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絶対にこれが似合う


「奥様はスタイルが良いですわ。体のラインがでるドレスでも、よくお似合いですよ」

「ベリーピンクの愛らしい髪色と瞳に、このレースの髪飾りが合いますわぁ」

「長い髪は結いましょうか?でも、こんなにきれいな髪だからおろしても素敵ね」



妙齢の女性スタッフ3名が商会の執務室に来たのは、あの日から3日後のことだった。ドレスをあっという間に着させられ、髪を弄られる。

花嫁は私のはずなのに、口を挟む隙がない。もう人形状態だ。そんな嵐のような試着は、想定していたよりも短い時間で終わった。


「疲れましたね……」

「何も執務室でやらなくても。半日時間があったのだから、店舗に行けば良かったのに」

「ジェイが事前にドレスや髪飾りを決めていたようで、本当にサイズ合わせだけでしたから。店側が来てくれると言っていたので甘えてしまいました」

「そうなの?そっか、兄さんの見立てだからか。エマ義姉さんの魅力を最大限に引き出すドレスだなと思ったんだ」


確かに細身なマーメイドドレスは、私の体系によく合っていたように思える。しかし新郎のいない短時間で終わった衣装合わせは、何とも淡白で味気ないものだった。


別に結婚式にこだわりもなければ、結婚生活を幸せに溢れたものにしたいという幻想もないので良いのだが。あまりにも、パートナーとの関係が気薄で心配だ。必要最低限の意思疎通でさえままならない。


「エマ義姉さん、浮かない顔だね。ドレス嫌だった?」

「嫌ではないですよ、素敵でした」

「なら……兄さんとのこと?やっぱり心配?」

「そうですね、心配じゃないといえば噓になるけど」


結婚は、互いの利益のためにも覆ることは無い。遅かれ早かれ、通る道なのだ。急で心の準備が追いつけないだけで。

ジェイとは幼馴染なので根が悪い人ではないことを理解している。不安はあるけど不満はない。


「所謂、マリッジブルーというやつです。でもすぐに抜け出せますから心配ないですよ」


にこりと笑って手元の書類に視線を落とす。

ルーカスの驚いたような声が隣から聞こえる。


「あのエマ義姉さんでも、そういう感情になるんだ」

「……それは貶しています?」


どんな意味が含まれているか分からないが、決して良い意味ではないだろう。


「貶してないよ。いつも損得で物事を考えて感情は二の次なのに、珍しいなと思っただけ」

「なんだか、冷徹な人間のように聞こえます」


やっぱり良い意味ではなかった。

商会の仕事をしていると、どうしても損得勘定をしてしまう。その癖が、なかなか抜けない。そのせいで感情に左右される時間が、とっても無意味に感じるのだ。だからルーカスからも私が感情の乏しい人間のように思えるのだろう。


そう考えると、私とジェイは少し似た者同士なのかもしれない。感情表現が苦手な二人。

……不安要素が増した。


「嫌な捉え方をしないでよ。合理的って褒めているんだ」

「そうは聞こえなかったけど。でもそれなら、ありがとうございます?」

「どういたしまして?なんで疑問形なの」


ケラケラと笑うルーカスにつられて、私もフフッと笑う。

彼は義弟となる男だが、右腕でもあり気安く話せる友人でもある。


「マリッジブルーの解消法は、兄さんと話し合うことだね。エマ義姉さんから手紙を送ってみたら?きっと兄さん、顔には出さないけど死ぬほど喜ぶよ」






その日の夜。執務室の横にある小さな休憩室で、紅茶を飲むためにケトルでお湯を沸かしながら考える。


結婚生活をいつまでも不安に感じていたって仕方がない。本当は会いに行くのが一番いいのだろうけど、仕事が忙しくてそんな時間はない。ルーカスの言う通り、ジェイに手紙を送ってみよう。

思えば手紙のやり取りは今まで1度もしたことがなかった。何について書けば良いのかちっとも思い浮かばない。


無難に今日着たドレスの話でも書くか。商会で使っている便箋で、可愛らしいものはあったかな……


などと考えているうちに、気づいたらケトルからグツグツと沸騰した音が聞こえてきた。

火を止めてケトルの取手を持とうとしたが、ぼーっとしていたせいで金属部分が小指に当たった。


「アツ!」


焦ってケトルをすぐに台に置き、手を放す。小指を見ると、当たった箇所が赤くなっている。そこまで強い痛みはないが、ヒリヒリじんわり痛む。火傷をしてしまったようだ。


「はぁー、まだ仕事が残っているのに」


仕事のモチベーションが急激に下がったため、休憩室に備え付けられている仮眠用ベッドに横になる。シーツに全身の疲労感が浸み込むような感覚がする。


ほんの、少しだけ……


疲れた時に2時間ほど仮眠をとり、また仕事に戻ることは珍しくなかった。いつものように、少しだけ眠ろうと目をつむる。

今日は衣装合わせなどイレギュラーなことがあったのもあり、疲れていたのか意識はすぐ遠のいた。

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