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外伝〜堅物完璧主義者な女性と若干不憫な男性の甘々きゅんきゅんの恋愛譚〜

 婚礼の喧噪がようやく過ぎ、王城が落ち着きを取り戻したころ。

 とある姉のような侍女――カトレアは――どうにも胸に隙間風が吹くようで無理矢理忙しく働いていた。


(姫様はご成婚。めでたいこと、めでたい……はず、なのに)


 少し目線を下げ、唇を噛む。

 そんな彼女の背に突き刺さる視線。振り向かなくても分かる。

 ソフィーアの兄である王太子レイモンド殿下。


「……長かったなあ…カトレアは本当、頑固だからなあ…これでやっと求婚できる」


(……え?)


 聞こえなかったふりをした。――だが、それはカトレアVSレイモンドの戦いの始まりだった。



 舞踏会の夜。

 私は王女殿下――いえ、もう新公爵夫人となられた“姫様”のドレスの裾を整えていた。

 すると、殿下の声が広間を震わせた。


「俺には、カトレアという愛する人がいる!」


 ざわりと空気が揺れる。

 皆が一斉に止まり、カトレアに視線が突き刺さる。


「殿下」

 カトレアはため息をつきながら、敢えてさっと彼に近付き、胸元の乱れた襟を直してみせた。

 涼しい笑みを浮かべながら。


「公共の場で何を仰っているのです。幼馴染同士のお戯れはこういった場ではいけませんよ?」


「……っ公共の場だからこそ、言ったんだ」

 

 貴族たちが、ああ、また幼馴染のソフィーアやレイモンドがカトレア相手にじゃれあっているのかと解散した。


 ソフィーアはおろおろと二人を見つめている。

「…本気だぞ」


 レイモンドの必死な声音。

 不憫なくらい真剣な瞳。

 私は会釈して淡々と退いた。


(……殿下。まるで宣戦布告ですわね)



 執務室。

 茶器を置いた途端、レイモンドの指がカトレアの手にそっと置かれた。


「お前の淹れた茶が一番、俺を元気にしてくれるんだよ」


 低く熱を帯びた声。

 カトレアはわずかに眉を上げて、にっこり笑った。


「では殿下、元気になられたところで来年の予算案もついでに終わらせて下さいますか?」


「……っそれは、あー、厳しい!」


「あら、それは残念。私のお茶の効力もその程度ですわね」


 さらりと手を離し、涼しい顔で一歩下がる。

 けれど、少し震えた指先は自分でも隠しきれない。


(……意外な切り口でした。ここは少し撤退しましょうかね)



 月明かりの中庭で、ソフィーアがいないつまらない舞踏会の熱を覚ます。

 一応それなりに有名な伯爵家の出ではあるものの、カトレアにとって侍女として以外の舞踏会は義務感しかない。

 笑顔を貼り付け、ぎこちなく交わす会話に疲れ果てていた。雑談はとても苦手だ。


 ため息をついていたら背後から唐突に声が落ちた。


「着飾っているカトレアは本当に美しいな」

「あら殿下。女性に取り囲まれていたのに抜け出せたのですね」

よれよれとしたレイモンドは苦労して抜け出して来たようだ。若干疲弊している。


「…そもそも王太子が婚約者もいないからですわ」

カトレアは冷たく告げる。全くもってその通りだが、レイモンドは悪びれない。


「どこかのつれない幼馴染が、大事にしている姫が嫁ぐまで誰とも結婚しない、とか宣言したもんだからな」


カトレアは月明かりの下で沈黙を貫いた。


「なあカトレア、そろそろ観念して、俺の妃になれよ」


「殿下」


 カトレアは美しく立ち上がって彼を振り返り、スカートの裾を少し摘んで恭しく会釈した。

 そのまま涼やかに微笑む。


「本当にご冗談がお好きですね。付き合っていられませんわ」


 すっと身を翻し、石畳を滑るように歩き出す。

 背後で焦った声が追う。


「逃げるなよ、カトレア!」


「王族の責務から逃げているのは殿下の方です」


 余裕の笑みを背に残し、廊下の影へ消える。

 けれどカトレアの心臓はうるさい音が鳴っていた。


(……まったく、この国の王族は皆さま自由奔放で……)



決め手は――ソフィーアだった。


 レイモンドは妹ソフィーアを訪ね、真顔で言う。


「この世界で一番賢い、愛する妹よ(※初めて言われました)!明日なんだが、控えの間に忘れ物をしてくれ」

「え?」

「カトレアを捕まえる口実にする。――頼むぞ」

「えっ、ええ……(※やり口が小狡い)」


 かくして控えの間。カトレアはソフィーアに頼まれて忘れ物を取りに行った。が、部屋に入った瞬間、扉が静かに閉まる。


 ――確保。


 壁を背に、逃げ道なし。

それでも彼女の唇は笑っていた。


「殿下。これは一体なんなのですか」


「やっと捕まえた」


 レイモンドは一歩踏み込み、いつになく怒ったように真剣に言う。


「俺は、お前が欲しい。絶対に他の誰かではダメなんだ!…いい加減、認めろ!」


 空気が変わった。

 レイモンドの声にびくっとカトレアは震える。

 余裕の笑みが消え、瞼が大きく瞬く。

 カトレアの全身から力が抜けた。

 大きな瞳からボロボロと雫がこぼれていく。


「……っ、だ、だって…わ、わたくしっ…王妃なんて、できないもん……っ」


 完璧な侍女は、突然年相応の女の子になった。

 ぎゅぅっとドレスの布を両手で握り締め、涙は頬をつたい、とめどなく流れていく。

 レイモンドは慌てず、急がず、怖がらせないようそおっと頭に手を置いた。


「よーしよし」


 やさしく、やさしく、撫でる――嗚咽混じりのカトレアにレイモンドは慣れた様子で寄り添う。


 壁一枚向こう――聞き耳コンビ。

 ソフィーア(小声)「ええ!?カトレアって、お兄様の前でこんなに可愛いの!?」

 レオネル(さらに小声)「…ソフィーアのほうがもっと可愛いですよ」

 ソフィーア(小声)「今それ言う!?(でも好き)」


「……私は、わたくしはっ!いつも無愛想で……それでも、ぜんぜん、気にせず優しい姫様がゆるしてくれて……だから、頑張れたの。姫様がいたから……っ!もう、わたくしなんて…!」


 子供のようにわんわん泣きながらたどたどしく言葉にするカトレアに、レイモンドは即答した。


「これからは俺がいるだろ!それから、知ってるだろうが、俺は結構ぽんこつだから支えがいがあるぞ!」


「…れ、レイモンド様は、けっこう、意外となんでも、できるもん……!」


「じゃ、訂正。俺を引きずって公務に戻せるのはお前だけ」


 カトレアは言葉に詰まり、胸が詰まり、また涙が溢れた。

 レイモンドがぎゅっと強く抱き寄せる。体温が、震えを飲み込むまで待つ。


「それにな――ソフィーアより勉強も淑女教育も、お前のほうが完璧だったろ」


 壁の向こうがびくりと震えた。

 ソフィーア(心の声)「そうだけど、ひ、ひどい!」

 レオネル(即応)「ソフィーアは完璧に可愛いのに」

 ※なお、当人たちはこの実況を知らない。


 レイモンドは肩越しに囁きを落とす。


「そんなお前が好きだ。

なあ、俺がちゃんと『無愛想な妻の取扱書』を読み込んで、皆にお前の可愛さや気持ちは解説して回る。だから――一緒になってくれ」


 沈黙。溢れ続ける涙の粒。

 やがて、カトレアはしゃくりあげながら小さく、しかしはっきり頷いた。


「……はい」


 余裕そうに逃げ回っていた彼女の、可愛い降参だった。



 ――そして、結婚式。


 白百合の花があふれる聖堂に、しあわせのざわめきが満ちる。


 控え室で支度を終えた頬を染める花嫁は美しく、そして――すでにお腹が大きかった。


 父王はがっくりと項垂れ、ソフィーアは兄の頭をぺしりとはたく。


「『公共の距離感・上級編』はどうしたの!!」


「いや、その……研究熱心で」


「どの研究よ!」


 そんなこんなで結婚式は列席者の生温かい目線が注がれていた。


 誓いの言葉はレイモンドが少しつっかえ、恐らくカトレアが補助して、無愛想なカトレアが手順通り頬にキスをし、レイモンドが手順を無視して唇にキスをし真っ赤な顔で口元を抑えるカトレアに皆、胸が温かくなった。


 拍手はずっと盛大で、花嫁の意外な可愛らしさが評判だった。


 冷静沈着だと思われていたカトレアは、恋の前では冷静でいられなかった――らしい。


 花嫁の幸せそうな微笑みを浮かべ愛する――ソフィーアの手を、しっかり握って微笑んだ。


「やっと本当に“お姉様”って呼べるのね」


「それでも、私にとってはいつまでも姫様ですわ」


 胸がいっぱいになって、二人とも笑って、泣いた。



 祝宴の最中、レオネルが私の耳元でそっと囁く。


「……負けずにそろそろ、子供を、な?」


「っ……!」


 私は顔が真っ赤になって、彼の袖をきゅっと引いた。彼は目を細め、手の甲にだけ、短く口づける。


(上級編は、また今度――ね)


 高座で新郎が新婦の手を取って笑っている。

 王太子と、元侍女。


 あの美しく頑なで誤解されやすい侍女を捕まえたのは、結局、真面目で、少しだけぽんこつな優しい時期王様だった。


 ――幸せそうな二人の横顔を見ながら、私は心の中でそっと祈る。


(ねえ、カトレア。“姫様がいたから”って言ってくれたけど――私だって貴方がいたからこの世界で幸せになれたのよ。

これからは“レイモンドもいるから”って、もっともっとたくさん笑ってね)

 

 恋は、みんなをすこしだけ不器用にして、でも確かに強くした。


 そしてこれは――甘すぎて、可笑しくて、最高に幸せな、もうひとつの物語。

お気に入りの二人です!特にカトレアのギャップが大好きなので、また書きたいものですね。

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