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さよなら、殿下──魔力を注いだ十年の果てに

作者: 凪乃
掲載日:2025/10/08

宮廷の謁見室は、いつもより明るかった。

壁に飾られた鏡が光を弾き、私の姿を何重にも映し出している。

十年もこの場所に仕えたのに、今日はどの鏡の中の私も他人のようだった。


王子――いいえ、今はもう“殿下”と呼ぶ気にもなれない人が言った。

「リディア、おまえの支援が足りない。私が成果を上げられないのは、おまえが本気で支えていないからだ」


言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。

(支援が足りない? この十年、私は何を削ってきたというの……)


王妃マリアンヌが微笑む。

「殿下のお言葉は正しいわ。あなたの魔力供給は不安定だと、最近皆が言っているのよ。

 その怠惰な姿勢のせいで、殿下の力が伸びないのではなくて?」


穏やかな声音の中に、棘が隠れていた。

王妃の隣には純白の衣をまとった若い女――“聖女”と呼ばれる少女が立っている。

その目だけが、冷たい湖のように光っていた。


「もうすぐ、私が殿下に魔力をお分けしますの。神に選ばれた力ですもの。

 今までのような、血のように濁った供給とは違いますわ」


濁った――

その言葉が胸の奥に突き刺さる。

私は幼いころから、王家に仕える名家の娘として“殿下を支えるのが務め”と教えられてきた。

彼が病で倒れた日も、夜通しそばにいて魔力を流した。

発熱して倒れた朝も、彼の安定が最優先だった。

それでも足りないというのなら、もう何を差し出せばいいのだろう。


「リディア、もう下がれ。

 おまえがいなくても、私はやっていける」

——その言葉が、最後だった。


(ああ、この人は母の顔色ひとつで私を捨てるのね。

 弱いのは魔力だけじゃなかったのかもしれない)


膝を折り、一礼する。

「かしこまりました。どうか末永くお幸せに」


振り返るとき、王子の手がわずかに震えていた。

だが、それを確かめる気も起きなかった。

廊下に出ると、窓から春の風が吹き込んだ。

頬に触れた空気が、やけに軽い。

(十年間、私はあなたの中に魔力を流し続けた。

 その流れが途絶えた今、どんな世界が見えるのかしら)


私はゆっくりと歩き出した。

背後で扉が閉じる音。

二度と、あの部屋には戻らない。


馬車の中。

遠くの城から光が閃いた。

一瞬、城の塔が白く輝き、次の瞬間にはその光が弾けて消えた。

(あの聖女の供給量では、彼の魔力は保てない。

 今ごろ、結界も術も崩れ始めているでしょう。

 けれど、私にはもう救う理由がない)


幼いころに信じた“義務”は終わった。

夫も、義母も、救わなくていい。


「ここからは、自分のために生きる」


その言葉が、ようやく胸の奥で形になった。

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