別世界でも許せない
何だろう、ジェイの目がこわい。
私はこっそりルーカスに助けの視線を向けるが、すぐにジェイの体で遮られて見えなくなってしまう。
「あなたの居た世界では、そういう人物がいたのか?」
再度、問いかけてくるジェイに何て言おうか迷う。さっきルーカスは『婚約者で結婚間近って話は兄さんにしない方が良い。じゃないと、言いくるめられちゃうよ』と言っていた。
言いくるめられるというのが、果たしてどういう意味かは分からないが婚約者というのは隠しといた方が都合が良いのだろう。
「いたような、いないような……あ、すみません、いません。いませんでした」
煮え切らない返事をする私に、ジェイの瞳がスッと細められる。その眼光のあまりの強さに思わず謝ってしまった。萎縮する私にルーカスが助け舟を出す。
「あまり詮索するのは良くないよ、兄さん」
「詮索されて困るようなことがあるのなら、そうだろうな」
助け舟、撃沈。
仕方がない。ここは貴族社会などがない世界だから、私の居た世界よりかは外聞などのしがらみも少ないと信じよう。
「すみません、見栄を張りました。私の居た世界でも恋人や好きな人はいなかったので、大丈夫です」
「……なら、このまま向かう。必要物品は道中でそろえるとしよう」
納得していない様子ではあったが、とりあえずこの場は収まりそうだ。
ジェイのほうきやバケツを持とうとするが「こっちはいい。そっちを持て」と紙屑が少ししか入っていないゴミ袋を顎でさす。袋を持つが小指で持てるくらい軽い。流石に悪いなと思っているとルーカスが近くに寄って耳打ちしてくる。
「エマ先生は流されやすいから心配だよ。兄さんは嫌がることは絶対にしないから大丈夫だとは思うけど、少し強引なところがあるから。自分の意志表示はしっかりしないと駄目だよ」
子供に言い聞かせるように言われる。何を心配されているかハッキリ言葉にはしていないけど、男女2人きり同じ屋根の下というシチュエーションから何となく察した。
けれどそう言われても、婚約者だった時も甘い恋人同士のような雰囲気は全く無かった。その心配は杞憂に終わりそうだ。
「大丈夫だも思いますけど、分かりました」
「ほら、自覚ないから心配なんだよ」
「何を話しているんだ」
コソコソと話している私たちを訝しげに見ているジェイに、ルーカスが「何でもないよ」と素知らぬ顔で返す。しかしジェイは不機嫌そうにスタスタと研究室の外へ歩いて行ってしまった。
「明日の朝、兄さんの家に顔を出すよ。そしたら専門分野の人に話を聞きに行こう」
「分かりました」
ルーカスの声を背中で聞きながら、スタスタ歩くジェイの後ろ姿に着いて行った。
「ここが家だ」
研究室は王宮の端の方の塔だったみたいで、立派な庭と門を通り抜けた。ジェイの家は賑わう城下町の一角にあるようで、衣類などの必要物品を買ってから家に着くまですぐだった。
ちなみに、エプロンやほうきなどは研究室の近くの倉庫に置いてきた。さすがにそのままの格好で王宮や城下町を隣で歩く勇気は無かったので、良かった。
「えっ。こ、ここですか? 何というか…素敵な家ですね」
思わず言葉が詰まってしまったのには訳がある。赤い屋根にクリーム色の壁、レンガ造りのその家はとっても可愛い家だ。
チラリと横を見たが、絶望的にこの家と似合わない風貌。180cm超える黒髪の大男が好んで借りたとは思えない。
「勘違いしているようだが、ここは私の部下の男が奥方と住んでいた家だ。各領地へ監査に回ることになったが家族も共に行くとのことで、空き家になるからとお願いをされ私が管理をしている」
「なるほど。この可愛らしい家はその奥方の趣味なのですね」
ガチャリと鍵を回し、中に入りながら会話する。内装も外と一緒で、クリーム色の温かみのある雰囲気だ。
「私の寝泊まりしている部屋の隣に客間がある。そこを使え」
「え……私はソファーで十分です」
「ソファーで疲れは取れない、体を壊すぞ」
あ。
ジェイのセリフは聞き覚えがある。
休憩室を作るとなった時にベットを置こうとしたので『ソファーで良いです』と私が言った時に言われたセリフと同じだ。
世界は違くても、やはり同じ人物。ジェイはジェイのままなんだ。