僕と委員長
僕は委員長が好きだ。僕が生きる上でそれ以上の意味なんて無くたって良い、なんてミスチルの歌詞を引用できるくらいに好きだ。出来るならセックスしたい。いや、セックスというより、僕の何かと委員長の何かが結合する事で、僕と委員長がエクスタシーのようなものを共有できればそれで良い。まあ、つまり簡単に言うとセックスがしたい。委員長の柔らかそうな肌に触れたいし、艶やかに光る唇にキスしたい。更に言うならセックスがしたい。
でもそれは限りなく不可能に近い。僕はまだ中学二年生でブラジャーも上手く外せない。オカンのを使ってエアブラ外しを練習してはいるが、本番だと緊張してしまいタイムは半分以下に落ちてしまうだろう。
というより、僕と委員長は付き合って間もないので僕の妙技を披露する機会は今のところ予定に無い。
だから今日も僕は委員長の興味をもっと引く為に、更に言えば委員長にあわよくばもっと好きになってもらえるように、意味も無く委員長の周りをうろうろしている。
うろうろはしても、へらへらはしない。ましてにやにや、なんて言語道断だ。常時、悶々とはしているが。
言い忘れていたが、僕はクラスの中ではクールで通っている。女の子はクールな人が好きなんだ、と野球部の先輩である加藤さんが言っていたので間違いない。加藤さんは地方の薬局にコンドームを一人で買いに行く、という偉業を成し遂げて以来、我が校では校長先生以上の発言力を持っている。あくまで男子生徒の中で、という話だが。
あと、もう一つ言い忘れていたが、委員長は委員長だ。何を当たり前な事を、と思うかもしれないが、僕が言いたいのは委員長というのがただのあだ名ではなく、委員長はちゃんと委員長してるという事だ。でも委員長のイメージを表すのに委員長という言葉ほど便利な言葉はないな、と思う。全国の中学校の委員長から委員長的成分を集めて濃縮し、委員長にぶちこんだら、委員長が生まれた、そう言っても良いほどだ。一〇〇%濃縮還元的委員長とも言える委員長は素敵だ。
でも、僕が委員長的キャラが好きだから委員長が好きだ、と勘違いしてもらっては困る。もちろん本を読んでてもすぐに委員長という言葉を探したり、白い紙に『委員長』という漢字をこれでもかと大きく書き、その漢字がゲシュタルト崩壊する様を楽しんだりする僕だが、僕が好きなのは委員長という名前ではなく委員長である委員長だ。
例えるなら、それは、もう、それは……。『我思う、故に我在り』みたいな感じなんだと思う。なんとなく。意味は分からないけど。最近覚えた言葉を使ってみただけなのだけれど。
そう、哲学なんてどうでも良い。そんなのは金も暇もある奴に考えさせてりゃ良いんだ。僕にとって大事なのは委員長だけなんだ。だから僕は今日も委員長に話しかける。
掃除の時間、使い古されてへなへなになった箒をじっと見つめている委員長。
「委員長、箒、貸して、しまうから」
理科の時間、アルコールランプの火を愛おしそうに見つめている委員長。
「委員長、危ないから、俺が消すよ」
技術の時間、重いロープを一生懸命運ぶ委員長。
「委員長、重いから、俺が運ぶよ」
授業中、答えが分からず立ちすくむ僕を見つめる委員長。
「委員長、そんなに見ないでくれよ」
先生にしかられ廊下に立たされる僕。
そして僕を見つめる委員長。
えっ? 本当だ。委員長が僕を見ている。いやー、こんな僕を見ないで。恥ずかしすぎる。頭にバケツというオールドスタイルの罰をくらっている僕を見ないで。うわ、どんどん近付いてくるよ。近くで見る委員長はやっぱり可愛いな。目なんかくりくりで、眼鏡が黒縁なのもそそるな。じゃなくて、何で近づいてくるわけ? しかも何だか震えてない? 何か言いたげに見えるんだけども。もしかしてこの展開は……。母性本能をくすぐられたパターンか? そういや加藤先輩も――
「なに見てんだ、この豚野郎が」
委員長が言い放つ。はは、何かこれ語呂が良いな。スガシカオが澄まし顔みたいな。っておい、そうじゃないだろ。豚野郎? 豚野郎って何? ケンタウロスとかミノタウロス的な感じ? ってそこも違う、問題はそこじゃない。問題は委員長はそんな事言う人じゃない! ってことだ。
「何言ってるんだい? 委員長」
僕はあくまでクールに尋ねる。
委員長は私何言ってるのかしら? 恥ずかしいわ、という顔をすると顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
「ちょっ、待てよ」
僕はあくまでクールに委員長を追いかける。ちなみにあくまでクールな走り方とはなるべく足の裏を地面から離さないようにする事だ。周りから見るとちょうど地面をかっこよく滑っているように見える事だろう。
委員長は屋上で泣いていた。
「どうしたんだい? 委員長」
あくまでクールに、クールに。と僕は僕に言い聞かす。どんな答えが返って来ても僕が委員長を好きだと言う事に変わりはないはずだ。
委員長が顔を上げる。
「あの、私、ドSなんです」
そうどえすか、っていやダジャレ言ってる場合じゃない。ドSの「ド」は強調の「ド」だよな、どあほうの「ど」と同じはずだ。じゃあSって何だ?
「Sって何かな? 委員長」
「S、通称サディズム。加虐性欲ともいい、相手に身体的または精神的に苦痛を与える事によって性的快感を味わったり、そのような行為を想像したりして性的興奮を得る性的嗜好の一つのタイプです」
委員長はまるで、本当にまるでウィキペディアをコピーしたような説明をしてくれる。
「だから、廊下で立たされてる木村君を見た時、どうしようもなくいじめたくなってきて、でもやっぱり暴力的な事はいけないから、どうしようかと思って。あっ、その時の為に言葉攻めがあるんだって気付いて……。ごめんなさい」
委員長は必死になって弁明をしている。
しかし、そんな弁明のほとんどが僕の耳には届かない、ただ性的興奮というキーワードだけが脳に巣食い増殖を続けていた。
委員長は僕を見て興奮してくれた、僕は興奮した委員長を見て興奮した。これはまさに僕と委員長により共同的なエクスタシーが生まれた、ということじゃないか! これは、もう例えるなら……。駄目だ、現実味を帯びてくると口に出すのが恥ずかしくなってきた。
「私の事、嫌いになった?」
上目づかいに見つめてくる委員長。そんなもの返答は最初から決まっている。
「まあ、そういう方向性も嫌いじゃないけど」
僕はあくまでクールだ。
良かった、理解してくれて、と嬉しそうに呟いた委員長はどこからか、使い古されて鞭状態になった箒やら、特大アルコールランプやら、ふっといロープなんかを取り出してきた。
あれ? そういう事なの? 最初は言葉攻めとかもっとソフトな奴からじゃないの? でも冷酷な笑いを浮かべている委員長も可愛いな、なんて思ったら既に縛られてるんですけど。ここ屋上だよね、ばれたらまずいんじゃ。って熱い、えっ、僕燃やされてる? これちっとまずいよね、ヤバいよ、ヤバいよ、ヤバい――
「いっぱい楽しもうね」
無邪気に笑う委員長。
「ほどほどにしてくれよな」
何故か最後までクールな僕。
五月のうららかな光が射す、屋上での事だ。
僕は委員長が好きだ。僕が生きる上でそれ以上の意味は無くたっていい。
僕は今でも探しています、あくまでクールにね。
でも、死んでしまったらどうすんだ?
楽しんで書きました。