魔法と細工が織りなす日々
王都の東、朝霧がまだ通りを包むころ。
職人たちの通りには、いつものように金属を打つ音、炎を調整する声、革を裂く刃の音が次々と響いていた。
その一角に、石造りの小さな二階建ての店がある。
玄関の上に掲げられた看板には、控えめな銀文字――《シルヴァリス細工店》。そしてその脇には、丸く輝く魔石を象ったシンボル。
冒険者にも、町人にも、ちょっとした“便利”と“美しさ”を届ける、魔法細工の店だ。
扉の奥、木の床を歩く足音と、カリカリと何かを書く音が交差する。
「んー……やっぱり、浮遊時間が足りないなあ。風魔石の削り方、もう少し丸みを――」
灰色の髪をひとつにまとめ、丸い眼鏡をかけた少女が作業机に向かってうなる。
彼女の名前はユーカ・シルヴァリス。十八歳。
この店の娘であり、魔法細工師を目指している見習いでもある。
彼女の手には、小さなブローチ状の細工――いや、“作品”があった。
細工された金属の中心に、ほのかに光る風魔石。空気を揺らす微かな振動。
実験中の「ふわっと跳ねるアクセサリー」は、うまくすれば“転びそうになったときに体を浮かせて助けてくれる”という、なんともニッチな魔具になる予定だ。
「……でも、まぁ、なんとかなる、かも……」
そうぼそりと呟くと、彼女は柔らかく微笑んだ。
不器用なようで、粘り強い。ユーカの魔法細工は、いつも試行錯誤とちょっとした希望に満ちている。
奥からふと、重たい扉の音と笑い声が響いた。
「ユーカ、今日も朝から飛ばしてるな? そっちは“ふわふわブローチ”だっけか?」
入ってきたのは、店主であり、ユーカの父――レオン・シルヴァリス。
大柄で朗らかな笑顔の似合う男で、店の経営を任されている。
得意客との取引や仕入れ話は全部この人の担当だ。
「うん。あと三秒くらい浮いてくれたら、理想なんだけど……」
「ほぉ。じゃあ今日の実験台はラウルくんかね?」
「……ラウルは昨日、ちょっと焦げちゃったから……今日はクロエちゃんの番……かも?」
「怒られるぞぉ〜?」
父娘の笑い声が響いたそのすぐ後、奥の作業室から鋭い声が飛ぶ。
「レオン、また余計なこと言ってないでしょうね?」
現れたのは、ユーカの母――リネア・シルヴァリス。
手に革手袋と道具を携え、前掛け姿のまま凛と立つその姿は、まさに職人そのもの。
彼女の手で仕上げられた細工は、来店客の間でも「外れがない」と評判だ。
「まったく。浮遊制御は魔石の角度じゃなく、紋の彫り方次第。ユーカ、試すなら三種くらい別の形状で作って、比較してからにしなさい」
「う、うん……ありがとう、お母さん……」
厳しくも的確な指摘に、ユーカはしおらしく頷く。
だが、その目はどこか嬉しそうでもあった。
カラン、と扉の鈴が鳴った。
「やあ、ユーカ。今朝の“ふわっと浮く”やつ、試す気ある?」
柔らかく低い声がそう言ったとき、ユーカは顔を上げてふわりと微笑んだ。
「おはよう、ラウル。……でも、今日のはまだ試作段階だから……ちょっと、怖いかも……」
「怖いかも、って言ってる時点でもう危ないよなあ……」
ラウルは、ユーカの幼なじみにして、王都でもそこそこ名の知れた冒険者。
冒険者らしく、動きやすい黒のジャケットに簡易防具を合わせ、腰には片手剣を下げていた。
その雰囲気はどこか近所の兄ちゃんのようでもある。
彼は、たいてい毎朝この時間になるとふらりと店にやってきて、ユーカの試作品に付き合ってくれる。
今日は任務明けらしく、少し眠たげな目をしていた。
「昨日のやつ、最後ちょっと焦げたしな……。服が一着ダメになったよ」
「ご、ごめん……洗浄魔法、うまく使えなくて……」
「いいって、いいって。俺のほうこそ避けるタイミング遅れたし」
ラウルは笑って肩をすくめた。
それは本心からの笑顔だったけれど、ユーカが視線を逸らすと、彼はそっと表情を緩める。
(……なんとかしてやりたいな、って顔だったな。ほんと、昔っから変わらない)
そう思ったそのとき――
「ちょっと! また実験台になってるの!? バカなの!? ラウルってば本っ当に学ばないんだから!」
鋭く響く声と共に、バン! と勢いよく店の扉が開いた。
現れたのは、金髪ツインテールの少女――クロエだった。
「おはよう、クロエちゃん……」
「おはよう、じゃないっ!」
クロエは革製の作業エプロンをつけたまま、がしっとラウルの腕を掴んだ。
「どうせまた“飛ぶ”“跳ねる”“爆ぜる”の三択でしょ!? しかもユーカの試作品なんて、“説明書がない”のが常なんだからね!」
「いや、説明書はないけど、ユーカはちゃんと見て――」
「庇うな!」
クロエの怒号に、ラウルがほんの少したじろぐ。
が、すぐにユーカが小さく手を挙げた。
「あの、今日のは……“跳ねる”だけ。たぶん、爆ぜない……と思う」
「“思う”じゃないの!!」
ドンッと机を叩いて叫んだクロエは、はぁ、と大きく息を吐いた。
「……ったく。ホントに、心配して損するんだから……」
「……ありがとう、クロエちゃん。心配してくれて……嬉しい」
「だっ、別に! ユーカが変なことしてケガしたら、私が鍛冶場で一人ぼっちになるだけで……!」
ぷいと顔を背けたクロエの頬が、ほんのり赤い。
ラウルはそれを見て少し苦笑しながらも、何も言わなかった。
朝の光が工房の窓から差し込む中、三人のやりとりはいつものように続いていく。
賑やかで、穏やかで、ほんの少し不器用な、職人街の朝。
こんなふうに、今日もシルヴァリス細工店は始まる。
魔法と細工、そしてちょっとした愛情が交差する、王都の職人街の片隅で。