墓守
ホームレスの住処となっている廃遊園地。密室と化したお化け屋敷、ゴブリン・ハウスで、男の首吊り死体が発見された。利発な少年、クラウンは、ひょんなことからそれが自殺でないことを見抜く。
だが、同時にある疑問が浮かび上がった――犯人はなぜ、こんなことをしたのか。
「ここは無法地帯だ。殺人犯だとバレて何の問題が?」
スモーカーが廃屋のドアを破ると、蜘蛛の巣が顔中に絡みついた。それを引き剥がしながら、ライトで中を照らす。日常的に喫煙していたのだろう、煙草のにおいが染みついていた。
かつてお化け屋敷だった名残か、フランケンシュタインやドラキュラの着ぐるみが埃の中に沈んでいた。それらを避け、奥に進む。やがて、オブジェクトのひとつと言っても通じそうな景色が現れる。天井から垂れる縄に首を掛け、つり下がった人型。
顔を照らすも、高さのせいでよく見えない。ただ、息絶えていることは間違いなさそうだ。カーキ色のズボンと穴の空いたシャツには見覚えがある。スモーカーは記憶を手繰った。確か、先週やってきた新入りだ。お化け屋敷を根城にし、ゴーストと呼ばれていた気がする……
ともかく、確実なのは、男が首を吊って死んでいるということだけだった。
「それ、自殺じゃないよ」
縦長の部屋の中で、金髪の少年が言った。ジェットコースター「プロンプト」の管理室。椅子が二脚、隣り合って並んでいた。メーターやレバーは色褪せ、とうに役目を失っている。ここが、少年――キャンディとスモーカーの根城だった。
キャッスルタウンはデラウェア州北部の小さな遊園地である。客入りは芳しくなく、開園三年目をもって廃園した。さして有用とも思われない土地を気に入ったのは、資本家ではなく、近くの街のホームレスたちだった。
「馬鹿言うな。表の扉にも、非常口にも鍵がかかってたんだ。中にはゴーストの首吊り死体。自殺以外の何物でもない」
「その遺品」
キャンディがスモーカーの持つマッチを指さす。「ゴーストのシャツの胸ポケットから取ってきたんだろ」
「何で胸ポケットだと?」
「いつもそこに入れてたから」
「そうかい。確かにそうだよ、それがなんだ」
「あんたの靴」
次に少年は、スモーカーが行儀悪く操作盤に乗っけていた脚を示した。
「しわができてる。ゴブリン・ハウスに行く前はなかった。だから、死体を発見したときに背伸びして、遺品の煙草を回収するときにできた」
キャンディの言うことは一切間違っていなかった。スモーカーの革靴は昨日街で盗んだ新品で、しわがなかった。そして今見ると、足の甲の真上の位置にうっすらしわがある。ゴブリン・ハウス――死体を発見したお化け屋敷――でついたのだろう。マッチを回収するときに、背伸びをしたためだ。
「本当に細かいところまで見てるよ、お前は」
「細かいことほど大事なんだ、殊に死体があるときなんかは」
「それで、なんで自殺じゃないんだと分かる」
「ゴーストは脚を悪くしてたんだよ。左脚を引きずってた。身長はせいぜい五フィートと七インチ。六フィート越えのあんたが背伸びしなきゃいけない位置で、どうやって首を吊るんだ?」
「台があれば可能だ」
「それらしきものは周りにあった?」
スモーカーは舌打ちした。
「……いや、なかった」
キャンディが、にまりと笑った。玩具を見つけた子どものそれと同じ笑みだった。
雨が降るとスモーカーは、キャンディと出会った日のことを思い出す。雨天特有の、濃い草の匂いが記憶と強力に結びついているからだ。
その日スモーカーは、墓を作っていた。厳しい寒さの中、肺炎で死んだ男の墓だ。木を削り、かつて花壇だったところに突き立てる。そして、腕時計を供えた。針はとうの昔に止まっている。だが、男はそれを外さなかった。それにまつわる思い出は聞いたことがなかったが。
スモーカーが去ろうとしたとき、どしゃ、と何かが墜落する音がした。ファンシーなワーリー・ポップス・キャンディが転がっている。その先に、よく手入れされたブロンドが見えた。泥で汚れてこそいるものの、上等な服をまとっていて、これほどキャッスルタウンにそぐわない存在も珍しい。
「おい」
声を掛けると、少年はゆっくり起き上がった。
「痛い」
少年は仰向けになり、
「雨が降ってたんだ。どうりで足が滑る」
と言った。
「ここは子どもの来るとこじゃない」
「雨が凌げる場所を探してたんだ。あんた、名前は?」
「スモーカー」
「本名じゃないね。コードネームみたいだ、かっこいい」
少年はけらけら笑った。スモーカーは舌打ちする。
「ここで自ら名乗ることはない。他の住人が勝手に名付けるんだ。俺は煙草を吸っていたら、そう呼ばれた」
「じゃあ僕は?」
「……キャンディ」
「安直!」
けれどもキャンディは不満そうではない。「スモーカー、それは何? 墓?」
「そうだ。昨日また、ひとり死んだ」
「おかしな話だね。こんなところで墓を作ってやるなんて。大切な人?」
「仲が良かったわけでもない。一言二言、喋りはしたかもな」
「じゃあ何故?」
「死んだあとの安息だけは誰も穢してはいけないものだからだ」
キャンディは、眉をひそめた。「変人だ」
「なんてことはない。生活の一部だ」
「じゃあ仮に、『死んだあとの安息』を穢す人間がいたら?」
「殴るさ」
キャンディはまた、けらけらと笑った。
「問題は、どうしてそんなことをしたかだよ。どうして自殺に見せかけたのか」
よく晴れた日でも、キャッスルタウンの空気は淀んでいる。それを全身に浴びながら、二人は歩いていた。
「ゴーストは首を吊った。スモーカーが背伸びする高さで、だ。台がないと不可能だろう。おまけに鍵がかかっていたなんて、手が込んでるね」
「殺人犯だとバレないためには、殺人に見せなければ良い。だから自殺に見せかけた。こんなに単純な問題はないだろ」
「分かってないねスモーカーは。ここは無法地帯だ。殺人犯だとバレて何の問題が?」
スモーカーは言葉に詰まった。キャッスルタウンの原則は相互不干渉。誰かが誰かを殺しても、それを知った人間はこう思うだけだ。自分でないなら関係ない、と。
「生活を脅かさなければ他人に干渉されることはない。ゴーストを殺したなら、報復するのはそれこそ幽霊だけだ。なのに何故、自殺に見せかける手間をかけた? 首を絞めても吊り下げる必要なんてない。それに、」
二人はゴブリン・ハウスの前に辿り着いた。
「わざわざドアを閉めて、密室にする意味もない」
中に入ると、腐臭が二人を包んだ。死体は相変わらず宙に吊されている。暑さで腐りきっていて、とても長居できる空間ではなかった。
「死体を調べるのか?」
「脚立でもあればできるけれど」
キャンディは周囲を見て、検分するに足るだけの高さの台がないことを悟った。「無理そうだ」
ゴブリン・ハウスの内装はないに等しかった。客を楽しませる仕掛けの数々はすでに跡形もなく、壁に出入り口と非常口が張り付いているだけだ。
「死体を見つけるまでの経緯は?」
「そもそも始まりは」
スモーカーはどこから話すべきか思案した。「外人が来たことだ」
ここでの「外人」は、文字通り外部から来た人間を指す。とはいえキャッスルタウン内での人間関係は希薄で、明確な定義があるわけでもなかった。来て日が浅いと、外人呼ばわりされることだってある。
しかし、その日の侵入者は誰もが外人、いや、外敵と呼びうる存在だった。
「おい」
敷地内で、スモーカーは二人組の男に声をかけられた。片方は背こそ低いもののがたいがよく、もう片方はのっぽに長髪で、対照的な二人だった。そして、どちらも真っ黒なスーツをまとっている。墓地に行けば、いつでも埋葬式ができそうだ。スモーカーは、有刺鉄線だらけの柵をこの服装で越えたのか、と思った。
「ガロはいるか」
「ガロ?」
「こいつだよ」
のっぽが写真を突きつけた。そこに写っていたのは、一週間前にお化け屋敷に棲み着いた男だった。肌が少しだけ黒く、鷲鼻である。名前から察するに、イタリア系のようだ。
「いるが、何の用だ?」
「お前に話す必要はない」
家を失う人間は、二種類いる。緩やかに転落する者と、一気に破滅する者だ。ゴーストは、後者らしかった。面倒を持ち込まれたな、とスモーカーは思った。
「連れてくるよ」
キャッスルタウンに無用な争いを入れたくなかった。この男達は間違いなく、「無用な争い」の種だろう。墓を作り、園の安寧を保つ。いつしかスモーカーは墓守と呼ばれていた。
つい先日ゴーストが来たときも、同じようなことがあった。ごろつきがぎらついた目で立ち入ろうとしたところを、のして追い出した。ゴーストはぼんやりとそれを眺めていた。スモーカーは黙って、ゴーストに入るよう促した。よく見ると、脚に血が滲んでいる。今追い払ったごろつきと違い、彼は住処を求めているのだと分かった。
ただ、情けをかけたわけでもない。ガロ――ゴーストを差し出す必要があるなら黙ってそうするつもりだった。そうしてゴブリン・ハウスに押し入り、死体発見に至った。
ガロは死んでいた、と告げられた男たちは、自らそれを確認しようとした。だが、それは叶わなかった。スモーカーによって顔中が痣だらけになり、外に放り出されたからだ。
「ゴーストの死体を見つけたときは? ドアを破ったの?」
「最初は非常口から入ろうとした。そっちの方が近かったからな。ただ扉は閉まっていて、声をかけてもゴーストは出なかった。だから、表に回った。そこも閉まってたが非常口よりも脆そうだったから、こっちから入った。十回は蹴ったはずだ」
スモーカーの脚で破壊された木製ドアは、原型をとどめていなかった。座礁して打ち上げられた舟の残骸のようである。閂らしきものが転がっており、施錠されていたことは疑いようもない。
「ドアを破ってからは? 何が目に入った?」
「床にフランケンシュタインとドラキュラの着ぐるみがあった。あとは、正面に死体」
キャンディは床に転がった二体の着ぐるみを見た。うつ伏せになっている方を起こすと、それは確かにつぎはぎの人造人間だった。およそ五フィートと二インチで、キャンディより一フィート分背が高かった。
「その後は?」
「死体から遺品――マッチを回収して、祈りを捧げた。それから連中に知らせに行った」
キャンディの淡々とした聴取に、スモーカーは慣れていた。事実を起こった順序で、憶測を交えずに話すこと。それがキャンディの要求する態度だと、よく理解していた。
「ちなみにスモーカー、この建物に入ったことは? あるいはこの中の様子を見たことは? ここの内部について何か情報を得たことは?」
「入ったことも見たこともない。存在は知っていたしゴーストが住んでいることも知っていた。ただ、それだけだ」
「死体以外のものに触れた?」
「扉だけだ」
キャンディは満足げに頷いた。
「もうひとつ。死体のポケットを探ってみて、何かないか」
スモーカーは不満そうにキャンディを見たが、やがて舌打ちし、死体に近づいた。息を止め、ズボンのポケットに手を入れた。なにもないことを示すために首を振ると、キャンディは胸ポケットも探すよう顎で指示した。仕方なく、背伸びをして同じようにする。
「何もない」
「それでいい」
キャンディがどの情報から何を知ったのか、スモーカーは分からなかった。ただ、彼の好奇心が満たされつつあることだけは確かだった。
「さあ、容疑者たちに会いに行こう」
キャンディは意気揚々と、腐臭まみれの建物を出て行った。
スモーカーの知る限り、キャッスルタウンの住人は六人いた。ゴーストが死に、五人になった。スモーカーとキャンディを除けば三人だ。彼らが容疑者だった。
一人目はジョッキィだ。スモーカーより背の高いスキンヘッドの男で、メリーゴーラウンド「ノーブル・ホーシーズ」を根城にしている。入れ墨の文様は古代の壺を連想させた。
「ジョッキィ」
ジョッキィは一番の古株で、他人に関心を払わないスモーカーでも、会えば話をする仲だった。「ゴーストが死んだよ」
「そうか」
「ゴーストについて何か知らない?」
キャンディが訊くも、ジョッキィは反応しなかった。しばらくは、木馬の背中を台に、縄を編んでいる。やがて、思い出したように、
「誰かに追われていた」
「黒服に?」
「分からん。あいつがここに来たのは、ちょうど俺が帰ってきたときだった」
デルマーバ半島まで行って、手製の縄を売りつける。交通機関は使わず、食事は漁師に恵んでもらう。それがジョッキィの生活だ。当然不在も長い。
「あの脚は多分、銃で撃たれたな。ズボンに穴が空いて、そこから血が出ていた。それで、死んだのか」
「いや」
ジョッキィが一人で合点するのを、スモーカーが遮った。「首を吊っていた」
「そうなのか……俺のロープを盗んだのは、あいつか」
言葉とは裏腹に、ジョッキィの瞳に驚きは見られない。
「盗まれたときのことは覚えてるか?」
「ああ……売りから帰ったら、消えていた。だが気にしていない。出来が悪かったから、元より捨てるつもりだった」
男は話ながら、縄を編むことを止めなかった。
二人目はチェアマンだ。かつて大企業の会長職に就いていた男で、観覧車「ランドスケイプス」を住処にしている。キャッスルタウンの年長者で、杖を最良の相棒としていた。
「チェアマン」
観覧車の地面に近いゴンドラの中で、彼は眠っていた。昇降しやすいよう、脚立が数台置いてある。
チェアマンは、かつての栄華を忘れられないのか、常にすり切れた帽子とひびの入った眼鏡をかけていた。スモーカーの声で身体を起こした目の前の男もまた、それに違わぬ扮装だった。
「ゴーストが死んだ」
「ゴースト」
しわがれた声で返答がある。
「ゴーストについて何か知らない?」
「知らない」
「猫はどうした、チェアマン」
チェアマンは猫を飼っていた。いつもゴンドラまでやってきて、餌をねだるか、寝るかしている。チェアマンが痩せ細っていくのに反比例して猫は肥えていった。キャッスルタウンで自分以外の何かを優先するのは、非常に奇矯な振る舞いだった。
「今日はいない。そのうち来るさ」
声は相変わらず、弱々しかった。
最後はクラウンだ。サーカス団の出身だが、そこで盗みを働いて追放された。未だに街でも窃盗を働き、空中ブランコ「ローリング・スター」のひとつひとつに盗品が置いてある。小柄で、身のこなしの素早い男だった。
「クラウン」
スモーカーが声をかけると、クラウンは目をぎょろっとさせた。そして、ブランコのひとつから飛び降り、へらへらと笑う。「珍しいね、こんなところに来るなんて」
「お前の盗品博物館を見に来たんじゃない。訊きたいことがあって」
「何?」
「ゴーストが死んだんだよ。何か知らない?」
「へえ、そうなのか。お生憎、俺は何も知らねえ」
「ゴーストは誰かに追われていたらしいよ」
出し抜けに、キャンディが言った。「クラウンもそうならないようにね」
「なんだと」
クラウンの目がまたが、ぎょろりと動く。
「俺には夢があるんだ。いつかこのブランコを、とびきりの盗品だけで埋めてやるんだ。それまでは死なねえ」
「いったい何の意味があるんだ」
スモーカーが呟くと、クラウンは、
「お前が墓を作るのと同じだよ」
上手いことを言ってやった、というふうに鼻を鳴らした。
二人はまたゴブリン・ハウスに戻った。キャンディが確認したいことがあると言い出したためだ。スモーカーに抱えてもらい、ライトをくわえながら、死体の脚を検分した。
スモーカーも後ろからその様子を窺う。脚は痩せ細っていて、肌がぞっとするほど白かった。どこを見ても、白以外の色素が現れない。
「ありがとう、もういいよ」
地面に降り立ったキャンディはご満悦だった。「これですっきりした」
プロンプトの操縦席で、スモーカーはキャンディに説明を求めた。いくら他人に無関心とはいえ、目の前であれだけ疑問を挙げられたら、さすがに参ってくる。
「やっぱり一番の謎は、どうして自殺に見せかけたかだ。何かがあって、人を殺す。ここまではよくあること。けど、自殺に見せかける意味なんてここではひとつもない」
「外部の連中がやったとすればどうだ」
「それも考えづらい。一番怪しいのは例の黒服だけど、あいつらはゴーストを追っていることを隠さなかった。見るからに堅気じゃないし、ただのホームレスにそんな手間を掛ける必要はない」
キャンディはあっさり断言する。めぼしい反論が思いつかなかったので、スモーカーは続きを促した。
「だから、分割してみた。自殺に見せかけた、ではなく、吊すという行為と、鍵を閉めるという行為に。これらひとつひとつに意味はあるか? どちらにも意味はあった。前者はさっき、脚を調べたときに確定した」
スモーカーは死体の脚を思い浮かべた。白く細い脚。
「どこを見ても恐ろしいくらい白かった。でもおかしいよ、ゴーストはここに来たときに脚を撃たれていたんだ。一週間そこらで完治するわけがない。傷がないならすなわち、あの死体はゴーストではない」
スモーカーは慌てて思い出す。あの死体はゴーストではない? 服装は間違いなくゴーストのものだった。だが、それだけだ。服はすり替えれば良い。顔はよく見えなかった。確かに、入れ替わっていても気がつかないだろう。
ただ、傷は隠しようもない。ないならすなわち、あれはゴーストではない。
「そう考えれば吊した理由も分かる。顔を見せないためだ。あの暗さと、君が背伸びする高さなら間違いなく一瞥じゃ判別できない。そして、キャッスルタウンにおいては、それさえ凌げば誰も確認するとは思わないだろうね」
「待て、じゃああの死体は誰だ。なんでそんなことを?」
「鈍いねスモーカー。入れ替わったんだよ。ゴーストは追われていた。つまり、自分を死んだことにして逃げおおせようとしたんだ。あの黒服たちは今頃、親玉にガロの死を伝えていると思うよ」
ゴーストは、スモーカーが闖入者を許さないことを知っている。黒服たちも同じようになることを期待していたのだ。
「そして、入れ替わるならキャッスルタウンの誰かだ。脚を撃たれたゴーストはあまり遠くまで行けないし、ここの住人なら入れ替わりに気づかれにくい。まずジョッキィは除外される。あの身長は偽装じゃどうにもならない。スモーカー、君も同様。逆に僕は小さすぎる」
自分たちが違うことくらい分かりきっている、とスモーカーは辟易する。残るはチェアマンとクラウンだ。
「クラウンはさっき、空中ブランコのひとつから飛び降りて見せた。脚を撃たれておいて、顔色ひとつ変えずにいるなんて無理だ。よって、入れ替わったのはチェアマンということになる。杖もあるし、吊すときにはあの脚立を使えば良い」
納得しかけたスモーカーは、まだ解消されていない問題があることに気づく。鍵をどうやって掛けたのか? それを訊くと、キャンディは愉快そうに言った。
「そうなんだ、ゴーストが鍵を掛ける必要はない。死体を吊しただけで目的は達成されるんだ。ここが面白いところでね。
ところでスモーカー、現場に入ったとき、目に入ったものはなんだったっけ?」
「フランケンシュタイン、ドラキュラの着ぐるみ。それから死体」
「フランケンシュタインの着ぐるみは、僕らが見たときうつ伏せになっていたよ。
スモーカーは、僕の性格をよく理解してくれているよね。聴取のときは憶測を交えずに話す。では、うつ伏せになった着ぐるみがフランケンシュタインだとどうして分かった? 背姿だけで言えば、例えばゾンビだって考えられる。それに君はゴブリン・ハウスに入るのは初めてだ。フランケンシュタインの着ぐるみがあったというのは憶測になってしまう」
スモーカーは最初、自分の不手際を責められたのだと思った。しかし、どうやら違うらしい。その証拠に、キャンディは明らかに楽しんでいた。
「僕は君が、憶測を交えずに話さなかったと考える。何故なら他の部分に一切それがなかったから。つまりスモーカーがゴブリン・ハウスに入ったとき、フランケンシュタインは仰向けになっていたのではないか。そして君が出て、僕と一緒に戻るまでの間、誰かがそれを動かした――いや、誰かが着ぐるみの中から出た。そして悠々と、破壊されたドアから出たんだ」
それは誰か? スモーカーは、心当たりがあった。しかしそれを口にする前に、キャンディが嬉々として話を進める。
「ゴブリン・ハウスの煙草の匂い、それからスモーカーが遺品として持ってきたマッチ。ゴーストに喫煙の習慣があったことは明白だ。そしてゴーストは、自分の持ち物をそっくりチェアマンの死体に残したはず。なら、肝心の煙草はどこへ行ったか? 我慢できずに煙草だけ手元に残したか――それもないね。ならマッチが残っているはずもない。
誰かが盗んだ。ゴースト本人が目的にそぐわない行動をするはずはない。チェアマンは死んだ。ジョッキィの巨体じゃ着ぐるみに潜めない」
スモーカーの脳裏に、クラウンの飄々とした笑みが思い起こされる。
「何よりこれで、行動の説明がつく。殺しをしただけなら隠れる必要もない。口止めすれば、わざわざ口外もされないだろうし。でも遺品を盗むのは――死者の安息を穢すのは駄目だ。よりにもよってスモーカー、君が来たとなっては」
クラウンは、どこかのタイミングでゴブリン・ハウスの死に気がついた。そしてこれ幸いと、窃盗を働いたのだ。だが運悪く、スモーカーが入ってきた。慌ててフランケンシュタインの中に入ってやり過ごし、そしてそのまま煙草を盗み仰せたのだ。
話し終えたキャンディは、ふう、と息を吐いた。スモーカーはおもむろに立ち上がり、操縦室を出ようとする。
「どこ行くの?」
「殴りに」
キャンディがやりとした。
「それは殺人犯を? それとも、泥棒を?」
「決まってる」
スモーカーは答えた。
「泥棒だ」