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ユリエルは少女の正体を一目で見抜いていた。
「悪魔……」
甘い言葉で人間を誘惑し、深い闇へと引きずり込む邪悪な存在。
時に彼らは天使の活動を妨害し、人の邪な願いを叶えようとする。
願いを叶えるには必ず代償を要求してくる。それはどれも人の肉体や精神を蝕むものであった。
欲に目がくらんだ人間をどこまでも堕落させ、歪んだ幸福感をもたらす。天使が最も忌み嫌う生き物だ。
「こんなところで天使に会うなんて驚きだわぁ」
少女は赤く光る眼でユリエルを見ている。
まるでこれから獲物を捕食しようとする獣のようだ。
悪魔の放つ黒いオーラがユリエルをさらに不快な気分にさせる。
天使とは決して相容れることのないこの魔物は、嫌悪感を増長させる要素の塊であった。
「部屋の入り口に結界を張ったのはあなたですね? どうしてそのようなことをしたのですか?」
ユリエルが問う。
「教えるわけないじゃん。何をしようがあたしの勝手でしょ。天使がいちいち口出ししないでくれるかしらぁ」
少女は挑発的な態度を取る。
悪魔である彼女もまた、天使のことを好いていないようだ。
両者はしばらく無言のまま睨み合う。互いに相手の出方を伺っている。
しかし、ユリエルはここで悪魔と戦うつもりはなかった。勝てる相手ではないと瞬時に悟ったからだ。
恐ろしく大きな魔力が少女の全身から溢れ出ているのがわかる。
その力の源泉は一体何なのか。何を原動力としてパワーを生み出しているのか、とても気になるところだった。
憎しみ、怒り、悲しみ、妬み。そういった負の感情が少女を突き動かしているのではないか、とユリエルは独自に推測する。
「特に用がないなら、さっさとここから立ち去りなさい。今なら見逃してあげるわ」
「いいえ、それはなりません。私はここで待っていると約束したので」
「約束? 誰と?」
「あなたに教える義理はありません」
紗友里のことは伏せておく。
悪魔が彼女に関心を持つようなことになれば、かなり厄介であるからだ。
「ふん。待つだけなら、まぁいいわ。好きにすれば」
「そうさせていただきます」
「少しでも怪しい動きをしたら容赦しないからね。アンタの身体をバラバラに引き裂いてやるわ」
一触即発の状態だったが、何とかこの場に留まることが許された。
しかし、このままではマズい。いずれ紗友里は部屋から出てくる。ユリエルが待っていた相手が彼女であるということが悪魔に知られてしまうのも時間の問題だ。
それまでに悪魔をこの場から退散させる方法を考えなければいけない。
ユリエルと悪魔の少女は二人並んで廊下に突っ立っている。
お互いに目を合わさず、部室の扉をジッと見るだけだった。
「アンタ、名前は何ていうの?」
「別に何だっていいでしょう」
悪魔に名前など教えるものか、とユリエルは思った。
「あっそ。じゃあ、アホピンクって呼ぶわね」
「なっ……! 誰がアホですか! 私の名前はユリエルです! 二度とそのようなあだ名で呼ばないでください」
思わず本名を教えてしまった。
アホピンク。
ピンク色の髪をしているから、そのような名前を付けられたのだろう。
しかし、「アホ」と呼ばれるのは許せなかった。アホではないと自負していたからだ。
「あたしはリリィ。可愛い名前でしょ?」
「ええ、そうですね」
適当に受け流すユリエル。
悪魔のくせに人間の娘みたいな名前をしているな、と思った。
確かに見た目は美少女だった。名前負けしていないといえる。悪魔であるというだけで虫唾が走るが、その点を除けばとても可愛いらしい女の子である。
「……私たち、以前どこかでお会いしたことありませんか?」
リリィの姿に何となく見覚えがあった。
遠い昔にどこかで彼女を見かけたような気がするのだ。
「ないない。今日が初対面よ。アンタみたいなピンク頭、一度見たら忘れるわけないじゃん」
否定するリリィ。ユリエルに会ったという記憶はないようだ。
「そうですか。私の気のせいでしょうかね」
「気のせいよ。っていうか、アンタよく見たら天使のくせに可愛い顔してるじゃなぁい……」
右手でユリエルの頬を撫でながら、じゅるり、と舌なめずりをするリリィ。
彼女の目つきが急に変わった。
「いきなり何ですか!? 悪魔の分際でこの私に触らないでください!」
ユリエルは慌ててリリィの手を振り払う。
大嫌いな悪魔と肌が触れ合うなど、彼女にとっては絶対に許容できないことであった。
「ふふふ……。あたしってさ、可愛い女の子を見つけたら、とりあえず味見したくなっちゃうタイプなのよねぇ」
リリィがユリエルにじわりじわりと迫ってくる。
頬が赤く染まっており、息遣いも荒い。
「ふざけたことを言わないでください。私は味見禁止ですよぉ!」
「え~、ケチなこと言わないでよぉ。ちょっとだけ。ちょっとだけだからさぁ」
「ひぃぃぃぃぃ! こっちに来ないでくださいっ!」
後退りするユリエルだったが、リリィに背後へ回り込まれてしまった。
リリィはユリエルの背中から生えているの白い羽を優しく撫でる。それから頭上で光る金色の輪を指先でキュッキュとなぞるのだった。
「へぇ、天使ってこんな風になってるんだぁ」
今度は後ろからユリエルを抱きしめ、彼女の頬をペロリと舐めた。
「んふっ……。甘くて美味しいわね」
「あわわわわわ」
ユリエルの顔が青ざめる。
今日は彼女にとって最悪な一日となってしまった。
「ほら、こっちも気持ちいいでしょ?」
リリィはユリエルの胸を撫で回してから、ゆっくりと揉み始める。
「や、やめてくださいっ……。悪魔なんかと交われば、堕天使になってしまいますぅ……」
「別にいいじゃない。あたしと一緒に堕ちるところまで堕ちましょうよ」
「あっ! ホントにやめてください! んあああっ!」
「可愛いぃ……。天使の女の子ってサイコーじゃん」
誰もいないはずの旧校舎の廊下で天使と悪魔のデュエットが繰り広げられている。
百合モード全開となったリリィを前に手も足も出ないユリエルは、ただひたすらに悲鳴を上げ続けるのだった。
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