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第7話 操り人形カサノヴァとチェネレントラ

 ステラランド王国を巡る旅芸人一座の花形カサノヴァは、操り人形の青年だった。


 元々は町の一般家庭に降ってきたのだが、操り人形の(さが)なのか、少年の時に操り糸を切って家を飛び出した。

 自由に生きたいと。

 別に、今まで不自由な暮らしをしていたわけでない。

 小さい頃は、両親が戯れに操ったりして遊んだし、それを見て結婚相手になるはずだった一人娘のジョゼは喜んだが、カサノヴァが嫌がってからはしなかった。

 操り糸もコントローラーも、まとめて腰に結んでいたのだけど。


 カサノヴァはそれを断ち切り、さわやかな気分で残った糸をひらめかせながら町を駆けた。

 それから、旅芸人の一座に出会い、そのまま馬車に乗り込んだ。家には手紙を書いて別れを告げた。住所はないので返事は来なかった。来ても読まなかっただろうけど。


 それから20年近く経った。


 カサノヴァは一座で一番の人気者になっていた。

 少年の頃から美少年人形として人気があったが、青年になってからは白い仮面をつけたような美しい顔が際立ち、長い白金(しろがね)の髪も銀に輝く瞳も神秘さがあって目を惹いた。


 芸の腕も磨き、少年の頃はピエロに扮してジャグリングや一輪車乗りや綱渡りまで器用にこなし、舞台劇にも参加した。なかでも、青年になってから主役となった喜劇の王子役は好評だった。

 長身に王子様と同じ白い軍服を着こなして、お姫様を探す王子に扮したカサノヴァは、女性客を舞台に招きあげて “あなたが私のお姫様かもしれない。踊ってみてください” と言って、驚いたり喜んだりする即興の相手役とくるくるとダンスを踊った。そして “ありがとう。これからもお姫様を探します” と言って客席に戻すのだった。

 一方的に誘われて振られた客は驚くだけだったり、時に怒った演技をしてくれて観客を沸かせてくれた。

 こうしてカサノヴァは女性客からますます人気をはくした。女好きな王子様として。


 カサノヴァの方はというと、客を喜ばすための即興の思いつきでそうしていたが、本当に自分の結婚相手を探すためにもそうしていた。


 本来の結婚相手ジョゼのことは気にしなかった。

 こんな勝手に生きる自分が気にしていいとは思えず、手紙にも僕のことは気にしないで他の人形と幸せになってと、少年の頃に書いて送っていた。


 そうして、一座が国中を回るうちに懐かしい故郷にも訪れて、最近ジョゼが舞台を見にやって来た。

 人形の結婚相手を連れて。


 舞台のあるテントのそばで、ふたりは少しぎこちない挨拶を交わした。


「久しぶり、ジョゼ」


「久しぶりね、カサノヴァ」


 ジョゼは白金髪のボブ、黒い瞳、ほのかな化粧に、真珠の耳飾りと首飾りにパフスリーブのワンピースが似合う可愛らしくも美しい女性に成長していた。


 彼女の顔をカサノヴァは初めてちゃんと見た気がした。

 その笑顔がとても優しいことも初めて知って、自分のしたことを後悔した。


「ごめん、ジョゼ。勝手な真似をして」


「いいのよ」


 うつむくカサノヴァに、ジョゼは優しく言った。


「これが、運命だったんだわ」


 ジョゼは隣に立つ結婚相手を見てから、カサノヴァの方を向き片手を彼の頬に当てて見つめた。


「私が彼を見つけたように、あなたもきっと運命の人を見つけるわ」


 優しい笑顔に、カサノヴァは今度は微笑み返すことができた。


「ありがとう」


「ずっと会いたかったわ。前に一座がこの町に来た時には、カサノヴァに気づいていたの。だけど、一人で来たら心配させると思って……ようやく来れたわ」


 ジョゼが腕を絡ませた結婚相手に、カサノヴァは視線を移した。


「ギルバートといいます。初めまして」


「カサノヴァです。初めまして」


 ギルバートは優しい笑顔がジョゼによく似ていた。いや、彼でなければジョゼを優しい笑顔にはできない、自由を愛する奔放な自分には彼女の結婚相手は無理だったのだと思い知った。

 ギルバートのつぶらな黒い瞳も安心させるものがあり、やわらかな茶髪に、白いシャツに茶色のベストとズボンにエナメル靴姿も、ジョゼととてもお似合いだった。


 カサノヴァは胸に片手を当てて、心を込めてお辞儀した。


「楽しんでいってください。おふたりとも」


 喜んでうなずくふたりに、カサノヴァは芸人の自信に満ちた笑顔で応えた。


 その晩の舞台にはジョゼを招き上げて、楽しくダンスを踊った。

 そうすると初めて、彼女と心を交わすことができた。

 心置きなく別れて、結婚相手の元に返すことも。


 次の日には、ジョゼとギルバートの両親もやって来てくれた。特に、舞台後に挨拶をした時、カサノヴァの両親でもあるジョゼの両親は泣いて喜んでくれた。怒られると覚悟していたカサノヴァは、意外な反応に胸が甘く痛んだ。


 そんな、優しくも少し寂しい再会と別れをしたカサノヴァを連れて、一座は次の町に移った。


 山と牧場が広がる、牧歌的な町に。


 小さな遊園地の一角に場所を借りて、テントを建てる。

 準備を終えると、外のベンチに座り、カサノヴァはギターを弾いた。


 夕暮れからゆっくりと夜になる、淡く静かな水色の空。

 開演前のこの時間が、カサノヴァは一番好きだった。

 もうすぐ、観客がやって来る。

 今回は、運命の人に会えるかもしれない。

 ジョゼにお墨付きをもらえたおかげで、それを信じることができた。


 今日は昼の間に、遊園地で遊ぶ子供達に風船を配ったり、ジャグリングを見せたり、メリーゴーランドに乗せてあげたりもした。

 結婚したら子供もほしいと思った。前には思わなかったことだ。

 

 その前に、自分は人形と人間どっちで生きていくのがいいだろう?


 ぼんやり空を見上げてギターの弦を撫でる。

 真剣に考え出す前に、仲間が呼びに来て腰を上げた。


 その晩の舞台でも、自ら手を上げた女性客を舞台にあげてダンスを踊った。しかし、今回も運命の相手ではなかった。

 客席に戻った彼女には笑顔を交わす伴侶がいた。


 運命の相手でなくて当然かと、苦笑いしたカサノヴァは、即興の相手役に拍手を送る観客のなかに、とびきり楽しそうな笑顔を見せる女性客を見つけた。


 彼女を選べばよかったと思いながら、舞台に戻った。


 閉幕後、テントから出ていく観客達を、カサノヴァは出入り口で見送った。

 もちろん、お目当てはあのとびきり笑顔のお客さんだ。

 彼女は最後の方にひとりで出てきた。


 ざんばらの黒髪に金色の瞳、日焼けした健康的な肌に白い襟付きシャツと黒革のズボンとブーツ姿で、軽やかな足取りだ。


 そっとついて行くと、彼女はベンチに座り、火照った体を冷ますようにシャツに風を入れながら、三日月の星空を見上げていた。

 その顔の満足そうな笑顔も、カサノヴァを惹きつけた。


 踵を返してテント裏に向かったカサノヴァに、お姫様役の相棒人形フィオレが、ジュースの入ったグラスをふたつ差し出した。


「気が利くな」


「あなたから待ち構えているなんて、初めてじゃない」


 面白がるフィオレの応援を背にして戻り、グラスのひとつをベンチの彼女に差し出した。


「どうぞ」


「あ、ありがとう」


 彼女は相手がカサノヴァだと気づき、驚いた笑顔でグラスを受け取った。


「隣に座っても?」


「どうぞ」


 今度はかしこまった口調で彼女が応じた。


 カサノヴァは今までも何度かこうして女性客と話をしていて、なんとも手慣れた所作で隣に座って笑顔を向けた。


「いかがでしたか? 舞台は」


「とても楽しかったです」


 満足の笑顔を見せるカサノヴァと目が合い、彼女は照れたように下を向いた。


 カサノヴァは気分の高揚を抑えられずに、口を開いた。


「お客と踊った後、舞台に降りた時にあなたを見ましたよ。とても楽しそうに笑っていた……あなたと踊ればよかったと思いました。明日また来てください、私が招待します。私と踊ってください」


 差し出した手を、彼女は少しためらった後、笑顔で握った。


 約束を交わして、ふたりは打ち解けた笑顔を交わした。


「改めて、私はカサノヴァ。あなたのお名前は?」


「チェネレントラ」


 カサノヴァはチェネレントラの姿を、目に焼き付けるようにじっと見つめた。そして、彼女のどこか活動的な服装に目がいった。


「この辺りに住んでいるのですか? 牧場とか」


「いいえ、旅をしていて、この町を通りかかったの」


「旅を?」


 カサノヴァは目を輝かせた。


「そう。結婚相手のお人形がいなくて。両親が童話のお姫様のようになってほしいと願ったからなの。不遇な女の子が王子様と出会って結婚するお話で、私の名前も、その女の子からつけたほどの入れ込みよう。童話とは違って不遇でもなんでもなく、大事に育ててもらったけど」


 チェネレントラは笑って、最近この国の王子様が童話のような結婚をしたことを思い出した。

 相手のお姫様は幸せなことと、羨ましく思い、夜空を見上げた。

 さっきの舞台でカサノヴァと踊った観客のことも、同じように羨ましかった。手を上げる勇気のなかったチェネレントラは完敗した気分で、心からふたりが踊るのを楽しめたけれど。


「私は待てど暮せど、王子様が来ないから、自分から探しに旅に出たの」


 カサノヴァは切ない思いには気づかず、他のことが気になって身を乗り出した。


「どこを旅した?」


「王国を当てもなくウロウロして、他の国にも行ってみたりしたわ」


「他の国!? どんな国へ?」


 カサノヴァは驚くあまりグラスを落としそうになり、手に力を込めた。


「フローラランド王国に、ワンダーランド王国、フローラランドは花や動物達がしゃべるの。みんな私より話すのが上手くて面白かった。ワンダーランドでは手に乗るような小さい人達や私の倍もある大きな人達が一緒に暮らしてたの。こんな小さな家とこんな大きな家と、旅行者用の丁度いい大きさの宿やが並んでて……」


 夢中で話して夢中で聞き、ふたりはふうと満足の吐息をはいて笑顔を交わした。


「君の旅に乾杯」


 グラスをかたむけてきたカサノヴァにチェネレントラはドキリとしたが、あまりにキザなセリフに笑ってしまった。


「まだ、王子様が抜けてないな」


 カサノヴァも照れた笑顔をみせた。


 けれど、チェネレントラがよくよく見ると、王子様の格好が板についたカサノヴァには、セリフに似合う魅力があった。


 チェネレントラはグラスをカチンと合わせて、特別なシチュエーションを味わい、気持ちよく旅を振り返りつつ喉を潤した。


 そして、さっきとは打って変わり、満足して夜空を見上げた。


 その横顔の、まっすぐな瞳に、カサノヴァは見惚れていた。

 走る馬のたてがみのような髪も、糸を切って走った自分を思い出させる。


 彼女こそ、運命の人だと確信した。


「僕も一緒に旅をしていいか?」


「えっ? あなたも旅がしたいの?」


「君と旅がしたいんだ」


 チェネレントラはカサノヴァの笑顔に、さらに驚いた顔をした。


「私と……」


 意味を察したチェネレントラは、ニッコリとした。


「いいの? ここにいなくて」


「もう国中を回ったからね。そろそろ、別の場所を旅したいと思っていたんだ。みんな、わかってくれるさ」


 カサノヴァは一座に入ったいきさつを聞かせた。


「自由を愛する人形ね」


「そうさ。君と同じ」


「私も……両親の操り人形だったのかもしれない」


「もう、今は違う」


「うん」


 チェネレントラは口を引き結んで、カサノヴァを見すえた。

 そして、過去を断ち切って、やわらいだ笑顔を彼に向けた。


「自由なお人形さん、旅立つ前に、明日の舞台には出てほしいです」


「もちろん」


 気軽に答えるカサノヴァの微笑みを、チェネレントラはなおも真面目な目つきで見つめていた。


「嬉しい。私、あなたみたいな……探していたの」


 カサノヴァの白い仮面に浮かんだような美しい微笑みに戸惑い、目をさ迷わせて、膝に置かれた手を握ってみた。


「あなたが、私の……?」


 ためらいにかき消えた言葉に引き寄せられて、カサノヴァはチェネレントラの瞳をのぞき込んだ。


「王子様ってガラじゃないけどね。舞台の僕も偽りの王子様だ、女たらしの」


 それでもいいわと、目を閉じて唇を差し出したチェネレントラに、カサノヴァは唇を重ねた。


 同時に目を開けてみても、ふたりの姿は変わりない。

 まだ、明日が残っているから。


「偽りの王子様は明日までだ。安心して」



 次の日、赤いワンピースを着てハイヒールを履いたチェネレントラは、全ての観客を惹きつけて、運命の王子様カサノヴァとダンスを踊った。

 その後の彼女を振る彼のセリフは、いつになくぎこちなかったと、事情を知る仲間と幾人かの観客が感想を持った。




 一座を旅立ったカサノヴァは、ギターケースを縛りつけたリュックを担ぎ直して、青空の下、遊園地の前に続く新しい旅路を眺めた。


「さてと、ここからスタートだ。まずは、誓いのキス。人形と人間どちらが旅に向いてるかな?」


 人形の身での旅も悪くなかったと、カサノヴァは自信を持って、隣に立つ旅装のチェネレントラに言った。

 チェネレントラの方はカサノヴァを人間にしてあげたい思いを持ち、彼が人間になりたがっている思いを感じ取り、自信を持ってこう言った。


「旅の醍醐味は、見たり触ったり食べたり、体で感じることよ。人間になった方がいいわ!」


「そうだな! ずっと、人間になりたいと思っていたんだ。操り人形なんてうんざりさ!」


 ふたりは互いを引き寄せると、強く想いを込めたキスをした。


 優しい愛を感じながらカサノヴァは目を見開いて、チェネレントラと青空と辺りの景色を見た。

 なにか違うようだと、感覚を研ぎ澄ましながら。

 そんなカサノヴァの柔らかくなった笑顔が浮かぶ頬を、チェネレントラは指で優しく押して笑った。


「これが人間か。糸がないぞ!」


 腕まくりして確認したカサノヴァは、チェネレントラと手を繋ぎ、ふたりは互いを引っ張って駆け出すように旅立った。

 とびきりの笑顔で。

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