表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

歌って、笑って、店番して

 その日、工房の奥には、ユーカの声がやけに響いていた。


「〜♪ ちょっと試してみるだけ〜♪ きっとなんとか〜なるはず〜〜〜♪」


 ……どうやら、歌っていた。


 けれど、それはただの歌声ではない。

 彼女の首元には、淡い紫の魔石をはめ込んだチョーカーが光っている。


 試作名は――《うたうまちゃん》。


 音の震えと魔力の共鳴を利用して、発声を補助する魔法細工。

 音痴でも音程が安定し、心地よい響きになるようにする、という“夢のような”アクセサリーだ。


 「これで私も、音痴卒業……!」


 そんな期待を込めてユーカはこっそり開発していた。試作回数はまだ一度きり。

 今日は、その“初試用”の日だった。


 細工内容としては、声に含まれる揺らぎを魔力で補正し、耳障りの良いトーンに自動変換するというもの。

 ただし、魔石の魔力量を抑えるため、発動トリガーは“音声認識”によって制御される。


「……試すなら、朝のうち……誰もいない今なら……」


 そんな思惑で試したはずだったのだが――


「おぉぉ〜♪ なんか綺麗に聞こえる〜〜♪」


 実際に試してみると、自分の声が音程もリズムも整って、まるで吟遊詩人のように聞こえてきた。


(これは……いけるかも……?)


 そう思ったのが、運の尽き。


 試しにメモを書こうと呟いたその瞬間――


「〜♪ メモをと〜る〜よ〜♪ あれ、今のも歌〜〜!?♪」


 自分の発した言葉が、すべてメロディになっていた。


 音程、語尾の伸び、声の跳ね。どこをどう切り取っても、完全に“歌”になってしまっている。


「う、うそ〜〜〜!?♪ これじゃ会話ができないよ〜〜〜〜!?♪」


 慌てて外そうとしたが、チョーカーは首元にぴったりとくっついていて、びくともしない。


 設定していた“解除ワード”を思い出して、叫ぶ――が。


「〜♪ ソング・オフ・コマンド・ワン・ツー・スリ〜〜♪(解除ワード)」


 何も起きない。


 ――完全に、歌声として認識されているため、音声認識が反応していないのだった。


「やっちゃったぁぁ〜〜〜〜♪」


 ユーカは頭を抱え、床に突っ伏す。

 しかし突っ伏しても、うめいても、すべてが歌になる。悲鳴すらメロディ。


 その様子はもはや、喜劇だった。


* * *


 しばらくして――


 扉が開く音がして、外出していたはずのリネアが戻ってきた。


「ユーカ、ちょっと戻ったわよ。魔石の在庫を――」


「おかえりなさ〜〜い〜♪ 母上さま〜〜〜〜〜♪」


 凍りつく空気。


 リネアは、一拍置いてから、じぃっとユーカを見た。


「……何、その喉元のチョーカー。聞こえるんだけど、なんか……ずっと歌ってない?」


「その説明を今からするよ〜〜〜♪ 聞いてね〜〜〜〜〜♪」


「やめて」


 ピシャリと言われたが、やめられない。歌になる。


「説明したいけどやめられな〜〜〜い〜〜〜〜♪」


「……まさかと思うけど、音声認識で解除設定したわけじゃないでしょうね?」


「……し、しちゃったぁ〜〜〜〜〜〜♪」


「……バカッッ!」


 リネアは額を押さえ、ため息をついた。


「よりにもよって歌声を補助する装置に“音声認識解除”をつけるとか……もう……!」


「うう、ごめんなさ〜〜い〜〜♪ でも一応音程きれいにはなったんだよ〜〜〜〜♪」


「知らない! そのままの状態でしばらく反省してなさい!」


 そして。


 リネアは冷酷な一言を告げる。


「……今日はそのままの姿で店番ね」


「えええええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜!?♪」


 悲鳴が店中に響きわたるが、それすら美しい三拍子に乗っていた。


* * *


 ――その日の《シルヴァリス細工店》の扉には、特に変わった張り紙もなかった。

 けれど、何かが違った。


 


「〜いらっしゃ〜いませ〜〜♪ 本日は開店中〜♪ ふつうのお店です〜〜〜〜〜〜〜〜♪」



 店内に入った客が最初に耳にするのは、**完璧な音程で、響き渡る店員の“歌声”**である。


 視線を向ければ、そこに立っているのは、困り顔の少女――ユーカ・シルヴァリス。

 首元には、淡く光る紫の魔石チョーカーがしっかりとついており、本人の意志とは関係なく、発する言葉のすべてが華麗なメロディとなって飛び出している。


「……あの、ユーカちゃん……今日って、なんかの記念日?」


 最初の来店客は、近所の常連である中年の男性。

 手に持った魔除けのお守りを掲げながら、怪訝そうに尋ねる。


 


「ふつう〜に、ふつう〜に〜〜〜〜っ!♪ 今日はただの、平日〜〜〜〜〜♪」


「ほう……?」


 


 男性は一瞬黙り、そして頷いた。


「……うん。まあ、元気なら、いいよね!」


 そしてそのまま、お守りの修理依頼だけを済ませて去っていった。

 気にしないタイプで助かった。……だが、次はそうはいかなかった。


* * *


 二人目の来客は、ユーカと同い年の悪友・クロエだった。


 鍛冶屋の娘である彼女は、作業の合間に“素材の受け取り”でちょくちょく顔を出す。

 この日も、何の気なしに扉を開け――


「ユーカ、例のやつ取れた? って、うっわ……どうしたその顔!?」


 


「い、いらっしゃいませ〜〜♪ きょっ今日はと〜っても良い天気〜〜〜〜♪♪」


「何そのノリ!? なに!? 新手の変な細工でも?」


 


 ユーカは涙目になりながら、事情を説明……するも、すべてが歌。


 


「うたうま〜ちゃ〜〜ん〜〜〜♪ 試作品なんですぅ〜〜〜〜♪」

「音声認識の解〜〜〜除トリガ〜〜が、ぜんぶ無効化されてるの〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」

「母に怒られてそのまま店番ですぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」


 


 クロエは顔を真っ赤にして震えた。


「……ッ、ぶはっ……っぷぷっ……あっははははは!! な、なにそれ!? 笑いすぎて腹いてぇ!!」


「やめてぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」


 ユーカは半泣きで頭を抱える。けれど、声はきれいなファルセット。

 やればやるほどクロエは笑う。


「だめ……それ最高……ちょっ……ちょっと待って……ラウルにも知らせ――」


 


「や〜め〜てぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪」


 


 絶望のハイC音が響いた。


* * *


 ……夕方。


 来店客は幸い(?)少なく、なんとか恥をかきすぎずに済んだものの、ユーカの心は体力ではなく精神力が尽きていた。


 声を出すたびに歌になり、頼んでもないのに語尾がビブラート。

 小さな会話も歌。咳払いすらメロディ。笑いも、ため息も、全部「演出付き」。


 


(……はぁ……はぁ……もう……しゃべりたくない……しゃべったら歌になる……)


 


 椅子に突っ伏していたそのとき――

 扉が開き、またもあの冷酷なる救援者が現れた。


「……ご苦労さま。ちゃんと店番してた?」


 母・リネアである。


 彼女は無言で歩み寄り、ユーカの首元にそっと指を添えた。

 そして、合図のように――


 


「《コマンド解除・マスターキー》」


 


 低く、明瞭な声でそう唱えると、紫の魔石が一瞬きらりと光り――カチ、と音を立てて外れた。


 


「…………あ」


 ユーカは、思わず口を開いてしまった。


「……しゃべれる……! しゃべったのに歌にならない……!!」


 涙がぶわっとこみ上げる。


「……うわあああぁぁぁぁ……もう、恥ずかしいぃぃぃ……っ!」


「全力でやってたわね。完璧な歌声だったわよ?」


「ひ、褒めてるの? 怒ってるの!? どっち!?」


「両方よ。声の補正機能自体はすばらしかった。でも使い方と解除設定が大馬鹿」


「うぐ……」


 リネアはため息をつきながら、外れたチョーカーを手に取って言った。


「この失敗、次に活かすこと。細工ってのはね、自分が楽するために作るものじゃない。人の気持ちに立って作るもの」


「……うん」


「でないと、こうして“歌う地獄”になるのよ?」


「……うん……ぅぅぅ……」


* * *


 夜、ユーカは作業机に向かって、そっとメモを取っていた。


「《うたうまちゃん》 第二試作計画――解除方法を“手動解錠式”に変更。魔力過剰補正は調整。あと、恥はなるべくかかないように……」


 書きながら、こっそり笑う。


 どんなにドジでも、こうしてまた手を動かす。

 

 それがきっと、自分なりの“進み方”。


「……ま、なんとか、なるよね」


 ぼそりと呟いたその声は、もう歌ではなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ