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外伝〜淑女で未亡人マルティナの受難!躾のなってない強引な犬に押し切られてきゅんとし…ない?〜

 レオネルとソフィーアの婚礼披露宴。

 燭台が照らす大広間に楽団の音色と貴族たちの囁きが華やかさを増す。

 未亡人マルティナは深紅のドレスを纏い女神の如く優雅に会場に降り立った。


「ぜひ私と――」

「いや私と――」


マルティナはひときわ人目を引いた。深紅のドレスに艶やかな黒髪、涼やかな美貌、完璧な所作、未亡人だというのに若く美しい彼女。


――次々に差し出される手を、微笑で受け流す。


 誘いの声が絶えないが、かわすのももう何年も繰り返したので慣れきっていた。


(宰相閣下のご婚礼だというのに……なぜ私が獲物のように囲まれているんだろうな?)


 しかし、差し伸べられた誰かの手より早く、腰を掬うように伸びてきた腕があった。


「彼女は俺と踊るので」


 堂々と告げたのは隣国の第三王子、ラファエル第三王子。

 気づけば彼女は滑らかに舞踏の輪に参加させられて、腰に添えられた熱に心臓が跳ねる。


「……まあ、初対面で随分強引ですこと。隣国ではこのような野生的な作法なのですか?」

「申し訳ない。はやる心を抑えきれなくてね。その麗しさに目を奪われた瞬間、全く余裕がなくなってしまったんだ」


 耳元で熱く囁かれ、耳に息がかかる。腰をしっかり抱き込んで彼の眼光は肩越しに周囲を牽制した。


 周囲の貴婦人たちが「まあ……」と息を呑む。

 外から見れば甘美な関係…。


だが、マルティナは舞曲が終わるなり彼を回廊へ引きずり出した。


「お前、さっきのやつか?本当に誰だよ!」

「先ほど君に一目惚れした隣国の第三王子、ラファエルだよ!」

「いや誰だよ!というか擦り寄るな!犬か!」

「うん。君の犬でいい」

「意味不明なことを言うな!躾のなってない王族だな」


 ぱしん、と扇子で叩けば、彼は子犬のように笑った。



 数日後、王城の図書室。

 高い棚に手を伸ばした途端、背後からぎゅうっと抱き寄せられられる。


「届かないだろう?俺が取ってあげるよ」

「近いですよ、ラファエル第三王子」

「近い方が君を感じられるから…お願い…」


 図書館のご婦人方がその光景をどきどきと見守っている。


マルティナは腰に回された手を外し、耳元で低く告げる。

「私は軽い女ではない。手を切り落とすぞ」

「知ってますよ!だからこそこうして強くアピールしているんです。…ほら、皆の前ですよ?」


 強い男性らしい力で、キスするかしないかまで近寄られ、耳まで熱くなったのを悟られまいと、胸をそっと離した。



 大好きな庭園の薔薇の垣根を散歩する休日…ふいに後ろから目を覆われる。


「…無作法なこの手は誰?」

「…逆に俺以外にいるの?」


 解放されたと思った瞬間、後ろから抱きすくめられ、首筋に唇が触れる。


「っ……!」

「薔薇より甘美な香り」


「人目がある!」

「見られたいんです、俺のものって」


 微笑を崩さず腕を外し、冷たい目で見下した。去り際に小声で吐き捨てる。

「次やったら殴るぞ」

「……惚れ直した」


 周囲には「麗しい恋人達の逢瀬ね」と囁かれていた。



 ――銀杏並木が並んだ墓地で。故公爵ルーカスの眠る墓前に麗しい喪服姿の美女が立っていた。


 マルティナは一人、白百合を備え、冷たい墓石に手を置き、静かに語りかけた。


「ルーカス様。今月も参りましたわ。そちらはどうですか。私は変わりなく……いえ、躾のなっていない犬に絡まれております」

 苦く笑みを零す。


「公爵家の後継も決まりました。領地の経済も順調。……でも私は、私は、どうしたらいいのでしょうね。あんなに努力して、国一番の淑女と呼ばれるようになっても、隣にあなたがいなければ何の意味もない」


 記憶が甦る。


 ――女らしくないと父に叱られ教会裏で泣いていた少女に、優しく病弱な青年が「そのままの君が好きだ。君といると寿命が伸びそうだから」と笑った。


 病に倒れがちな彼のために幼馴染レオネルを巻き込み、苦手だった刺繍を必死に練習した。


 祈りを込めて、彼を守ってくれるように彼の衣服全てに刺繍を施した。


 そして、「君の隣で最期を迎えたい」と告げられ周囲の反対を押し切って結婚した。そしてとにかく必死で彼の隣に見合う女性になった。


 けれどたった一年で彼は逝った。


 堪えていた涙がこぼれる。

「……お前がっ!言ったんだろうが!私が良いって……!」

声が震え、涙に濡れる。


「守りの刺繍なんて、努力なんて、なんにも意味なかった……!」

 泣き崩れるマルティナ。


「お前がいなきゃ全部意味ないだろうが!!」

 墓前で、マルティナは泣き叫んだ。


 その肩を、そっと抱き寄せる腕。

「ねえ、マルティナ。彼は優しかったと聞く。……一人で泣いている君をきっと心配しているはずだ」


「…ラファエル様……」


「俺は第三王子だ。王位は遠いし、特に目立った功績もないけど、立ち回りだけは得意だ。だから君を追いかけ回せるし――すごく諦めが悪い」


 彼女の涙を指で拭い、額を合わせた。

「君が過去を背負っているなら、その分も俺が愛す」


「……わたしは」

 声が震える。

「わたしはもう……大切な人を失うのが怖いんだ!」

「知ってる」


逃れようとするマルティナの体をしっかりと強く抱き込む。

「…俺は死なないさ。死にそうにないだろ?気高く美しい未亡人に堂々と求婚する男だ。…それに、もし死にかけても…彼が絶対に冥府から俺を追い払ってくれる。譲ってやったんだから、マルティナを一人にするなってさ!」


 ラファエルはさらに言う。

「君が良いんだ。彼の為に淑女になった君も、彼に愛された豪快な君も。その全てが本気になったことがない俺を本気にしたんだ。……今の君じゃなきゃ、駄目だったんだ」


 マルティナは声を詰まらせ嗚咽混じりに呟く。

「ズルい……ズルい男だな、お前は」


「ズルくなきゃ第三王子としてはダメなんだよ?ねえマルティナ、王位に誓って約束する。…王位は遠いけど。ずっと、ずっと、君が死ぬまで愛するよ、そして来世でも愛してあげるよ…」


顔を歪ませてマルティナはラファエルの手に背を回した。

「ばかやろ、私は来世は健康なルーカスを見つけるって決めてるんだ」


「えー!じゃあ、俺は犬だとしてもマルティナのそばにいるからさ」

ラファエルがあっけらかんと笑う。

マルティナはとうとう破顔した。


「…そうだな、でも…うるさすぎるお前にも…来世でもまた会いたい」



 後日、公爵家を出て隣国へ赴く日。

 門前に立つソフィーアとレオネルが見送る。


 吹っ切れた笑みを浮かべるマルティナの腰を、ラファエル第三王子が人目も憚らず抱き寄せ、唇を奪った。

「ちょ、ラファエル……っ」

「…二人分の愛をあげる使命があるから」


 真っ赤になるマルティナ。

 ソフィーアとレオネルは顔を見合わせ、微笑ましく笑った。


「ねえ、レオネル様。マルティナ様って本当は豪快な方で……でもすごく可愛いですわね」

「ええ。――ただし“豪快”の部分は、君も十分……」

「えぇー?(※むっとする)」

「……可愛いという意味ですよ」

「……っ(※結局赤くなる)」


 二人の小声漫才を横目にラファエル第三王子とマルティナは、思い出を胸に抱いたまま、新しい人生へと歩み出した。


恋敵(?)二人の外伝でした。この先、ラファエルは王冠を賭けた恋をした兄二人のせいで渋々王位につき、レオネルとソフィーア&ラファエルとマルティナで冒険をするのですが、それはまた別の話…。

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