記憶の森の外へ
私が幽閉されたのは何時からだろう。河童と接点をもったせいだと、役人が私に言った。彼らの国に行った事のある人間は、隔離されると告げられた。
私は、深い森の中にある建物の中で、毎日外を見て過ごす、他にも私同様の者がいるからだろう、同じようにここに閉じ込められている年老いた人々をみることがある。どうしてこうも周りは年寄りばかりなのか?それは分らない。その彼らも何も語ろうとしないので、私の話し相手は、看守ぐらいのものだ。
看守は、厳しい顔をすることはない、笑みをよく浮かべ、時折困った顔をしたりするが、私が河乃子の話しをしても、否定したりすることはない、きっとまた会えますよと優しく対応してくれるので、教育が行き届いているのだろう。
私は、そんな時じぶんでもよくしゃべると思う。でも、河乃子との会話でテレパシーで聞くことになれていたからなのか、相手の言う意味がよく理解できないことがあるのが問題かもしれない、自分でも言いたい言葉が見つからないのは、その影響と思う。
月に一度。私の子供と名乗るが、名前も顔も思い出せない人達が、たまに逢いにくる。私に子供が居るだって、バカ言うものじゃない。結婚もしていないし、まだそんな歳でもない。親しい雰囲気を出して、何かを聞きだそうとしている。公安の回し者に違いないのだ。だから私は、この者達とはあまり会話をしない。嫌いだ。
すると、彼らは悲しそうな顔をして、帰ってゆくのだ。私は、彼らの背が小さくなる前に、車椅子に乗って部屋に戻るのが常だ。
毎日、夕方になると、帰りたいという気持ちが心いっぱいに広がる。ああ、河乃子、あなたの国に行きたいよ。
暗い部屋で、ベッドに寝そべり、暗い窓の外を見つめる。外では木枯らしが吹いているような音がする。雨の音が耳に響く。大きな虫が、部屋のあちこちで蠢く、怖いけど奴らは襲ってこない、看守を呼ぶとさっと居なくなってしまい、私は虫の存在を彼らに証明できないままだ。
頭の中では、雨が降り続く
部屋じゅうを虫が徘徊する。
自分の息が弱い
「河乃子・・・どこ?」と私が頭の中で訊くと。
いつの間にか、河乃子がベッド脇でフラスコを持って立っていた。
「やあ、ようやくエッセンスが取れそうだね」と河乃子が笑った。
「ねぇ帰ろうよ」私は、目をつむった。水底の町。私が帰るべきふるさと、友人達が待つ場所へ
「そうだね。一緒に帰ろう。」河乃子が、フラスコを私の口元に差し出した。
「鮎をまるごと食べたいな」言葉じゃあない、頭の中の声。
くすりと笑い声が微かに聞こえた。ーさぁ行こうかー
光が見えた。水底から水面を見たときに広がる、ゆらめく光に似た光が。私の魂は、その光に向って歩き続ける、その光を背に、水かきのある手が私の手をしっかりと握って、その中に誘ってゆく。
「待ったよ」まぶしい光の中で顔は分らない、ただ心の声が届いてきた。私は、懐かしい気持ちに胸が一杯になっていた。
「うん、私も逢いたかったよ」私は、光に溶けてゆく。
ある日、河童の王様の娘は、森の中にある清浄な泉の中で、卵を割って出てきました。王様と妃は、喜んで失われた娘を抱きしめ、沢山の河童達は、悦びの声を上げました。
そして、娘の友人は、進み出ると生まれたばかりの娘の顔をじっと見つめまて言いました。
「お帰りなさい」
小さい私は、やさしい産声をあげた。
「ただいま」




