やっと会える
それって、大丈夫と言える状態……?
「エマ先生はきっと別世界の自分が商会を大切にしていたことに気づくはずだ。人の大事なものを蔑ろにするような人じゃないから、悪いようにはしないよ」
ルーカスは分厚い研究所を閉じて、元の場所に仕舞いながら何てことも無いように言う。
信頼に溢れた言葉に、不思議な感覚になる。その言葉はこの世界の”エマ先生”に向けた言葉なのに、まるで私に向けられたような気持になった。
「……そうね。ルーカスの言うように、私自身を信じることにします」
この世界でも、ルーカスとの関係は良好だったみたいだ。場所が変わっても頼れる存在がいることに、ホッとする。
――それと同時に、ジェイの顔が浮かんだ。この世界のジェイとのはどんな関係なのだろうか。
元の世界でどのような状況になっているか分からないけど、ジェイは一度決めたことを絶対に成し遂げないと気が済まない性格をしているから結婚式は絶対に執り行われるだろう。この世界でもそうだとしたら、私もここで結婚をすることになる。
いくら姿が同じだとしても、気が引ける。
「あの、この世界でジェイは何をしているのですか?」
「ん?兄さん?」
「私の世界でジェイは次期子爵として領地を治めるのに日々奔走していましたが、この世界では何をしているのだろうなと思って」
「兄さんが子爵?!なにそれ!」
ルーカスが目をまん丸にして大きな声をあげる。
この反応、ジェイは子爵ではない?
「兄さんは宮廷書士として王族に仕えているよ。この世界の貴族という制度はとっくの昔に廃止されているから、子爵でもないし領地もない」
「えええ?!貴族はいないのですか?!」
子爵どころか、そもそも貴族が存在していなかった。思わぬ返しに度肝が抜かれる。
「そうだよ、それぞれの領地は国のものだから所有も何も無いよ」
「え、てことは……」
私は魔術の研究員で、ジェイは宮廷書士。
前の世界で私たちが婚約関係を結んでいた利害が存在しない。
「ジェイとは婚約関係ではないってこと?」
ポツリと呟いた私の言葉が室内に響く。
幼いころから婚約者という認識をしていたジェイ。彼との未来に不安はあっても、結婚しない未来を考えたことはなかった。
途端に、心の奥底からザワザワとした胸騒ぎがせり上がってきた。
「エマ先生と兄さんが婚約者?まさか、違う世界ではそうだったの?」
ルーカスは顎に手を当て、険しい表情で聞いてくる。
「そうです。私とジェイは幼い頃から婚約関係でした。もう少しで結婚式でしたので、準備もしていたのですが……」
主に準備をしていたのはジェイだが。
ルーカスは未だ神妙な顔つきで考え込んでいる。何か私とジェイの関係の変化に、重大な何かがあるのだろうか?
「ルーカス、何か問題でもあるのですか?」
「うーん、並行世界での入れ替わりだと思ったけど……違うかもしれない」
「え、違う?」
「もしかしたら、兄さんの妄想の世界から来たのかもしれない」
……はい?妄想の世界?
「だって、兄さんとエマ先生が幼いころからの婚約者で結婚間近なんて。どう聞いても、兄さんの妄想としか思えない」
聞き間違えかと思ったけど、やっぱり言っている。さすがに今まで生きてきた人生がジェイの妄想の中だったとは考えられないし考えたくもない。
「ルーカス。私は魔術のことも何も知らないけど、流石にそれは無いと思います」
「だってそんな兄さんの都合が良いことな……」
――コンコン。
ルーカスが話している最中。研究室のドアからノックの音がした。二人揃ってドアの方を見る。ルーカスが机の上にあった時計を見て、大きなため息をついた。
「噂をすれば、だ」
「……ってことは、ジェイですか?」
「そう。今の婚約者で結婚間近って話は兄さんにしない方が良い。じゃないと、言いくるめられちゃうよ」
「言いくるめられる?」
「まぁ、冷静に考えたら妄想の世界は無いか。ちょっと衝撃的な事実に驚いてそうだとしか考えられなくなった」
ルーカスは話しながらドアのほうへ向かって歩く。その様子をボーっと見つめていたが、ハッとして大切なことを聞くのを忘れてしまったことに気づく。
私とジェイが、この世界で婚約者ではないとすれば。私たちの関係は一体…?
考えているうちに、ルーカスがドアノブに手をかけて扉を開ける。
そこには衝撃的な光景があった。