外伝 〜元王女と宰相閣下の休日、来世も夫婦がいい〜
王都は華やかに賑わいに包まれていた。
隣国の国王夫妻を迎えた祝祭の日――通りには花飾りが吊るされ、香ばしい匂いが漂い、陽気な曲を奏でられている。
普段の王都と違い今日はまるで一つの遊園地だった。
「せっかくだから……普通の恋人みたいに歩いてみたいの!」
ソフィーアは瞳を輝かせて、隣の男を見上げた。
「……私たちが普通に見えると思うか?」
レオネルは柔らかく眉を寄せ、黒髪を揺らして小首を傾げた。
「見えるに決まってるわ!誰も宰相閣下と王女殿下がこんなところを歩いてるなんて思わないですわ!」
「……そうか」
(年の差の話だったのだが…ソフィーアはやはり可愛らしい)
「……わあ!素敵!レオネル様っ…!」
「はぐれるな」
彼ははしゃぐソフィーアに小さく笑い、すっと手を握った。人混みに紛れても離れぬように、と自然に包み込む。
「……もう、子供じゃないのに」
「では、恋人繋ぎにするか」
「っ……!」
太く大きい指を絡められ、息が詰まる。
(……っ、ずるい。なんか…っっ!)
今度は顔を赤くして大人しくなったソフィーアをレオネルが撫でた。
◆
まずは屋台めぐり。
輪投げに挑戦したソフィーアは見事に全部外す。
「……む、むずかしい」
「見ていろ」
レオネルが代わりに投げると、あっさり輪は棒にくるくるとおさまった。
渡された小さなティアラをソフィーアの髪にさっと差すと――
「……似合う」
「っ、こ、こどもっぽくないですか…っ!?」
「可愛いのは、悪くない」
さらりと言われソフィーアはまた耳まで真っ赤になった。
前世から大好きな綿菓子屋を見つけ、喜んで駆け寄る。
ふわふわの雲を抱えるように食べるソフィーアの頬に砂糖がついた。
レオネルが指でそっと拭い、舐めた。
「……うん、甘いな」
「綿菓子の話です…よね!?」
次こそは!と前世では割と得意だった魚すくいを始めた。
が、勢いよくソフィーアが手を伸ばした瞬間にすくい網が破けて水がはねてしまった。
レオネルの胸元に思いっきりかかった。
「ひゃっ、ご、ごめんなさい!」
デジャヴを若干感じながら必死でハンカチを押し当てるソフィーアに、レオネルが呟く。
「……姫、顔が……近すぎる」
ソフィーアは顔を真っ赤にした。
「ち、近いのは仕方ないのですわ!」
レオネルがにやっと笑った。
「……ここで口づけをしてもいいのだが?」
がばっとソフィーアが慌てて身を離すのを、おかしそうに笑った。
◆
この国の宰相と元王女が笑ったり照れたりどきどきしていると――
「お姉さんっ!」
突然ぱたぱた駆け寄ってきた小さな女の子がソフィーアのスカートをしっかりと掴んだ。
「…お母さんが迷子になっちゃったのっ」
「……お母さんが?」
「まあ!」
ソフィーアは即座に抱き上げた。
「仕方ない。探そう」
レオネルがため息をつき、ソフィーアから女の子を抱き上げる。三人の珍道中が始まった。
◆
子どもは元気だ。
「あれ食べたい!」「こっち行きたい!」と縦横無尽に駆け回り、ソフィーアは必死で追いかける。
「あ、危ないわ!待って!」
レオネルは片腕で少女を抱き上げ、もう片腕でソフィーアをぐいと引き寄せる。
「二人とも、目が離せん」
「わ、私まで子供扱いしないでくださいまし!」
ソフィーアの胸は妙にどきどきした。
少女は元気いっぱいに綿菓子をねだり、風船を欲しがり、芸人の猿回しに釘付け。
気づけばレオネルは両腕いっぱいの荷物がある。
「……これは迷子探しではなく“観光案内”だ」
「…そ、そうね」
少女の後を追って走る二人。周囲からは「可愛らしい年の差夫婦」と微笑ましく見ている。
焼き栗を分け合ったり、風船を飛ばされて泣き出した少女を三人で走って追いかけたり。
ときおり少女がソフィーアにぎゅっと抱きつくたび、レオネルがむっとして少女をひょいと肩に担ぎ上げる。
「……子供とはいえ、独占するな」
「れ、レオネル様!?嫉妬なさってますの!?」
「……しているかもしれん」
低い声に、女の子は声をあげて笑った。
途中、少女が手を引いて屋台のアクセサリーを指さす。
「お姉さんに似合うと思うの!」
押されるままに試そうとした首飾りを止められずにいると、レオネルが後ろに手を伸ばして留めてくれる。
首筋にレオネルの息が当たり耳元に鼻先が触れ、甘い痺れが走った。
「……とても、綺麗だ」
「れ、れおねるさまっ、人前です!」
そのまま口付けをした二人に、周囲は「あらあら」と生温かい視線で注目されていた。
◆
夕暮れ。遊び疲れてベンチで休憩中――
「…ラルク王子発見しました!」
背後から兄、レイモンドの声が飛んだ。振り返ると護衛と兄がぐったりとしている。
「え!?お兄様!」
「……王子!?」
少女――いや、女の子の格好をしていた“隣国の王子ラルク”はソフィーアの膝から飛び降りて、くるりと振り返る。
にっこり笑って手を振った。
「楽しいことが好きなんだ。お姫様のお姉さんも宰相のおじさんもありがとう!また会おうね」
そう言って大人びた仕草で去っていった。
呆然とするソフィーアの横で、おじさん…と地味に肩を落とすレオネルだった。
ついでにレイモンドも肩を落とす。
「……本当に、疲れた。妹よ、懐かれてたし次はお前が相手をしろ」
「え、公務ではぜったいにいや!!」
◆
祭り帰り。
ソフィーアは暗い馬車の中、レオネルに寄りかかりそっと呟く。
「……子供がいたら、あんな感じなのかしら」
「…忙しなかったな」
「…大変だったわ」
「そうだな。だが……君となら大変でも何でも全てが楽しい」
レオネルが穏やかに微笑み、彼女の髪をゆっくりと撫でる。
「……私も。レオネル様となら」
視線が絡み合い、馬車の外の周囲の喧噪が遠のく。祭りの明かりが差し込む中で、二人の影が近づく。唇がそっと重なった。
「…子供が出来ても、私と過ごす時間を作ってくれ」
レオネルの言葉になぜか切なくなったソフィーアは返事の代わりに口づけを返した。
胸いっぱいの幸福に包まれながら、ソフィーアは思った。
(――今日のことは、間違いなく一生忘れられないわ。ううん、きっと来世でもね!)
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ラルクの話はまた書きたいです。




