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華間 -カカン-  作者: 8ツーらO太!


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第二十七話:地下牢という名の

「さあ、真宵(まよい)様。参りましょう」


 翠鎌(すいれん)が近づいてきて、柔和な笑みで手を差し出した。けれど、地下牢へ連れていくと言われて真宵がその手を取れるわけがない。


「翠鎌、どういうこと?」

「ああ、お声が戻ったのですね」

「地下牢なんて僕は」

「早くしないと、早番の女官たちが起き出してきます」


 翠鎌は、膝の上で握られた真宵の手を掬うように取り上げると、その甲に口づけた。


「なっ……!」


 真宵はぎょっとして手を引こうとするが、翠鎌が強く掴んでいて振りほどけない。


「あなたは本当に無防備ですね。駄目ですよ、真宵様。簡単にお身体に触れさせては」


 ぐい、と手を引かれて真宵の上体が倒れる。それを翠鎌の腕が抱き留めて、そのまま真宵を肩に担ぎ上げてしまう。


「わあっ、嫌だっ、下ろせ!」


 もがく真宵の目の前に、(りょく)女王が立った。


「静かになさってくださいね」


 優しげな表情とは裏腹に、その手は衣装を束ねる緑色のリボンを一本ほどいたかと思うと、無造作に丸めて真宵の口に押し込んだ。そしてその上から、口を塞ぐように別のリボンを巻いて、後頭部できつく縛る。


「うぐっ……んんーっ!」

「お声を治すのは、地下牢に行ってからのほうがよかったですね。反省です。では翠鎌、頼みましたよ」


 はい、と短く返事をして翠鎌は歩き出す。

 緑女王の部屋を出ると、廊下は真っ暗だった。真宵は手足をバタつかせてみるが、翠鎌の腕はびくともしない。

 翠鎌は足早に廊下を進んでいく。やがて真宵は暴れるのをやめた。


 手は自由なので、口を塞ぐリボンをほどこうと頭の後ろを探った。しかし指先に触れた結び目は、ずいぶんと固い。ほどくのは諦めて、なんとかリボンを押し下げ、首までずらした。口の中に指を入れて、詰められたリボンも引っ張り出す。


「ねえ、下ろしてよ。この体勢だと苦しい」

「口の拘束をほどかれたのですか? 構いませんが、くれぐれもお静かに」

「静かにするから下ろしてってば」

「できません。少しの間、我慢なさってください」

「逃げたりしないから。それに、逃げたってどうせ翠鎌なら、すぐ捕まえられるんでしょ」

「そういう問題ではございません」

「駄目っていうなら大声で叫ぶよ?」


 翠鎌が足を止めた。真宵の身体がふわりと宙に浮き、床にローファーの底がつく。


「御手を」


 言って、翠鎌は左手で真宵の右手を取った。


「お逃げにならないでくださいね。大ごとにはしたくないのです」

「逃がすようなヘマしないでしょ?」

「誤解されているようですが、これはお守りするためなのです。行きましょう」


 翠鎌に手を引かれて真宵は歩き出す。担がれていたときより暗闇に目が慣れて、周囲を見渡す余裕もできた。


 緑色を基調とした広い廊下は、(せき)国で見た紅葩宮(こうはきゅう)の廊下に負けず劣らず意匠が凝らされている。窓辺だけが、外の月光を僅かに含んで仄明るい。


 いくつか角を曲がって進んでいくと、やがて外廊下に出た。長く続く外廊下は別館に繋がっていて、両側を美しい庭園に挟まれている。


「誰かが見ているといけませんので、私の陰に」

「見つかったらまずいの? 僕は今、夜華間(やかかん)じゃなくて赤国の民に見えるんでしょう」

「赤国の民をよく思わない者もいるのですよ。緑国と赤国は昔、大きな戦で争い合い、両国ともに多くの犠牲者を出していますから」


 別館の観音開きの扉には南京錠が掛けられていた。翠鎌は片手で器用に錠を外し、扉を押し開ける。


 中に入ると正面に、地下へと続く巨大な階段があった。翠鎌は真宵を連れてその階段を下りていく。


 ひやりと湿っぽい空気が暗闇の底から吹き上がってくる。


「足元にお気をつけください」


 その気遣いが、真宵の神経を逆撫でた。気をつけたところで何になる。今まさに、牢に入れようとしているくせに。


「翠鎌も、嘘つきだったんだね。立羽(たては)もそうだ。僕を騙して国に連れていった。色つき蟲間はみんな、主のためなら平気で誰かを騙すの?」

「真宵様、やはりあなたは誤解なさっています」

「何が誤解だって? 僕を地下牢に閉じ込めるんでしょ?」

「事実としてはそうなりますが、地下牢へお連れするのは真宵様のためなのです」

「わからないよ。わかるように話して」


 階段を下りきって、最下部へと到着した。そこには金属製の重そうな観音扉があり、翠鎌はその片側を引き開ける。


 壁掛けランタンに照らされた薄暗い通路の左右に、五部屋ずつ牢屋が並んでいた。

 明かりは点いているものの、しんと静まり返っていて、誰かが捕らわれている気配はない。


 今からこの牢屋のどれかに入れられるのだろう。真宵はそう覚悟した。


 翠鎌が真宵の手を引いて通路を歩いていく。手前から、一・二部屋目を通過して、三・四部屋目を通過……五・六部屋目、七・八部屋目……。


 最後の九・十部屋目を通過して翠鎌が向かったのは、入り口の扉と向かいにあるもうひとつの扉だった。そちらも金属製ではあるが観音扉ではなく、上部に覗き用の小窓がついている。


 翠鎌はその扉を開けた。

 内部はやたらと明るく、およそ地下牢らしくない調度品が並んでいた。天蓋つきの寝台、緑系統の衣装がいくつも掛かった衣桁(いこう)、漆塗りのテーブルと椅子、大きな丸い鏡のついた化粧台。


 テーブルの上には真宵の見たことがない緑色の果物――あるいは野菜だろうか――が入った籠が置いてある。


「ここが真宵様のお部屋です。看守の待機所だった場所を改装いたしました」


 何が何だかわからない。真宵はひどく混乱した。

 昼間、翠鎌は椿毅(つばき)のことを言葉足らずだと言ったが、真宵からすると翠鎌自身だってそうだ。


「お気に召しましたか」

「……どうかな」


 部屋がどうだという以前に、翠鎌と緑女王が何を考えているのか、一から教えてほしかった。

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