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Moon Rabbit ~ムラビト~  作者: 煤周 昴
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共通ルート04

「そうだ、オレ......」

思い出してきた。

あのとき、オレはいつものように独りで本を読んでいた。

そんな時に確か......そう、()()()()()

救世主気取りのあいつが突然現れて、いきなり変な機械を押し付けられて。

そしてそのまま、このド田舎の神社に転送させられたってわけか。

「......あの不法侵入者め」

今も左手に握られている転送装置(アマノハゴロモ)が忌まわしい。

......と。

「ねえねえ、何それ何それ!!」

少女はアマノハゴロモが気になったのか、握りこぶし一つ分の距離に迫ってきた。

「近い近い!!」

無邪気に目を輝かせる少女から、慌てて距離を取る。

別に少女のことが嫌いだというわけじゃない。

()()()()以来、オレはこういう生き方しか出来なくなった。

「ねぇねぇ、その機械ちょっとだけ見せてよ~」

「......見せるだけだぞ。触っちゃだめだ」

迷った挙句、オレは左手の機械を少女に掲げて見せた。



トロッコ問題、と呼ばれる思考実験がある。



『トロッコの制御が効かなくなり、突如暴走し始めた。前方に五人の作業員がいるので、このままいくと彼らは轢き殺されてしまう。ただしあなたは幸運にも分岐器のそばに立っているので、線路を分岐させることで事故を回避出来る。しかしこの場合、別の路線にも一人作業員がいるので五人を助けるためには一人を犠牲にしなければならない。』



さて、この時に線路を分岐させるべきだろうか、というのがトロッコ問題の骨子(こっし)である。

多くの人間はこの問題を前にした時、『線路を分岐させ、一人を犠牲に五人を救う』と答えるだろう。

功利主義的観点から言えば、これは正しい。

いやはや実に素晴らしい、立派なことだ。

警察からは感謝状を贈呈され。朝のニュースでは「五人の命を救ったスーパーヒーロー」のテロップと共にコメンテーターたちが似たような言葉で口々に褒めそやすだろう。

新聞だって三面の真ん中は堅いし、地元の地方紙だったら大見出しでもおかしくない。

だが......オレは、そんなことはしない。

オレは、オレだったら......。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「ねぇねぇ、聞いてる~?」

「え? 悪い、何か言ったか」

少女がアマノハゴロモを指さして聞く。

「これ、一体何なんだろうって思って。テレビのリモコン?」

「違う」

こんな田舎に手ぶらでリモコンだけ持ってきて、一体どんなローカル番組を見ると思ったのだろうか。

「これは多分、空間転送装置だ」

「くーかん......てんそー......そーち?」

少女はまるで、クリスマスプレゼントに六法全書を貰ったような顔をしていた。

少しの間眉をハの字にして考えていたが、首の角度が60度を超えたところで。

「何それ!? 教えて教えて!!」

当然こうなった。

「えと......空間転送装置ってのは、物体を別の場所にテレポートさせる装置のことだ」

ぽかーん、と少女は口を開ける。

さっきよりも長いラグの(のち)

「はぇ~。凄いんだね!」

と、絶対分かってないだろと突っ込みたくなるような反応。

いや、気づいたら既にツッコんでいた。上方漫才大賞も夢じゃないキレとテンポで。

「正直分かってないだろ?」

「うん!」



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



「でも凄いのは分かった♪」

何がそんなに楽しいのか、少女はふへへと笑う。

ま、オレ自身もテレポーテーションの詳しい動作原理を分かっていないんだから、この少女に分かるはずもない。

家に帰ったら量子力学の文献を調べようと考えていると。

「ねぇねぇ! それちょっとだけ触らせてよ!」

と、またも少女がアマノハゴロモを指さした。

「え、いやそれは......」

さっき触らせなかったのは、むやみに渡して壊されでもしたら困ると思ったからだ。

ここが何県の何町かは知らないが、今のオレは電車代すら持っていない。

東京まで歩いて帰れるはずもないだろうから、ここに来た時と同じようにして帰るしかないのだ。

それはつまり、アマノハゴロモを使って元の場所に再転送されるということ。

「だから、悪いが触らせることはできない......ってあれ?」

「ふへへ~♪ かっこいい~♪」

「......おい」

まるでテレポーテーションしたかのように、アマノハゴロモは少女の手の中に移動していた。

「なあ、オレの話聞いてたか?」

「凄い凄い~♪ こんなにカッコイイの、初めて見たよ~♪」

少女はアマノハゴロモを空に掲げて、くるくると楽しそうに走り回る。

その仕草は巫女舞というにはあまりにも子供っぽく、しかしオレはそのナイーブな美しさに見とれていたことに気づいて、いつものようにため息をつくのだ。

「......はぁ。頼むから壊したりするんじゃないぞ、ここから帰れなくなったら困る」

「え?」

あんなに装置に夢中になっていた少女が、不思議そうにオレを見ていた。

「どうした」

内なる破壊衝動が抑えられなくなった、なんて言い出すんじゃないかと冷や冷やしたが、少女が引っかかったのはそっちではなかった。

「もう帰るの? せっかくなんだし村の皆に挨拶くらいしていったら良いのに」

「......はい?」

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