人生というゲーム
※ この小説は誰にでも読んでもらえますが、未来ある青少年にはあまり読ませたくない小説です。
「春に生まれた虫は秋に死を迎える。例外はあるが極めて短命だ。それと比べたら人の寿命は長いようだけど、それでも長生きして百年ってとこだ。『朝に紅顔、夕べに白骨』つまりそんなカゲロウみたいな人生なんて楽しく過ごせばいいのさ」
このところ毎日酒浸りの友人・西田を、同席した居酒屋で少したしなめた結果、やつの人生観を聴かされる羽目になった。
「葛西が努力家なのは知っているが、俺の生き方に口を挿むな。我々が生まれ死んでいくこの人生など、しょせん誰かの夢なんだ。だから努力しようがしまいが同じ事なんだよ」
と西田は続けた。なんという受動的な、つまらない考え方だろう。
より良いポジションを求めて努力し、夢を抱える生き方を無駄だと切り捨てるのだから。
俺は注文を聞きに来た女店員に焼き鳥の追加を頼みながら西田に反論した。
「それでは家畜と変わらんだろう。少なくとも自由に動ける人間なら、おまえも生きる努力をしてみたらどうだ?」
ところが西田は鼻で笑って言い返した。
「誰かさんの夢と言ったのがピンと来ないんなら、もっと具体的に言おう。俺達の人生は、いわゆる守護霊さんがやっているゲームなんだよ」
「要するに、俺達は守護霊のコマにすぎないと言いたいのか?」
「そういうことだ」
どんな哲学的な話かと思いきや、妄想によるヨタ話だったとは。
どうやらこいつはアル中で頭がおかしくなったか、悪い宗教にでも入信したか、そうでなければ統合失調症にでもなったのだろう。だとすればこんな場所で本気で言い合っても時間の無駄というものだ。
「だいぶ酔ってるようだな。焼き鳥を食ったら帰ろうぜ。今日は俺のおごりだ」
俺は、おあいその伝票を手に取った。
ところがいつもなら「そうだな」で終わるはずの西田が、この日は食い下がった。
「なあ葛西、おまえは自分の人生に疑問を感じた事はないか? 俺達は幼稚園の頃からもう三十余年の付きあいだ。だから、おまえがいかに頑張ってきたかは知っている」
「それはどうも……」
「そして、おまえがいかに報われなかったかも知っている」
もしかしたら、西田はカルトに俺を勧誘しているのではないか?
そんな気がした俺は、ちょっと身構えた。
「かまわんさ。努力なんて報われる事の方が少ないんだ。そんな中でもまれに、思い通りの結果が出る時がある。だからこそ人生は楽しいんじゃないか?」
決まった! と思ったが、西田は折れなかった。
「本当にそうかな? 確かに俺は世捨て人だから今の残念な生活にも納得している。会社は三流で安月給。アパートは六畳一間で風呂なし。妻は極貧生活が嫌になり家を出て行った。ついでに一人娘の親権も妻の手にある」
俺はうんうんと頷いた。
「だが、葛西はどうだ? 学生時代から努力家だったが成績はいまいち。入った野球部でも早朝から練習に明け暮れていたが監督に評価されず三年間スタンド・メガホン組。大学入試は教師も首をひねる程の不振ぶりで全滅! 通信制の大学を苦労して卒業した後、会社に入れば即倒産、次の会社もまた倒産。結果四十を前にフリーター。妻子もなく簡易宿泊所を改造した四畳半一間でつつましく暮らしている」
西田の言葉はズシンと胸に響いた。
「いいんだよ。それでも今は……」
と言いかけた俺を西田は制し、
「実はな。この間、立花に会ったんだ。覚えているか? 小学校から中学まで一緒だったろ。教室で隠れてゲームばかりするので、いつも教師に叱られ成績も悪かったが、なぜか国立大に一発合格した。卒業後は外資系の企業に入ったんだが、ニューヨークに赴任する途中、隣り合わせたハリウッド女優と意気投合し、そのまま結婚。今はビバリーヒルズ暮らしを楽しみつつ、UCLAのバークレー校で日本の古典文学を講義しているそうだ」
「それはすごいな……」
俺は残った苦いビールを一気に飲んだ。
「で、俺が『立花は運がいいな。今じゃセレブか』と冗談を言ったら、やつは真顔になって『運か……。まあ、そうとも言えるな。俺の場合は憑いてる守護霊が最高だもんな』と言ったんだ」
「そりゃあ、西田がからかわれたんだろうよ」
「俺もそう思ったんだが、マジだった。『一度おまえも守護霊と語ってみろ』と、守護霊と話す方法を教えてくれたんだ」
「それで試したのか?」
「ああ、出てきた守護霊に『俺が不幸なのはお前のせいか?』と聞くと、ただ一言『あまり、やる気が無いんですまない』だとさ」
そう言いながら西田は大笑いした。
やはり冗談かと思ったが、西田は向かい合わせの席から移動して俺の耳元までやって来ると、「で、その方法なんだが……」と呼び出し方を伝えた。
酒の席のバカげた会話など本気にする必要はない。
まして人生はゲームだの、それを操っているのが守護霊だなどというふざけた話題ならなおさらだ。
しかし、西田が口にした呪文は妙に頭に残って離れなかった。
なんでも陰陽道に由来するもので、原文は阿比留文字で記されているという。西田のおおざっぱな性格から考えると、やたら手が込んでいる。
「まあ退屈しのぎに試してみるか……」
アパートに帰った俺は軽い気持ちでその呪文を唱えてみた。
が、なにも起こらない。
「そりゃそうだ」
俺は自分で自分がおかしくなってクックと笑った。
ところがその数秒後……、
「呼びましたか?」
と頭の中から、か細い声がしたと思ったら目の前に羽衣を着た若い女が立っていた。
服装だけでなく雰囲気も古風で、人というには整い過ぎたうりざね顔。
後ろにあるパソコンラックが透けて見える。まぎれもなく幽霊だった。
「もしかしてあなたは俺の守護霊さんでしょうか?」
この時、不思議と恐怖感はなく、それどころか妙に親しい存在に思えた。
「一応その役割を与えられています。正しくは守護霊ではなく、あなたの守護神で、名前は秋津早音と申します」
守護神はどこか伏せ目がちにポツリと言った。
「なるほど。では秋津早音様、気を悪くしないで聞いて欲しいんですが、友人から俺の人生が日の目を見ないのは、あなたのせいだと聞かされたもので……。あ、もちろん俺自身は、自分の努力不足のせいだと考えています」
「……」
彼女はしばらく沈黙した後、ためらいがちに口を開いた。
「すみません。その通りです」
守護神はあっけなく認めた。
「えっ? すると、俺が不運続きなのもあなたにやる気がないから?」
俺は少し強い口調で彼女を問い詰めた。
「いいえ、そうじゃありません! 葛西君が努力家なのは私が努力を惜しまないからです」
「でも、俺の人生は昔からずっと低空飛行を続けています」
「葛西君も知ってるように努力が必ずしも成功と結びつくわけではありません。あなたがいくら頑張ってもうまくいかない原因はその……私にお金が無いからです! お金が無いと天界で良い幸運アイテムを買えないんです」
それはクラリとする衝撃的な告白だった。
「つまり立花の人生が順風満帆なのは、やつの守護神が幸運アイテムを買いまくっているからで、俺の人生が底辺を這いまわっているのは、おまえに金が無いから?」
要約すると人生は、見守っている守護神の裕福さで決まるということらしい。
俺はなんだか無性に腹が立ってきた。
「ふざけんな! てめえ」
つかみかかろうとした俺の手は守護神をスルリと突き抜けた。
「だって、だって……」
「だって何だよ!」
「私は無課金プレイヤーなんだも~ん」
テヘペロ(てへっと笑って、ペロリと舌を出す行為・ラノベ用語)をしながら守護神は消えて行った。
( おしまい )
この小説は「樹林1月号」にも掲載されています。