弔砲
扣 鈕 森鷗外
南山の たたかひの日に
袖口の こがねのぼたん
ひとつおとしつ
その扣鈕惜し
べるりんの 都大路の
ぱつさあじゆ 電燈あをき
店にて買ひぬ
はたとせまへに
えぽれつと かがやきし友
こがね髪 ゆらぎし少女
はや老いにけん
死にもやしけん
はたとせの 身のうきしづみ
よろこびも かなしびも知る
袖のぼたんよ
かたはとなりぬ
ますらをの 玉と碎けし
ももちたり それも惜しけど
こも惜し扣鈕
身に添ふ扣鈕
スマホのショートメッセージに奇妙な連絡が来ているのに気がついた。
「なるべく早く、この番号に電話をかけてくれ。」と。
いつもなら御免被るが、その日はやけに夕暮れが素晴らしかった。
多摩川の河川敷に座り込み、遠くにシルエットで浮かび上がる富士を見つつ、煙草に火をつけ、訝しみながら電話番号を発信した。
電話口の声には、聞き覚えがあった。
いいや、忘れるはずはない。
ああ、そういうことか。
やせ我慢の限りをつくして出席した結婚式以来、消息は知らない。
他愛のない会話をして、他愛のない話で終始した。
軽口を叩いて、電話は終わった。
「じゃあな、また、来世。」
一週間後、その人の訃報が届いた。
余命を宣告されての時期だったらしい。
家族に見送られて、せめて幸せな最期だったと聞く以外、何も知らない。何も伝わってはこない。
凍り付くような冬の時期、隣にいたことは確かに覚えている。
煙草をやめるように言われ、10年かけて自殺してるんだ、邪魔をしないでくれ、と真顔で嘯いた冬。
吐く息が、とても白かった。
このまま凍っていくのだと思っていた。
亡き戦友の御霊に哀悼の意を表し弔砲を捧げる。
今夜は、飲もうと思う。