僕を好きになった理由
***BL*** 彼の友達が僕の事を、元彼に似ていると言っていた。僕の事、好きになったのは、顔が似てるから?ハッピーエンドです。
週末の居酒屋、幼馴染と飲んでいた。隣の席の人が物凄く声が大きかった。
「お前の今付き合ってるヤツ、アイツに似てるよな!ほらっ、お前が初めて付き合った」
「ん?誰?」
聞いた事ある声だなと思って、間にあった植え込みの隙間から顔を見た。僕の彼氏の大輝さんが、隣の席で飲んでいた。幼馴染と飲んでいたお店に、大輝さんと友達が後から入って来たんだ。
*****
大輝さんと付き合って、一週間位した頃だった。一緒にご飯を食べていたら大輝さんの友達に声を掛けられた。
「大輝?デート?」
と聞いて来たのが、今、大輝さんと一緒に飲んでいる人。
*****
たまたま僕が先に気付いたけど、何と無くプライベートでは声が掛け辛くて、隠れてしまった。
僕達の席と隣の席は、間に植え込みがあるし、店内BGMが掛かっていたから、みんな話す声も大きかった。まぁ、この時間だから、酔っ払っていたからかも知れないけど、、、。
「裕史!そうだ、裕史だよ。やっぱり裕史の事が忘れられないのか?お前、裕史の事、大好きだったもんなぁ」
僕は
(そっか、、、)
と納得した。大輝さんが僕を好きなんて変だと思ったんだ。どうして、付き合ってくれるのかわからなかった、、、。
**********
大輝さんは、僕のバイト先の常連さんだった。僕より大分年上で、いつもランチの時間に一人か二人で来てくれる。
「Aランチお願いします」
一人の時は、椅子が外に向かって配置されている、窓際の席に座る。カウンター席より明るい。
大輝さんは、いつも店内に置いてある新聞を読みながら、ゆっくり食事をして最後にコーヒーを飲む。
会員カードのスタンプをしっかり貯めて、貯まったスタンプで貰える、小さなスイーツを食べる時もある。
一度だけ僕に、貯まったスタンプでスイーツを頼んだ事があった。僕はこっそり、スイーツを食べる大輝さんを盗み見た。凄く嬉しそうで可愛かった。
*****
その日は昼前からビールを頼むお客さんがいた。年配の四人グループで、声も大きかった。
いつもはお昼休憩を取るお客さんが多いから、少し異質な感じ。
先にビールを注文したから、人数分の生ビールを運び、食事の注文を取る。一人の人が、飲みかけの生ビールのグラスを倒してしまって、僕は急いで、お客さんの服を拭いた。
テーブルと床には生ビールが溢れている。大輝さんは、近くにあったお手拭きを渡してくれた。
「すいません、ありがとうございます」
バイト仲間がバケツと布巾をたくさん持って来てくれて、何とか片付けた。
生ビールのグラスを倒したお客さんも、申し訳なさそうに謝ってくれて、バタバタしたけど、あっという間にいつものランチタイムに戻った。
大輝さんがレジに向かうと、僕はいつも通りレジに入る。清算をしながら
「さっきはありがとうございました」
とお礼を言ったら、ニッコリ笑ってくれた。
*****
それからしばらくして、酔っ払った僕は大輝さんに会った。
大輝さんと出会う前から、恋人とは上手く行って無かった。彼は、僕以外の子とも付き合っていて、いつも僕との約束を破り、僕の事を気にも止めていなかった。
僕の誕生日の日。彼はデートに出掛けた。いつまでも帰って来ない彼を忘れる為に飲んだ。家にあったお酒が無くなり、コンビニに買いに行く。
近所にあるバイト先は、夜にはコースもある、少し大人の雰囲気が漂うお店になる。僕は、外からお店を眺め
「みんな幸せそうで良いな、、、」
と泣きそうになった。
「城嶋君は幸せじゃないの?」
大輝さんだった。仕事帰りみたいで、少し疲れた感じがした。
どうして僕の名前を知ってるんだろう、あぁ、バイト先の名札か、、、。
僕は、酔っ払っていたから頭が回らず、返事が出来なかった。
「城嶋君、大丈夫?」
と聞かれて
「大丈夫れす、、、」
舌が回らなかった。
「かなり飲んだの?」
「そう、、ですねぇ、、、いつもより多いかも」
ちょっと身体が揺れてる感じがする。
「荷物無いけど、平気?」
「僕、近所に住んでて、、、今からコンビニに酒、買いに行くところで、、、」
鍵とスマホを見せる。
「友達と飲んでるの?一人で買い出し?」
「いや、一人で、、、飲んでました、、、」
彼氏の事を思い出してしまった。
「大丈夫?」
「亜樹!誰?それ」
彼氏だった。帰って来たんだ。
「亜樹の誕生日だから帰って来たのに、浮気してるんだ」
濡れ衣、、、
「違う、、、」
この人はバイト先のお客さんで、たまたま会っただけだよ。頭の中ではそう言いたいのに、言葉が出なかった。フラフラしている僕を支えようと、大輝さんが僕の腕をそっと掴んだ。
「亜樹が浮気してるなら別れる!その方がお互いの為だ!」
「そんな、、、」
浮気してるのは、そっちじゃないか、、、。
「荷物は後で取りに行く。今日は友達の家に泊まるから」
彼は僕の話しも聞かずに行ってしまった。完全に終わった。僕は、彼に別れる理由を与えてしまったんだ。涙がポロポロ流れた。
まるで全て僕が悪いみたいで悔しかった。
「城嶋君。ここじゃぁ、仕事場の前だし、移動しよう、、、ね」
大輝さんは僕の手を引き、コンビニまで付き合ってくれた。
僕は涙が止まらなかった。大輝さんは、僕にハンカチを貸してくれて、涙を拭きながらコンビニに入った。
「いつも何飲んでるの?」
と聞かれて、さっきまで飲んでたお酒を取る。
大輝さんはそれを三本カゴに入れて、ビールのロング缶を三本入れた。ついでにハンバーグ弁当を入れて
「城嶋君はお腹減ってる?」
と聞いてくれた。僕は首を横に振って返事をする。
「アイス食べたくない?」
大輝さんはアイスを選びながら
「お酒飲むとアイス食べたくなるんだよねぇ〜」
と言った。
アイスを2本と、チョコレートもカゴに入れて会計をする。コンビニを出ると
「城嶋君、飲もうよ」
と笑って言った。
僕は大輝さんとアパートに戻り、鍵を開ける。
「片付いて無いですけど、、、」
本当に片付いて無かった、、、、、。
「ごごごごご、ごめんなさい!。急いで片付けますね!」
ちょっと酔いが覚める。
「良いよ、良いよ。空き缶だけ片付ければ大丈夫」
そう言って、テーブルの空き缶を流しに運んでくれた。
「この部屋の感じ、懐かしいな。俺も若い頃はこんな感じだった。友達と一緒に住んでたから雰囲気が似てる」
「あの、、、」
「ん?」
「名前、、、教えて貰っても良いですか?」
「佐武大輝、大輝で良いよ」
「大輝さん、大丈夫ですか?」
「何が?」
「奥さんとか」
「俺、独り身だから」
「あ、、、」
なんか聞いちゃいけない事だったかな?
「変な事、考えてる?大丈夫だよ。さ、飲もうよ」
大輝さんは優しかった。
*****
「浮気する人の気持ちが判りません、、、」
僕はグラスの中身を見ながら言った。
「好きになって付き合うのに、どうして浮気するんですか?浮気するなら、先に僕と別れればいいのに、、、」
大輝さんは僕の頭をポンポンと優しく叩いた。今、優しくされると困るんだけどな、、、。
「今日、誕生日だったの?」
「はい、、、」
「何歳?」
「21になりました」
「大学生?」
「はい」
「二人で住んでるの?」
「そうです、、、」
「長いの?」
「1年前から」
「彼、浮気してる?」
「結構前から、、、」
「そっか、辛いね」
そう言われると、また涙が溢れて来た。
「荷物取りに来るって言ってたけど、最後に鍵、返して貰うんだよ」
「鍵?」
「鍵。後で勝手に入られちゃうと、怖いでしょ?貴重品を盗まれる心配もあるし、必ず返して貰いなさい」
「はい、、、」
彼から鍵を受け取ったら、本当にサヨナラなんだと思うと、また泣けて来る。
*****
温かい、、、。
玄関で鍵を開ける音がする、、、。
「亜樹、、、」
名前を呼ばれてる。
「亜樹」
じゃあ、僕を抱き締めているのは誰?
「亜樹っ!」
僕は弾けて目を覚ます。、、、うー、、、気分が悪い。
「お前!男連れ込んで、何やってるだよ!」
僕を抱き締めていたのは、大輝さんだった。
二日酔いで頭が痛いし、気分が悪い。僕は、身体を起こそうとした。
大輝さんが僕を抱き締め、動けない様にする。寝ぼけてる?
「おい!お前!人の彼氏に何やってるだよ!」
ズカズカと入って来て、大輝さんの腕を掴む。
大輝さんは僕を彼氏から守る様に抱いて
「昨日、別れたんだろ?亜樹が何しようと関係ないじゃ無いか」
大輝さんが言うと、彼は悔しそうにした。
大輝さんが
「荷物を取りに来たのか?」
と聞くと
「違う」
と呟いた。
「じゃあ、何しに来たんだよ」
大輝さんの声が少し低くなった。
「友達が出掛けるって言うから、帰って来た、、、」
「友達じゃ無くて、浮気相手だろ?」
僕は、大輝さんの腕の中でモゾッと動いた。大輝さんは、僕を抱いた手で、背中をポンポンと叩く。
「ああ、浮気相手は亜樹か、、、。早く、本命の所に帰れよ」
「、、、帰れない、、、アイツに、彼氏が帰って来るからって追い出された、、、」
「ダッサ、、、」
「!。だからって!いきなり男連れ込む事ないだろっ?」
「出てって、、、。ここの家賃払ってるのは、僕だ、、、」
本当は親だけど、、、。
僕は、親が家賃を出していたから、一緒に住むのが嫌だった。でも、彼は少しずつ僕のアパートにいる時間が長くなり、家賃も光熱費も、出さずに入り浸った。何なら、家で食べる分の食費だって、全部僕が出していた。
「亜樹、、、。俺、前のアパートも解約してるし、行く所が無いんだ」
「知らない、、、」
僕は大輝さんのシャツを握りしめる。
「荷物は」
「今日持って行って」
「無理だよ、、、」
「、、、1ヶ月だけ、預かってあげる。その後は全部捨てる。早く新しいアパート借りに行きなよ」
「亜樹、、、頼むよ」
都合が良いな、、、。
「鍵」
大輝さんが言う。
「鍵、置いて行きなさい」
大輝さんが身体を起こして、彼に手を差し出す。
ポケットから鍵を取り出す音が聞こえる。
僕は、半身を起こした大輝さんの後ろに隠れていた。
「君は、1年間も家賃を払わなかったのかい?」
大輝さんが静かに言うと、彼は立ち上がってアパートを出た。
しばらく何も言えずにいた。
大輝さんが玄関の鍵とチェーンを掛けて、戻って来る。モゾモゾと布団に入り込み、僕を抱いた。
さっき気が付いたんだけど、大輝さんはスーツを脱いでいた。上半身はシャツを着ていたけど、下半身は下着だけだった。
もちろん、僕は洋服を着ているし何も無いのは、一目瞭然なんだけど、恥ずかしくて寝たふりをした。
そのまま昼頃まで寝てしまい。喉が渇いて布団から出る。頭痛と気分が悪いのも治り、台所で水を飲んだ。
大輝さんを見るとモゾモゾ動いている。ペットボトルの冷たい水を持ち大輝さんの近くに行く。
「水、飲みますか?」
声を掛けると
「ありがとう」
と言って、手を伸ばす。
**********
僕は、植え込みの間から、大輝さんの顔を見る。間違い無く大輝さんだった。
「裕史と連絡取ってるの?」
「いや」
「アイツ、何してるかなぁ」
「美容師になったのは聞いてる」
「へぇ〜、美容師かぁ」
「裕史の実家、美容室だったからな」
「俺も髪、切って貰おうかな?」
「良いんじゃ無い?」
「何て美容室?」
「名前はわからない。場所は、、、。確かこの辺り、、、」
「あぁ、苗字そのままじゃん!」
「行ったら喜ぶよ、きっと」
大輝さんの元彼は美容師か、、、カッコ良いな。
*****
大輝さんが僕の家に来た。僕の家は、大輝さんの職場からも近いから、いつも帰りに寄ってくれる。
「そろそろ髪、切らないと」
僕はわざとらしく前髪を触りながら言った。
「大輝さん、どこの美容室行ってるの?」
もし、大輝さんが裕史さんの美容室に行っていたら、ショックを受けるクセに聞いてしまう。
「俺、床屋派だからな、、、」
缶ビールを飲みながら言う。
「どこかお薦めの美容室無い?」
「美容室かぁ〜。職場の女性が渋谷のナントカ、って良く話してるけど、横文字で覚えられないな、、、」
半分安心して、半分は疑う自分がいた。
*****
裕史さんに似てると聞いてから、僕は鏡が嫌いに
なった。鏡を見るたびに裕史さんの事を思います。
だから、前髪を伸ばし始めた。
美容室でカットして貰った時、眉の上だったのに、この間は前髪を伸ばしたいと告げて、目が隠れる長さにした。少し俯く癖も付いている。
「前髪、伸ばしてるの?」
大輝さんが僕の前髪を一房優しく触りながら言った。
「ちょっと伸ばしてみようかと思って、、、」
「そうなの?目が悪くなりそうで心配。切って上げようか?」
「大輝さん、前髪切れるんですか?」
「前髪位ならね。おいで、切って上げる」
せっかく伸ばしていたのに、大輝さんが切ってくれると言うから、嬉しくなってしまった。
台所のフローリングの上で、椅子に座る。
大輝さんが僕の前髪に触れる。僕は目を閉じて準備をした。大輝さんはササっと前髪を切ってくれる。違和感も無くて、目の前がスッキリした。
「あんまり長過ぎると顔が見えないからね」
裕史さんの顔が見えないから?
チクリと胸が痛くなる。
「前髪の切り方、上手ですね」
「昔、友達に聞いたんだ」
「美容師さんですか?」
「うん、まだ彼が専門学校に行ってる頃だった」
きっと裕史さんだ、、、。
僕はシャツに着いた髪の毛を払い、床の髪の毛を掃除機で吸った。
*****
僕はずっとわからないままだった。大輝さんは僕のどこがいいんだろう。
僕の誕生日に、彼に浮気されて別れた日。大輝さんは僕の家に来てくれた。一緒に飲んで、一つの布団で寝た。彼を追い返してくれて、鍵も取り返した。
どうして?
やっぱり、元彼に似てるから?
*****
彼が出て行ってから、1ヶ月半が経った。結局、彼の荷物はまだ捨てられず家にある。ただ、大輝さんが嫌がるから、ダンボールに入れて、纏めてある。
彼は僕の家に来た時、アパートを解約していなかったはずだ。いつ、解約したんだろう、、、。前のアパートで使っていた家電とかどうしたのかな?
「売ったんじゃない?」
大輝さんが言った。
「浮気相手とのデートに使ったんだよ。亜樹に家賃払わなかったのも、デート代に使ったんだろ」
何だか、僕は嫌な気分になった。
その翌日、僕が大学から帰ると彼が玄関前にいた。
「荷物、取りに来たの?」
「そう、、、」
彼は疲れた顔をしていた。僕は鍵を開けて、入る様に促した。
「ダンボールに入ってるから」
箱は3つあった。洋服が多いけど、本とか洗面道具とかも入っている。
「どうやって運ぶの?」
「、、、」
返事が無い。
「、、、やっぱり此処に置いてくれないか?浮気した事は謝るよ。本当にごめん!お前の事も許すし、またやり直そう?」
僕はびっくりして一歩下がった。
何を言い出すんだろう。そんなの無理だよ。浮気された相手と同居なんて出来ない、、、。
彼は一歩前に進む、、、。なんか怖い、、、。
「亜樹」
彼の手が伸びて、僕の腕を掴んだ。
「やめてっ!」
彼がカッとなった。
「お前が追い出すから、オレは散々な目にあったんだ!責任取れよ!」
突き飛ばす様に手を離され、僕はよろけて、転んだ。
彼の顔を見たら、見た事もない様なイヤな顔をしていた。
僕が後退りすると、ニヤニヤ笑いながら膝を着く。
怖いよ、、、。
「俺たち、仲良くやってただろ?」
彼から少し汚れた匂いがした。
「お前の所為で友達の家を泊まり歩いたんだ。最近はもう、泊めてくれるヤツもいない」
「か、彼氏がいたじゃないか!」
「アイツは彼氏にオレの事がバレて、もうオレとは会わなくなった、、、。金もないから、新しいアパートも借りられない」
「親に言えば良いだろ?」
「アパートを借りるには、纏まった金が必要なんだ。そんな金、頼め無いさ。だから、此処に住まわせてくれよ。しばらく仕送りを貯金して、纏まった金が出来たら出て行くから、、、」
跪きながら近寄って来て、僕の脇腹に手を伸ばす。スルリと触ると
「俺達、上手くやってたじゃないか」
と言いながら覆い被さって、僕のシャツの中に手を入れた。
「取り敢えずお風呂!」
彼の動きが一瞬止まった。僕は、そっと彼の胸を押し、少し距離を置いた。
「お風呂入って無いんじゃない?今、入れるよ。後、何か作るから、、、ご飯食べよう、、、ね?」
僕の指先は震えていた。彼は僕の顔を見て、少し涙ぐんだ。
彼を台所の椅子に座らせて、まず、お風呂を沸かす。台所に戻って
「ご飯、ちゃんと食べてるの?」
と聞いた。
「仕送りがあったから、、、」
毎日毎食外食だったら、仕送りもすぐ無くなっちゃうかな、、、、。
僕は簡単なオカズを作って、冷凍してあったお米を温めた。お湯を沸かして、インスタント味噌汁を作り、彼に差し出す。
「大した物出来ないけど、、、」
彼はちゃんと
「頂きます」
と言って食べた。
「美味い、、、」
ちょっと泣いてた。その内、お風呂が沸いて、ダンボールから着替えを出してお風呂を勧めた。
不安だったのかな、、、家を追い出されて、最初は友達も泊めてくれたみたいだけど、何度も頼めば友達も嫌がるだろうし、、、。友達がダメだったら、どこに泊まってたんだろう、、、。
でも、あの時は僕にも余裕が無かったし、、、。
インターホンが鳴った。
僕はおずおずと玄関を開ける。
「誰か来てるの?」
大輝さんは玄関に知らない靴を見つけて聞いて来た。
*****
彼はお風呂に入って冷静になったのか、静かに出て来た。大輝さんの姿を見ると、申し訳なさそうな顔をした。
彼が事情を話している間、大輝さんは黙って聞いていた。
「兎に角、君を此処に置く事は出来ない」
静かに言った。
彼は項垂れ、僕もどうしたら良いかわからなかった。
「ただし、亜樹が此処に住まないなら構わない」
僕と彼は大輝さんの顔を見た。
「アパートを借りるのに、いくら必要で、仮に此処に住んだら、いつ迄に金が貯まるか、いつ頃此処から出て行けるか計算しなさい。その上で、足りない分は親に頼むか、バイトを増やしなさい。両方使えば、尚良いね。長くても2ヶ月。早ければ1ヶ月。その間の家賃は、亜樹のご両親が払っているのだから、出来るだけ早く出る様に、、、」
僕は大輝さんの顔を見た。
「亜樹、それでも良い?」
僕に話し掛ける声が急に優しくなる。
「亜樹は俺のマンションに来れば良いから、、、」
「え?えぇぇぇ?」
僕より先に彼が驚いた。彼の声に驚いて、僕は驚くのを忘れた。
僕が荷物を纏めていたら、彼が
「いつから付き合ってるの?」
と聞いて来た。
「僕の誕生日の後、大輝さんに告白されて、、、」
大輝さんは一度自分のマンションを片付けに戻った。
「彼、優しい?」
「、、、うん」
「年上過ぎて心配?」
「それは無いけど、、、」
「何かあった?」
「、、、僕、彼の初めて付き合った恋人に、顔が似てるんだって、、、大輝さんの友達が言ってるの聞いちゃって、、、」
「心配?」
「僕の事が好きなんじゃ無くて、、、僕の顔が好きなのかなって、、、」
「大丈夫だよ。亜樹の彼氏は亜樹をちゃんと好きだよ」
「そうだと良いんだけど、、、」
僕は、彼に不安を話して、少しだけ元気になった。
大輝さんが車で迎えに来てくれた。車の運転が出来る事を知らなかった僕は、荷物をトランクに乗せてドキドキしながら助手席に乗った。
最後に彼と大輝さんが玄関の前で少し話して、どこかに電話をしてから戻って来た。
「アイツの両親と話して来た。一応、両親の連絡先が間違いないか確認したかったから」
そう言いながら、車を出した。
助手席の窓に顔が映った、、、。ふと、こんなに大輝さんが優しいのは、裕史さんに似てるからかな?と思った。
*****
大輝さんのマンションはリビング以外に二部屋あって、一人で住むには広く、ファミリーで住むには狭かった。
「ベッド、一つだけど構わないよね。付き合う前から一緒に寝た仲だから」
大輝さんがニヤリと笑う。
結構遅い時間になっていた。大輝さんは一度帰った時に、コンビニでお弁当を買ってくれていた。
湯船にお湯を溜めながらお弁当を食べる。
「今日は疲れたでしょ?先にお風呂に入りなさい」
と言ってくれた。
*****
大輝さんは大人だった。
何故なら、朝食をちゃんと食べて行くから。
白いご飯と目玉焼きとベーコンを焼いて、味噌汁と簡単なサラダ。
最初の朝、僕の分も用意してくれた。前の日は、遅かったのに、朝、ちゃんと起きて、洗濯までしていた。
緊張して寝られなかった僕は、朝も小さな音で目が覚めてしまった。
「ごめんね、起こしちゃったかな?」
朝から大輝さんに会えて嬉しかった。
「今日はバイトでしょ?ランチに行くね」
僕は平日のランチ時間に週4日短時間のバイトをしていた。大学の近くだったから、昼抜けして、1番忙しい時間だけ入っていた。
大輝さんがスーツの上着を着る仕草がカッコ良くて、じっと眺めていたら、スッとキスをした。
僕は大輝さんとの初めてのキスに目を見張り、何も言えなくなった。
「あ、そうだ」
と言って、上着の内ポケットから鍵を出すと
「はい、合鍵。戸締り気をつけてね」
サラリと渡された。
年上だからか、何をやっても余裕がある。
*****
ランチの時間に、大輝さんはあの友達と来ていた。
「お前、ランチはいつも此処だな。よっぽど好きなんだな!」
ちょっと大き目の声で言う。店長は「いつも此処」が嬉しかったのかニコニコしていた。
僕が、お水を二つ持って行くと
「そう、すごく好き」
と僕の目を見て言った。友達はメニューを見ている。僕は、僕の事がすごく好きと言われたみたいで、勘違いしそうだった。
「お!久しぶり。元気?」
「はい」
と笑って
「ご注文が決まりましたら、呼んで下さい」
と声を掛ける。僕が他のテーブルの注文を取りに行こうとしたら
「そう言えば、裕史に会ったよ!」
と聞こえて来た。心臓がドキドキして、一瞬動きが止まった。
「アイツ、あんな顔してたかな?彼にもっと似てると思ってたのに、全然似て無かったよ!」
大輝さんが笑っていた。
「卒アルまで出して見たけど、勘違いだった!」
僕は少し安心した。
大輝さん達は食事を終えて、コーヒーを飲んでいた。僕が空いているお皿を下げに行くと
「今日は早く帰れるよ。晩御飯、何が良い?」
と聞いてくれる。
「え?お前ら、一緒に住んでるの?」
と友達に言われて、少し照れてしまった。
*****
大輝さんは、8時前に帰って来た。僕は、朝も作って貰ったし、しばらく泊めて貰う手前、何かしないといけないと考えながら、お米を研いで、洗濯物を畳み、お風呂を入れておいた。
大輝さんは手早くキャベツの千切りを作り、肉を焼く。あっと言う間に出来上がった。
「簡単な物だけど」
と言う割に、凄く美味しかった。
「洗い物はするので、先にお風呂入って下さい」
と言うと
「ありがとう、助かるよ」
と言って、お風呂の準備をし始めた。僕はその一言でフワフワしてくる。
そう言えば、元彼は感謝の言葉とかくれなかったな、、、。僕のアパートに来て、すぐ浮気に気付いたし、あんまり良い思い出が無かった。付き合って間も無い頃は、他の恋人みたいに仲良かったけど、、、。どちらかと言えば、辛い時間の方が長かった。
「あ、、、」
大輝さんが何か思い出したみたいに声を上げた。
「俺の卒アル見たい?」
「見たいです!」
「ランチの時、卒アルの話しになったからさ。本棚の1番下にあるから見ていいよ」
そう言って、お風呂に行った。
僕は洗い物を片して、しっかり手を拭いてから、中学校の卒業アルバムを見た。探すのは裕史さん。
1組の個人写真から見て行く。男子の名前を一つ一つ確認する。2組に佐武大輝って名前を見つけて叫びそうになった。カッコ可愛い、、、。思わず、スマホで写真を撮る。集合写真とか見たかったけど、取り敢えず裕史さんを見つけたい。
裕史さんは同じクラスにいた。渡邉さんだった。裕史さんと僕は全然似て無かった、、、。
「良かった、、、」
僕は涙が溢れた。
「似てないでしょ?」
お風呂上がりの大輝さんがいた。
僕の隣りに座り
「亜樹が、俺の「元彼に似てるって言われて、悩んでるみたいだ」って聞いた」
「誰に?」
「亜樹の元彼」
「いつの間に、、、」
「亜樹から聞いた訳じゃ無いから、どうしたらいいか悩んでたら、アイツが裕史の美容室に行ったって言うからさ、ランチに誘ったんだ」
「大輝さんの友達?」
「そ、アイツ声デカいし、きっと亜樹に聞こえる様に何か言うだろうと思って。アイツが卒アルも確認したって言うから、家にあったなぁ〜と思ってね」
大輝さんは、卒アルを手に取りパラパラと捲る。
「似てないよね」
「はい、似てませんでした」
「お酒、飲もうか。お風呂入っておいで」
僕は、ホッとしながら準備をした。
湯船に浸かると、更に安心したのか涙が出て来た。他にも「ゆうじ」って名前の人がいたかも知れないけど、大輝さんが最後に見ていた写真は渡邉裕史さんの写真だった。
だからきっと、あの人が大輝さんが初めて付き合った恋人だ、、、。
*****
ドライヤーで髪を乾かす。
リビングに行くと、大輝さんはニュースを見ながら待っていた。僕に気が付きにっこり笑う。
僕が大輝さんの横に少し間を開けて座ると、グラスに酎ハイを注いでくれた。
お風呂上がりの冷えたお酒が美味しかった。
「不安だった?」
そっと、僕の頬を撫でてくれた。
「はい」
「アイツが似てるって言うまで、裕史の事忘れてた。似てるって言われても、ピンと来なくて、、、どこが似てるのか分からなかった」
僕はお酒を飲んで、聞いてみたかった事を聞く。
「あの、、、大輝さん、僕のどこが好きなんですか?」
大輝さんはビールをゴクゴク飲んだ。
「亜樹のバイト先は、僕の職場のすぐ近くでしょ?週一位でランチに行ってたんだ」
あれ?大輝さん、ほぼ毎日いるけど、、、?
「亜樹がバイトを始めた時、可愛い子が入ったなって思ってたんだ。慣れない仕事を一所懸命やって、早く覚えようとしていた。自分から仕事を探して動いているし、挨拶もちゃんとする。レジに人が向かうと、すぐにレジに戻って来る。凄く、好ましかった。多分一目惚れ」
僕はお酒を飲みながら聞いていた。
「亜樹は大学生みたいだし、随分年下だったから見てるだけで良かったんだ」
大輝さんは僕の顔を見て、微笑む。
「アイドルみたいな感じ?遠くから見て、応援して、それで満足してた」
大輝さんもお酒を飲みながら、話しを続ける。
「外で初めて会った時、嬉しくて声を掛けようとしたら、亜樹が「みんな幸せそうでいいな」って呟いた。何だか心配になって、、、」
あの日だ、、、。
「ごめんね、あの日、調子に乗って一緒の布団に入っちゃった」
僕は大輝さんのグラスにビールを注ぐ。大輝さんは僕のグラスに酎ハイを注いだ。
「どこが好きか聞かれたら、全部好きだよ」
ニッコリ笑う。笑いながら、両手でグラスを持つ僕の手の甲をそっと、撫でる。少し折り曲げた指の背で、ただ触られただけなのに、ゾクゾクと気持ちが良かった。
大輝さんの大きな手が、とても綺麗だ。少し骨張っていて、好きだなって思った。
「亜樹は俺の事好き?」
「好きです」
「良かった。あんな事あったすぐ後に、俺から告白したから、亜樹、後悔して無いか心配だった」
「心配?」
「亜樹から見たら、俺、おじさんだから」
「おじさん?」
「傷心した君をたらし込む、悪いおじさん」
僕は笑った。
「大輝さんは。いつでも優しいです、、、」
「悪いおじさんだよ、、、」
スッと口付けをした。
「いつも、こんな事ばかり考えてる」
ビールの入ったグラスをテーブルに置き、僕のグラスも取り上げる。小指でそっと僕の手を触り、グラスをテーブルに置く。スマートで大人だと思った。ゆっくり大輝さんの顔が近付く。僕は、大輝さんの唇から目が離せなかった。
形の良い唇だな、、、。
自然に瞼が閉じ、キスをした。
ビールの香りがする。
頭がクラクラするのは、お酒の所為なのか、大輝さんのキスの所為なのか、僕にはわからなかった。
ただ、もっともっと、沢山キスがしたかった。
**********
僕は、大輝さんの腕の中で目を覚ます。大輝さんの体温も匂いも大好きだ、、、。大輝さんの胸に頬擦りをすると、大輝さんがピクリと反応した。
「大輝さん、好き」
ウトウトしている大輝さんに、そっと伝える。
大輝さんは、僕をギュッと抱きしめて
「知ってる、、、。昨日の夜、俺にしがみついて、何度も何度も好きって言ってた、、、。すごく嬉しくて、すごく幸せだった、、、亜樹がすごく、可愛かった」
そう言って、僕の髪にキスをしてくれた。
僕の好きを、大輝さんに沢山伝えたいと思った。
二人がいつまでも仲良く出来ますように!




