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第四章 宰相の父君襲来!勘違いスペクタクル両家顔合わせ!

 王の私室にて。

 分厚い絨毯の上で、父――オルフェウス王は腕を組み、兄レイモンドは肘掛けに頬杖をついていた。

 昼の光が大きな窓から入り、机の上に置かれた『婚約中の男女の取扱書(初級編)』の冊子がやけに目立つ。


「……この冊子、誰が置いたんだ?」

「……親族は多少の大胆な接触は許容すべき、だって。でも、ソフィーアとレオネルは多すぎるかもね、父上」

「ふむ。ソフィーアはなぁ……」

「……いつも大胆だからね」


(やめてえ!私のいるところで話さないで!というかそれ、カトレアが置いたんでしょ?)


 話題はすぐに私に移った。

「ソフィーアはお転婆で規格外だ。悪い意味ではないが……」

「閣下とは歳が離れすぎていて落ち着きがない妹が上手くやっていけるのかやっぱり心配」

 父と兄が珍しく揃ってため息をついた。


 私の胸がちくりとする。心配してくれるのはわかるけれど――。


「……よし、同じ父親同士で相談しよう」

 父が席を立つ。

 向かった先は、王城の奥まった書庫裏の小さな応接室。



 公爵家前当主、ダリウス=ヴァルクレイン。

 白髪に黒衣の外套、杖の音が乾いた床に響く。彼は深く椅子に腰を沈め重々しく口を開いた。


「陛下、王太子殿下。実は私も…息子のことで長年心配しておりました」


「あの完璧な御仁を、心配?」

レイモンドが不思議がる。


「ええ。――十年だ。

 十年も、あやつは多くの縁談を断り続けた。伯爵、侯爵、公爵、果ては他国の王族筋に至るまで、全てだ」

「仕事が忙しく真面目すぎるからでは?」


「いや。私はずっと考えていた。……そうして分かった……あやつは女に興味がないのだと!

いや、むしろ――男色ではないか、と!」


 室内の空気が一瞬凍りついた。

 父と兄の口が同時に開き、同時に閉じる。


「ば、馬鹿な……」

「え、ええと……」


「証拠ならある!」


ダリウスは力説する。

「夜な夜な男ばかりで部屋に籠もり!

若い官吏と書庫で密会し!

気づけば剣の稽古も毎朝、男たちと!

そして幼馴染の見目麗しいマルティナ嬢との縁談すら断った!!」


(いや、それ政務が忙しかったのと訓練……)


「――ゆえに私はこの国の至宝たる姫君のために、引き離さねばと思っている!」


 父と兄は、唖然としながら顔を見合わせた。

(……この、話聞かない感じなんか見たことあるなぁ)



 そしてそのまま両家顔合わせに突入。


 王城の広間に重厚な机を挟み顔を合わせる。


オルフェウス王と王太子レイモンド、そしてソフィーア。向かいに父である前公爵ダリウス――そして宰相レオネル。

 彼の姿を認めた瞬間、心臓がはねる。


(あ。耳が、少し赤い。……かわいい)


 張り詰めた空気をダリウスの低い声が最初に裂いた。


「――ソフィーア姫。あなた様のようなお方に、私の息子はもったいない!」


 場が凍る。


(……ん!?普通は「お前に息子がもったいない」と言うところでは?いや、でも反対は表明された?え、どういう……)


 ソフィーアは一瞬ぽかんとしたがすぐに笑顔になった。


「まあ!嬉しいこと!」

「……え?」


「ですから、私のことが公爵家にとって問題ないのであれば私が必ず幸せにして差し上げますわ!!!!」


(言い切り大事!)


 レオネルの小さく息を止める音が聞こえた。彼は視線を落とし――耳がさらに赤くなる。


 ダリウスは目を瞬いた。

「し、しかし姫君。あやつはまったく女に興味がない――」

「ありますわ」

即答。


「えっ」

「私に興味津々ですわ」


瞬く。


「穏やかで聡明で、優しくて、でも時々ちょっと不器用で可愛いところがあって!

それに、夜遅くまで部下たちと働いていらっしゃってお仕事にとても一生懸命だし」


「そ、それはやはり男……」


「それにあの舞踏会で……完璧でございましたの……大人の男性しか出来ない安心感というか……」


 ――え。

 周囲の空気は一層凍る。


「ま、待ちなさい姫君!」

ダリウスは額に汗を浮かべた。

「そ、それはつまり……姫君と息子は、すでにその……っ」


「はいっ、すっごく仲良しですわ♡」


「な、なかっ!?」


「なんでも話して下さいますし、私には本当の彼の弱さをもあかしてくれて…♡」


「…………」


 ダリウスの顔がみるみる赤くなる。


「や、やはり……!息子は女を隠れ蓑に男と繋がって……!」


「えっ?」


ソフィーアがきょとんとした。


兄がむせた。カトレアが背中をさする。

「姫様、レイモンド様が呼吸困難になります」

「カトレア、黙ってて!」


「…どなたでもいい結婚はなさらなかった、ということですわ!一途な方です」


 ダリウスの眉が寄る。

 ソフィーアが正面から見つめた。


「宰相閣下は几帳面で誠実な方。だからこそ“誰でも”は選ばれなかった。――だって!」


 ダリウスが絶望的な表情をして立ち上がった。

 焦ったレオネルが慌てて口を挟む。


「ち、違います父上!私は断じて男色ではありません!ソフィーア殿下を心から愛しているのです!」


「……ん!?そうなのか!?」


「当たり前です!」


「十年も縁談を蹴って!?お前は、マルティナ嬢までも!」


「……私はただ、仕事一筋でした。そして誰も心から愛せなかっただけです。……この方に出会うまでは」


 ソフィーアは即座に惚気で追撃した。


「そうですの!閣下はもう、私なしではダメなんですわ♡」


「そ、そうなのか……?」


「はい♡」

「はい……」


 二人は見つめ合い甘ったるい空気を醸し出す。


 父王が頭を抱えレイモンドが肩を震わせる(笑ってる)。カトレアはうんうんと頷いている。


 ダリウスはしばし言葉を失い――次第に表情がぐらりと変わっていった。


「そ、そうか……そうか!!違ったのか!!!」


破顔し、レオネルの背中をバシバシと強く叩いた。


「ならば――孫!孫ができるのだな!!

 よし、早く!いや、はやまるな!まずは婚約、挙式、それから……」


「父上!」

レオネルがダリウスの肩に手を乗せる。

「おちついて」

ソフィーアも同時に言葉を発した。ふたりの声が見事にハモってしまい、ダリウスが唖然として黙る。……ちょっと可愛い。


「ダリウス殿」

父がやっと口を開いた。

「その……話は、仔細問題なしということでよいのだな?」


「もちろんだとも!いや、むしろ私が今まで勘違いしておって――すまなかった、姫」

 ダリウスは深々と頭を下げた。


「息子は、女を避けていたのではなく運命を待っていたのだな。――君だ」


 胸のあたりが、あたたかくなる。

「……ありがとうございます」


「さあ!」

杖がコツンと床を叩く。

「レオネルよ、早う公務を終わらせよ!

姫殿下も婚姻まで健やかにな!

――やっと我が家にも春が来たぞ!」



「「承知しました」」

ソフィーアとレオネルがまたハモる。


 向かいで父と兄が目を見合わせげんなり砂糖の壺を丸々食べた後みたいな顔をしていた。



 顔合わせは円満に終わった。

 広間から少し外れた回廊へ。大理石の床には午後の光が斜めに落ち、ひんやりした空気が汗ばんだ頬に気持ちいい。


「……ソフィーア」

「はい、レオネル様」


 彼は手を伸ばし――ソフィーアの髪を一筋取って口付けた。


 ふっと笑いながらも、顔に熱が集まる。

「学習しているだろう」

「……上目遣いで破壊力が上がってます」


「……先ほどの君の“興味津々”発言は……どうかと思うが」

「事実ですから」

「…反論できない」


 耳が赤い。可愛い。

 言いたいことはたくさんあるのに、言葉にならない。代わりに、彼の手を少しだけ、強く握った。


「……ねえ、レオネル様」

「うん」

「孫は何人でしょうね?」

「……それはその、また――話し合いが必要だな」

「…家族会議ね!」


 彼のまなざしは穏やかだが、少し泳いでいた。熱っぽくソフィーアがレオネルを見つめ、レオネルの目にも次第に熱が移る。

 このまま二人でどこかに行ってしまいそうな空気――甘すぎるその空間…は、すぐ終わった。


「……姫様、姫様」

 柱の陰から、カトレアが音もなく出てきた。


「はっ」

同時に背筋が伸びるソフィーアたち。


「…口付け以上は、お式のドレス選び放題じゃなくなりますよ」

「…それはまずいわね」


 カトレアはにっこり笑いレオネルに本の束を渡した。

「ダリウス様より。『家庭と仕事のバランス』『円満な子育て計画』『女性と男性の違い』などの書籍だそうです」

「……父上」

レオネルが小さく天を仰ぐ。


「ふふ。お二人とも可愛い」


 私と彼は視線を交わして――笑い合った。

 遠くのほうで、ぽかん口を開けて父と兄が並んでいるのが見えた。


 王城の塔の上を風が渡る。

 針目はまだまっすぐじゃないけれど、心の縫い目は、少しずつ綺麗に並びはじめている。



 その夜。

 宰相室の机の端に匿名でもう一冊、冊子が届いた。


『婚約中の男女の距離感(中級編)』

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