我がダンジョンの教祖様(仮)
【我がダンジョンの教祖様ー冒頭】
俺は今日もテラスで、黒い空を陰らす白い雨雲を眺めている。
「今日は雨か…」
側から見ると暇人らしく、それでいて放って置かれている俺は、今日も考え事に入り浸る。こんな生活をかれこれ100年、毎週末の日課にしている。
きっと暇人だと思うだろう。だが───時折自分でも意外に思うのだが────ちゃんとした職業がある。
なにを隠そう俺は、魔王としては第112代目にあたる、ビックデーモン112世だ。
それも大陸の3分の2を治める巨大な魔王城の城主だ。
(※魔王城=ダンジョンという解釈の世界観です。以後、たびたび国という表現もありますが、魔王城一つで国を成しているので、魔王城周辺一帯、という解釈です)
しかしこの国の内政はイマイチうまくいっていない。
それは歴代魔王の幼名も覚え切れないほど暗記の苦手な俺には骨が折れる話なのだが、折角覚えたことだし、今にまつわる近代史の一コマを話そうと思う。
まずかいつまんで一言で表すと、この領土は俺の祖父であった、ビックデーモン109世が広げた。
その詳細を語るには時は数千年遡る。
祖父がビックデーモン109世として着任したばかりの頃、この国は大陸のおよそ3分の一にも満たない領地しか保有していなかった。
そこでビッグデーモン109世は100年ほどの試行錯誤の末、遂に妙案を実行した。
その戦争は至極強引なものであった。ビックデーモン109世が領土拡大を目的として仕掛け、そこには十分な勝算があった。───事実、現代では倍以上にまで領地が広がっているのは先程述べた通りだ。
この戦争自体は我が国での計画は水面下に進められていたため、極秘事項ばかりであった。そのためこの戦争に関する資料は全くと言っていいほどなく、戦争に携わった悪魔も禁忌を冒すと言って、頑なに口を破らない。だから当時詮索ばかりしていた幼少時代の俺は、100年もそんな進展のない秘密に嫌気がさし、人の嫌がることをしたがるという悪魔特有の強い興味もすっかり失せてしまった。
ともかくある時祖父が戦死した。俺は自身の戦力を買いかぶり、前線で指揮を取っていたところを打たれたのだとみている。そのビッグデーモン109世のあとは、その戦争で最も高い功績を挙げていたとされる祖父の弟の一人が、ビッグデーモン110世として跡を継ぎ、和平へと持ち込んだ。
こうしてビックデーモン109世が仕掛けた戦争は、とんでもなく長い間かかり、ようやく公には収束した。
しかしこの大陸中が疲弊したこの戦争は、220年続き、平均1500年を生き、回復力と体力が自慢の若い悪魔たち───と言っても490歳から1100歳がほとんどだが───のおよそ3割を死に追いやった。
何にせよ、だ。まもなくビッグデーモン110世は寿命を全うし、死に絶え、父がビッグデーモンの名を受け継いで王座についた。そして父は荒れた内政に尽力した。
だが、やはり減った人口の急な回復は、元より繁殖率の低い悪魔にはとても無理な話である。
そうしてビッグデーモン111世が座について600年。例によって、父の死を機に引き継いだ俺が座について100年。まだ戦争の影響を色濃く残すこの大陸で、外交、十分な人口増加、国内における紛争、国民の外国への移籍などなど、その全てにおいてなに一つとして、良好化は臨めずにいる。
ではどうすればいいか。
俺がこう飽きずに考え込むのはいつもそのことだ。
大臣たちに助言をされても、俺はそうかとすぐには頷かない。なぜなら俺には信念がある。
きっと祖父の幻影を嫌っているからだろうが、俺は、誰も傷つけずに大陸の統治を成したいのだ。
祖父は偉大だ。しかし兄弟である悪魔や自らもをしに追いやったのだ。あの狂気じみた欲で。
その点俺の考えは甘い。実際、こうしている間にもこの国のどこかで誰かが不幸になっている。
しかしそれを譲ったと仮定しても、何も良い案は浮かばずにいる。そう急ぐことも考えの進まない要因の一つかもしれないとさえ思うほどだ。
「陛下…」
「なんだ?」
俺のこの大切な時間にも、この広い部屋の入り口で使用人の何人かが出入りし、言付けを受け取っていたのは知っている。
優秀な大臣のことだ。この時間を俺がどれだけ大切にしているかわかった上で、こうして声をかけているのだ。むげにはできない。
そうして伝えられた伝言は、俺の胸を高鳴らせた。
それはそれは素晴らしい話だったからだ。
「いますぐ呼べ」
「陛下、サキュベルはここに」
「ここへ来い。勅命を授ける」
『サキュベルの魅力値数が、従来の10000倍も優に越しておりますーー。巷で有名なあのオードリー・ヘッペス・バーンも足元に及ばないでしょう』
(※ オードリー・ヘッペス・バーン…今年440才になる、戦後生まれの大女優。その美貌に魅了されない悪魔はいないとされる)
サキュベルは、今年60代目当主を迎えるドラキュラ族ドラキュル家の一派の娘。尻軽なダークエルフのクェートで、サキュベルの祖父は破門されたが、サキュベルを除く殆どの家族が先の戦争で死に、サキュベルの母はサキュベルを産んで死んだ。
よって身寄りのないサキュベルは、体面を保たんとするドラキュル家に渋々といった様子で引き取られた。
「はい」
サキュベルは310才とは思えない大人っぽさで机の前まで歩いてきた。
「勅命。…あ、おい爺。筆をもて。今から言うから」
「え?あ、はい」
勅命などにもいろいろ手順があるらしいが、面倒なので勅命を書いた紙の授与はおいおいでいいだろう。
そんな安易な考えでも、今のところ執務はこなせているから問題ない。
「勅命」
俺は俺が爺と呼ぶ、古参の大臣が筆をちゃんと用意したのをみて言葉を継いだ。
「サキュベル・M・ドラキュル。本日より国の支援する、国家の象徴たる教団の教祖になること」
俺は威厳を持って言い終えた。
「ありがたき幸せに存じます」
サキュベルも洗礼された身のこなしで勅命を受けた。
しかし最初に、は、という間の抜けた返事をしたのは爺だった。
「教団?国の支援?そんな教団も、支援できる金もありませんぞ」
「今から作る。金は、そうだな、あのカーテンを売れ。これより王室の運営費をそっちに回す」
「心得ました」
「では教団の指揮は…爺」
「はい?」
「手は空いているか?」
「無理でございます。ただでさえ人材不足の財政管理で手一杯です。あ、陛下。他の大臣も外交やら紛争、詐欺、犯罪の取り締まりで大忙しでございます。取りやめるなら今のうちですぞ?」
「構わない。俺がやる」
「はぁ…。くれぐれもご自分の首をこれ以上おしめにならないように」
そう言い残して爺は部屋を出て行った。
こうして、俺のめちゃくちゃな教団が始まる。