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第2章 あやしいお店とあやしいおじさん

授業が終わり、すぐに帰ろうとすると、とっさに差し出された足につまずいてしまった。

図工用に持ってきた絵の具が飛び散らかった。

「おい、気を付けろよな。お?」

のぶおの低い声が、とっさにうわずいた。

「金色の絵の具があるのか? めずらしいっ」

のぶおは、さっと拾いあげ、ひろきにも見せびらかす。

「なあ、これ、貸してくれよ。今度の図工で使うからさ。いいだろ?」

のぶおは、ぼくの肩をポンとたたいてお願いをしてきた。

「……うん」

ぼくに断る勇気なんてなかった。

「サンキュー」

二人はワハハ、と笑いながら帰って行った。

ぼくは、走って帰った。

きっと、あの絵の具は二度と帰ってこない。

ぼくは、ひたすら走った。

じっとしていると、悲しみに押しつぶされそうな気がしたから。

ぼくは弱虫だ。

クラスメイトもぼくも大嫌いだ。

走っている途中、こらえていた涙がぽろぽろと流れてきた。

こんな状態で、家に帰れない。

母さんに心配をかけたくない。

実は、ぼくは新学期初めに転校してきたばかりだった。

だから、やっとクラスメイトの名前も覚えてきたところだったのに……。

運動会をきっかけに、もっとみんなと仲良くなれると思ってだ。

こんなことになるなんて……。

ぼくは、アンカーを走るのぶおを見て、かっこいいと思ったばかりか、できれば友達になりたいと思っていたんだ。

本来なら、家に帰るために曲がるはずの角もまっすぐ走り続けた。

その結果、ぼくは見覚えのない町の外れまできてしまった。

まずい。

すぐに来た道を戻らないと、迷子になってしまう。

ぼくは、汗と涙でぐしゅぐしゅになった顔をまくりあげたティーシャツでふきあげた。

のどがカラカラになり、息が途切れて苦しい。

さあ、もう帰ろう。

振り返った時、すぐそばにあった建物の看板が目に入った。

木で作られた木造式の建物だった。

ドアには、かわいらしいリボンのついた金色のベルと(ウェルカム)と書かれたプラスチックで作られたプレートが下げられている。

建物には窓がない代わりに、大きな看板がつけられていた。

(フルーツラムネ専門店シュワワ)

フルーツラムネ……。

のどが、ごくりとなった。

のどがかわいて仕方がない。

ぼくは、吸い込まれるようにドアを開けて中へ入っていった。

「おや、いらっしゃいませ」

ワイシャツに黒ベストを着たおじさんが立っていた。

店内は薄暗く、おじさんの周りを囲うようにテーブル席が置かれており、イスが5つ置いてあった。

このお店の感じ。

母さんが大好きな俳優さんが出てるドラマで見たことがある。

仕事で疲れた人たちが、お酒やワインを飲んで楽しくお話をするところだ。

子どもは、来てはいけないところなのかも。

しまった、怒られるっ。

「あの、勝手に入ってきてごめんなさい」

ぼくは、あわてておじさんに謝った。

「なにをおっしゃるのです。ここシュワワはどなたでもご利用いただけます。ここは疲れて傷ついた心を治すための場所でございますので」

おじさんは、ずっと笑顔のままだ。

そのままぼくはテーブル席の一番真ん中の席に、誘導され流れるように席についた。

おじさんのうしろのガラス張りの棚には、たくさんのラムネがきれいに並べられている。

そして、棚の真ん中の中央には、巨大な水晶が置かれている。

ぼくは、はっと気がついた。

「あの、フルーツラムネって看板に書いてありましたけど、フルーツ味のラムネが飲めるということですか?」

「そのとおりでございます」

ぼくは、もう一度後ろのラムネたちを見渡す。

「全部おなじラムネに見えますけど……」

「味は、お客様の心によって変わります」

「心で変わる?」

おじさんは、深くうなずいた。

「少々、お待ちを」

おじさんは、棚の中から1本のラムネを取り出した。

「どうぞ、お待たせいたしました」

目の前に、そっとラムネが置かれた。

どこから見ても普通のラムネにしか見えない。

「飲む前に、ラムネに触れてみてください」

言われるままに、触れてみるとラムネは、すごくヒンヤリしていた。

ひょっとして、後ろの棚は棚じゃなくて、巨大な冷蔵庫だったのかもしれない。

「今の気持ちを思い浮かべてください。どんなことがあって、どんな気持ちになったか、できるだけはっきり思いうかべて下さい」

ぼくは、今の気持ちを必死に思い浮かべた。

運動会でこけたせいで、のぶおに目をつけられ、クラス中から意地悪をされていること。そして、大事に使おうとしていた金色の絵の具まで取られてしまったこと。

思い出すだけで、怒りで体がふるえあがった。

すると、ビー玉からしゅわしゅわと泡がはじけるように出てきた。

透明のラムネが、みるみる赤くそまり、真っ赤なラムネになった。

不安そうにしているぼくにおじさんは、ニコッと笑った。

「今が飲みごろですよ」

おそるおそる、ぼくは飲んでみる。

「りんごだっ」

甘酸っぱくて、さわやかなリンゴ味が口いっぱいに広がっていく。

イスからすべり落ちそうになるほど、おいしい。

ぼくは、夢中でいっきに飲み干した。

すると、さっきまで胸に抱えていた怒りが、ス~と消えていくのが分かった。

まるで、ラムネの泡がとけていくように。

心が、雨が止んだ後のさわやかな青空の様にきれいになっているのが分かる。

ぼくの燃えあがる怒りの気持ちを、真っ赤なリンゴ味に変化させたんだ。

その怒りをおいしく飲み干しお腹で消化したから、ぼくの心は掃除された。

こんなすごいラムネ、一体いくらするんだろう。

不安になってサイフの中身をのぞいた。

しまった、300円しかないぞ。

足りるかな。

「あの、おいくらですか?」

おじさんは、無言で右手をあげた。

「お会計は、お金では受け付けておりません。お支払いは(困っている人を助けること)で支払っていただきます」

おじさんは、水晶玉をぼくの目の前に運んできた。

「今から24時間以内に、今までお客様と関わりがあり、助けを必要とする人が映し出されます」

「え、ぼくが人助けを?」

「そうです。また、見事助けることができましたら、特別なポイントがたまります」

ラムネの絵が描かれたポイントカードを渡された。

「5ポイントたまるともれなく、どんないやなことも悲しいことが起きても、あなたの心を守ってくれるスペシャルなお守りをプレゼントいたします」

「どんないやなことも……」

ぼくは考えた。

もう、いじめられても傷つかなくてすむ。

そう思うと、やるしかない。

「やります」

ぼくは、元気に返事をした。

すると、水晶の中からもしゅわしゅわと泡が出てくる。

そこに、映し出されたのは、クラスメイトの女の子だった。

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