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最新更新分 9/20

光陰が矢の如く過ぎていきます



 みんなのところに戻ると、四人は思い思いにくつろいでいた。

 ヤーグさんは弓の弦をびんびん弾いて何かやっている。きちんと張れているか確かめてるのかな、何か楽しげな音楽を奏でてるわけじゃないよね。

 ドミナさんはどこに持っていたのか、櫛で髪の毛を梳かしている。金髪の人ってあんまり近くで見た覚えがないけれど、焚き火の明かりできらきら光って、綺麗だなあ……。

 リッカさんはリコちゃんと膝を抱えながら何か話している。なんだか楽しそうだ。


 ……改めて見ると、妙な雰囲気だなあ。

 なんというか、奴隷として売られそうっていう、悲壮感のようなものが無い。

 ヤーグさんもバローさんも、見た目はいかにも悪そうでも、話してみればいい人っぽいし……。

「遅かったな」

 うーん、と唸りながら突っ立っていると、ヤーグさんが持っていた弓を置いてこちらを見てきた。

「すんません、コイツどんくさくて、すっころんじまって……」

 あっ私のせいにしたな!

 あっ、私のせいだった。

 隣りのバローさんに倣って一緒にぺこぺこしておこう。

「……顔を擦りむいてるな。見せてみろ」

「えっ?」

 私が差し出した水袋は受け取らずに、その腕をぐいっと引っ張られる。

「うわっ!」

 び、びっくりした……。

 急にほっぺたを触って顔を近づけてくるんだもん。

 そのまま頭突きでヤキを入れられるとか思った。

「そんなに大した怪我じゃァなさそうだが……、一応傷薬をつけときな」

 擦りむいた方とは反対のほっぺに添えられた手は、硬くてごつごつしている。

「………」

「どうした?」

 あんまり顔が近いのでどこを見ていいのかわからない。きょろきょろ目を泳がせていると、ヤーグさんが頬をぺちぺち叩いてきた。

「手ごつごつですね!」

 思ったことをそのまま言うと、ふん、と鼻で笑われた。

 ぺちっ、と最後に一叩きして、大きい手のひらは離れていった。

「バロー、軟膏をよこせ。……バロー?」

 ヤーグさんと一緒にバローさんを見ると、なんとも言えない顔でこっちを見ていた。

 私と同じで、私が攻撃されると思って驚いたのかな。

「あ、ああ、すんません。えーっと、傷薬、軟膏……」

 バローさんが大きなカバンをごそごそと探っている。

 ずいぶん大きなカバンだ。何が入ってるんだろう?

 バローさんの横に移動して、一緒に探しているふりをしてこっそり覗いてみる。


「え……?」


 何にも入っていない。

 いや、中は真っ黒い、夜の闇みたいに暗い、空間になっている。


「な……なんですか、そのカバン」

 私が横から覗いているのに気がついたバローさんが、何でもないようにカバンの口を広げて中をこちらに向けてきた。

 見せてくれるってことは、危険ではないんだよね……?

 バローさんとカバンの中身を交互に見ながら、カバンの口に顔を近づける。

 よーく見てみる。

 やっぱり、周りの闇みたいに真っ暗な空洞に見える……ん?

 カバンのフタの部分の裏側に、何か描いてある。

 模様みたいな、知らない外国の文字みたいな、不思議なものだ。しかも淡く薄紫に光っている。

「……これ、なんですか?」

 観察してみても一向にわからない。バローさんを見上げて聞いてみる。

「これは魔道遺物のバックパックだ」

 

 ――得意そうに言われたけれど、なにそれ。


 でもさっきからいろいろ聞きすぎている気もするし、バローさんはともかくヤーグさんには怪しまれるかもしれない。

 ……ここは黙って「なるほど、魔道遺物ですね。例の」って顔で頷いておくか。

「…魔道遺物って原初神殿の管轄じゃなかったっけ」

 ドミナさんがぼそりと呟いた。

 …魔道遺物とやらは、原初神殿なるものが管理してるってこと?

 ということは、原初神殿の関係者だと思われている私は、知らなきゃおかしいモノってことかな?

「じゃあ……もしかしてお二人は、盗掘者……?」

 リコちゃんが驚いたように小さな声を上げる。

 盗掘、ってことは、魔道遺物っていうものはピラミッドや古墳の宝物みたいに発掘されるもの? 遺物、って呼ぶんだから、古代遺跡の秘宝的な……?

 ん? バローさんが「いけねえ!」とでも言いたげな顔でこっちを見ている。

「辺境や無名領土で見つけたものだからな、神殿の管轄でもないだろう」

 ヤーグさんがなんでもないように言うと、ドミナさんは顔を顰めて「それ、余計にまずいでしょ」と言った。

「無名領土って、女神に返還された立ち入り禁止区域じゃないの?」

「いや、厳密に言うと立ち入り禁止ではねェな。普通には入れないってだけだ」

「そんな場所にどうやって入ったんだか……」

 

 ???


 魔道遺物?

 無名領土??


 わからない単語が多すぎる…。

 喋らないでおこう。

 記憶の中にあるどこかの赤い牛のおみやげ人形のように、訳知り顔で首をびよびよ振っていると、バローさんが小さな声で話しかけてきた。

「や、何十年か前に辺境だろうと見つかった魔道遺物は神殿の管理になるって決められたのは知ってるけどよ。それ以前に個人に所有されてたモンはセーフって話だろ?」

 それだよそれ、と早口で言ってくる。

 どれ? というか、どうして私に言うんだろう。

「〝神殿関係者〟のイミとしては、放っておけない話よね?」


 ……あ! そういうことか!


 ドミナさんがぱちぱち瞬きしながら言った言葉で、やっとバローさんの弁明の理由がわかった。

 バローさんとヤーグさんは私が神殿の人間だと勘違いしているから、本来なら神殿の所有物のはずの魔道遺物を不法に? 持っているのを咎められると思ってるんだ。

 なるほどなるほど。

 ありがとう、ドミナさんと、にこっと笑ってみせる。

 ついでにバローさんとヤーグさんにも、目を線にしてにかっと笑う。

 これぞ日本人の困ったときの対処法、返事はせずに曖昧に笑う、だ!

 だって、どう返したらいいのかわからない。

「でも、魔道遺物って、便利ですよね」

 リコちゃんも助け舟を出してくれた。これに乗っかろう。

「確かに便利だよね! すごく! …このカバンはどう便利なんですか?」

 神殿関係者ぶるなら魔道遺物というものについては知っていなきゃいけないけれど、このバローさんのカバンについては細かく知らなくても変じゃないんだよね? 神殿に提出されていないものなんだし。

「まあもちろん、多少は魔術の素養がなきゃ扱えねえけどな?」

 私がカバンの所有権について話さないことにほっとしたのか、バローさんが説明してくれる。

「これは空間を拡張する魔術が付加されているらしくてな、こいつには見た目よりずっと多くの荷物が入る。…そうだな、だいたい一メートル四方くらいか」

 これ、と言いながら紫に光る絵のような部分を指差している。これが魔法に関する部分なのかな?

「しかも重さはほとんどない」

「へえぇ~」

 なんだか感動して間延びした声が出てしまった。

 四次元カバン…そんな言葉が頭に浮かんだ。

「どれ……」

 どうやらたくさん荷物が入っているようだけれど、どのくらい軽いんだろう。大きなカバンに手を回して、持ち上げてみる。

「えっ、おもっ」

 重くないと聞いたので、羽みたいなのかと思ったら、重い。

「そりゃそのバックパックのもともとの重さだ。非力だなあ、オメーは」

 あ、ほんとだ。想定より重いので驚いただけで、力を入れたら持ち上がった。確かにこのカバンにいっぱい荷物が入っているとしたら、それの重さなんてほとんど無いくらいだ。

「ええ~、めちゃめちゃ便利ですね!」

 いいなあ、こんなカバンがあれば、毎日学校に教科書を持っていくのも楽そうだ。辞書を持っていかなきゃいけない日なんて、肩が外れそうになるし。

「や…やれねーからな」

 すす、とカバンを遠ざけられてしまった。

「だ、大丈夫ですよ!」

 そんな、神殿の威を借りて人様の荷物を奪おうなんて不逞を働くつもりはない。

 ……ちょっとうらやましいけれど。

「傷薬……お、あったあった」

 バローさんがカバンから引き抜いた腕には、小さな平たい缶のような容器が握られていた。

「顔出せ」

 塗ってくれるのかな? ちょっと申し訳ないけれど、どこが擦りむいてるのか、自分じゃよくわからないからお言葉に甘えちゃおうかな。

 まだ少しひりひりするほうのほっぺたをバローさんに近づける。

 缶の中には薄茶色のクリームのようなものが入っていて、バローさんの指がそれをすくった。


「………」


 私のほっぺのすぐそばで、薬のついた手がぴたりと止まった。

 頬をバローさんの正面に向けているので、横目でその顔をうかがうと、なんともいえない、困ったような顔をしていた。

「どうしました?」

 まさか思ったより血が出ているとか? 一回袖で拭いたほうがいいかな。

「……オメー、原初神殿の神官なんだよな」

 

 えっ……また疑われている? 

 もしかして、神官さんというのは血の色が青色とかで、私の血が赤いから、にせものだとばれたとか……?


「女の神官は、あまり男と接触しちゃいけねぇんだろ? …オレ、触らないほうがいいか?」

 なんだ、そういうことか。

 知らず知らずに詰めていた息を、こっそり吐き出す。

「私は触られても死なないですよ!」

 というか、さっきもう触られている。神官さんに男の人に触られたら爆発する、っていう特性があるとしたら、すでにばれているはずだ。

「そういう問題じゃねぇと思うけどな……」

 ま、オメーが気にならねぇんならいいか、と、バローさんの指がほっぺたに薬を塗りたくってくれた。

「……ハァ、バロー、お前はヒトケタのガキか。神殿の言う接触ってのは…」

「子供の前でやめなさいよね」

 何故か呆れ顔のヤーグさんを、ドミナさんの声が遮った。

 なんだろう?

「明日も早いんでしょ。そろそろ寝ましょうよ」

 今が何時かはわからないけれど、辺りは相変わらず真っ暗だから、もうけっこう遅い時間なんだろうか。

 リッカさんたちのほうを見ると、リコちゃんは眠そうに目をこすっていた。

 寝る、といっても、まだ全然眠くない。今日はけっこう歩いたはずなのに、目が冴えているのかな。

「……そうだな、荷物も増えたことだし、明日は早めに発つか」

 荷物、というところで目があった気がした。

 意味もなく目を逸らして、黒い空を仰いだ。

「じゃあ寝袋出しますね」

 バローさんが確認をとると、ヤーグさんは頷いた。「ねぶくろねぶくろ……」と呟きながらかばんを探っている。

 やがて、巻き寿司のように巻かれた布団がずるりと出てきた。しかも五つも。

 そんなにたくさんの荷物が入るんだ……!

 キャンプとか登山とか、いろんなことに役に立ちそう!


 ……人も入りそう!


 ……いや、そんな怖いことは考えないでおこう!

「……言っておくが、コイツには生体は入らねェぞ」

「えっ……!? 顔に出てました!?」

「…目ぇキラキラさせて覗き込んでるかと思ったら、急に真顔になって離れたからな。わかりやすすぎる」

 ぐうの音もでない。

「…本当に、オメーにはオレたちがどう見えてるんだか……」

「その、へへ…すみません。ちょっと人も入りそうだなーって思っただけで…生体が入らないのなら死体なら入るのでは!?」

「顔に出すのも気をつけたほうがいいと思うが、声に出すのはもっとやめろな」

 でこぴんをされた。

「申し訳ないです……」

「まあ、いいけどよ。あー、寝袋が五つしかねェ。…しょうがねえな、オレのを使え」

 バローさんが丸めた布団をぐいっと突き出してきた。

「そんな、悪いですよ! 私はなんか、その辺の…草の上で寝ますよ!」

 その辺の…と言いながら周りを見渡してみたけれど、布団の変わりになりそうな、ふかふかの落ち葉とか藁の山なんて、もちろんない。

 でも、人の布団を奪い取ってまでぐっすり眠りたいとも思わない。

 いろいろ気を遣ってくれるバローさんに固い地面で寝てもらうより、私が木の根を枕に草に転がったほうがはるかにいいもんね。

「いいから使え」

「使えないです!」

 ぐいぐいと押し付けられる布団をぐいぐいと押し返していると、「あのぉ」とリコちゃんが手を上げた。

「私とお姉ちゃんが一緒に寝ますから、その分を使ってください」

「ええ? いいの? でも、うーん……」

 改めて布団を見てみる。幅はそんなに長くはなさそうで、二人並んで寝たらはみ出しそうだけど……。

「三つ分くっつけて、四人で並んで寝ればいいじゃない」

「……おお!」

 ドミナさんは天才だ! マットと毛布は別々なので、たしかにそうやってみんなでくっついて寝ればなんとかなりそうだ。

「ぎゅうぎゅうになっちゃうと思いますけど、お願いできますか……?」

「もちろんいいわよ。みんなで寝るなんて、ちょっと楽しいね」

 リッカさんが笑って承諾してくれて、あとの二人も頷いてくれた。

「ありがとうございます!」

 うれしいな。こんな森の中で、おふとんで寝られるなんて。

 ……それに、本当はちょっと心細かったのだ。知らない場所で、一人で寝るなんて。

 誰かとくっついていれば、かなり安心する。それに修学旅行みたいでわくわくするな。

「決まったか? それなら、さっさと寝ろ」

 ヤーグさんの声に、みんなでごそごそと用意をする。

 焚き火のほうに頭を向けて、三つの布団が並んだ。

 バローさんは、焚き火を挟んだ向こう側に、二つの布団をばらばらに敷いた。

「今日は俺が番をする。お前は先に休め」

 ヤーグさんはそう言って、また弓をびんびん弾き出した。バローさんが「すんません、兄貴。それじゃあ先に休ませてもらいます」と毛布にもぐった。

 先に、ってことは、交代で火の番をするのかな。私は寝ちゃってもいいんだろうか。

「あの、見張りとか、します?」

 靴を脱いでマットの上に座って、ヤーグさんに聞いてみる。正直途中で寝てしまう自信があるけれど、最初のうちの見張り番ならなんとか耐えられるかもしれない。

「魔物が襲ってきたら、お前、戦えるか?」

「えっ!?」

 口の端を上げながら言われて、間の抜けた声が出てしまった。

 そうか。魔物なんているのか。そうだ、さっきスライムについて聞いたじゃないか。

 みんなが寝ている間にこっそり近づかれたら……? あ、火があれば大丈夫なんだっけ?

 いや、魔物って呼んでいるんだから、スライムだけとは限らないか。


 え……こわい……。

 全然眠れそうにないじゃん……。


「…脅かしすぎたな、そんな死にそうな顔するな」

 そんな、この世の終わりみたいな顔しているだろうか。顔をぺたぺた触っていると、毛布から頭を出したバローさんと目が合った。

「そんなに心配しなくても大丈夫だ。兄貴の弓がある。だからオメーは寝な」

 ヤーグさんの弓? こんなに真っ暗な中で、遠くの魔物も打ち抜ける弓の名手、とか?

「これは魔除けの魔道遺物だ」

 そう言って、また弓の弦を弾いた。

「その音で魔物を追い払うんですって。胡散臭いけど、たしかに今まで魔物に襲われたことはないわよ」

 隣りに横になっているドミナさんが教えてくれた。

 それなら安心……かな?

「…魔道遺物って、奥が深いんですねえ」

「お前のほうが詳しいだろう?」

 しまった。感心して変なことを言ったかも。

「あ、えーと、……魔除けって、いろいろありますよね! …そうそう、鈴の音とか!」

 あれ? それはクマ除けだったかな。誤魔化そうとして余計なことを言っている気もしてきた。

「うちの地域なんかじゃ…こう、魚の頭を玄関先に置いたりして!」

 目に付いた、夕食の残骸の魚の頭と骨を、通してあった枝で地面に突き刺した。

「……お前、辺境の出身か?」

 う……とんだ田舎者を見る目で見られている。

 一つ重要な情報がわかった。

 この世界には節分という習慣は無さそうだ、ということだ。

 それ以上の追及を避けるように、わざわざ脱いだ靴を履きなおしてみんなを囲むように魚の骨を刺して回る。

「ふう。これでばっちりですよ! うちの地域では! では、お言葉に甘えまして、おやすみなさい!」

 手を払って、ささっと布団に潜む。あれ、節分はぎざぎざの葉っぱに魚の頭をくっつけていたような気もしてきたけれど、気のせいということにしよう。

 そもそも今節分じゃないしね!

「なんか呪いの儀式みたい……呪われそう」

「神殿って、神秘的ですね……」

「なまぐさい……」

 様々な賛辞の声が、毛布越しに聞こえてきた。

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