01話.[仲良くなるのは]
私には自信があった。
いや、いまとなっては過信していた、と言った方が正しいだろうか。
何故に1年生のときに学年1位と言われていた子と2位の子が同じクラスなのかということ。
むかつくぅ、ただにこにことしているだけで男が寄ってくるというその事実に。
絶対に腹黒女に決まっているんだと、腹黒女はそう願い続けていた。
が、違かった、彼女達はいつまで経っても男子君達の理想だった。
その証拠に、
「やっぱり森川さんと橋口さんはいいよなあ」
「そうそう、同じクラスになれて最高だよ」
と、男子君達はあのふたりを持て囃す。
現在はもう11月になっているが、4月からずっとこの調子だった。
つまり勝負をする前に負けたのだ、そもそも同じ土台に立てていなかったということになる。
「吉野さん、今日委員会の仕事があるから」
「うん、教えてくれてありがとうっ」
いちいち言ってくれなくても分かってるよっ。
それぐらいしかやることがない、それ以外ではただ学校に来て、授業を受けて、放課後になったらただ帰るだけの毎日。友達と遊びに行く、なんてことは私の日常に組み込まれていなかった。
最初の頃に暴走したせいですっかり避けられてしまっているのだ。
いまの子は同じ委員会の子だけど、あの子は多分なんにも考えていないから私のところにいまもなお来ているんだと思う。
羨ましい、なんにも考えずに生きられる子達が。
私も同じようにしたい、学校に来る度にごちゃごちゃと考えてしまうのをやめたい。
というか、男友達が欲しい、なるべく男子ウケするような女を演じていたのになんでだ……。
「よ、吉野さんってさっ、お友達……いないの?」
「はあ?」
「ひっ、ご、ごめんなさいっ」
おかしい、教室で毎日毎日やらかしていたというのになんだこの反応は。
まるでなにもなかったかのような、私なんかは友達を作れないと思われているような感じ。
「わ、私で良ければなるよ?」
「じゃあ友達になってよ」
「うんっ、よろしくねっ」
んー、名前は知らないけど別にいいか。
さっさと委員会の仕事を終わらせて、終わらせて……。
「って、なんでこんなちまちまと草を抜かなきゃなんないんだよっ!」
「まあまあそう言わないでさ、結構ズボッと抜けたら楽しいよ?」
「あんた物好きだね……」
にこにこと笑みを浮かべているくせに作業スピードが速すぎる。
草取り名人(女)とこれからは呼ぶことにしよう。
こちらもぐちぐち文句を言いながらもちゃんとやった。
サボっていたなんて言われたら困るんだ、これぐらいの協調性は自分にもある。
「あんたはさ、なんかいい男子とか知らないの?」
「え、男の子に興味ないよ? 私が気になっているのは女の子だから」
「は?」
な、なんかこちらを見る目が怪しい。
おまけに表情も……、もう冬なのに汗をかいているからそう見えるだけ?
段々とこちらに近づいてくる、私の後ろにはもう壁しかないというのに。
「私、吉野さんのことずっといいなって思ってたんだよね」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ、私にそっちの気はぁあ!?」
「大丈夫だからっ、一緒に過ごしていれば分かるから、ね?」
「ね、じゃなーい! これ片付けてくるからっ」
冗談じゃないっ。
いくらいい男子君と出会えなくたって同性愛に走ったりはしない。
そこまで絶望していない、きっとビビッとくる男子が見つかるはずなんだ。
「あっ――」
流石に脇から来た人間を避けることはできない。
こちらはほぼ全速力で走ってた、この接触は誰も悪くないっ。
「たたっ……」
「ごめん、大丈夫?」
「あんたなんで立っていられんの?」
細身なくせしてがっちりとしすぎでしょ。
ラグビー選手なんかとは比べ物にならないだろうけど、こちらは思いきりぶつかったというのに。
「あー……妹がよくアタックしてくるからね」
「へえ……」
どんなプレイだよ。
え、だってあれだけの衝撃に耐えられるということは妹がでかいってことだ。
つまりもうでかいのにアタックされる毎日、うん、なんかやばそう。
「とにかくごめんね、いきなり出ちゃってさ」
「いや……まあ、走っていた私も悪いし」
「怪我はない?」
「平気だからもういいよ」
特殊なプレイをしていそうだから関わらない方が良さそうだ。
うーん、でもあの感じはなんかいいような気がしたんだけどなあ。
クラスメイトに話しかけると「変人吉野」としか言われないから新鮮だった。
「あ、吉野さんみーつけたっ」
「ひぃっ、それじゃあね!」
「うん、気をつけてね」
私だってそうしてえよ!
でも、あの笑みを浮かべている悪魔はそれを許してくれない。
結局、接触地点から少ししたところで捕まってしまった。
「そう警戒しないで、ゆっくりやっていくつもりだから」
「あ、そう……」
女を怖いと思ったのは初めてではない。
先程も出したが、森川と橋口、あいつらがやばいんだ。
あいつらは隙を見せない、同性にだって好かれていやがる。
口を開けば誰かを褒める言葉しか出てこない。
仮に褒めなくても周囲を明るくするようなことしか言わない。
盛り上げることもできる、だからみんながあのふたりを好んでいる。
「ふっ、完敗だ……」
あのふたりの周りには男女問わず沢山の人間達。
私の周りにはなんにも考えていなさそうな草取り名人だけ。
「え、じゃあ自由にしていいの?」
「駄目、やったから片付けて帰ろうよ」
「うん、そうだね」
なんだかよく分からないけどひとりよりはマシだ。
私はひとりでいる時間がたまらなく嫌だった。
あのふたりが同じ教室にいるからというのもあるだろうが、単純に惨めだから。
だってなんか欠陥があるみたいじゃん? 友達すら作れないと思われたくない。
ただまあ、現実はそう願っていても理想通りにはなってくれないわけで。
どんなに願ってたって、周囲からの評価は1度決まったら変わりにくい。
パパやママにだって言われてる、友達ができないだろうって。
「ねえ、友達になるって言ったんだから守りなさいよ?」
「当たり前だよ。だって私ぐらいだよ? 吉野さんに近づいてるの」
草取り名人は「変人だって言われてるもんね」と笑った。
そこ笑うところじゃないだろってツッコミたくなったが我慢。
ついでに森川と橋口のことについても聞いてみた。
「うーん、すごいよね、みんな好きだって言うもんね」
「……なんかないわけ?」
そんな、分かりきっていることじゃなくてさ。
「あ、席の周りに集まるからそれは邪魔かなあって」
「え、あんたそういうこと思うんだ?」
「うん、ある程度はコントロールとかをしてくれないとね」
分かる、廊下から戻ってくると集まりすぎていて辟易とする。
中には勝手に席に座ったりする人間がいるからそれが嫌だった。
普通遠慮をするものよね、ましてや女子の席なら安易に座ったりしないはず。
が、やつらには届かない、なにを利用していようと森川や橋口と会話をすることしか頭にないのだ。
「あとはうるさくて困るかな」
「い、意外と言うじゃない」
「吉野さんの方がそう考えていると思ったけど」
確かにそうかもしれない。
だってあのふたりの席は斜め前と斜め後ろの席だから。
つまりほぼ中心地と言っても過言ではないわけで、被害に遭っていると言っても過言ではないわけで。
だけど私は教室から出るなりしていままでなにも言ってこなかった。
仮に言っても味方はいない、変人が騒いでるぐらいにしか思われないから。
自ら進んでひとりになるぐらいなら少しぐらい我慢してやる。
もちろん線引はしてほしいが、休み時間に友達と盛り上がるのはおかしくない。
私の席を使うことで目当ての人物と仲良くできるってことなら、しょうがないから貸してやるよ、嫌だけどまあ……言い合いになるよりはいいから。
「なにか困ったことがあったら言ってよ、私が代わりに言ってあげるから」
「いやいい、余計なことしないで」
「吉野さんがそう言うなら」
色々言い訳を作ってみたけど、結局は友達と盛り上がっている人間を見ると惨めな気持ちになるから教室から逃げているだけ。
しょうがないからこちらは静かに生きていこうと決めている、どんなに頑張ったってなにかが変わるわけでもないし。
「あ、私こっちだから」
「そっか、それじゃあね」
「うん、また明日ね」
大丈夫、どんな時間を過ごしていようとこればかりは平等に訪れる。
朝に起きて、学校に行って、帰って寝る、これを繰り返していればつまらないことはない。普通に生きられるのが幸せなんだ、だから気にするな。
「ねえ、吉野さん」
は……こ、こいつ、平然と話しかけてきやがったっ。
さてどうしたものか、周りの男子の視線が突き刺さっているが!
無視をすれば悪く言われる、変な対応をすれば笑われる、多分こうして見つめ合っているだけでも嫉妬される。
「ど、どうしたっ、んですかっ?」
ああ、この時点でどちらが上なのかは明白だった。
いますぐにでも逃げたい気分だったが、取り巻きっちゅうか、彼女の友達であるやつらが沢山いてできない。というか視線が痛え、突き刺さってんぞい……。
「あの、いつも迷惑じゃありませんか?」
「い、いえ、大丈夫です……」
コミュ障というわけでもないのに敬語を使ってしまう腹黒女がここに。
ちらりと確認してみたら草取り名人は寝てしまっていた、くぅ、私も寝たいぜ。
森川の要求は今度一緒にファミレスにでも行かないか、というものだった。
その際はクラスの女子数人で、ということらしい。
これが所謂、女子会というものだろうか?
「あ、か、考えておきます」
「はい、よろしくお願いします」
優秀で美少女で敬語で周りから求められていて。
そんな中心にいそうな人物が何故私にも来るように言うのか。
苛めか? 約束しておいてその場所にはいなくてざまあみろみたいな?
いやまあ、少しぐらいは黒くいてくれないとこちらの立場的にもね。
「こら、起きなさいよ」
「へぶっ、あ、おはよう」
「うん、おはよ。ね、あんたも誘われた?」
「あ、誘われましたよ? 吉野さんが行くならって言っておきました」
なるほど、彼女に興味があるから仕方がなくってことか。
それなら行ってやろう、たまには誰かのために動いておかないと。
しかも森川のために動いておけば今後、なにかいいことがあるかもしれない。
つかさあ、私的には普通の男子と出会えればいいんだよ。
少なくとも変人扱いしてくれなければそれでさ。
この教室の男子連中は森川と橋口にしか興味ないしなあ。
「ほ、本田、俺、本田に興味が――」
「ごめんねー、私は女の子にしか興味ないから」
は……え、もしかしてこいつ、モテるの?
試しに放課後まで一緒にいてみたら分かった、こいつはモテると。
なのに同性愛になんか走りやがってっ、と内はただただ複雑な状態に。
「なんで男が嫌なの?」
ファミレスに向かっている最中、横を鼻歌交じりで歩く彼女に聞いてみた。
ほぼ理想のような生活じゃないか、勝手に男子が近づいてきてくれるって。
容姿に自信があったのに1度もそんなことがなかったからなおさらそう思う。
もちろん、いいことばかりではないんだろうけどさ。
「嫌じゃないよ? ただ興味ないだけで」
よく見たらこいつ、普通に可愛いじゃん。
一見地味そうに見えてそうじゃない、幼馴染感がいいと思う。
下だと思っていた人間が実は格上だったと気づいた瞬間って、なんかすごい。
言葉にできないとは、正にこういうときのためだろう。
「本田さん、吉野さん、今日は来てくれてありがとうございます」
「別にお礼を言われる程のことじゃないよー」
森川と橋口がいる。
橋口は本を読んで静かにしていた。
そういえば私、橋口が誰かと喋っているところを見たことがないぞ。
なのに人気って最強かよ、どうすればそうなれるんだよ。
「とりあえずドリンクバーでも頼みましょうか」
「そうだねー」
つかさ、女子数人って本当にその通りだな!
なんでメンバーが本田、森川、橋口、私だけなんだよ!
どうせお金を払うならとジュースを飲むことに専念していた。
本田が森川を引きつけてくれているからできることだ、ありがとう。
「ねえ」
「ひゃ、ひゃい?」
「緊張しなくていいわ、ちょっといい?」
「あ、わ、分かりました」
意外と声音が低いみたいだ。
「あなた、最近はなんで大人しくなってしまったの?」
「は、あ、それは……」
「また同じようなことをして呆れられるのが怖いから?」
そりゃそうだ、いい反応を貰えることばかりではないから。
森川やこの橋口は分からないだろうが、あまり印象が良くないんだ。
なんでわざわざそんなことを聞くのか、謙虚に生きていこうとするに決まっているのに。自分だったらそんなことしないってことなら、まあそうだろうねとしか言えないけどさ。
「というか、敬語なんて使うキャラじゃないでしょ」
「え、知ってんの?」
「ふふ、知っているわ、たまに『うおりゃー!』とかって叫んでいるわよね」
なんで知ってんのっ!?
確かに私はそうしてた、思い描くそれとは違って上手くいかない現実を前にむしゃくしゃしてどうでもよくなって。
だって教室でキチゲを発散させるわけにはいかない。
ただじっと座っているだけで視線や言葉で刺してくるクラスメイトにむかついたってしょうがない、敵を作るばかりでメリットがないからだ。
「それで、人気者さんはなにが言いたいわけ?」
まあいいよそれは、教室から逃げればある程度は避けられるんだし。
問題なのはこういう人間に目をつけられてしまうこと。
完全に居場所がなくなったら駄目になってしまう。
弱いのは分かっているのだ。自分のそういう部分を見ないようにしているわけじゃないから。
必ず家に帰ってからあのとき○○って言っておけば良かったとか、ああいう反応の仕方をしたら周りも気になるよなとか反省していて。
「恐れていないで最初みたいにしなさいよ」
「無茶言わないでよ、私がしたらまた……」
「それなら教室ではしなければいいじゃない」
いいよな、なにかをすれば褒めてもらえるんだから。
いいよな、なにかをしなくても勝手に持ち上げてくれるんだから。
「謙虚に生きるって決めたの」
「そう、せっかく面白かったのに」
「あのねえっ、あんたを楽しませるためにいるんじゃないから!」
「知っているわ、いいから座りなさい」
つかなんで私達ふたりだけで会話しているのか。
対面に座っているふたりの方は背景にお花畑が見えた。
こいつらの会話内容が緩すぎる、流石としか言いようがない。
「ねえ、橋口はいい男とか知らないの?」
「興味がないわ、本田さんみたいに女の子に興味があるわけでもないわ」
「え、もったいな……」
「そう? できるなら代わってほしいぐらいだけれどね」
こいつっ、ナチュラルにむかつくな。
実際にそう思っていそうなところもそれに拍車をかける。
「だってうるさいじゃない」
「あんた……求められてるのになに言ってんの」
「じゃあ想像してみて? 興味のない男の子に囲まれる毎日を」
うっ、確かにそれは嫌かも。
聖徳太子じゃねえんだよってツッコミたくなりそうだ。
でもでも、そうやって来てくれないと可能性もないわけで。
やっぱりずるいじゃないか、というのが正直な感想だった。
「だから私は香子とだけいるの」
「それって森川……さんのことでしょ?」
「ええ、あの子といるのは好きだから」
意外と多いのか? 女同士の恋愛って。
って、ないよな、この橋口に限っては本田みたいなことはない。
「私、香子のことが好きなの」
「え、いま興味ないって……」
「そう、他には興味がないのよ」
やべぇ、身の回りにレズが多すぎんぜ。
私は違う、ノーマルだ、いつだって男子が好きなんだ――って予定なんだ。
「だから本田さんに近づかれると困るの、連れて帰りなさい」
言いたかったのは結局それかよぉ……。
遠回りすぎる、優秀だからこその不器用さってことなら立派な武器だけど!
「本田、帰るよ」
「え、私はまだいたいです」
「そ、そう……じゃあ私はこれで、お金はここに置いておくから頼んだ」
やべーやつじゃなければ誰でもいいから現れてくれ男子君!
「おわっ!?」
電柱にでもぶつかったのか!? と混乱していたらまたあの細身の男子だった。
「ごめん、またぶつかって」
「いや、こっちこそ……」
ここはもう学校内というわけでもないのに意外だ。
あとこの男子、格好いいと言うよりも可愛い顔をしている。
「でも、あんまり前を見ずに走ったら危ないよ」
「見てたんだけどね……」
「あ、そうか、僕が脇道から出てきたからか」
どんな偶然だよ、脇道から出てくる可能性が高すぎだろ。
「あんたの家はこっちなの?」
「ううん、本屋さんに行ってきたんだよ」
「なんかオタクっぽい」
「そう? まあ、そういうのも読むけどね」
うーん、妹と特殊なプレイをしている以外はいい感じかも。
どうせならと家まで付いて行くことにした、見極めなければならない。
「あずさーっ」
「いたぁ……た、ただいま」
ん? これが妹?
めっちゃ小さいし、普通に可愛らしいけど。
「つか、あんたあずさ?」
「うん」
梓って漢字らしい、いやおかしいだろ。
そういうのって女子が授かる名前なんじゃないのか?
「え、女?」
「ううん、男だよ、だから男子用の学生服を着ているでしょ?」
ま、名前はどうでもいいか。
可愛い系なんだからあまり違和感がないように思えてきたし。
「それより吉野さんはなんで来たの?」
「え、そりゃあんたが妹と怪しいプレイをしていたからでしょ」
「してないよっ、僕はこうしてよくお世話をしているだけだよ」
つまり両親が帰ってくるまでの間、こうしてよくふたりきりならしい。
「なのに本屋に行くとか最低じゃん」
「新しい巻の発売日だったからね、幸もある程度はひとりでできるし」
「わたしはあずさがいないとや!」
「だからこうしてすぐ帰ってきてるでしょ? 僕も幸といられると楽しいよ」
妹思いのいいヤツでもあるか。
「ねえ、連絡先交換しよ」
「え、なんで急に?」
「あんたに興味を持ったの」
なにより仲良くすることでこのちっこいのと会えるようになるのがいい!
なにこれ可愛すぎっ、お兄ちゃんが大好きな妹とか最高じゃん?
「あー、悪いけどそれはできないかな」
「は? な、なんでよ?」
「だって仲良くないでしょ? 流石にほぼ初対面で交換はできないよ」
ごもっとも……梓が正しい。
はぁ、せっかく前に進めると思っていたのにこれとは。
ひとり帰路に就きながら何度もため息をついていた。
つか、なんか名字知られていたし、あいつは同じクラスでもないのに。
「おいお前っ」
「え? って、きゃあ!? な、なんで私も連れて行くのよっ」
「ちょっと付き合えっ」
後ろを見たらなんか複数人の女子が追ってきていた。
中には傘を武器に選んでいる子もいる、怖い、追いつかれたら殺されそう。
「行ったか……」
「はぁ……はぁ……」
なんでこんな目に遭わなければならないのか。
し、しかも、気軽に手になんか触れやがってぇ!
「巻き込んで悪かった、許してくれ」
「え、あ……まあ」
巻き込んでから謝られても意味ないんだから!
男子君は「人生で女子に追われなかった日はない」なんて口にして笑っていた。
「ん? つか同じ学校なんだな」
「あ、そういえば」
「何年だ? 俺は3年だが」
「あ、2年……です」
「ぶふっ、お、お前は敬語を使うようなキャラじゃないだろ! はははっ」
なんでみんなから敬語キャラじゃないと思われてんの?
「俺は知ってるんだぜ? 空に向かって『うおりゃあ!』って叫んでんの」
「忘れてください……」
「敬語じゃなくていいって」
こちらの頭を撫でて「お前らしくないから」なんて言ってくれたが……。
いやこの人誰、私のことなんて微塵も知らないでしょってツッコミたくなる。
「俺は橋口真人って名前なんだ」
「え、あの、もしかして……」
「同じクラスにいるだろ? 橋口茉奈って」
つまり、兄ってことか。
関わるのはやめておこう、橋口は苦手だ。
人を退屈潰しぐらいにしか扱っていないやつだし。
しかもレズ、やばい、怖い、なるべく距離を作りたい。
「待てよ、なに逃げようとしてんだ」
「あ、用事を思い出しまして、これで失礼します」
「気にすんな、送ってくから」
で、数分後、私達は吉野家の前に立っていた。
え、こわっ、なんで家を知ってんのこの人……。
「さっきはありがとな、まじで助かったわ」
「はあ、こっちはなにもしてないですけどね」
「敬語はいいって、また明日行くからよろしくな」
え、どこにと困惑している間に頭を撫でてから向こうへ歩いていってしまった。
なるべく教室にはいないようにしよう。
そもそも私の席は人気の場所、私の居場所は教室にはないようなものだからな!
「でさあ、今日も追いかけられてたんだけどさあ」
「はあ」
翌日、教室から逃げた先で橋口兄と出会ってしまった。
いつでもにこにこと笑みを浮かべていて、一緒にいて悪い気はしないけど……。
「そういえば綾野はこんなところでなにしてんだ?」
「教室には人気な人間がふたりもいますから」
「ああ、香子か」
あんたの妹もだよ!
なんであんなに無口なキャラなのに男が寄ってくんのっ?
こっちなんてそういう風に願ってるのに1度もないよ!
「とりあえず、連絡先交換しようぜ」
「は、はい? な、なんでですか?」
「敬語はいいって、次に使ったら抱きしめるからな?」
「はぁ……別にいいけど」
知られても失うものがなにもないし。
んー、何気に異性と連絡先を交換したの初めてだな。
橋口の兄というだけあって、見た目も悪くない……ような。
でも、どうせならあいつとの方がいいな、幸ちゃんにまた合法的に会いたい。
「で、あんたはなんでこんなところにいんの?」
「教室だと騒がしいからさあ」
「へえ、それはこっちも同じだけど」
「茉奈はどうだ?」
「周りに興味なさそう」
そもそも斜め前に森川がいるから意識がいきづらいのだ。
それでも基本的に本を読んでいる人間で、レズで、森川推しの女。
あ、中身は腹黒で良かったっ、その点だけは救いねっ。
「つかあんたはなにをした――」
「いたっ、真人この野郎!」
「げっ、じゃ、じゃあな綾野っ、またな!」
こ、怖え……何故に女子からあんなに恨まれてんだあの人。
「ふぅ……」
「おかえり」
「うん、ただいま……」
こういうタイプは無視すると余計に来るから対応しておいた方がいい。
「兄さんと喋っていたわね」
「え、見てたの?」
「いえ、連絡がきたの、いつの間に知り合ったの?」
昨日の帰りにと説明しておく。
兄とは妹好きなヤツらばかりなのだろうか。
「兄だけはやめておいた方がいいわ、女の子から恨まれるわよ」
「だろうね……」
包丁を持っていてもおかしくない雰囲気だった。
恐らく法律が許していれば持って、追いかけて、捕まえて、刺してた。
とにかく迫力があったな、分かったのはああいう人は私には無理だということ。
なんにも始まらねえよ、これまでずっと縁なかったもん。
「ねえ橋口、あんた本当に男子には興味ないの?」
「ええ」
「もったいねえなあ……」
「逆に聞くけれど、あなたはどうしてそこまで異性に興味があるの?」
どうしてって、女として生まれたからには恋愛とかに興味持つやん?
実際、橋口にだって興味を抱いて近づいている人間がいるんだから。
性別とか関係ない、特別を作ろうと思うのはおかしくないはず。
「私には香子がいればいいの」
ま、まあまだ人間に興味があるだけマシか。
「吉野さん」
「あ、本田」
んー、絶対に森川はノンケだと思うんだよね。
だから橋口の願いは叶わない、それって虚しいと思うんだけどね。
「珍しいね、茉奈ちゃんとお話ししているなんて」
「うん、なんか話せるようになったんだよね」
「羨ましいっ、私もお話ししたい!」
涼しい顔でこちらを見てきている橋口を指差す。
「私達はもう友達でしょう? 遠慮なんかしなくていいのよ」
「ほんとっ? じゃあ毎時間話しかけるね!」
「あ……た、たまには来ないときがあってもいいのよ」
「ううんっ、毎時間行くよ!」
ぷふっ、ざまあ、本田は怖いんだからな!
さて、こちらはあの幸ちゃんの兄貴を探さなければ。
授業があったからとりあえずそちらに集中して、休み時間になったら飛び出た。
「はっ? あんたなんで……」
「お、綾野じゃねえか!」
何故か橋口兄と一緒にいたヤツ。
「あれ、吉野さんじゃん」
「え、なんでこいつといんの?」
「友達だからね、僕も3年生だし」
「はあぁぁあ!?」
お、落ち着こう、高校3年生だったからなんだという話。
ひとつ深呼吸をして改めて見てみる、うん、やっぱり可愛い系の顔だ。
「あんた連絡先を交換しなさいよ!」
「いやあ、まだ無理かなあ」
「なんでよっ、むきーっ!」
一応これでも容姿に自信があるんですがっ。
そりゃ森川や橋口には負けるけどさ、クラスで3……6番目ぐらいなんだから!
「お、落ち着いて、幸がまた会いたいって言っていたか――」
「行く!」
行かないわけがない。
しかも幸ちゃんっ、兄より可愛げがあって最高!
「う、うん、それならまた放課後にね」
「ちゃんと約束守りなさいよ! そうしないと梓って呼ぶから!」
「え、うん、梓だからそう呼んでくれればいいよ」
連絡先は駄目で名前呼びはいいってよく分からない。
でもまあ名字を知らないから結局のところ名前で呼ぶしかないんだ。
「おい綾野、いつの間に梓と仲良くなってたんだ?」
「どこをどう見たらそう見えるのよ……」
「違うのか?」
連絡先ぐらい簡単に教えなさいよ。
どうせ女子からそういう意味でモテなさそうな顔をしているんだから。
「つかあんた、今回は追われないわよね?」
「大丈夫だっ、その辺のことは信頼してくれていいぞっ」
「こら真人ぉお!」
「まあこういう風にな、追われてないときはほとんどないんだ」
駄目だな、この人の周りには女子がいすぎて落ち着かないだろうし。
それなら梓と仲良くして連絡先聞き出していた方がマシだ。
「ん? 君、さっきも真人といたよね」
「はい、クラスメイトの兄なので」
「そっか」
笑顔なのに目が笑っていない人間を初めてこの目で見た。
余計なことに巻き込まれる前に教室に戻ろう。
「よ、綾野」
「あんた……」
「つかお前、メッセージ送ってこいよ」
「分かったからどいて、みんな見てるでしょ」
「勘違いだ、茉奈は見てないっ」
どうでもいい。
こういう形で注目を集めたくない。
こういう相手のことをなんにも考えていない人といるのは嫌だ。
「ど、どれだけ素っ気ない対応されようと俺は来るからな!」
「いいから早く戻りなよ」
「おうっ」
はぁ、理由がどうであれ橋口兄に目をつけられたのは困る。
橋口に頼もうにも読書中だ、先程は確かに見ていなかったから喧嘩中なのか?
もしかしたら兄妹仲が悪いから私を口実に教室に来ている可能性もあった。
「ねえ橋口」
「私は関係ないわ」
でしょうねという反応だった。
「幸ちゃんっ」
「あやのー!」
「ぐはぁっ!?」
そりゃ梓がガチガチになるわけだわ。
家に入った瞬間に疲労度がMAXになった。
「はい、飲み物」
「あ、あんがと……」
幸ちゃんみたいな妹がいれば優しくもなるわなと納得。
こういう子はなんだかんだ言っても一緒にいたくなるものだ。
「幸ちゃんは宿題中だったの?」
「うんっ、もう終わるけどねっ」
「おぉ、偉いねー」
「ありがとぉ!」
うん、元気いっぱいで大変可愛い。
こういう子の前では誰だって言葉遣いが丁寧になってしまうものです。
「あずさとあやのはお友達?」
「違う――」
「そうだよ、友達だよ」
「やっぱりっ、そうじゃなければお家に連れてこないもんっ」
え、友達でいいんだ。
即否定されるものだと考えていたから違うと言おうとしたのに。
「綾野さんとはずっと前から仲良しなんだよ」
「ちょ、ちょっとっ……」
「ほら、2回もぶつかった仲だし」
確かにこの短期間でこの衝突率はすごいけど。
でもなんかさ、名前で呼ぶのってそんなに普通なのかな?
知らないとかって理由がない限り、そんなことをしないはずなんだけど。
「わたしもお友達をよびたいっ」
「それなら今度連れてきなよ」
「うんっ、それであずさにおかし作ってもらう!」
女子力高え……なんでこの人男として生まれてきたの?
「そうだ、これ」
「ん?」
「連絡先、書いてあるから登録してよ」
「は、い、いいの?」
「うん、いいよ」
……なんかこういうところがずるいような。
私でもなければいまのでドキィッってなる子もいると思う。
妹思いのところとか、笑顔が可愛らしいとか、女子力が高いとか。
うんまあ、男らしくはあんまりないけど、魅力的ではあるな。
しかも幸ちゃんといつでも会えるようになるのが大きい、やべえなこれ。
「幸、机の上を片付けて、お菓子でも食べようか」
「うんっ、食べる!」
これ以上は迷惑だからと帰ることにした。
なんか違うじゃん? あっさり教えてくれたりなんかしたらやり甲斐がないし。
ある程度は寛容でいてほしいけど、だからって要求を受け入れられてしまうのも複雑と言いますか、うん。
「よ、綾野」
「うん……」
「どうした? 梓の家にいたんだろ?」
緩そうで意外と堅いって感じでいてほしかったんだ。
「あんたは?」
「俺はお前を待ってたんだ、行くって言っただろ?」
「……追われない?」
慌てて確認してみたものの、周りにはほとんど人がいなかった。
歩きだすと当たり前のように付いてくる、家はどこら辺なんだろうかね。
「梓ってずるいよな、スペックが高いからさ」
「うん、私もそう思う」
「綾野みたいなやつでもあっさりと負けてしまうんだ」
「いや、そういうわけではないけど……」
乙女心って面倒くさいんだ。
こういう謎のプライドがあるから彼氏ができなかったんだろうけど。
「つか、なんで入ってこなかったの?」
「邪魔するのは違うだろ」
「言っておくけどあの人にそんな意志ないからね」
「そうなのか?」
「当たり前じゃん、出会ったばっかりなのに」
その気があるなら梓から連絡先を聞いてくるだろうよ。
いや、本当に難しいのはこの橋口兄みたいなタイプではなく梓みたいなタイプ。
気を許してくれているようでそうじゃない、所謂無難な対応をしただけ。
私がいつもしていることだ、後に面倒にならないように動いただけ。
「真人、梓ってどんなヤツなの?」
「んー、多分だけど綾野が思い描いている通りだぞ」
仲良くなるのは難しいそうだと内心で呟いたのだった。