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河童  作者: 笹木 人志
3/7

食事処

「そろそろ、食事でもしようか」河乃子が、暗転気味になった私の心を汲んでくれたように誘った。なんてすてきなタイミング、ねぇなんであなたは河童なの?人間の男性なら私はあなたに恋をしてしまうかも。


 でもデートと言う感じのお店ではなくて、大衆食堂みたいな料理屋さんに私達は入った。河童の文字で書かれた紙が、壁に一列をなして貼付けてあり、小冊子みたいなメニューは表は無かった。


 河童は、お店の人を呼びつけて、聞き慣れない言葉で、注文をした。

「河童のお店だけに、川魚料理しかないけど、ここのはなんでも美味しいからね」と河乃子は、席を立つと、コップに水を入れてもどってきた。


「公園、面白かった?」と訊いてきたので。正直に頷いた。100パーセントの笑みをプラスできた。久々に心と表情が一致した気持ちだった。こんなは何年ぶり?生まれてから初めてってわけじゃないけど、学校生活は、一分でさえ一年にも思えるほど辛かったから、時をデジタル的ではなく、心の中で感じる尺度で考えると、私はまるで人生の最後に近いところでやっと、笑ったのかもしれない。


「ここに人の学校があれば、ここに転校したいな」全くそうだ、そうすれば心に傷のある子達は、沢山集まりそうだ。



「それは無理かな、人の学校はないからね」河乃子は、事実を淡々と言った。「私が、人の学校に行っているのも、私が行きたいからというより、あくまでも交流という名目で、行っているだけだし。君のお母さんの働きで、保護対象にされている人以外の知的生物を、公にすることで、認知度や好感度をあげるのが目的だものね。」


「学校は好きじゃないの?」


「人のはね。結局は珍奇な動物としか皆は思っていないじゃないかな?」河乃子は、あれほど人気ものなのに、私はひとりぼっちなのに、そんなことを考えていたなんて知らなかった。


「私達似ているのかな?正反対なのかな?」本当のところ河乃子が私に優しくしてくれるのは嬉しかった。でも人気者であることに関してはきっと妬んでいた。そんな河童が、少し私に近いところにいるような気がして、その妬みが薄れていった。


 給仕の河童が、テーブルにお造りを置いてまた厨房に戻っていったけど、戻る間歩きながらも、私を何度も振り向いていた。道中では無関心の様に思えた河童達だったけど、やはり私は、ここでは珍しい存在なのかな?となんか嬉しいような、でも異質にみられて悲しいような複雑な気持ちになった。


「見た目は似ていないよね」くすっと河乃子は笑った。「でも、あの教室の中では、お互いに異質扱いされているかも、さぁ食べよう」と河乃子は箸でお刺身をつまんで口に放り込んだ。


 私も、同様にそれを食べた。柑橘の利いたカルパッチョみたいなお刺身。続いて鮎の塩焼きが出てきて、その隣にご飯。小鉢には海苔の佃煮みたいのが入っていた。


「海苔の佃煮、美味しぃね。家でも食べたいくらい」私は、空になってしまった佃煮が入っていた小鉢を恨めしそうに見つめた。


「川海苔だよ」と河乃子は説明した。「香りがキュウリみたいに、爽やかでしょ。ここのお店は、海苔を焚くのがとても上手って評判なんだよ」


「ああ、それで河童は胡瓜が好きってことになったのかな?」


「それは人間同士の中で発生した逸話だから、私は判らないよ。この料理を見ても判るように、水辺が好きな私達は、魚さえあれば満足さ、野菜よりは魚だな」


 河童の歯はよほど丈夫なのだろうか、鮎の塩焼きを頭から目刺しを食べるように、いとも簡単に食べてゆく、私も真似をしてみたが、頭を頬張った時点で。咀嚼しきれそうにないと判って、頭をお皿の上に出してしまった。


「大きくて無理だわ。」私は、情けない気分になった。


「ここの鮎は大きいからね」河乃子は、笑った。「むしろ人間達のお店にある鮎の小ささに私は驚いたけどさ、でも河童になってみれば、これくらいへっちゃらだって判るよ」


「なれればいいけどね」私は、鮎の身の方を箸で崩しながら食べた。なんかこの食べ方も汚くみえて嫌な感じがする。河童はまるごと食べたので、お皿は綺麗なものなのに、私のはまるで、カラスが食べ散らかしたゴミ収集所に見えてしまうのだ


「なれるかもしれないよ」河乃子は、大きな潤んだ目で私を見つめた。「本当のことをいうと君なら、仲間になってくれるのじゃないかと思って私達の国に誘ったんだ」


「え?」


「当然強制はしないし、できないよ。」河乃子なりに緊張しているのだろう、水をごくりと飲んだ。「君の心が大事だから」


「心が?」


「食べ終わったら、一緒に来て欲しいところがあるんだ。」河乃子は、ごくごくと飲んで空のコップをテーブルにおいた


「河童になってもいいよ」私は、返事をした。辛くても生きますか、死にますか、人間やめますか。とでも、自答自問しそうな毎日。耐えることに慣れたわけじゃない、心の中の何かが死んでしまって、なにも感じなくなっている自分を毎日俯瞰している。そんな日々になにか終止符をうってみたい。今、そんな気持ちが沸き起こった


「まじ?」私の答えに河乃子の方が驚いたようだった。


「父も母も、承諾書の意味が分っていたのじゃない?私には全然だったけど」あんな紙きれに、動揺を隠せないでいた二人。書かないという選択肢を何故選ばなかったのか?


「あの紙には、この国に入る許可以外の意味はないよ」河乃子は、首を横に振った。「ここで何があろうとしても、全ては君が自分で決めることだ。あれに他の意味があったとしても、それは、君の意思を全て尊重するという意味しかないよ」


「じゃあなんで、動揺していたのかな?」私は疑問を河童にぶつけてみた。


「いや、たいした説明もしていないのに、そんな事を言われたら、動揺するよ」ドラマの定番の格好のように、両方の掌を上に向けて答える河乃子、水かきがなんか綺麗に見える、短い爪も先っぽが尖っていて、なんかそのままでもおしゃれっぽいし、痴漢の撃退にいいかも。「君のお母さんは、河童の保護に携わっているだけに、こっちの内情にも詳しいから、しょうふくさんは、あの承諾書で勘ぐり過ぎたのじゃない?」


「そうなのかぁ。でも、本当にいっその事こっちに住んでみたいって気持ちはあるよ」私は、逃げたいだけってのが本当の本当のところだけど。「で、これからどこかに行くのでしょ」


「うん、君たちでいうところの産婦人科かな」


「え?」意味が分らない。「河童の出産でも見るの?」芥川の河童という作品では、確か生まれてくる子供に、この世に出たくないか訊いていたっけ。


「私達は、卵生なんだよ。」河乃子は、あっさりと言った。「生物学的には、きみたち哺乳類に近いけど、哺乳類の中にも、カモノハシという卵生の動物がいるだろ。」


「ああ・・・」確か、動物の番組で見た事があったっけ?鴨のくちばしみたいな、口をして、毒腺のある爪があるとか・・・たしかに、あれは哺乳類だし、河童も同じ、両方とも水辺に住んで魚を捕って食べている。類似点はあるけど、河童に毒腺があるようには思えないな。


「だから、どちらかというと孵卵器の見学ってところかな」


イメージが追いつかない。小学校の頃に鶏の卵を孵卵器で温めたことはあったけど、あれどんな実験だったっけ?


 食堂の支払いは、河乃子が「私が誘ったんだからと」奢ってくれた。いじめっ子が徒党を組んで、私を取り囲み、ファミレスに連れられた挙げ句、食事代を全て払わされた時の悲しさをふと思い出した。無理矢理お金を巻き上げることはしなかった奴ら。その代わり強制的な好意の名の下に、小遣いがどれほど巻き揚げられたことか・・・


 ここでは、そんな思いはしなくていい。みんなが優しい。それは私が此処では異邦人で有り続けられるから。



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