37『図書室の攻防』
広い和室に、大量の座布団が敷かれている。
ちらほら空きもあるが、ほとんどが満席だ。
少し遅れてやって来た僕も、開いている座布団に座る。
「南、南阿弥陀仏・・・南阿弥陀仏・・・」
お坊さんの厳かなお経が、部屋いっぱいに響き渡る。静かにすすり泣く声も少なくない。
今日で、丁度13年。
中学三年生で死んだ同級生の、十三回忌だ。
(・・・・・・『居ない』・・・)
同級生に黙祷を捧げながら、チラリと周囲をさりげなく見回す。
・・・予想はしてたけど、やっぱりそうなのか・・・
数十分後、焼香も終えて解散となる。
「・・・ん?」
葬式会場の同級生の実家から少し離れた場所でスマホの電源を入れると、ラインのメッセージが大量に届いていた。
「ど、う、か、し、た、の・・・っと」
葬式に出る事は知らせてあるし、そのために仕事もある程度片付けて来たのに、それでも急ぎの要件があるのか?
特にそれまでのメッセージも確認せず、呑気にそう返信した。
「・・・え?」
それに返って来たメッセージが―――地獄の始まりの合図だった
――― 一週間後のとある日曜、僕はとあるホテルの一室にやって来た。今日はとある一室が貸し切られている。
「おー久しぶりー!」
「変わらないわねー」
「その後どうなの?」
「いや~ウチの会社景気良くってさ~」
先週の葬式とはうって変わった、あちこちから喜びの声と和やかなおしゃべりが聞こえる空間。
僕も男性が集まっている所に、とりあえず声を掛けてみる。
「えーっと・・・お久しぶりです」
「・・・誰?」
「真壁です」
「え!?あの真壁!?」
「真壁来たの?うっそ!見違えたじゃん!」
男性の一人が大声をあげて、周りの人達も集まる。
「おいおいマジかよ?中学の頃はぽっちゃりしてたってのに、すっかり痩せたな」
「まぁ、何だかんだで激務なんで・・・」
「ふ~ん?それじゃあ、恋人漁ってる暇も無ぇって訳?」
他の男性のその言葉で、僕の周りだけ一斉に鎮まる。そして心なしか、少し距離も開いた。
「欲求不満過ぎて、ここにも恋人漁りに来たとか?言っとくけど、俺は御免だからな~!」
「俺も~!」
そう言って、男性達は一斉にそそくさと去って行った。
「・・・言われなくても、君達なんかこっちから願い下げだよ・・・」
僕は静かに歯ぎしりする。本当は、元々来るつもりもなかったんだから・・・
市立修仁中学校1年~3年C組の同窓会。
クラス替えをしないウチの学校は、3年間同じ42人で、同じ教室で学んでいた。
――――受験を控えた、11月中旬の朝までは
その日も僕は、大して楽しくもない日常が始まると信じていた。
家から近い駅に来たら、電車が止まっていた。大勢の人達が騒めいていた。
『あの・・・何かあったんですか?』
『この先の駅で電車が止まってんだよ!』
『こんな事が起こるなんて、都心だけだと思ったんだがなぁ・・・』
『女学生が、電車の前に飛び降りたなんて・・・!』
クラスメイトの1人、庄司英理さんは、華奢な体を通過電車に無慈悲に轢き潰され、死亡した。
(その葬式に、先週出席したんだけど・・・)
改めて、会場を見回す。30人は軽く越えていて、数人を除きほぼ全員が出席しているようだ。
――― 一方で庄司さんの十三回忌の会場では、僕の知る限りでは1人しか見かけなかった
(こっちにはスケジュールを合わせられるのに、葬式の方はスルーするんだな。そもそも十三回忌をやる事自体を知っていたかも怪しい連中だけど・・・)
だけど仕方ないのだろうと、僕はとうに諦めている。
彼女は、彼らにとっては『クラスメイト』という括りに入らない存在なんだから。
『おらぁっ!』
『がはっ!』
『ははっ!良い感触のぽっちゃり具合だぜ!的も広いし、殴りがいがある~♪』
『か・・・止め・・・・・・』
『陸っち、10点獲得~♪』
『お~し、次俺!』
『もう、止め・・・がぁっ・・・!!』
中学当時―――僕と庄司さんは、クラスメイトほぼ全員からのいじめに遭っていた。
あまり明るくない上に、当時は太ってもいた僕と、他愛も無い動画を撮影するのが好きな大人しい女の子。いじめの標的にするには、格好の的だった。
学校側は責任問題になる事を嫌がり、当たり前のように黙認。僕らへのいじめは、まるで日常茶飯事だった。
クラスからハブられていた者同士、何となくつるむようになった僕達は、それはそれで囃し立てられ、いじめのネタにされたものだ。
だけど僕も彼女も、屈して不登校になったりはしなかった。それこそ負けだと思ったからだ。
『・・・ねぇ、静君はやっぱり、将来漫画家になりたいの?』
『う、うん。まぁ・・・だけど、僕なんかになれるとは思えないよ』
『なれるよ。絵だって上手いし、内容も静君じゃなきゃ出て来ない発想だと思うよ』
『・・・そう、かな・・・』
そう思いながら、僕はどこか消えてしまいそうな程儚い表情の彼女の横顔を見る。
彼女は、僕よりももっと強い。
彼女は動画を撮るのが趣味だ。いじめの証拠を隠し撮りするぐらい、少し特訓すれば訳ないだろう。
だけど、それが出来た事は一度も無い。あいつらは撮られて証拠を残されたら困るレベルのいじめをする時は、必ずカメラを取り上げてから行う。万一撮られたら、その場で躊躇なく破壊もする。人数や身体能力に物を言わせた、圧倒的かつ統率の取れた隠蔽力で証拠を掴ませないのだ。
3年弱の学生生活の中で、単なる嫌がらせも含めて何十台もカメラを壊されて来た。親が疑問に思わないのかとも思ったが、大手撮影機材メーカーの重役なら、替えを用意するのも訳無いのだろうか?
何度壊されてもカメラを持って来る。それが、彼女の「お前達に屈しない」というアピールに見えた。
そんな彼女はこの日、不思議な言葉を僕に残した。
『静君』
『な、何?庄司さん』
『もし・・・あくまで、もしもの話だけど・・・』
彼女は一緒に座っていたベンチから立ち上がり、僕の方を振り向いてこう言った。
『もし私が死んだら、絶対に漫画家の夢を叶えてね』
―――その僅か一ヶ月後に、実際に彼女が死ぬとは、当時の僕は思ってもみなかった・・・
「あれは・・・『修仁の両翼』と謳われたヤンキーコンビの羽賀君と羽畑君か」
遠巻きにされて以降は、静かに遠くから見ているだけにした。あまり良い思い出の無いクラスだけど、何だかんだで顔と名前はちゃんと覚えていた。
(それにしても、羽畑君の方は相変わらずの感じだけど、羽賀君の方は見違えたなぁ)
羽畑君の方は、当時そのままに金髪を後ろに流したゴツい男。服装も無地のパーカーと、いかにもゴロつきのような出で立ちだ。
一方で負けない体格を保っている羽賀君は、綺麗に切りそろえた短髪を、当時染めていた赤茶色から黒に染め直している。服装もビシッとしたスーツで、表情に精悍さも出ているように見える。
「聞いた?羽賀君って今、警察官なんだって」
「知ってる。ウチの近所の交番に勤務してるんだよね」
「人って変わる物なんだね~」
(へぇ?そうなんだ)
元ヤンキーが警察官・・・本当にあるんだな、そういうの。
随分と道は違えてしまったように見えるけど、相変わらず仲が良さそうに満面の笑みで談笑している。
「・・・あ!」
僕はとある人物の顔を見かけて、挨拶に向かった。
「こんばんは、柴倉さん。一週間ぶりで」
「・・・えぇ」
こういう場でもビシッとスーツを着込んだ、キャリアウーマン風の女性。
柴倉律子さん。僕以外で唯一、庄司さんの葬式に出席した人だ。
彼女は昔、レディースの一員だった。羽賀さんと同じ元ヤンだ。彼女が積極的にいじめをする事はなかったけど、助けようという気も起こす事は無かった。単純に、弱い人間に興味が無いというタイプの人物だった。
だから意外だった。そんな彼女が、当時何とも思っていなかった庄司さんの葬式に参加していたのが。
先週はラインの応対をしている内に帰ってしまったので、改めて聞こうとする。
「・・・あの、柴倉さん」
「何?」
「どうして庄司さんの十三回忌に・・・」
「あらぁ?ホモの癖に、女を口説く必要あるの?」
「「・・・・・・」」
僕の質問を遮るように、まるで未だに学校を卒業していないような幼いトーンの声が割って入った・・・
「えーっと・・・友杉さんだっけ?」
「ノンノン、それは昔の名前。今はもう結婚して、鹿庭愛って言うの。可愛い息子も居るんだから!」
今は落ち着いた容姿の女性だけど、当時はどんどんメイクやオシャレへの拘りを強め、中学3年の頃には立派なギャルになっていた。愛想も良く、多くの男子の注目を浴びる存在になっていた。
だから僕や大人しい庄司さんをダサい奴と、常に仲間と共に嘲っていた。
「男共に振られて、ポリシー曲げてまで『もう女でも良いや』ってなっちゃったの?可哀想ねぇ好かれない人は。選ぶ権利が無いんだから。でも仕方ないのよ?好かれる人間にならないあなたが悪いんだもの」
「・・・変わった人も居ると思ったら、君みたいに相変わらずな人も居るんだね・・・」
「そういうあなたは多少は変わったように見えるけど、まさか当時からあんな気持ち悪い人間だとは思わなかったわ」
「・・・・・・」
彼女が何を言いたいのかは分かる。答え合わせをするように、スマホを操作し始めた。
なぜ男達が、『恋人漁り』で自分を狙っていると思ったのか。
なぜ彼女が、僕を『ホモ』だと言ったのか。
そんな格好のいじめの的、自分から漏らすようなヘマなどしていない。
「ひょっとして律子ちゃん、『これ』知らないの~?」
そう言って友杉・・・鹿庭さんは、スマホの画面を僕達に向けた。
『ふ・・・ふふ・・・素敵だなぁ・・・』
それは、誰も居ない教室で1人、自分の席で何かを紙にかいている中学当時の僕の姿を、横から後ろに移動しながら撮っている動画だ。
そして後ろから近付いたカメラが、僕の机を映して何をかいているかを暴く。
―――見目麗しい少年たちが、裸で抱き合ってキスをしている絵だ
『ふふっ、可愛いなぁ』
僕のそんな独り言は、僕自身も少し生理的嫌悪を抱く不気味さだ。ただ、それ以上に恥ずかしく、顔が火照って来る・・・
『よーし、上手く描けた』
その発言と同時に、動画は終わった。
この動画が、ネット上の様々な動画サイトに同時投稿されていた。
タイトル『19 黄昏時の気持ち』
投稿者『撮影者』
十三回忌の会場で届いたラインも、こんな動画がばら撒かれていると話題になっているという連絡だった。
「可哀想にね~真壁さん。こんな物を、文字通り『公開』処刑されてしまったんだから!全世界に、あなたがホモだとバラされてしまったのだから!」
そう言って、鹿庭さんは嘲笑う。
「同性の恋愛なんて、所詮異性に相手にされなかった人間の傷の舐め合いじゃない!互いへの憐みで、愛なんてどこにも無いわ!最高の夫と可愛い息子の居る私が保証しちゃう。今日だって友達と楽しんでおいでって、快く送り出してくれたし」
鹿庭さんは好き勝手言ってくれる。
「だから律子ちゃん、こいつに何言われたって無視よ、無視!どうせ本気じゃないんだから!」
「別に口説かれたわけじゃない。というか、真壁が何か尋ねて来た所で、あんたが遮って来たんじゃない」
「あら、それは失礼。でもこんな異性に愛されない劣等な人間と関わるだけ時間の無駄だから、相手にしない方が良いと思うわよ?」
そう言った所で、鹿庭さんはふと思い付いたように僕の方を見る。
「ていうかあなた、よくこんな物が公開された後に、のこのこ同窓会に顔出せたわね?私だったら、とても皆に合わせる顔が無いわ~!あはははは!」
何に気付いたかと思えば、嘲るネタを思い付いただけか・・・
「別に、こんな物が明かされた所で痛くもかゆくもないし」
「強がっちゃって~。職場でも皆がまともに顔合わせてくれなくなったでしょ?恋愛弱者の劣等種だって知られちゃったんだから~」
「無いよ?そんな事」
「あ!ごめんなさい、誰とも関わらない仕事だったかしら?あなたなんかが人と関わる仕事なんて出来ると思えないしね~」
「むしろ盛り上がったぐらいだよ」
「・・・なによそれ?あなた、今何の仕事をしてるの?」
「漫画家だけど・・・まぁそこそこ売れてる」
「漫画家とか!ホモなんてバレたら、それこそ読者が引いて誰も読まなくなるじゃない!」
「いや、むしろ話題になって売り上げが上がったぐらいだよ」
「はぁ!?どうして!?」
「BL漫画家なんだよ。動画に出ていたような絵を描くのを仕事にしてるんだ」
「・・・・・・」
僕の返しを受け、鹿庭さんは完全に黙ってしまった。それはそうだ。BL漫画家が昔からホモだとバラされた所で、「あぁ、筋金入りなのね」程度にしか思われない。誹謗中傷をして来るのは、彼女のようにBL自体を気持ち悪いと思う奴らだ。むしろその声も、自作の宣伝になってありがたいぐらいだ。
「そ、そう。恋愛弱者同士の傷の舐め合いを、そのまま仕事にしたの。良かったわね~、あなたなんかにも居場所があって。底辺には変わりないけど!」
「そう言うモンじゃないわよ、鹿庭さん」
言うに事欠いて、ネットで誹謗中傷をする連中と同レベルの事しか言えなくなった鹿庭さんを諫める声がした。
「男性同士も含めたLGBTは、確かに人間全体の割合から見ても10%に満たないマイノリティだわ。だけどそもそもの全体数が多い分、その10%に満たない数字でも実際は7億人近く居る事になるわ。それに、自身の恋愛とは別で創作でのそういう物は好き、という人達だって、いくらでも居るのよ」
「うっ・・・」
「恋愛感情に貴賤の価値観を定めるあなたこそ、視野が狭いのではなくて?少なくとも私はそう思うわ」
「むぅ・・・」
鹿庭さんは、すっかり黙ってしまった。
「あなた真壁君?すっかり見違えたわね」
「えぇっと・・・あなたは・・・」
「分からないでしょうね。穂村よ、穂村菜々」
「えっ!あの穂村さん!?」
記憶の中の彼女と見違える程変わったので、すぐ彼女だと分からなかった。
当時の穂村さんは眼鏡におさげという、いかにもな文学少女。自分が標的にされないために庄司さんのいじめに混じるという、とても弱い少女だった。
だけど今の彼女は、そんな当時の面影など無い。女優さんかと思う程に美しくなったし、全身から自信が伝わって来る堂々とした佇まいだ。
「あんた穂村の事知らないの?」
「いや、彼女の活躍は知ってるよ。最近新作で文学賞を受賞した、新進気鋭の女流作家!僕も読みました!とっても面白かったです!!」
自信に満ち溢れているのも当然だ。彼女は中学当時から文芸部に所属し、文章を綴り続けて来た。長年の努力が、ついに実を結んだのだから。
「ありがとう。・・・ごめんなさいね、あなたが漫画を描いてるのは今初めて知ったの。今度恋愛描写の勉強も兼ねて読んでみるわね。」
「や!いやいや、そんな・・・僕の作品が文学賞受賞者の糧になるかは・・・」
「作家はネタが命。何がきっかけで面白い物語を思い付くか分からないもの。何だって糧にするわ」
「おぉ・・・文学賞を獲って尚、精力的ですね!」
「ふふっ。というか真壁君、同級生なんだから敬語要らないわよ?」
そう言って穂村さんは少し笑うが、ふと、その表情に陰りが出た。
「・・・優しいのね、自分や友達を傷付けて来た相手と、こんな風に普通に話せるなんて・・・」
「や、それは・・・まぁ、ずっと前の事ですし、引きずる方がつらいから・・・」
「・・・ごめんなさい、昔は何も出来なくて・・・今はちゃんと前を向いて生きられているみたいで良かったわ」
「・・・それは、僕より庄司さんに言ってあげてください」
「・・・そうね。結局十三回忌の事も終わった後に聞いたし・・・今度、個人的に彼女の家を尋ねるわ」
(あぁ・・・ちゃんと、行けるなら行こうと思っていた人も居るのか)
大半の人達は、鹿庭さんのようにいじめた事を何とも思っていない、むしろ忘れてすらいる人も居るように思う。
だけどちゃんと反省し、自分がやった事と向き合っている人も居ると知って、僕の心は少し軽くなった。
「・・・・・・ねぇ、穂村・・・」
「何かしら、柴倉さん?」
「その事なんだけど、あれって本当に・・・」
「あーっ!」
何やら神妙な面持ちで、柴倉さんが穂村さんに何かを尋ねようとするけど、またも鹿庭さんが遮る。
「う、うるさいわね。どうしたの?」
「そこのホモの動画を投稿した人、新しい動画を投稿してるのよ!」
「えっ!?」
「あ、あんたは自分のスマホで見なさいよ!」
「ぐっ・・・」
思わず画面を覗かせてもらおうとしたが、無慈悲に突き放された・・・
仕方なく、改めて自分のスマホで検索して動画一覧を探す。
「何だ何だ?」
「真壁の動画を投稿した奴が、新しいのを投稿したんだと!」
「どれどれ・・・」
鹿庭さんの声は大きく、他の皆も一斉に動画を見ようとスマホを操作し始めた。
(・・・やっぱり、僕の動画だけで終わらないのか・・・!)
土壇場になって十三回忌でズレたスケジュールにまたも無理矢理穴を空けてまで、僕が良い思い出の無いクラスの同窓会に来たのは、これが理由だと言って良い。
例の中学時代の僕の動画が投稿された、その丁度一週間後が同窓会。偶然だとしても仕組まれていたとしても、スルーして良い事だと思わなかった。
・・・これで終わりじゃないという、直感が働いた。
そして今―――むしろこれからだと、スマホの画面一杯に主張される
「・・・何だこれ!?」
投稿者のページを見ると、追加された投稿は1つじゃなかった。
1、2・・・・・・既に公開された僕の動画を合わせて、全部で42。丁度クラスの人数と同じだな。
2番目と3番目の動画にはタイトルが表示されていて、後はざっと見た感じ、内容もタイトルも分からない。
しかも3番目の動画は予約投稿で、公開日は来週の同じ時間になっている。
とりあえず、新たな2つの動画のタイトルを読んでみる。
『37 図書室の攻防』
『7 籠の中』
(・・・? タイトルだけだと意味不明だな・・・)
そう思っていると、先に動画を見始めたクラスメイト達がざわつき始める。
「え?おい、これマジ!?」
「大スキャンダルじゃん!」
(何だ?何かあるのか?)
僕も慌てて動画を再生し始めた。
とある学校の扉を開く所から、動画は始まる。その先には、大量の蔵書を抱えた本棚が、いくつも並び立っていた。
(これ、覚えてる。修仁中学の図書室だ!)
懐かしい気分に浸っていると、大人しそうな黒髪の少女が、机でノートに文章を書いている。この子は知らない顔だな・・・
そしてカメラがぐるりと少女の反対側に回ると、カメラを挟んだ向こうに、もう1人の少女が立っているのが映る。恐らく、今扉を開けて入って来た子だけど・・・
(これ・・・穂村さん?)
今の姿からは想像も付かない、懐かしい黒髪おさげの彼女の姿が見られた。
『水城ちゃん、精が出るようね』
『! あ、せ、先輩。お疲れ様です』
いきなり穂村さんに話しかけられ、びっくりしている。・・・だけど、そのびっくり具合が異様に思える。驚いているどころか、ビクビク怯えているような・・・
『それ、新作?』
『え?あ、はい。携帯にメモ出来れば良いんですけど、携帯持たせて貰えないんで・・・』
『ふぅん?』
直後―――僕は信じられない光景を見る。
『ちょっと見せて』
『え!?ちょ、ちょっと!』
動画の中の穂村さんは、後輩のノートを返事も聞かずひったくった。教室でのイメージとの違いに面食らう。
『ふぅん、何々・・・?魔王の国に囚われた姫が主人公で、様々な労働をさせられるけど・・・自国が目を瞑っている格差社会と比べれば、とても平和で平等な世界で、2つの国の違いを学びながら、真の平和を問い直す物語・・・へぇ、面白そうじゃない』
「え・・・!?」
そ、その内容・・・思いっ切り覚えがあるんだけど・・・
画面の中の穂村さんは、パラパラとノートをめくっていく。
『へぇ?こんな細かい字でびっしり・・・』
『ノ、ノートを無駄遣いするなと言われているんで・・・』
『へぇ、ほ~う?・・・あら、もう最後まで書き上がってるじゃない』
『て、手直しをしていた段階なんです・・・』
『ふ~ん・・・』
穂村さんはロクに後輩の顔を見ず、ノートを読みふける。
そして―――信じられない事を口走った。
『気に入った!このノート貰うね~』
「・・・・・・は!?」
その言葉の意味する事を瞬時に察し、背筋が凍る。
これって、つまり・・・・・・
『え!?ちょ、ちょっと待ってください!それって・・・だ、ダメです!今までの最高傑作なんです!!』
後輩は慌てて取り返そうとするが・・・
『ぎゃんっ!?』
穂村さんは無慈悲に足払いをして、後輩を転ばせる。
『あんたさー・・・人のヒロインパクったの、もう忘れたの?』
『それは・・・たまたま見た目が似ただけって、何度も・・・』
『口答えすんじゃないわよ!』
『ぎゃんっ!』
「ひっ!?」
穂村さんは倒れている後輩の背中を、ゴミ同然に踏みつけた。こんな事、庄司さんにもした事無かったのに・・・!?
『大体さぁ、あんたが発表した所で、売れる訳ないじゃない。立ってる先輩に話しかけられても座ったままなんて、常識の無いあんたがさぁ!』
『かはっ!!』
ちょっと横暴が過ぎる発言をしながら、穂村さんは更に後輩の背中を強く踏みつける。
『じゃあね~』
そしてそのまま助け起こしもせずに、穂村さんは図書室を去る。『攻防』とタイトルには付いていたが、ほとんど一方的な蹂躙だった・・・
穂村さんの背中を追うカメラの後ろで、後輩がすすり泣く声が聞こえる・・・そして図書室の扉を開けた所で、動画は終わった。
「・・・・・・・・・・・・」
見た事の無い中学時代の穂村さんの姿に、僕は背筋が凍った。
恐る恐る顔を上げると、目の前の穂村さんは動画の中とはうって変わって、顔を蒼ざめさせて口をポカンと開けて呆けていた。
一緒に動画を見ていた鹿庭さんは口をあんぐり開け、ドン引きした表情で穂村さんを見ている。隣の柴倉さんの方は、苦虫を噛み潰したような表情で嫌悪感を露わにした。
「あの、穂村さん・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
穂村さんからの返事は無い。聞こえているかも分からない。
周りの皆が、僕の時以上に遠巻きにしている事にも気付いていない。
「僕の記憶違いだと良いんですけど・・・後輩の子のノートに載っていた話の概要、君が文学賞を獲った作品と、とっても似てましたね・・・違う所が無いぐらい・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「まさか、まさかとは思いますが―――
―――あの作品、後輩が考えた話をパクッたんですか?」
「ち、違う!違う!!わ、私が!文学賞作家がそんな事をする訳ないでしょう!!」
堰を切ったように、穂村さんは大声でわめき出す。さっきまでの自信に満ちた姿なんて、見る影も無い。
「やっぱりね・・・おかしいと思ったのよ・・・」
「柴倉ちゃん?」
穂村さんの発言を受けて、柴倉さんは呆れている。
「あんたの作品、文学賞を獲った物のついでに、その前に発表してた物も読んでみたけど・・・どれもこれも、全然面白くなかったもの・・・」
「はぁ!?」
柴倉さんの言葉が逆鱗に触れ、穂村さん胸倉に掴みかかる。
「私が書いた作品が、面白くないですって!?」
「だからそう言ってるじゃない。だから賞を取ったヤツは面白い反面変だと思ったけど、案の定他の人の丸パクリじゃない。大方あまりに売れなくて追い詰められて、10年以上経ったからほとぼりも冷めただろうと油断して使ったんでしょう?」
「違う!違う、違う!私が書いたからこそ傑作になったのよ!!あんな常識も無い後輩に、ここまで売れる作品に仕上げられる訳がないじゃない!!」
「な、菜々ちゃーん・・・それ、実質パクッた事を認めている発言だけど・・・」
「黙らっしゃい!」
「ひぃっ!?」
「確かに、アイデアさえ良ければ良いという訳じゃない。その面白さを的確に伝えられる表現力は必要になって来ると思う」
「そうでしょ!?同じ物語を綴る仕事に携わっているあなたなら分かって・・・」
「でも、穂村さんの問題はそこじゃないでしょう?」
僕は物語を綴る者だからこそ、怒りを隠せない。
「あんなやり方、『参考にした』なんて言い訳は立たない。完全にアイデアの強奪じゃないか!そんな人間が丸パクリして書いた文章だと知られて、誰の心に響くと思う!」
「~~~~~~~~~~~~っ!!!」
僕からも突き放され、穂村さんの体にやり場のない怒りが溜まる。
「何よ!あんたなんて、男と男がイチャコラするだけの、中身なんて何もないスッカスカな漫画描いてる癖に!!」
「・・・言うに事欠いて、それなの・・・」
逆に僕は、彼女の発言で怒りが引いて行った。
なんて醜く、なんて浅い発言・・・
僕の漫画を創作の参考にしたいという発言も、庄司さんの十三回忌に行きたかったという発言も・・・そして、いじめへの謝罪も・・・全て上っ面を良く見せるためだけの出任せだったと、嫌でも透ける。
「ま、後の言い訳は署でぶち撒けなさい。羽賀!あんた警察官でしょう?連れて行って!!」
「え!?いや、俺は交番勤務なんだけど・・・」
「なら、あんたから通報!指示を仰いで!取り合えず逃げないよう拘束しておくわよ。さっさとしな!!」
「はいっ!!」
羽賀君は慌てて電話を掛けながら、穂村さんを受け取りに来る。当時から柴倉さんの方が上だったよなぁ・・・
「・・・それにしても、あの動画・・・鹿庭さんが言った通り、今度は穂村さんを『公開』処刑する動画だったね・・・」
「え、えぇ・・・びっくりしちゃった。菜々ちゃんがあんな事してたなんて・・・きっと、誰も知らなかったよ」
「その『誰も知らない事実』を、こんな風に撮影してあったのも驚きだけど・・・問題は、こんな動画があと40個・・・残りのクラスメイト全員分あると思われるって事よ」
「「「・・・・・・!!!」」」
柴倉さんの言葉に、全員が息を呑む。
「つ、つまり動画を投稿した『撮影者』は・・・」
「俺達全員を、公開のタイミングからして一週間に一人ずつ・・・『公開』処刑するつもりなのか・・・!?」
「な、何それ!?何がバラされるって言うのよ!?」
「おい!何とか止められねぇのか!?」
「通報よ!こんな動画、即通報!!」
全員が慌てて通報しようと各動画サイトの操作をするけど・・・
「・・・何これ?『通報するにはパスワードの入力が必要です』・・・?」
「え?」
僕も慌てて、さっき見ていた動画を確認する。通報ボタンを押すと、同じ文句がポップアップで出た。本来、こんな機能は無いはずなんだけど・・・
そして入力欄の上に、文章が添えられていた。
『ヒント1:最後の動画の犯人の名前』
「最後の動画・・・?」
僕は動画一覧をスライドする。そして今になって、最後の動画もタイトルだけ表示されていた事に気付く。
『30 秋空の轢死』
「秋空・・・轢死・・・車などに轢かれて死んだって事・・・?」
「ていうか、動画は42個なのに、タイトルに付いてる番号は30?」
「数字なら最初からバラバラだったじゃねーか」
「19、37、7って順番だったね」
各々が謎解きに頭を抱える中、ぽつりと1人が呟いた。
「この最初の数字・・・出席番号じゃないか?」
「「「!!」」」
「確かに!僕、19番だった!」
その発言に、僕は思わず声を上げて応える。
「穂村ちゃんって37番だっけ?あたしは32番だけど・・・」
「確か、出欠取るための名簿あったよな?」
「確認しよう!」
全員一斉に、入り口前の机に置きっぱなしの名簿に群がる。
「合ってる。真壁19番、穂村37番だ」
「じゃあ、30番は?」
「えーっと・・・」
皆は慌てて確認するが、僕はその必要は無かった。
「・・・庄司さんだよ」
「・・・庄司って、電車に轢かれた・・・」
「轢かれた!?轢死!」
「ちょっと待て!つまり最後の動画は―――」
―――庄司英理が、線路に落ちて電車に轢かれる瞬間の動画
「しかも、パスワードがその動画の犯人って事は・・・」
その言葉を受け、クラスメイト達は互いを見回す。
「―――庄司さんは事故じゃなくて、誰かに突き落とされて殺されたって事・・・!?」
「・・・つまりこれは、13年かけて各々が積み重ねた人生を人質に取った復讐という訳ね・・・」
柴倉さんが、冷静な口調で話し出す。
「犯人よ、自首をしろ!犯人じゃない者は、庄司を殺した犯人を見つけ出せ!さもなくば、連帯責任で一人ずつ『公開』処刑していく!・・・投稿者の『撮影者』は、私達にこう言いたいんでしょう」
「「「・・・・・・」」」
柴倉さんの指摘で、場が凍り付いた。
「ふざっけんな!誰だか知らねぇけど余計な事しやがって!」
「誰なのよ!早く犯人名乗り出なさいよ!!」
「あんたじゃないの?庄司の事大嫌いって言ってたじゃない!」
「お前こそ!『早く死なないかな』とか言ってたろ!!」
「『マジで死ぬとかクソワロwww』とか言ってた奴も居たよな?」
「何それ!?サイテーじゃん!」
「そういうお前じゃねーのか!?」
あっという間に、犯人捜しの疑心暗鬼になる。
僕はその光景が、異様だと思った。
「ね、ねぇ皆・・・どうしてそんな躍起になって犯人捜ししてるの!?」
「「「え・・・・・・?」」」
思わず大声で尋ねた僕の言葉で、再び場が静まり返る・・・
「そんなの・・・まるで皆が皆、動画で『公開』されたら不味い事に心当たりがあるみたいじゃないか」
「うっ・・・」
「そ、それは・・・」
「も、勿論無いぞ!そんな物・・・」
「そ、そうよ!犯人の卑劣なやり口に腹が立ったの!!」
口々に否定するけど、明らかに目が泳いでいる・・・
「羽賀・・・何かやらかす前に、今騒いだ連中もまとめてしょっ引いた方が良いんじゃない?」
「え!?そ、それは・・・」
「冗談よ」
呆れながら、柴倉さんは口を開く。
「まぁ・・・不味いかどうかは、公開される動画の内容と、これまでの生き方次第ね」
「と、言うと・・・?」
「内容が問題なのは分かるけど・・・生き方次第?」
「例えば真壁の動画は、『BLイラストを描いているシーン』だった。真壁は今BL漫画家になっていたから何も問題無かったけど、普通の仕事をしていたら職場に居づらくなり、下手をしたら辞める羽目にもなっていたかもしれない」
「ふむふむ・・・」
「一方で穂村の動画は、『後輩からアイデアを強奪した』。これが大問題になったのは、その奪ったアイデアで文学賞を受賞したから。もし作家でも何でもなかったら、そこまで大事にはならないはずよ。周りの人からの評価ぐらいは地に墜ちていただろうけどね」
「くっ・・・」
穂村さんはバツが悪そうに俯く。
「つまり、真っ当な生き方、あるいは秘密がバレても困らない生き方をしていたなら、この動画は公開された所で痛くも痒くもないって事よ」
「なるほど・・・」
「まぁ最も・・・今の様子を見た限りだと、バラされたら困る事を抱えている人ばかりみたいだけどね・・・」
「「「うっ・・・」」」
「仕方ないよ、柴倉さん・・・平気で3年間もクラスメイトをいじめていた、性根の腐った人達だもん。そんな人達が真っ当な生き方が出来ているなんて、僕にはとても思えない」
「んだと真壁!?」
「自分の番は終わったし、バラされても困らない内容だったからって、良い気になりやがって!」
そんな恨み言も出るが、僕には響かない。
「僕に文句を言ってどうするの?恨むべきは、過去に馬鹿な事をした自分でしょ?バレなきゃ平気だと思っていた浅はかさでしょ?」
「「「・・・・・・」」」
僕の言葉で、もう誰も文句を言う人は居なかった。
「・・・確か、次は7番だったよな・・・」
「そうだ!タイトルの番号が出席番号なら、次が誰の動画かはもう分かるんだな?」
「7番は・・・」
1人の呟きを皮切りに、再び全員が名簿に群がる。
そして、当時の出席番号が7番だった男性を一斉に見る。
「俺・・・か・・・?」
出席番号7番 海崎 慎哉
現在の職業:プロ野球選手