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第4話 アンとロメオ

 ステラランド王国は今、王子様の結婚相手探しの話題でもちきりだった。


 城で開かれる舞踏会に、国中の年頃の人形の娘が招待されるという。


 踊る人形達の中から、王子様が運命の相手を見つけるのだ。

 人形の娘のいる家では、早くもドレスを用意したりダンスのレッスンに通わせたりしていた。

 人形には大抵もう結婚相手がいるものだが、王子様の結婚相手になれるかもしれないとあっては、せめて舞踏会には行かせようとする親ばかりだった。


 城の見える家の一人娘アンの元にも、招待状が届いていた。


「アン、舞踏会に行きなさい」


「アンの結婚相手は王子様よ、きっと」


 招待状を見つめる浮かないアンに、両親が言い聞かせた。


 両親は私欲で言っているのではなく、アンを思いやっているのだった。


 というのも、アンの結婚相手のはずの家の一人息子ロメオ。

 彼は一般的な男の子と同じで、お人形の女の子を大事にしなかった。どちらかというと冷たく接した。

 アンのゆるくカールした長い金髪、大きな青い瞳に小さな鼻と赤い唇の精巧な顔は絵本のお姫様そのもので、華やかなワンピースの似合う綺麗で可愛いお人形そのものなのも、ロメオの気恥ずかしさを大きくさせた。


 ロメオ自身も綺麗な金髪に青い瞳で、アンと一対(いっつい)になっておかしくない姿なのに。

 けれど、ロメオはアンと対になるような格好は当然しなかった。いつも、シャツとズボンのラフな服装で、アンが一緒に歩くのも嫌がった。


 小さい頃はさっさと置いていき、違う部屋で過ごしたりと凄く距離をつくっていた。


 それで、思春期になるとアンの方が歩み寄っていった。


「ついてくるなよ」


 当然のようにロメオは突き放した。


「待って」


 家を出てもついてくるアンを振切ろうと、ロメオはついてこれないルートを選んだ。


 家と家の間の汚く狭い道を歩いたり、広場でも草の生い茂ったところを突き抜けたり。

 それでも、アンは必死についていった。

 フリルのついたワンピースではなく、ロメオと同じ格好をしてくればよかったと思いながら。


 ロメオはめげないアンを振り返ると、(かたく)なな顔つきのまま先に進んだ。

 アンも頑なな顔つきのままついていくと、ロメオはブロック塀を登りはじめた。


「あ……」


 アンがぼう然見守るなか、ロメオは見えなくなった。


 向こうに着地する足音が聞こえた。

 アンは塀に近づき耳をすませた。去っていく足音は聞こえない。

 自分が来るかどうか待っているかもしれないと、アンは意を決して飛び跳ねて両手を伸ばした。

 塀は掴めた。そこで足をジタバタさせて、ロメオがしていたようにエナメルの靴を塀に引っ掛けて上に上がることもできた。


「ロメオ」


 ロメオはやっぱり待っていた。


 あ、と少し驚いたように口を開けてアンを見上げている。


「ロメオ……!」


 塀をまたぐとき、足から嫌な音がした気がした。


 アンは飛び降りてから、右足を見た。

 足首より少し上の正面、皮ふ代わりの布が破れてしまっていた。

 痛みはないが、こんなに大きく破れるのは初めてで、アンは泣きそうになった。


「ついてくるなって言ったろ」


 追い打ちをかける冷たいロメオに、アンはしゅんと下を向いた。


「もう家に帰れよ。父さんと母さんに見られないようにしろよ」


 アンは下を向いたままうなずいた。


 こっそり家に帰り、部屋で膝を抱えじっとしているとロメオが入ってきた。


 ロメオは小さな裁縫道具セットから針と糸を用意すると、アンの足を縫いはじめた。


 初めて見る裁縫セット。帰り道で買ってきてくれたのか、こんな日のために持っていたのか。

 どちらにしても、アンは驚きに目を見開いて強い強い嬉しさを感じながら、縫われる足を見ていた。


「ガタガタだ、これだとどっちみち俺のせいだってバレルな」


 ふたりは出来上がったガタガタの縫い跡を見つめた。


 アンは大事なものを触るように、縫い跡に手を当てた。


「私が破いて自分で縫ったっていうわ。私も縫ったことないから、こうなるはずよ」


 微笑みをじっと見つめてから、ロメオはうなずいた。

 アンはロメオの首にそっと顔を寄せた。


 やっとロメオとの仲が近づいたとアンは喜んだが、ロメオはますますアンに近づかなくなっていった。


 そのまま、舞踏会の招待状が来てしまった。


 アンがうんともすんとも言わないうちに、両親はドレスを用意した。


 椅子にしょんぼり座るアンの目に飛び込んできた、赤と黄色のふわふわした可愛らしいドレス。

 さすがのアンも胸が騒いで、これを着てロメオに見せたら心を引き寄せられるかもと思えた。


 ドレスは金の巻いた髪と良く似合っていた。


「とっても綺麗だわ」


「本当のお姫様みたいだよ」


 両親の褒め言葉を聞いて、アンは片手を目元に当てた。


 今の言葉を、ロメオが言ってくれたら。


 しくしくと泣くようなアンを、両親は慰めようもなく見つめていた。


 ロメオは部屋から出てきてくれなかった。




 始まった舞踏会。

 玉座の王様と王妃様そして王子様が見守るなか、人形のお姫様達は貴族の男性達とワルツを踊った。

 アンもダンスの得意な人が相手になってくれたので、くるくると上手く踊ることができた。


 幻想的な音楽に、キラキラした光景、夢のような世界。

 けれど、ドレスがふわりとひるがえった瞬間、アンは夢から醒めていた。


 ロメオが縫ってくれた、傷跡を思い出したからだった。


 ワルツに合わせて足を動かすたびに、ズキズキ痛んでくるようだった。

 部屋にいるロメオの姿が浮かぶ。

 こんな別世界にいることが、悲しくなった。


 急にバランスを崩して、ガクンとつんのめってしまった。


 パートナーが支えてくれて、なんとか立て直したが、ふたりの動きは人形のようにぎこちなくなってしまい、周りからもちらちら見られてしまった。

 アンは遠くにいる王子様の姿が目に映って、気にしてもう一度顔を向けた。


 やっぱり、王子様もさっきのハプニングを見ていたようで目が合った。

 アンは恥ずかしさにうつむいた。


「少し、休みましょうか」


「はい」


 パートナーは優しくアンを気遣い、長椅子までエスコートして座らせてくれた。


 お礼を言って、気持ちを落ち着けようとするアンの元へ、王子様が近づいてきた。


 絹糸のような金髪と、人形のように整った顔、スラリとした体は白い軍服で正装して、頼もしさと美しさのある王子様だった。


 目を丸く見開くアンの前に、王子様は(ひざまず)いた。


「さっきは、怪我をしなかったか?」


 王子様はアンの足を見ながら、首をかしげた。


 アンは王子様の優しさに泣きそうになった。

 しゅんとうつむいたアンを見て、王子様は足首を取って怪我がないか調べ始めた。

 そして、すぐに縫い跡を見つけた。


「これは、ずいぶん……」


 不器用な縫い跡と、不釣り合いな可愛らしいアンを、王子様は見比べた。


「それは……」


 ロメオを思い出して目を閉じたアン。


 そこへ、王子様の側近がやって来た。


「王子様。その娘とダンスを?」


 期待と興味に側近の目は輝いていた。


 気づけば、踊っていた人々も王子様に注目していた。


 王子様は立ち上がって、側近に向かい合った。


「いいや、ダンスはもういいんだ」


 その言葉で、舞踏会はお開きになった。


 王子様の興味はアンに注がれていた。

 人のいなくなった舞踏の間で、アンは王子様に聞かれるままにロメオとのことを話した。


「アン、そなたをこのまま帰すわけにはいかない」


 王子様は一考して、アンの家に手紙を届けさせた。




 その頃、アンの家ではロメオが両親に詰め寄っていた。


 もうそろそろ午前0時、舞踏会も終わる時になってようやく我慢ならなくなったのだった。


「なんで、アンを舞踏会にやったんだよ?」


「お前がアンを大事にしないからだよ」


「そうです。王子様に取られてもしりませんよ」


 不吉な言葉にロメオがドキリとした時、外がざわめいてきた。


「あ、舞踏会からみんな帰ってきたみたいよ」


 両親は外に出て待ってみたが、アンを乗せた馬車はいつまでも来ない。

 ロメオも外に出てみたところに、馬に乗った使いが王子様の手紙を寄越した。


「どうしたんだ? 手紙とは?」


 まず両親が手紙を読むと、顔色を変えてロメオを見た。


「大変よ、ロメオ」


 ロメオも手紙を読んだ。


 ロメオへ

 私はアンをとても気に入った。

 返してほしくば、私と決闘するように。

 オルランド王子


「決闘だと?」


 突然の申し込みに、ロメオは息をするのも忘れて手紙を何度も読み返した。


「決闘よ、ロメオ」


「王子様は、きっととても強いよ」


 両親の神妙な声が、ロメオの胸を波立たせた。


 その胸を、ロメオはグッと力を込めて鎮めさせた。

 顔つきまで力強くなり、それを見た使いが手を差し伸べた。


「必要な用意は城でいたします。さぁ、どうぞ」


 黒い軍服姿になったロメオが連れて行かれたのは、舞踏の間だった。


 玉座の前には剣をたずさえた王子様が立っていた。

 その姿は神々しいように、ロメオの目に映った。


「ロメオ!」


 王子様の隣に立つアンが、ロメオに向かい片手を伸ばした。

 アンはアンで、本物のお姫様のようだとロメオは目を見張った。


 ロメオはアンの喜びに輝く瞳にうなずいて、王子様に立ち向かった。

 剣の扱いなんてわからない、ただ衝動のままに両手に握って振った。

 王子様の剣に跳ね返されて、ロメオは後ろに倒れ込んだ。


 アンが駆け寄って、ロメオを抱きしめた。

 ロメオはその間、目を閉じて心を通わせた。


 しかし、それに気を取られていることはなかった。

 すぐに王子様を見すえて立ち上がる。


 アンはロメオをもう戦わせまいと、剣を持つ腕にぴったりくっついておろおろとふたりの顔を見た。


 王子様は満足そうな笑みをロメオに、優しい微笑みをアンに向けた。


「私の出番は終わったようだ。帰って、幸せに暮らすといい」


「王子様……」


 アンはドレスの裾を摘んで丁寧にお辞儀して、ロメオはペコリと頭を下げた。




 家に帰ったふたりは、ロメオの部屋の長椅子に座り、窓から見えるお城をしばらく眺めていた。


「ロメオ、ありがとう。来てくれて」


 アンが顔を見上げると、ロメオはふうと息をついて肩の力を抜いた。


 それから、アンに顔を向けると、赤い唇を指でつんと突いた。


 守れてよかったと、心の声がアンに聞こえた。


 アンはロメオの手を両手で包み、頬に当てた。


「私、人間になりたい。そうすれば、もう、ロメオに置いてかれなくてすむもの。もう、離れ離れにならずにすむでしょ?」


 アンの笑顔に、ロメオはちょっと意地悪く笑った。


「そんなことはない、また置いていくよ」


「どうして?」


 アンは泣きそうな拗ねた顔をした。


「俺がアンを家に置いてくのは、大事にしてるからだよ」


 驚きと嬉しさを感じたが、からかうような笑顔は本当か嘘かわからないと、アンは唇をとがらせた。


「でも、もう、お人形じゃなくなるのよ。きっと、気持ちも変わるわ、どこかへ連れてってくれる。そうでしょ?」


「ああ、そうかもな」


 ロメオはアンに顔を近づけて、ふと足に目を落とした。


「足の傷跡、綺麗にしろよ。人間になるのはそれから」


「ううん、このままでいいの……」


 傷跡に触れるロメオの手にアンの手が重なって。

 まっすぐな瞳も重なって。

 唇も重なった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お話しのスパイスとして王族が悪者になる場合が多いけど、そうでないパターンで、微笑ましいです。 [気になる点] 前回のお話では、王妃が、個人的な趣味?のせいでヒロインが囲われて可哀そうでした…
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