河乃子
学校に行こうとする度に、体は重くなり、頭は痛くなり、吐き気を感じる。それでも急かされて家を出る。私は学校に来る度に考える。どうして人は大きな違いは受け入れるのに、小さな差異にこだわるのだろう。
私の名は島伏 直美。見た目は目立たない公立の普通の高校生。あだ名は「しょうふく」。落語みたいに笑福ならきっと人気者だろうが、字でかけば妾腹、妾が生んだ子だ。別に妾の子じゃないし・・・と反論したが、父と母の名字が違うことを突っ込まれて、そんな事で?とあきれ顔しかできなかった。
父は、売れない作家で、性別関係なく性的な関係を描いては、売れない雑誌で、連載や読み切りを載せていた。そんな作風でいじめられるかもと思ったが、流石にそんな雑誌を買うような同級生や父兄も居ないようで、その件でいじめられる事は無かった。それどころか、職業は作家となっているせいか、なんとなく尊敬の目で見られる事もある。
母親は、私と同じ姓で、売れっ子の弁護士。結婚後にあれれこれやの手続きで、登録してある事業所の変更にかかる経費に呆れ、直ぐに離婚を決意して前の姓に戻ったのだという。なら父親が島伏の姓になればと父が提案したら、親戚からの大反対に負けてしまい、夫婦別姓のまま、私が生まれ今に至る。
このあだ名。おおかた、同級生の誰かの親の頭の中で空想を膨らませて出来た物語が発端みたいで、私が作家である父の妾の産んだ子という事になってしまったのだろうと、推測は付いていた。しかし、妾が弁護士って、説得力がないなぁ。母親の稼ぎの良さに妬みが生んだ結果なんだろうな。お妾さんってきっと沢山お金が貰えそうだし。父もペンネームでは大作家と思われているのかもしれない。
しかし、得てして誤解は誤解を生み、想像はあらぬ方向に膨らんでゆくのは、この世の倣いなのだろう、そして私は、妾腹の子であり、夜の女であり、裏口入学した学生であり、何度か警察のお世話になりながらも、母の力で切り抜けてきた、グレている少女であり、よく判らないが、憑きものもあるらしい・・・
で、このあだ名とあらぬ流言飛語のせいもあり、先ほど書いたように、私はいじめを受けている。隣のクラスにいた同性婚の親を持つ子もいじめられて、今はフリースクールで頑張っていると風に頼りに聞いた。
まったく、寛容性のない社会にしたのは誰なんだ?私はその被害者だ。それをそのままで良いと言い張っている大人達だ。と考えても私にはどうしようもない。さっさと年を重ねて社会人になるまで、アルマジロを決め込むだけだ。
こんな状態でありながらも、私がいじめられつつも真面目に学校に通っているのは、このクラスに河童が通っているからだ。あだ名ではない、正真正銘の河童。ただ、甲羅はない、お皿も無いが、頭頂部だけ禿げてそこがやや赤みがかっている。本人曰く、脳を冷やすために毛細血管がそこに集中しているのだという。目玉は、くりっとしたまんまる。口は河童そのもののくちばし状、その上のくちばしの付け根に、小さい鼻の穴が空いている。手にも足にも水かきがある。肌は白。妖怪図鑑に解説にあるように粘液質な皮膚ではないし、臭い匂いとかはしないので、とっつきにくい相手ではない。
日常を水中で生活するなら、皮下脂肪が多くないと生きていけないだろうと思いがちだけど、あの体型からだと、普段は水中では過ごしていなっくて、狩りの時だけ潜っているというのが、定説になっているのよーとは母の言葉。
河乃子によれば、潜るときには、森の木の実から採った油を体に塗っているとか言ってたかな。その時に、肌がぬるぬるになるし、独特の匂いも漂うらしい。河童にとっては、その匂いは気にならないらしいが、母曰く、強烈らしい。
いずれにしろ、このどうしたって異質な奴は、クラスの人気ものである。私の異質さは、両親の名字だけなのにね。
でだ・・・この河童が、何故居るかといえば、この街の外れにある自然にできたダム湖で、彼らの集落が発見され、知能は人並みだし、気候変動のせいで絶滅が危ぶまれたので、むしろおおっぴらにすることで、密漁から守ろうという計画の一環なのである。
「しょうふくさん、しょうふくさん」授業の合間。河童が私の後ろの席から声を掛けた。もう、しまふくだってばぁ、と思うが、この声はからかいの声色というより、人なつっこさがあるのでついつい受け入れて返事をしてしまう。他の奴ならしっかり無視をするのだが。
「なによ、河乃子」と振り向くと、河童と話しをしたがって、集まりつつあった男女が妬みの目で私を見ていた。あーこれでまた、あとでどんないじめを食らうことやら、ちなみに河乃子と言うこの河童、子がついているからと言って、女と言うわけではない、でも男でもない・・・発情期になると、性が一時的に決まるというのだが、不明な所がいまだに多いのだ。
「ねえ、お父さんの本また貸してよ」河乃子が、テレパシーで思念を送ってきた。最初からこの方法を取らないのは、人に対しては、相手の注意が向いてくれないと、思念が送れないという理由からだ。ただ、実際にこの事を知っているのは、このクラスでは私しかいない。
そんな知恵を付けたのも、母親が河童の人権?の為に当初から働きかけを行い、私も幼い頃から河童との付き合いもあったからだ。でも、この子のおかげで、私はいまだに不登校になれずにいる。理由は分らないけど、河乃子が傍にいるだけで、凄く心が落ち着くのだ。ついでに言えば、河童は水中でコミュニケーションを取るためにこんなテレパシーが使えるようになったとのことだ。
携帯がぴこぴこ音を立てた。「しょうふく、はよ死ね」「しょうふく、うざい、さっさと相対しろ」妾腹という字に変換もできず、早退の字を誤変換する輩とは、お友達にはなれない。やっぱSNS辞めようかな。どうせスマホで連絡を取り合う友達は居ないし、中学の頃の友達は違う高校に行ってからは、音信不通だし。すくなくとも、匿名で誹謗中傷する行為からは逃げられそう。
「判った」私は、テレパシーなんか使えないから、言葉で返事をする。取り巻き連中は、やりとりが判らないから、奇妙な目で私をみた。
「学校が終ったら家によって」というと、沢山の妬みの籠もった視線が私をにらみつけた。気持ちが重い、早退しようか、保健室に行こうかと思いが頭の中を巡った。
「了解」と嬉しさ一杯の思念が私の脳の中で広がった。その思念に影響されたみたいで、重い気分が少しだけ軽くなった。この子も一体どういう神経をしているんだろう。あんな低俗な小説。読んでいると頭がおかしくなりそうになるのに。
なのに、父親は自分の書いたものを娘に読ませて、「どうだ?」と訊いてくるし。青少年に読ませるものじゃないでしょ、若い子はこんな小説のようなことをされて喜ばないよ。と私は突っ返す。
全く、こんなのを読ませて自慰行為でもさせたいのかしら?今の私は、そんな事をする心の余裕もない。家に戻っても、部屋では学校での鬱々な気分を反芻し、親の前では良い子の仮面を被って友達がいるような演技もしている。正直なんか壊れそう・・・なんだけど。
河童以外に、私と話す人は居ないし、先生もまるで触らぬ神に祟りなしとでも思っているのか、私の件に関しては見て見ぬ振り。いや、私の身に起きていることさえ知らないかも知れない。同級生は狡猾だから、大事な獲物は長くゆっくりいたぶり続けたいみたいだ。
ひとつを除き、クラスの中にある多数のSNSのどのグループにも私は招待されないし、声も掛けられない、そのひとつのSNSは、学校の連絡用なので、抜けることもできない。そこでは、私のあだ名が出てくる以外、なにも話題がない。ただ、ただ、皆は私を村八分状態にすることを楽しんでいることだけはしっかりと理解できている。
こんな青春に誰がした?政治家だろうか?両親の名字が違うことに違和感が無いような法律を作らなかったシビリアン サーバント達。国民に奉仕する代わりに、自分と政党に奉仕する輩か?事なかれ主義の教育委員会か?自己顕示欲を満たす為には他者を貶めることさえ厭わない同級生達か?そういう風に育てた親達か?そんな雰囲気に満たされたこの街なのか?
ため息ばかりが、口から吐き出される。結局早退も、保健室にもいかず。ただ席に居続ける。暇な同級生が、スマホを隠しながら操作しては、SNSの受信音が小さくあちこちで響くが、先生は見て見ぬ振りで授業を続ける。
河童と私は、一緒に校門を出た。
「島伏さんって、友達いないの?」河乃子は、言葉であっけらかんとバスを待つ間に訊いた。他にウチの学校の生徒もバス亭に並んでいるのに、全くどういう神経をしているのやら。相手が河童ということもあって、みんなすぐさま聞き耳を立ててしまった。
「居ると思う?」私は、逆に訊いた。情けない声だ。これで周りに人が居なければ、きっと1オクターブが上がって金切り声を発していそうだ。
「うん」と河乃子は言った。「此処に居るよ」と続けて私の頭の中に言った。ここでこれを声で言わないところは、多少は雰囲気を汲んでくれていそうだ。
「ありがと」と私は、声に出して答える。人気ものの河童が私を友達だよとか言えば、私はクラスの中で妬まれ、今以上に悪い環境になりかねない
「島伏さんは、高校を卒業したらどうするの?」河乃子は、いきなり話題を変えてきた。
「決めるもなにも、まだ一年生だしね」私は、これから続く2年ちょっとの日々を耐えに耐えて、無事に卒業することだとしか考えていなかった。卒業したら、とにかくしがらみのない場所に行きたいそれだけだ。
「私は、大学にいって建築というか土木というか、そういうのを学びたいのよね」河乃子は、しみじみと言った。「私達の住む環境をより良くしたいからさ」
「ダムとか?」
「それもあるけど、綺麗な川や森を保全しつつ、暮らしをよくする環境の創造かな」
「夢があるんだね」私は、河乃子が羨ましくなった。そういう夢、自分のなりたい姿、それを何時のまにか自分で捨て去ってしまった。とにかく今日という日を耐えるというのが、今の私のささやかな夢なのだから。だから、耐えられなくなった時の自分の姿が怖い。
バスが来た。私達は乗り込んで、郊外にある学校から街の中へと入ってゆく。綺麗に区画整理された住宅街の外れの方に、家はあった。つまりバスに乗れば早めに降車することになる。
家は、中心地にある住宅よりは、少し大きめ。車庫は2台分あるから、少しは裕福な方に入る、ただ表札に異なる名字のが二つぶら下がっているあたり、他の家とはすこし違うだけ。二世帯住宅ですか?とか近所の人に訊かれたものだけど、その度に、両親は夫婦別姓でして・・・を苦笑いをして答えていた。そこは苦笑いするところなのだろうか?
家では、父が部屋に籠もっていた。そこでいやらしい想像を膨らませ、キーボードを叩いているのだ。他に小さい書斎があり、そこに父や母の蔵書や父の作品が載った雑誌が詰め込まれていた。
父の蔵書は、スケベな本を書いている作家とは思えないような、純文学に溢れ、その他に哲学書や経済学の本も沢山ある。その近くに、表紙からして手を伸ばしたくない雑誌の羅列があるからギャップが凄い。
河乃子は、勝手知ったる人の家とばかり、さっさと書斎に入って、いやらしい表紙の雑誌を次々と手にとっていき、「これ、貸してね」と言うと、私と一緒に二階にある私の部屋に入って来た。
私の部屋は、殺風景だ。ぬいぐるみもポスターも、可愛いキャラクターグッズもない、あるのは、壁際に立つ大きめの本棚。推理小説ばかり、ずらりと並んでいる。
「ジュース飲む?」と訊いたが、河乃子はすでに鞄を床に放り、床に座り込んで、雑誌を開いていた。没入モードに入ると、何を言っても耳にも心にも届かない。
私は、階下に降りて、冷蔵庫から冷たいミネラルウォーターを二つ取りだして、一つを河童の前に置いて、私は読みかけの本を鞄から取り出して、ベッドに座った。犯罪を犯した男は、自首すべきか悩み続け、警察の前を何度も通り過ぎる。その警察の中では、一人の刑事に恨みを保つ男が、爆弾を手にして刑事を呼び出せと迫っているが、肝心の刑事は外で聞き込みに出たまま帰ってこない。手に汗を握りながら読み進んでると・・・
やがて、「ぐぁーーーぎょーーーーぅ、ぎゅっぎゅっぎゅっ」機械が壊れたような異音が部屋に響いたので、驚いて河童の方を向くと、そのが硬そうなくちばしがぱっくり開いて、そこから異音が吐き出されているのが判った。しまった。もっと河童に注意を払っているべきだった。と後悔する間もなく河乃子が白目を剥いて口をぱくぱくと始めた。
熱暴走だ!!だから水を目の前に置いたのに!!私はすかさず、ペットボトルの水を河童の頭に注いだ。じゅっと言うほど熱いわけではないが、それはあただ河乃子の頭を濡らした程度の効果しかなかった。それどころか「ぎょっ、ぎょっ、ぐえっ、ぐえっ」と叫びながら、背中の方から倒れ込み、手足がブルブルと震え始めた。
私は、急いで階段を駆け下り、ボウルに布巾を敷くとそこに氷を詰め込んで自室に駆け上がった、河童はまだ白目をむいて、手足を震わせている。私は、氷を詰めたテーブル拭きを河童の頭の頭頂部の禿げている部分にあてがった。
陸上に住んでいても、河童は頭の毛細血管を水冷式で冷やしている。しかも、河童達は脳でかなりのエネルギーを消費するので、発熱もしやすく、空冷で頭を冷やす場合、陸上ではできるかぎる脳への負荷を抑える必要があるのだ。
いままでは、父の作品を読んでも、河乃子は自分で頭に水を掛けていたのだが、今回の作品は、かなり河童にダメージを与えたらしい、もしここで河童に何かがあれば、母の立場も考えれば、一大事だ。だからといって救急車を呼んで、人の病院に担ぎ込まれても役にも立たない。行くべきは、どこにあるか判らない河童の病院なのだから。
なんとか、意識を取り戻して!!私は必死になって河童の頭を冷やした。氷を包んだ布巾を持つ私の手が、冷たさで痛くなってきた。よほど熱くなっていたのだろう、頭にあてがった部分では直ぐに氷が溶け始め、床を濡らした。
抑える手を左右交互にしても、どんどん手は冷え切ってくる。お願い!!生きて!!友達なら、私に悲しい思いをさせないで!!ずっと冷やし続けていると手の感覚が失われそうだった。凍傷になったら指を切ることになるのかな?いやだな、でも、悲しいのは自分だけかも、クラスの仲間は、きっと他のあだ名を付け加えるだけかもしれないな。指なし直美とか・・・いや、河童が無事なら、指の一本や二本・・・私ってそんな事を考えるような奴だったっけ?でも、今はそれどころではないのだ。
ひゅーと息を吸い込む音が聞こえて、河童の震えが止まったのに気がついた。白目は黒目に戻っていた。河童は目をぱちくりさせて、ゆっくりと息を吐いたり吸ったりした。
「ごめん、ありがとう」河乃子の声が頭の中で暖かく広がった。私の意識が河乃子に集中していたので、テレパシーが直ぐに伝わったようだ。
「良かったよ、本当によかった」思わず涙が出てきた。「死んじゃったらどうしようかと思ったよ」そうして、氷を入れた布巾をボウルに戻して、真っ赤になった自分の手をさすった。
「痛い?」河乃子は、大きな目でじっと私を見つめた。
「大丈夫、うん、大丈夫だからさ」と言いながらさする手を河乃子は水かきのついた大きな手で私の手を覆った。「冷たいね」と言葉で静かに言った。「心配させちゃってごめんなさい」続く言葉は頭の中でも響いた。クラスの中で私に対して、ごめんなさいなんて言う奴なんか、どこにも居ないのに、なんか泣きたくなってきた。いや、じんわりと目頭が熱くなってしまった。
「ねぇ、こんどウチに来ない?」河乃子が、私の手を握ったまま言った。「エッチな本を読ませてくれたお返しにさ」
「河童の寮?」と訊く私に、河乃子は首を横に振った。「私の故郷にだよ」
「河童の街に?」私は、きょとんとするばかりだった。あるのは知っているけど、一般の人はそこには行けないのだ。水底にあるとか、別次元にあるとか、言われているけど、母によれば、物見遊山で来る人を避けるために、検問があって入れないというのが、本当の所だ。中には、河童を侵略者呼ばわりして、破壊行動に走ろうとする極端な思想を持っている輩もいるというし
「行っていいの?」私は、訊いた。
「もちろん、私と一緒なら大丈夫に決まっているでしょ」クフッと河乃子は笑った。そして私の手を離すと、鞄を取り上げ中から一枚の紙を取りだした。
「しょうふくちゃんは、未成年だから親の承諾が必要だよ」とそれを私に差し出した。
それを受け取った私の手は、もう温かくなっていて、赤みも引いていた。
「じゃあ、私はもう帰るから」と河乃子は、そのまま部屋の扉に向って行った。
「送ってゆくよ」と私は、河乃子の後を追うように、立ち上がった。
「大丈夫、道は知っているから、それより承諾書にちゃんとサインを貰ってね」と水かきのついた手のひらをひらひらさせながら、出て行った。
紙をじっとみると、一番上に承諾書と大きく書かれているだけで、あとはサインをする欄に一本の線が引かれているだけ・・・こんなんじゃ、偽造し放題じゃない?一体こんな紙に何の意味があるのだろうか?と私は首を傾げるばかりだった。
いそがしい父の部屋に入ると、父は椅子の背もたれに体を預け、嫌らしい写真集を見つめてブツブツと言っては、天井を見上げていた。それが父の執筆スタイルであることは充分承知していた。
「ねぇ、これにサインして」と割り込みを入れ、紙を机の上に乗せると。写真集をバタンと閉めて、私を睨んだ。「いま凄い文脈が降ってきたところなんだ、邪魔すんな」
そして、私が置いた紙にペンを置いたところで筆が止まった。「なんだこりゃ?」
と紙の上の両隅をつまんで、なにか特殊な加工でも探すように、それを光にすかしてみたりした。「なんの承諾書なんだ?」
毎度のように、何事にも興味がないように、サインでもされたらほっとしたような、悲しいような気持ちになっただろうけど、親らしい反応をしてくれて、どう突っ込まれるのかなという不安と、私のことを考えてくれているんだなという安心感が湧き上がった。
「河童の街に入るのに親の承諾が要るんだって?」私は、そのままを答えた。
「河童の街・・・」眉間に皺を寄せ始めた。「お父さんだけでは、決められない、お母さんとも相談しよう」作家モードから、いきなり父親に早変わりするほどのショックがこの紙にはあるのだろうか?
「クラスに居る河童が遊びにこない?とさそってくれただけなんだけど?」私は、父が持っていそうな、しかし私には理解できない不安を払拭しようと、付け加えた。
「それも込みで、お母さんと話そう。これは預かっておくから」そうして、一枚のかみっぺらを、机の隅に置いて、再び写真集を手に取ったが眉間の皺は残ったままだ。
その晩、父と母が何を話し合ったかは、私には判らない。しかし、翌朝には、サインが書かれた紙が私に渡された、父と母、名字の異なる二つの名前が並んでいる。親権というか、今までは名字が同じという意味だけで、母がなんでもサインをしていたのに、ここに来て連名ということに、この一枚のかみっぺらに不思議な重さを感じた。




