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第1話 リチルとイチル

 ここはステラランド王国。


 年に一度、星空から人形が降ってくる国。


 人形はふわふわと落ちてきて、町の色とりどりのレンガやブリキの屋根に座る。

 一軒につき男女のどちらか一体が、願った家に降ってくる。

 時には、ぬいぐるみも一緒に降ってくる。くま、ねこ、うさぎ、いぬetc、他にも革やブリキでできた爬虫類やガラス細工の虫まで生き物ならなんでも降ってくる。


 人形もぬいぐるみ達も、人や生き物と同じように成長していく。

 

 人形は舞い降りた家の子供になって育っていく。

 年頃に成長すると、人と結婚する。

 家に同じ年頃の異性がいることが多いが、いない場合は家を出て、結婚相手を探すことになる。


 誓いのキスをすると、どちらか想いの強い方に導かれて、人か人形の夫婦が誕生する。


 今まで人だったのが人形になり、人形だったのが人になる。


 人形になると、食事がいらなくなる。興味は持つが食欲は湧かないそうだ。人間の横で空のティーカップや食器を使い食べる仕草を楽しむ人形はよくいる。

 眠る必要も睡魔もないが、目を閉じると目を開けている時より落ちつき安らぎ、眠った気分になれるのだという。

 目を開ければ、すぐに動き出せるのが強みだ。

 疲れたり、病気になることもない。痛みは感じないが傷や汚れや破れはできるから、これが人間でいうところの怪我やシミだろう。人形専門の病院もある。


 そんな風に人形になるか人間になるか、決め方は話し合ったり、お互いの想いの強さにまかせたり、周りに相談したり。




 私はリチル。人間の娘。

 二階のバルコニーから、町の屋根に降ってくる人形達を見ている。


 どんなに目を凝らしても、どこから人形が降ってくるのかはわからない。キラキラ瞬く星が人形になっているとみんな言うし、私もそう思う。

 深く考えてもわからないことは、神様のなせる技。

 肝心なのは、降ってきた人形。


 お隣さんの赤い屋根に、女の子の人形とくまのぬいぐるみが座った。


 女の子の人形が最初に目を合わせたのは私。

 すぐに立ち上がり、屋根から姿を消した。


 数年経ち、女の子と一緒に人形が降るのを眺めた。


 女の子はアンと名付けられて、私の胸くらいまでに成長している。糸のような光る金髪に長いまつげの丸い目をして、陶器のような肌には汚れやキズ一つない。赤いワンピースにフリルのついたエプロンとエナメルの靴。大事にされている高価なお人形そのもの。


 それでも、おもちゃ屋の人形とは違う。

 意思を持った瞳が私を見つめてくるから。


「どうして、お人形とぬいぐるみしかいないの?」


 小さな赤い唇を動かし、アンは可愛い声で流暢にしゃべった。


 人形達も舞い降りなくなって、アンの興味は私に移ったようだ。


 指が私の体をつんつんした。


「人間の子は、どうしていないの?」


 私はとっさに、自分のお腹を撫でた。


「人間はね。お腹の中から生まれるから、屋根の上にはいないの」


 お腹をぐるぐる撫でるのを、アンは食い入るように見ていた。


 私は隣にいる、人形の青年イチルに視線を向けた。

 イチルも私の家に舞い降りてきた。

 私の結婚相手として育てられて、小さい頃は兄妹や友達のように接したが今ではお互い異性として接している。


 イチルの名前は私がつけた。多分結婚相手になるのを意識して必死に考えたと思う。自分に似ている名前を一生懸命頭をひねって。


 イチルはもう、私と同い年に見えるほど大きくなっている。

 首筋に流れる絹糸のような黒髪。蝶のはねのような大きな目のなかには、星空を映したような輝く黒いグラスアイ。小さな鼻も赤い唇も細い(あご)も作り物の美しさがあって、白い肌には布にあるような光沢とうっすら縫い目がある。けれど、指も関節も骨のような芯もできて、触り心地も人間ともうほとんど変わらない。


 人間と同じように瞳を動かしてイチルは私を見ると、微笑みを浮かべた。


 その綺麗な顔はとても人形らしくて、遠くに感じてしまう。もっと近づきたい、人形になりたいくらいにそう想った。


 アンが帰っても、私達は外を見ていた。


「本当に、どちらになってもいいの?」


 イチルは声変わりして落ち着いた声音で、優しく私に聞いた。


 私達は顔を見合わせた。


 さっきの、アンとの会話のことだとわかった。


 人形になれば、子供は生まれない。

 天に願い空にから降ってくるのを待つことになる。


「いいの、私、イチルと同じ人形にもなってみたいから」


 イチルは笑い返してくれた。

 自然に動く細く長い腕が、私の肩を抱いた。


「イチルは?」


「うん、僕も君と同じ気持ちがあるけど、君の願いを叶えたいな」


 星空のように優しい瞳が見つめてくる。


 私はニッコリして、イチルの肩に顔を寄せた。

 イチルは人より少し体温が低いが、ずっとこうしていると温かくなってくる。


 私達はどちらになるか、確かめることにした。



 人形が降り終わり、流れ星だけが降る夜。

 私達は寄り添って猫足の長椅子に座り、私の好きな黄色とピンクの花を飾ったテーブル越しに、窓の景色を眺めるのを日課にしている。


 白い襟付きの長袖を着て青いズボンを穿いたイチルと、白いブラウスを着て赤いスカートを穿いた私が寄り添うと、一対(いっつい)の人形のようだろうか。


 私達は微笑みを浮かべて、いつまでもこうして幸せに暮らしていく。

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