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第一章 心臓がおかしい二人のワルツ

 夜の大広間にて。

 人気の高いソフィーア姫君の何か発表があるということで大勢参戦していた。

 カトレアとソフィーアが控え室で最後の仕上げをしている。


「姫様、ドレスの具合はいかがで?」

 侍女――というより姉――カトレアがそっとティアラを整える。


「完璧!控えめに見えて勝ち筋のやつだわね」


(胸元は上品で、背中は大胆にあいていて、大人っぽい紺にガラス細工のみ。普段はおろしている髪はしっかり結い上げて色気を出す感じ……5割り増し美人になってる気がする、ありがとうカトレア)


「姫様はいつもお美しいですわ」


「んーそうね、この見た目はちょーっとロリ系な気がするけど」


「ロリ……?」

「あーなんでもないわ」



 王女ソフィーアとして堂々と広間に出る。

 楽団が小気味よく王族登場のファンファーレ鳴らし、広間の視線がさっと集中した。


「殿下、どうか私と最初の一曲の栄誉を」

 差し出された若い手。王子様っぽい金髪碧眼でなんかキラキラまぶしい。

「必ずや、私であれば殿下を命に代えてもお守りいたします」


(おーおー出た“守る誓い”系の台詞。学園のフラグのテンプレだわ。その節はお世話になりました。この子なんかよく見ると子犬みたいねー)


「まあ、嬉しく思いますけれど…ね?」

 どうでもいいことを考えつつ、ソフィーアは流し目でにっこりとした。彼の頬がほんのり赤くなる。かわいい。けれど“かわいい”のだ。


「殿下…どうぞ、こちらを」

 別の子息が飲み物を捧げる。


(あらま、気を引きたいのね。色も香りも問題なしなお酒ねー。残念ながら私は潰れるほど飲む若さはないわね)

「お気遣いに感謝いたします」


 若い声がいくつもかかる。


(うん、わかる。王族のたった一人の未婚の姫だし。自分で言うのもなんだけど可愛いわよね。わかるんだけど……先日すでに私は新しい章に入ったの。ごめんね)


「殿下」


 低く柔らかい声が喧噪の中響く。


 振り返る。


 ギリギリ白髪のない黒髪を律義に撫でつけた、ちょっと疲れた端正な顔。整った眉、静かな双眸。


 ――レオネル=ヴァルクレイン。この国の宰相、38歳。


「……閣下♡」


 自分の声が、甘い響になってしまったのがわかって、私は内心であわてて背筋を伸ばした。レオネルは若干予想外の反応に面食らう。


「…えー、その、この度は大変な栄誉を賜りまして…しかし、本来なら姫にはもっと若い方がふさわしかったはずです。……年の差を思うと、大変心苦しく」

 レオネルはいつになく冷静さを欠け、苦笑したまま困ったように眉を下げる。

 後ろの方で年上の女性たちの小さな歓声が聞こえた。


(うわ!すごい大人の色気。なんか前の世界で大好きだった北欧の映画俳優で至宝と呼ばれてたマッ◯ミ◯センに似てるかも。

 困り顔の色気に私の好感度とおばさまの好感度がが爆増してる)


「ご自分をお下げにならないで、宰相閣下。わたくしには素晴らしい縁談ですわ」


 音楽がワルツへと流れ込む。

 彼は逡巡して――手を差し出した。


「……もし、よろしければ。一曲いかがでしょうか」


 差し出された掌は、分厚く骨ばって、温かくて、大人の手だった。


(はい、このドレスで正解!ターンで背中を見せつけられる!子供っぽさを払拭するのよソフィーア!)


「…喜んで」


 手に触れた瞬間、大きさに一瞬、戸惑い胸が跳ねた。


(……えっ、鼓動、速っ!ちょっと待って私ったらどうしたの、循環器不全案件?)


 ステップが始まる。

 優しく微笑みながらさりげなく嫌味なく腰に手を回し、迷いなくしかし強引でもなくリードされる。


 大人の落ち着きと確かな体格差にソフィーアは圧倒されていた。


(うわわ、安心感と包容力…ッッッ!!これが体格差と歳の差……いえ、経験値の差)


「ソフィーア様は舞踏もお得意で」


「閣下も…それから、私のことはどうかソフィーアと」


「…そう、ですか。それではソフィーア。私のこともレオネルと」


 ソフィーアは夢中になって撫で付けた髪が少しぱらりと落ちるレオネルを熱っぽく目に焼き付けていた。

 くるり、くるりとターンをした時。すっとレオネルが目を逸らした。


「ソフィーア、その、ドレスは――」


「…え?」


「そのお召しものは…後ろ側がいつになく華やかですね」


(色気倍増ドレス計画に気づいてくれた……! ていうか言い方が上品でずるい)


「カトレアが選んでくれましたの。レオネル様の隣に相応しい大人の女性になりたくって」


 彼は一瞬腰から手を離し、そしてすぐに先ほどより強く腰を引き寄せてソフィーアを男性らしい目付きで見下ろした。

 しかしまたすぐ柔らかな表情と一定の距離感に戻る。


(……い、今の、わざとかしら?すっごくかっこいい…)


「ソフィーア、さきほど多くの男性に囲まれていましたね。彼らも貴方の美しい背中に釘付けでしたよ」


「そ、そうですか?全く気になりませんでした……どちらかというと今、急に気になって…」


「…それはもしや、私のせいですか?」


「たぶん――全部、レオネル様のせいです」


 言ってから、はっとする。

 レオネルの目が困ったように、楽しそうに細められた。


「それでは、私はこの場で一番幸運な男ですね」


(ああもう、その言い方ずるい!大人っぽい!)


 曲が終わり、ソフィーア達は礼を交わし、輪の外へと出た。



「少し、その、外の空気を」

「…エスコートさせてください」


 バルコニーに出ると夜風が花と果実の匂いを運ぶ。ひんやりして、火照った頬にちょうどいい。


「冷えてはいけませんから」

 レオネルはさらりと自分の上着を羽織らせる。ソフィーアはどきどきして言葉も出ないでぼうっとレオネルを見つめていた。


「すみません、私は少し挨拶回りをしてきます。カトレア嬢を呼んできますからここから動かないように」

「あっ…そんな…大丈夫ですわ」


 遠慮するソフィーアの頭にぽんとレオネルの厚い手が置かれた。

「…私が心配なのです。ソフィーアが美しいので。狭量な男で申し訳ないですが」


 ソフィーアは真っ赤になって黙りこくった。その様子にくすりと笑うとレオネルは戻って行った。



「…姫様、こちらを」

 どれくらい時間が経ったのか分からないが、いつのまにかカトレアが後ろにいた。

 薄いショールを渡され、ソフィーアはレオネルの上着をしっかりと抱いてから、ショールをふわりと肩にかける。


「ありがとう。……ねえ、私変じゃなかった?」


「…いつもより可愛らしかったですわ」


「……そ、そう…」

(大人の女っぽい色気、狙ったのになぁ…)


「宰相閣下が姫様のお背中の美しさを褒めておられました」


「やめて心拍数が」


「姫様、深呼吸。すー、は――」


「すー……はー……」


(ああ、ぜんっぜん落ち着かない。政略婚なのに…まだ婚約なのに…心臓がもたない!)



 そこへ、レオネルが控えめに姿を現した。

「ご気分はいかがですか」


「問題ありません。少し、風に当たりたかっただけですから」


「先ほどは……場を離れたお詫びを」


「問題ありません。今宵のレオネル様は――」

 喉まで出かかった【最高です】をそっと押し戻す。


「むしろ、救われました。その、レオネル様が優しくて、とても素敵で」


 レオネルが小さく息を飲む。そして、困ったように微笑んだ。柔らかく、優しく。


「明日ですが……午後は比較的時間があるのです。もしお時間があれば執務室にいらしていただけないでしょうか。交流と、それから今後の婚約の段取りについてご説明を」


「承知しました。ある程度、王族の婚約や婚姻の慣わしは復習しましたわ」

(楽しみすぎて!)


「頼もしい」

 ほんのわずか彼の声色が低くなり、瞳に尊敬の念が滲む。

 ソフィーアの心臓がまた跳ねる。


「ソフィーア」

 レオネルは私より半歩さがって会釈した。

「…あまり姫君を独占してはいけませんが、明日を楽しみにしております」


「…わ、わたくしも、楽しみです」

(独占って言った。今さらっと独占って)


 広間に一歩踏み出したそのとき――


「姫君、一曲、私とも是非に…!」

 若い子息がタイミングよく割り込んできた。

 レオネルが苦笑しすぐに前に立つ。


「殿下は私と公務のお話をされてお疲れですから…」

 さらりと腰を支えてソフィーアを控え室に誘った。

(なにそれ。なにそれ。やさしくて、頼りになって、さりげなく私を守ってくれるなんて、反則よ!)


「では、失礼いたしますわ」

 私は軽く会釈し、若者を背にレオネルと連れ立った。

(ごめんね、あなたたちとの“イベント”はもう回想編なのよ)


 控え室近く、カトレアにソフィーアを託しレオネルは広間に戻って行った。



「姫様、頬がおきれいに染まっておりますね」


「それ!嬉しそうに言わないで」


「嬉しいので」


 手早くソフィーアの髪をほどき、耳元で囁いた。


「――宰相閣下、姫様が控え室に入るまで背中をずっと見ておられましたわ」


(……やめてええええ)


「…姫様、呼吸が浅くなっていますよ?吸って、吐いて」


「すー……はー……」


(――レオネル様…。おかしいわ、私、前世で多少恋愛経験があるのに。

 どうしてこんなにときめくの?

 年の差? むしろありよ!

 政略婚? 当たり前よ!

……でも、そもそも彼が…彼自身がとってもとっっても素敵だわ…)


 ソフィーアは鏡の中の崩れた表情の自分を見ておかしくなってしまって声を上げて笑った。


(“乙女ゲーム”はもう終わった。

 次のフラグは――私が自分で立てるわ!)


 手元に残った上着は、華奢なソフィーアを呆気なく包み込むほど大きく、そして大人の男の香りがした。手に取るとすぐにまた顔が熱くなる。

 背後で小さく笑う気配がした。カトレアが微笑ましそうにおかしそうにしている。


 ソフィーアは上着に顔を埋めた。


(だめ。ほんとに、ほんとに、心臓がもたないかも)


 胸を焦がすときめきは夜中まで続いた。

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