第十二話:氷の魔王と、囚われの(?)姫
馬車で移動中も、エリアスはリリアを膝の上から降ろさなかった。
「エリアス、お願いだから、会場に着いたら歩かせて!」
「ダメだよ。せっかくの美しい靴が汚れてしまったら、大変だからね」
涙目のリリアが懇願しても、エリアスはニコニコして聞き流す。
(こ、こんな仕打ち、断罪される前に羞恥で死んでしまうんじゃないかしら?)
ついさっき、私室から表玄関にとめてある馬車までの短い距離でも死ぬんじゃないかと思ったのよ!
色々な意味で分別のある人間しかいなかったのに、逆にありえないくらい誰一人とも視線が合わなかったのに、それでも、エリアスにお姫様抱っこをされたままで運ばれるなんて、恥ずかしい以外の何物でもない。
(我が家の従者たちしかいなくてもこれだけ恥ずかしかったんだもの。パーティ会場でお姫様抱っこで運ばれるのみられるなんて、絶対に無理!!)
しかし、リリアの願いも虚しく、馬車は無情にも王城の車寄せに到着してしまった。 窓の外には、すでに多くの馬車がひしめき合い、着飾った貴族たちで溢れかえっている。
ガタン、と馬車が停止する。 リリアにとっては、それが「処刑台へのカウントダウン終了」の合図に聞こえた。
「と、到着いたしました、エリアス様、リリアーナ様」
従僕が恭しく扉を開ける。 彼はプロの従僕として、どんな光景を見ても動じない訓練を受けていたはずだった。 だが――。
「……っ!?」
(え、抱っこ……したまま……?)
扉の向こうの光景を見て、従僕は一瞬固まった。 エリアスがリリアを膝から下ろす素振りすらなかったからだ。
「ご苦労」
エリアスは従僕の手を借りず、リリアを抱きかかえたまま優雅にステップを降り立つ。 リリアの純白の靴底は、ついに一度も地面につかなかった。
「……っ! お願い、下ろして……! 自分の足で歩けるから!」
「ダメだ。君が逃げ出さないようにするには、これが一番確実だからね」
エリアスは冗談めかして言ったが、その瞳は笑っていなかった。 半分は本気だ。この手から離せば、彼女がどこかへ逃げてしまいそうな気がしていたからだ。
二人はそのまま、会場の入り口へと進む。 そこには、談笑しながら入場を待つ貴族たちの人だかりがあった。
ザワザワ……と賑やかだった会場が、エリアスの姿を認めた瞬間――。
シーン……
まるで氷魔法をかけられたかのように、一瞬で静まり返った。
「あ、あれは……グランヴェル公爵家の……」
「嘘だろう……? リリアーナ様を、抱きかかえて……?」
「地面すら歩かせないというのか……?」
驚愕、困惑、そして畏怖。 貴族たちは、エリアスが放つ「僕の婚約者を視界に入れるな」という冷徹なオーラに圧倒され、慌てて左右に道を空けた。
それはまさに、海が割れるがごとし。 誰もが息を呑み、エリアスと、その腕の中のリリアを見つめている。
「見てごらん、リリア。 みんな、僕たちの入場を祝福して道を空けてくれているよ」
エリアスはリリアを見下ろし、この世で一番甘い笑顔を向けた。 しかし、リリアの脳内通訳は、その状況を最悪の形で翻訳する。
(違うわよーーッ!! みんな『関わりたくない』って顔してるじゃない!!)
(「うわ、あの悪役令嬢、自分の足で歩くことすらしないなんて何様のつもり?」って思われてるに決まってる!)
「ううぅ……み、みんな見てる……国王陛下までこっちを見てるわ……!」
「見せつけてやればいい。 君は、僕だけのものだと」
エリアスはそう囁くと、リリアを抱き直して堂々とレッドカーペットを進んでいく。 それはリリアにとって、「断罪の場への、あまりにも派手すぎる花道」だった。




