第一話:鳥籠への誘いと、残り三ヶ月の命
「……ねえ、リリア。その綺麗な足を折って閉じ込めたら、もう僕から逃げない?」
耳元で囁かれた甘く、そして凍えるように冷たい声に、私は総毛立つような恐怖を覚えた。
視界いっぱいに広がるのは、薄暗い天蓋付きのベッドと、私を組み敷いて見下ろす婚約者――エリアス・ド・グランヴェルの美しい顔。 月光を溶かしたようなプラチナブロンドの髪が、さらりと私の頬をくすぐる。 けれど、その宝石のようなアメジストの瞳には、一切の光が宿っていなかった。
(ひいいいいっ! で、出たあぁぁぁーーッ!!)
私は心の中で絶叫した。 間違いない。これは、前世でプレイした乙女ゲーム『救国の聖女と白銀の騎士』における、隠しルート名物――「監禁バッドエンド」の導入台詞だ!
私の手首を掴む彼の手は、華奢な見た目に反して、万力のように強い力が込められている。 エリアスは、国一番の美貌と魔力を誇る公爵令息。そして、普段は穏やかな「僕」口調の優しい王子様……というのは表の顔。 その本性は、気に入ったものを徹底的に管理・排除しようとする、生粋のヤンデレなのだ。
「……答えて、リリア。僕以外の男に笑いかけるくらいなら、この部屋で一生、僕だけを見て暮らすほうが幸せだよね?」
スゥ、と。 氷のような冷たい指先が、私の足首へと這い降りていく。 本気だ。この人は本気で、私の足をへし折って鳥籠の住人にする気だ。物理的に!
(落ち着け、私! パニックになるな!)
私はガチガチと鳴りそうになる奥歯を食いしばり、必死に脳内でカレンダーを弾いた。 今は、学園の二年生。季節は冬。 ゲームのシナリオ通りなら、あと三ヶ月後に行われる『建国記念パーティー』で、彼は運命のヒロイン・アリスと恋に落ち、悪役令嬢である私を断罪するはず。
つまり――。
(あと三ヶ月! たった三ヶ月やり過ごせば、私はこの重すぎる愛から解放される!)
ここで「嫌だ」と叫んで逃げようとすれば、即座に足ボキコース(バッドエンド)。 けれど、大人しく従うフリをして三ヶ月を耐え凌げば、彼はヒロインに夢中になって私を捨ててくれる(ハッピーエンド)。
答えは一つしかなかった。
私は震える唇に力を込め、精一杯の「悪役令嬢スマイル(のつもりだが実際は引きつった愛想笑い)」を浮かべた。
「……わ、わかりましたわ、エリアス様。私はどこへも逃げません。ですから、その……乱暴なことは、しないでくださる?」
私の言葉を聞いた瞬間。 エリアスのハイライトのない瞳に、とろりと濁った暗い歓喜の色が浮かんだ。
「――いい子だね、リリア。愛してるよ」
彼は嬉しそうに目を細めると、私の首筋に深く顔を埋めた。 ちくり、と鋭い痛みが走る。 まるで、所有印を刻みつけるかのように。
(ううう、痛いし怖いし重い! これ絶対、痕に残るやつじゃないの!?)
けれど私は心の中でガッツポーズをした。 首の皮一枚で繋がった! 待っててね、ヒロインちゃん。私が君と彼を全力でくっつけて、この「愛」という名の監禁生活から脱出してみせるから――!
こうして。 私の、命がけの「婚約者応援キャンペーン」が幕を開けたのだった。
◇◇◇
【Side:エリアス】
震える肩、恐怖に潤んだ黄金の瞳。 僕の腕の中で、小鳥のように怯えるリリアは、世界中のどんな宝石よりも美しかった。
「……わ、わかりましたわ、エリアス様。私はどこへも逃げません」
彼女はそう言って、僕に微笑みかけてくれた。 ああ、なんて愛おしいのだろう。 もちろん、それが嘘であることは分かっている。 彼女の瞳の奥には、「三ヶ月だけ我慢してやる」というような、小賢しい計算が見え隠れしていた。
(……ふふ。まだ逃げられると思っているんだね?)
可愛い。本当に可愛い。 その浅はかな希望ごと、愛し尽くしてあげよう。 三ヶ月? とんでもない。三百年経っても離してあげるつもりなんてないよ。
「――いい子だね、リリア。愛してるよ」
僕は彼女の白い首筋に唇を寄せた。 誰にも触れさせないよう、とびきり濃い「マーキング」を刻みつけながら、僕は昏い喜悦に打ち震えた。
さあ、始めようか。 愛しいリリアとの、終わらない「鳥籠ごっこ」を。




