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第6話 機械人形オルレイとローゼ

 ステラランド王国の騎士団長オルレイは、王子が結婚相手を見つけたのを期に自分も結婚しようと決めた。


 結婚相手は決まっている。

 一緒に育った同い年の人間の女性ローゼ。


 オルレイは城のそばにある家に帰ると、ローゼの部屋を訪ねて告げた。


「ローゼ、結婚しよう。ずいぶん待たせてしまったね」


 ローゼは待ってましたとばかりに、笑顔で飛び跳ねた。


「“主より先に結婚できない” なんて、あなたの忠誠心に付き合うのは大変だったのよ」


「フフ、すまないね」


 オルレイはローゼの結婚相手としてだけでなく、王子に仕える騎士としても願われて降ってきた人形だった。

 オルレイ自身も、騎士を使命として生きてきたのだった。


 ローゼはオルレイが騎士団長になってから、やきもきした記憶を思い返した。

 沢山の女性達に囲まれて花やお菓子をプレゼントされたり、デートに誘われたりしたオルレイ。

 幸い、オルレイはローゼに一途なので安心だったけれど。


 ローゼの方は小さい頃に王子様に初めて会った時はドキンとしたが、その一瞬以外はオルレイに一途だった。


 相思相愛のふたりは、ようやく結ばれるのだ。


「さて、問題は、人形と人間どちらになるかだ」


「そうね」


 ふたりは困った顔で見つめあった。


 もう何度も話題に出して、何度も決めかねていた。

 今回は、決めなくてはならない。


 まず、ふたりの見た目は、とてもよく似ていた。

 オルレイはさらさらの銀髪、人間にはない宝石のような紫の瞳、白い肌に立派な体躯で軍服も鎧姿も様になる。

 人形は大抵軽いので騎士や兵士には向かないが、オルレイは機械人形なので人間と近い重さがあった。

 体を動かす歯車は精巧なもので、城の職人によって常にメンテナンスされている。

 普段の動きも洗練されていて、馬も巧みに乗りこなし、剣技は右に出る者がいない。

 今まで人間と遜色なく騎士の道を歩み、若くして騎士団長になれていた。


 ローゼも背中まで伸ばした銀髪、濃紺の瞳、白い肌、オルレイに届くくらい背が高かった。

 それに、オルレイと一緒に騎士になりたい思いもあって、よく体を動かしていてしなやかに引き締まっている。

 馬も乗りこなすし、剣技もオルレイを相手に鍛えてきた。

 しかし、オルレイに勝てたことはない。彼の涼しい目元と余裕の笑み。いつか自分もあんな顔をしたいものだと、ローゼは闘志を燃やしていた。


 オルレイもローゼの騎士になりたい気持ちを知っていたが、平和なステラランドといえど、騎士には危険がつきまとう。

 国中を見回り、時には人々を襲う賊や野生動物なんかとも戦わねばならない。


 そういう事情もあり、オルレイはローゼに人形になってもらうのをためらっていた。


 ローゼはオルレイを人間にしたい気持ちがあった。

 オルレイが人形のままでは、痛みを感じないためにあまり恐怖も感じず、危険な目に遭うことをためらわない。しかし、酷く壊れれば動けなくなるのだ。いつかそんなことにならないか気がかりだった。


 人間になるべきか、人形になるべきか。

 ふたりは決めかねていた。


「結婚式のキスで決めようか?」


「ええ、想いの強さに任せましょう」


「ふたりの想いを確かめよう」


 ふたりは楽しげに微笑みあった。




 ふたりが結婚することは、両親にも城の関係者にも知らされた。

 すぐに結婚式の準備が始まって、ローゼがどんなドレスを着ようかと悩むなか、オルレイは王妃様に呼び出されて城に向かった。


 オルレイは王妃の間に通されて、玉座に座る王妃様にうやうやしく礼をした。


「オルレイ、結婚するそうね」


 王妃様の口調はトゲトゲしかった。


「はい」


 オルレイは嫌な予感がしながら、顔を上げた。


 王妃様のキッとした怒ったような顔が見えた。

 オルレイは驚いて言葉が出なかった。

 両親にも王子様にも同僚にも王様にさえ祝福されたのに、まさか王妃様を怒らせるとは。


 その理由はオルレイには思い当たらなかった。


 理由はというと、王妃様は元人形で、美しい人形が好きだった。

 特に、オルレイのことはひとりの女性として、密かに愛でていたのだった。

 そんな風に目をかけてきた彼の結婚に、嫉妬をおさえられないのだった。


「どんな相手なの?」


 牙を向くような王妃様に、オルレイは恐れて視線をさげた。


「ローゼといって、一緒に育った人です」


「ローゼ……」


 憎々しげな呟きに、オルレイは体の歯車が止まりそうなほど不安を感じた。


「どんな相手であろうと、私のおめがねに叶う者でなければ結婚は許しませんからね! 連れてきなさい!」


 オルレイはあまりのことに、ただ王妃様の意地悪な笑顔を見つめるしかできなかった。




「すまない、オルレイ。母上がまさか、お前にまでわがままを言うとは」


 オルレイの相談を受けたオルランド王子は、彼の肩に手を置いて、申し訳なさそうに下を向いた。


 子供の頃から仲のいい主従のオルランド王子とオルレイ。

 ふたりはしばし、どうしようかと考えた。


 しかし、妙案は浮かばなかった。


「母上がなんと言おうと、気にすることはない。結婚式は私が責任を持って執り行うよ。誰にも邪魔はさせない」


 王子の頼もしい笑みに、オルレイは救われた思いで笑みを返した。


「ありがとうございます。オルランド様」


 ふたりはしっかりと抱き合った。



 なんとか安心できて家に帰ったオルレイだったが、話を聞いたローゼは泣きじゃくった。


「無理よ、無理よ。王妃様に気に入られるなんて……! 私がいくら綺麗にしたって!」


「そんなことはない」


 オルレイは後ろからローゼの肩を抱いた。


「無理よ。だって、王妃様は可愛いお人形のお姫様が好きなのよ? 私がいくら可愛いドレスを着たって、お人形にはなれない……(かな)わないわ」


 “敵わない” という言葉が “私のおめがねに叶う者でないと許しませんからね” という言葉と重なって、オルレイはまた不安に苛まれ始めた。


 それを振り払うように、ローゼを強く抱きしめた。


「ローゼ、君は今のままで充分だ」


 振り向いたローゼの顔にオルレイは片手を伸ばし、優しく上を向かせて瞳を見つめた。


「本当に?」


 真剣な瞳がぶつかりあった。


「本当だ。王妃様にもきっと伝わる! 無理に可愛いドレスを着なくていい、君に似合うドレスを選ぼう」


「うん……!」


 元気を取り戻した笑顔で抱きつくローゼを、オルレイも笑顔で受け止めた。


 ふたりはドレス選びを開始した。


「どうしようかしら?」


 ローゼは眉を寄せて腕を組んで、どっしりと考え込んだ。

 そんな彼女の白いシャツに丈夫なズボンとブーツ姿をもう一度よく見てから、オルレイは言った。


「可愛いドレスより、大人びたドレスがいいんじゃないか? ローゼの姿のよいのがわかるような」


「ふふふ、いっそ、剣を振ったり馬に乗ってる姿を見せようかしら? そうだわ!」


 ローゼは目を見開いて、そのままオルレイを見つめた。


「決心がついたわ!」


 満面の笑顔のローゼに、首を傾げるオルレイ。


「オルレイが今の私で充分と言ってくれたおかげよ。王妃様に見せたい姿が決まったわ」


 どんな姿か想像もつかなかったが、オルレイはローゼに任せることにして、笑顔でうなずいた。




 翌日、王妃の間。


「まぁ、そなたは?」


 王妃様は玉座から身を乗り出した。


 前に立つ者それは。


 金糸で装飾された黒い軍服を着こなしたローゼだった。


「ローゼでございます。王妃様」


 ローゼはオルレイに教わった騎士の挨拶をした。


「ローゼ!?」


 王妃様はローゼを名乗る騎士の少し後ろに控えるオルレイがうなずくのを見て、間違いないのだと知った。


 もう一度、まじまじとオルレイの結婚相手のはずのローゼを見ても、騎士にしか見えなかった。

 オルレイと同じ美しい銀髪と、整った凛々しい顔立ち、スラリとした見事な立ち姿。

 見たこともない男装の麗人にうっとりして、向けられた微笑みに頬を染めて下を向いた。


「素敵だわぁ。そなたのような騎士……」


 王妃様は乙女のように呟くと、顔を上げてふたりに微笑みかけた。


「そなた達が結婚するなんて夢みたい。素晴らしいわねぇ」


 お褒めの言葉に微笑み返したローゼとオルレイは、喜びの視線を交わした。




 王妃の間を無事に出たふたりは、オルランド王子に報告した。


「よかった。ふたりとも」


 笑顔のオルランド王子の隣では、結婚相手のサファイア姫もパチパチと手を叩いて喜んだ。


「それにしても、驚きだ。新たな騎士がこんな形で誕生するとは」


 じっと見つめてくる主となる王子に、ローゼは力強くうなずいた。それから、自信と期待に満ちた笑顔と眼差しを、オルレイと交わした。


 ローゼは今日限りでなく、今日から騎士になると宣言していた。

 これからは、オルレイと並んで馬に乗り国中を見回ると。


「頼もしい騎士の君を見る前に、一度、可愛いドレスを着た君を見ておきたい」


 オルレイの希望を聞いて、結婚式のローゼは桃色のドレスと色とりどりの花冠を身に着けて、国一番の可愛らしい花嫁になった。


 そして、誓いのキスを交わした瞬間、頼もしい機械人形の騎士夫婦が誕生したのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素敵ですね、今までのお話は、人形から人間になるお話が多かったですが今回は、お人形になるお話ですね。 [気になる点] 機械人形・・・斬新で良かったです。 これからはどんなお人形が出てくるの…
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