カチャン、ブォン。
再決壊が施され、扉の向こうでアリスが地団駄を踏む音を聞きながら、エリアスは鼻歌混じりにワゴンを押して戻ってきた。
「……外にうるさい虫がいたけど、追い払っておいたよ。 さあリリア、スープが冷めないうちに食べようか」
「……エリアス、すごく楽しそうね……」
リリアは苦笑しながら、差し出されたスプーンを受け入れるのだった。




