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迷い込んで不思議の森②



 ちらちらと降る木漏れ日に、だんだんと赤みが混ざってきた。

 今がやっと夕方ってところだろうか。じゃあ、私がここで気がついたのは、お昼頃だったのかな。

 

 うーん…、おなかがすいた。

 

 ここに来てから、狼たちがくれた木の実をひとつふたつ食べただけだ。

 しかもずっと歩き通しだから、足も痛いしちょっと休みたい。

 登下校用のローファーだから、三時間も四時間も歩いていると靴擦れになりそう。せめて歩きやすいスニーカーでも履いていればよかった。

 靴下が膝丈だからまだいいけれど、背の高い草で足を切りそうだし。

 つくづく森探索には向かない格好だな、この制服。

 まあ、横を歩く女の子たちもワンピース姿だし、がんばって歩くしかないか……。

「兄貴、こっちから水の音がします」

 水の音? バローさんの指差すほうに川でもあるのかな。

 耳を澄ましてみる。……せせらぎ的なものは聞こえない。バローさんは狼並みに耳がよいとみた。

 思い出したように喉が渇いてきた。

「そうだな……、そろそろ日も暮れる。今日はそこで休むか」

 おお、ようやく休めそうだ。

 ヤーグさんがバローさんの示すほうに歩き出したので、私たちも続いた。



 しかして川はあった。すごい、本当に耳がいいんだ。

 その川を少し上るとため池のようになっている小さな湖があって、近くの木には赤や黄色のくだものがなる蔦が巻きついていた。

 川のほうで男の人たちが魚を捕るらしいので、私たち四人は湖でくだものを集めたり、縁の水が湧き出ているところから飲み水の補充をしたりしている。

 女の子たちは腰に自分用の水筒(皮袋っぽくてかっこいい)を下げていて、それとヤーグさんとバローさんから預かったものに水を入れていた。

 私は水筒が無い。

 仕方がないので今飲めるだけ飲んでおこう。

「えっと、イミ?」

 手ですくっては飲みすくっては飲みを繰り返していると、後ろから小さな笑い声がする。

 口をぬぐいながら振り向くと、リッカさんが横にしゃがみ込んでいた。

 そうです、イミです、と頷くと、リッカさんは「変わった名前ね」と笑った。

「水袋ないの?」

「水袋? あ、水筒…ですか? はい。持ってないです」

 かしこまらなくていいよ、と言ってくれたので、「水袋どころか何もないの」と両手のひらをひらひら振って見せた。

「たべものもお金も……」

「山賊に襲われたってほんと?」

 胸に木の実を抱えたドミナさんがやってきた。さっき一緒に採ったやつもある、あの黄色い実はいい匂いがしたな……。

「あ、いや、その……、盗られたとかじゃなくて、もともと無一文というか……」

「なに? アンタ、なんかワケアリなわけ?」

 訳有り…といえば訳有りだろうか。その〈訳〉が自分でもわからないので、こんな奴隷商と一緒にいるなんて訳のわからない状況になっているんだけれど。

「イミさんは、原初神殿の、えらい神官さん…なんですか?」

 おずおずと、小さな声でリコちゃんが入ってくる。

 ううん、その原初神殿とか神官って、本当になんなんだろう。

「その装束を着てるのは、かなり高位の神官さんだって聞いたことがあるから……」

「装束って……、この制服のこと?」

 ブレザーの襟を摘まんで見せると、リコちゃんはこくりと頷いた。

「そういえば、村の教会にはこんな格好の神官様はいなかったね」

「んー? でも高位の神官様って、けっこうなおじいさんかおばあさんじゃないの?」

 続くリッカさんとドミナさんの言葉に、ますますわからなくなる。

 神官様とやらが制服を着ていて? それは本当はおじいちゃんやおばあちゃんで……? 

 ……どういうこと?

「どういうこと?」

 私の内心をそっくりそのまま返されてしまった。

 ううむ、どうしたものか。このまま自分ははぐれ神官だと言い張っていると、すぐにでもぼろが出そうだ。

 辺りを確認してみる。ヤーグさんとバローさんは近くいにはいなそうだ。

「えーと…実は……、私、その原初神殿っていうの? の神官じゃないんだ」

 こそこそと、口に手を添えて暴露する。

「えっ? そうなの?」

 リッカさんはあまり驚いていなそうだ。

「それじゃあ、どうしてそんな格好を?」

「この服、そんなにめずらしい?」

「あの、さっきも言いましたけど、その服は、神殿の中でも高い位の神官様しか着ることが許されないはずなんです。……イミさんは、どんな人なんですか?」

 んんん? 余計に混乱してきた。

 神官しか着ちゃいけない? こんな、ありきたりな制服を?

「どんなって言ったら…普通の、学生だと思うんだけど……」

「なーんかアンタ、怪しいわねえ」

 ドミナさんが腰に手を当てて、じとっと見下ろしている。

「もしかして、神官様になりすまして、何か悪さしようとしてたとか?」

「だ、断じて違います!」

 状況からして怪しいのは確かかもしれないけれど、悪さはしていないし、するつもりもない。というか、何が悪さに当たるかもわからない。

 神官を騙るのが罪になるのなら、意図せずとも犯してしまっているかもしれないし。

 身の潔白を証明するには、素直に話したほうがよさそうかも。

「実は、なんでここにいるかわからなくて」

「ええっ?」

「気づいたらこの森の中にいて。どうやって来たのかもわからないし、どこに行けばいいかもわからなくて、ふらふらしてたら…みんなに会ったの」

 危うく二匹の狼に出会ったことを言いそうになってしまった。これも嘘を吐いているんだった。

 知らず知らずのうちに嘘を重ねてしまっている気がする。

「それって……つまり……んーと?」

 リッカさんに、私もわからない、と首を振ってみせる。

「もしかして…、記憶喪失、ですか?」

 リコちゃんには、首を傾げてみせる。

「記憶喪失、ではないと思う。自分の名前もわかるし、ここにどうやって来たかはわからないけど、どこから来たかは覚えてるし」

 自分の名前や家、学校なんかはもちろん覚えている。

 ……いや、そういえば。

「家族の顔が思い出せないんだった……」

「ってことは、やっぱり記憶が無いの?」

「記憶がないっていうか、うろ覚えって感じで……。そう、なんか、朝起きたらここにいたって感じ。っていうより、まだ、夢の中みたいで」


 顔を上げて、三人の顔をじっと見る。

 心配そうに眉を下げているリッカさんとリコちゃん。

 訝しげなドミナさん。


「……これって、もしかして夢?」


「はあ?」

 感じる風や冷たい水の感触、空腹感や疲労感があまりに現実的すぎて、ぼんやりとここが夢ではないと思っていた。

 でも、何もかもが未知すぎて、やっぱり夢なのかもしれない、とも思える。

 だって、ここが夢の世界というほうが、自分が記憶喪失というよりも、よっぽど現実味がある。


「いだだだだっ!」


 頬に激痛が走って、散漫していた意識が急速にまとまる。


 痛い。


「ど、どみなふぁん?」

 見ればドミナさんが頬をつねっている。

 いや、つねっているなんてやさしいものじゃない。ひねり上げている。

 絶妙な回転を加えてねじり上げられたほっぺたは、今にも千切れそうだ。

「とれる! ほっぺたがとれる!」

「痛い? じゃあ、夢じゃないんでしょ」

 ようやく離してくれた。湖を覗き込むと、ひねられた頬が膨らんでみえた。

「ひええ、荒療治……」

 頬をさすりながら見上げると、ドミナさんはフン、と鼻を鳴らした。

 めちゃくちゃに痛いけれど……、なるほどこの痛みは夢じゃなさそうだ。

 でもだとしたら……なんだろう?

「もしかして、何か魔法を使われたとか」

「まほう?」

 リコちゃんの口からいよいよ現実味のない言葉が出てきた。でもそれを言うとまた頬をねじ切られるかもしれないから黙っていよう。

「王都には魔法院というものがあって、そこに魔術師たちが何人もいるって聞いたことがあります」

「魔術師かあ。見たことないけど、魔術師なら怪しい魔法とかで記憶をいじったりできそうよね」

「な、なんです、その不穏な人たち……」

 これから向かう王都とやらって、謎の神殿だけじゃなく、魔法使いなんてものまでいるの?

「あとは、何かアブナイ薬を使われたとか?」

 ドミナさんが手の中で水色の花を揺らしている。

「あ、それ、チョウネムリ」

 リッカさんが指差しているそれは、さっき木の実を採っている時にドミナさんが教えてくれた花だ。蜜に眠り薬の効果があるらしい。

「意識が混濁するような毒草を飲まされたとか、ね」

 ぽい、と、水色の花が湖に投げられる。魚があれを食べたら、眠って浮いてきたりして。


「意識ははっきりしてる…と思うんだけどな」


 なんとなく、だけれど。


「……陰謀の匂いがするわね」

 顎に指を当てて考え込むドミナさんを見ながら、どこか人事のように考える。


 ここって、夢でもなくて、私が昨日までいたあの現実でもなくて。



 ――全然別の世界っていう、〈現実〉なんじゃないかな。



 それが、何故だか一番しっくりくる。

 それに私は、その答えにたどり着いて、



 やっぱりそうか、なんて納得してしまうのだ。



「火が起きたぞー!」

 バローさんの声だ。

 私たちは慌てて木の実や水筒を抱えて、川下へ向かった。






 ヤーグさんたちのもとに戻ると、二人は枯れ枝で火を起こしてその周りに座っていた。

 その焚き火で、枝で串刺しにされた数匹の魚が地面に刺して焼かれている。

「わー、いい匂い……」

 二人からは三十分くらいしか離れていなかったと思う。そんな短時間に、こんなに魚が捕まえられるものなんだろうか。

 釣竿なんかも見当たらない。川に入ってこう…ワイルドに手づかみで捕ったのかな。ヤーグさん辺り似合うけれど。

 男の人たちと向かい合うように他の三人が座ってしまったので、あとはヤーグさんかバローさんの横しか座る場所がない。

 それか二人の間に突如挟まるか。

 いや、ないか。

「どうやって捕ったんですか?」

 どこに座るか決めかねてうろうろしつつ焚き火の横に木の実を置いて聞くと、バローさんが木の棒で火をつつきながらふふんと笑った。

「オレが釣ったんだぜ」

「釣ったって…竿は?」

 二人の周りを見ても、やっぱり釣竿らしきものは無い。

「竿なんて持って歩いてたら邪魔だろ? こいつを使うのさ」

 傍に置いてあった大きなリュックをごそごそと探して、バローさんが何かを差し出してきた。

 きっかけができたぞ。とりあえずバローさんの隣に座って手のひらを覗き込む。

 そこには太目のたこ糸のようなものが巻かれた糸巻きが乗っていた。

「糸……ですか?」

 見ればわかるだろ、と言わんばかりの呆れた目で見られてしまった。

「糸は万能だぞ? これさえあれば魚も釣れるし傷口も縫えれば肉も縛れるし……」

 糸の有用性を細かく語ってくれる。お肉を料理するのに使った糸で怪我を縫ったらなんか美味しくなりそうだな、と思いつつ適当に頷いてみせた。

「なんかこう…生活の知恵! ってかんじですね」

「はあ? なんだそれ」

 う…、褒めたつもりなのにな。

「いや、いい意味で、ですよ? ほらその、主婦的な…やり手のおかあさん的な!」

「は?」

 あ、バローさん、未知の生き物と遭遇したような顔をしている。

 自分でも何を言っているのかわからないんだ、そりゃあ相手もわからないだろう、うん。

 もう黙ろう。

「………」

「いや説明を諦めるなよ!」

 無言でバローさんを真似てその辺に落ちていた木の枝で火を突っついていると、キレのある突っ込みとともに肩をどつかれた。

「オメーにはオレがどんなふうに見えてるんだ?」

 どんなふう…と言われても。

「えーと、そのー……」

 「いかにも物語に出てくる盗賊っぽいです!」なんて言ったら怒られるかな。主婦っぽいです、も不正解だったし……。

「…そうだな、俺たちはお前から見て……どう見える?」

 急にヤーグさんが会話に入ってきた。

 びっくりしてそっちを見ると、手に持ったナイフの先で私を指している。

「そ、そんな物騒なもの向けないでください……」

 両手のひらを見せて降参のポーズをとる。

 ヤーグさんの口もとは楽しそうに笑っているけれど、ナイフの刃や瞳に焚き火の炎がちらちら映って、何ともいえない凄みがある。

「そこの女どもから何か聞いたか?」

 ナイフの切っ先を、私から女の子たちへと向ける。リッカさんとリコちゃんは寄り添って、ドミナさんは立てた膝に肘を置いて、頬杖をついていた。

「あたしたちは何も言ってないわよ。聞かれてないもの」

 あまり興味のなさそうなドミナさんの声に、何度も頷いてみせる。

 何か聞いているかって言うのは、奴隷商ってことだよね、たぶん。

 このことは狼たちから聞いて知っているんだった。本人たちからは何も聞いていないから、知っていたらおかしいことは喋らないように気をつけないと。

「どう見えるかといえば…ええと、ヤーグさんは…お兄さん、ですね……?」

 バローさんに兄貴と呼ばれているのだから、これは間違いない。

「だから、バローさんは弟……」

 たぶんそうだろう。

「リッカさんとリコちゃんは、姉妹……」

 本人たちから聞いているので、これも確定だ。

「ドミナさんは……」

 ……しまった、ドミナさんについてだけ既出の情報がない。でも何か言わないと怪しんだヤーグさんにナイフでぐさっとやられるかもしれない。

「ドミナさんは…こう……みんなの…おかあさん……」

 ……苦しい! ……かな?

 あっ焚き火の向こうでものすごい顔で睨んでいる。あとで頬どころか首までねじ切られるかもしれない。

 でも、嘘も方便という諺もありますし…許してください!

「だから、きっと……みなさんは……家族みんなで、ご機嫌なピクニックの最中……!」

 なんとか狼たちから聞いた情報を悟られないように、つじつまを合わせることができた。

 ちら…、とヤーグさんを窺い見ると、ゆっくりと手を上げ、ナイフの背で自分の肩を叩いている。

「オメーの目は節穴だ」

 バローさんが何言ってるんだコイツと言わんばかりの目で見てきた。

 節穴断定はひどい。……まあ、自分でもかなり苦しいとは思うけれど。

「お前、言葉を選んでいるな」

 うっ……、ヤーグさんにはばれている……。

「……だがまあ、知りたがりは死に急ぎ、だ。世の中、知らないほうが賢いこともあるかもな」

 ヤーグさんはそう言って、木の実を手に取り、かじりついた。

 これでこの話は終わりってことかな。バローさんが横からめちゃくちゃじろじろ見てくるのが気になる。

 気づかないふりをして木の実を手のひらで磨こう。

「お前たちも食べろ。明日も歩き通しだぞ」

 女の子たちも、持ってきた木の実を食べ始め…ドミナさんだけめっちゃこっちを見ている。絶対根に持たれてる。

 気づかないふりでさらに木の実を磨いた。

「なんだ、こするとうまくなるのか?」

「……そうですよ」

 意味もなくバローさんに嘘を教えておいた。



 いくつかの木の実とおいしく焼けた魚を食べて、おなかがいっぱいになった。

 木の実はどれも初めて食べる味で、珍しかったし、美味しかった。

 ごはんを食べ終わる頃には日はだいぶ暮れていて、あたりは焚き火が照らす範囲以外、真っ暗と言っていいくらいだ。

 ちょっと先の暗闇から、聞きなれない鳥の鳴き声なんかがする。

 風が葉を揺らす音さえ不気味で、こんなところで寝るなんてかなり怖い。

 でもまあ、物騒だけれど屈強な男の人たちがいるから、大丈夫……かな? そう考えれば、この人たちに捕まったのもいいことに思える。

 夜の森を一人で当てもなく歩く…なんて、考えただけで恐ろしい。

 ふくらんだおなかをさすって息をついていると、リッカさんが傍に来た。

「イミ、ちょっといい?」

 男の人たちは焚き火に枝を足したり、ナイフや弓の手入れなんかをしている。

 私は手入れをするものも何もないので、ただおなかを撫で回していただけだ。話し相手になってくれるのならありがたい。

 体をすこしずらすと、隣にリッカさんが座った。

「これ、よければ使って」

 そう言ってリッカさんが差し出してきたのは、しぼんだ木の実のような、私の手首から指先までくらいの大きさの何かだった。

 ……なんだろう、これ。

「ありがとー!」

 何は無くともお礼を言って、手のひらにのせられたそれを眺めてみる。

 ヤーグさんとバローさんがいる手前、「これ何?」と聞くのは危ないかもしれない。これがもしここでは常識の一品だったら、怪しまれちゃうもんな。

「それはね、ボンボンフウセンっていう実なの」

 あっ普通にリッカさんが教えてくれそうだ。

「それはお姉ちゃんが勝手に呼んでる名前だよ……」

 リコちゃんもやって来て、リッカさんの隣に屈みこむ。

「本当は、ピーピルっていう木の、木の実なんです」

「へえー、ピーピル…初めて聞くなあ」

 この世界のものは全部初めてだけれど。

「それで、その木の実は、中の果肉を取って皮だけにすると、袋みたいになるんです」

「よく揉むとね、中だけぐちゃくちゃになって、ヘタのところからうまく出せるの」

 なるほど、両手で持ってしわしわの実を広げてみると、確かに袋状になっている。

 電球を逆さにしたような、洋ナシのような、上の穴のあいている部分が細い形だ。

「けっこう丈夫で、伸縮性もあるので、動物の皮がないときは、それを水袋にするんですよ」

「あ!」

 そういうことか!

 リッカさんは水を入れる容器が無い私に、水筒変わりのものを作ってくれていたんだ。

「ありがとう!」

「いいのよ。でも口を閉じておく栓がなくて…ずっと手で持ってなくちゃいけないの」

「大丈夫だよ、喉が渇くよりずーっといいもん」

「どんぐりでも挿しとけばいいんじゃねーの?」

 いつの間にかリッカさんとは反対隣にバローさんが来ていた。座ってナイフを布で拭いている。

「どんぐりじゃあつるっと落ちちゃいそうで」

 ほおー、どんぐりはあるんだ、ここにも。

 久しぶりに耳慣れた言葉が聞けて、ちょっと安心した。

「そんじゃあ、松ぼっくり。濡らすとしゅっとするだろ」

 ほほおー、松ぼっくりもあるのか。

 そしたら、栗とかもあるかも?

「栗は?」

「はあ? 栗なんて栓になんねーだろ。形的に。それにこの辺では採れねぇよ」

 そうだ、水筒の栓になるものを探しているのであって、私の知っているものを上げているわけじゃなかった。

 でも栗もあるのか、そうかぁ……。

 この場所がどんなところか、余計にわからなくなってきた。

「これを使いな」

 火を挟んだ向かい側から、ヤーグさんが何かを投げてよこした。なんとか落とさずにキャッチすると、ワインとかのコルクみたいだ。

「あ、ありがとうございます」

 見ると、栓の無くなった皮袋を一気にあおっている。

「兄貴。オレにも一口くだせえ」

 バローさんもヤーグさんからもらって、美味しそうに飲んでいる。お酒かな?

 コルクを嗅いでみると、やっぱりお酒くさかった。水がお酒臭くなりそうだけれど、ありがたい、ありがたい……。

「……あ、その皮袋、空になったんならそっちをもらえば」


 ……ほんとだ! リッカさんの言うとおりだ!


「いるか?」

 飲み干した皮袋をヤーグさんが振っている。

 いや……、リッカさんたちならともかく、ヤーグさんとバローさんと間接キスはちょっと…難易度が高い!

 それに、せっかくリッカさんが作ってくれたのだから、こっちを使ってみたい。

「いえ、リッカさんが作ってくれたので、このふうせん袋を使います!」

「ピーピルですよ……」

 リコちゃんからつっこみが入った。

「そうか。それなら、さっそく水を汲みに行ってきな。暗ぇから、バローもついて行け」

 みんなごはんと一緒に水も飲んだようなので、また補充がてら湖に行って来よう。

 さっそくこのピーピルの水袋を使うのは、なんだかわくわくする。

 カンテラを持ったバローさんが一緒に来てくれた。すごく焦げ臭いので何の油を燃やしているのか聞くと、道中で捕まえた獣の脂だそうだ。

 お肉の焼ける匂いに誘われて、他の獣がやってきたりはしないんだろうか。

 カンテラの火がゆらゆら揺れて、いろんな影を作り出す。その中に何かが潜んでいそうで、なんとも不安になる。

 あっちの暗がりから得体の知れないものが覗いていたって、気づかないくらい暗いのだ。

 空を見上げてみても、星も見えなかった。

「おい、ふらふらしてんなよ。転ぶぞ」

「え? あっ……」

 上を向いていた視線を戻すと、すぐ前にいたはずのバローさんが少し離れた場所にいた。そんなにぼおっとしてたかな……。

 明かりも遠くなって、急に心細くなる。


「ま、待ってくださ……あ゛あ゛ーっ!」


 慌てて駆け寄ろうとして、爪先を何かに引っ掛けた。

 木の根っこかな、と思ったのは、地面にこすりつけた顔の目の前に、ぽこっと飛び出た根っこがあったからだ。

「お、おい、大丈夫か?」

 戻ってきたバローさんが腕を引っ張って起こしてくれた。

 ほっぺたと膝がじんじんする。勢いよく転んだから、地面ですりおろされたかもしれない。

「大丈夫です……」

 かなり痛いけれど、ぼーっとしてた私が悪いんだ。

「顔がまっ黒じゃねーか」

 バローさんが服の袖で顔をこすってくる。

 正直擦りむいたであろう頬を触られると普通に痛い。

「あ……、急に触って、悪かったよ……」

 ぱっとバローさんが離れた。

 急にどうしたんだろう?

「だからそんな怖い顔すんなよ」

「えっ?」

 あっ、ほっぺの痛みに耐えて歯を食いしばっていたのを、顔に触られて嫌がってるのかと思われたのか。

 確かに顔を擦られて痛いのだけれど、人の好意を無碍にしたりはしないぞ。

「あっ、ち、違います! ほっぺが痛かったので、つい歯をむき出してしまっただけで」

「やっぱり擦りむいたのか、さっさと言えよ」

 ぐうの音も出ない……。

 バローさんが明かりを近づけて頬を見ている。顔のすぐ前に焦げ臭いカンテラがあって、めちゃくちゃに眩しいのと、くさい。

「だからその鬼のような顔をやめろ」

 ……私の耐えてる顔って、そんなに怖いんだろうか。

「うーん、泥がついててよくわかんねーな。湖で顔洗え」

「はい……」

「あと、夜の森は昼の何倍も危険だ。よそ見して歩くなよ」

「はい……」

「特別にオレの服の裾をつかんでてもいいぞ」

「はい……」

 言われるままバローさんの服の裾を掴む。迷子の子供か繋がれた犬みたいだな。

 私が勢いよく転んだらバローさんも道連れになるんじゃないだろうか。

 まあ、バローさんが掴んでいいって言ったのだから、よいことにしよう。





 暗い湖は数時間前に来たときとは別の場所のように見える。まっ黒な湖は、そこに大きな穴が開いているみたいだ。

「おい、あんまり離れるなよ。すべって落ちでもしたらめんどうだ」

 確かに、ちゃんと足元を見ていないとさっきみたいに転ぶどころか湖に転がり落ちそうだ。

 バローさんがカンテラを掲げて足元を照らしてくれる。

 この光の輪から出たら、どこもかしこもまっ黒で地面も湖面も同じに見える。四つんばいで手探りで進んだほうが安全かもしれない。

 ……まあ、膝が擦れて痛いだろうからやらないけれど。

 明かりが反射して白く揺れているところからが湖だ。爪先で地面をさぐって、湖の淵にしゃがみ込む。


「うわっ!」


 背中にどんっと何かが当たった。

 思わずつんのめる。

 

 え……? 


 押された……?


 地面を掴もうと思ってなのか、反射的に突き出された両手が冷たい水に触れる。

 抵抗感がない。


 これは……落ちる。


「ぐえっ」


 頭から湖に突っ込むかと目を瞑った瞬間、今度は首を絞められた。

 

 殺りに来ている。

 完全に私を始末しに来ている。


 なんで……? 


 神官さんを騙ったのがばれたのかな。

 それとも、そもそも神官さんという立場がバローさんたちの敵だったとか?

 

 のうみそに酸素が届いていないのか、視界が白く染まる。

 瞼の裏に浮かぶのは、ぼんやりとしか思い出せなかった、家族の顔だろうか……。


「お、おい、大丈夫かっ!?」

 がくがくと頭が揺さぶられる。

 大丈夫か、って。

「今バローさん押しましたよね!?」

 突き落とそうとした相手に大丈夫かとは、これが世に聞くサイコパスというシロモノなのだろうか。


 こわい。


「お、押そうとしたわけじゃねェんだ! ただ、上から照らしてやろうと思って屈んだら、膝が当たっちまっただけで……」

 ……なるほど。それで落ちそうになった私の襟首をつかんで、引っ張って首を絞めつつ助けてくれようとしたわけだ。

 なんだ、バローさんの好意で殺されそうになっただけか。

 はっはっは。

「こわい」

「いや悪かったって!」

「冗談です。すみません、気をつかってもらったのに、怒ったりして」

「いや、まあ……」

 バローさんはしばらく、私の周りを照らしながらうろうろして、そのうちに隣にかがみこんだ。

「顔、黒いぞ。洗っとけ」

 そうだ、さっき転んだときの擦り傷はどんなだろう。

 暗い湖面を覗き込んでみても、真っ黒いままで何も映らない。

「そんなに顔を近づけすぎるな」

 また首根っこを引っ張られる。猫の赤ちゃんか何かと思われているんだろうか、私は。

「水スライムに飛びつかれるぞ」

 

 みずすらいむ!? なにそれっ。

 

 膝で後ずさって、じっと湖を見てみる。波一つたっていない。

「……水スライムってなんですか?」

「水スライムも知らないのか? はー、神殿の神官サマっていうのは、とんだ箱入りムスメだな」

 えっ、名前からして敵的ななにかじゃないのかな、もしかしてここでは一般的なもの? 生活必需品的な?

「水スライムってのは、スライムの一種だな。土スライムとか、ダンジョンスライム…はあんまり知らねェか。森スライムとかの仲間だ」


 ……スライム!! まずスライムの説明がほしい!!


 なんとなく青色でぷるぷるしてて、てっぺんがとんがったモンスターが思い浮かんでいるけれど、そういう系のもので合っているんだろうか。

「……危ないです?」

「まあその辺にいるスライムの中でなら一番危ねぇかな。こう暗いと核も見えづれえし、口に入られたら厄介だろうな」


 核? 見えづらい……?


「なるほど……」


 なるほど……、さっぱりわからない。


 あんまりこの世界の常識を知らないのも怪しまれるだろうけれど、危ないってことはやっぱりモンスター的な何かだろうし、いざ対峙したときに何も知らないのも怖い気がする。

 ここは一つ…何も知らない箱入り娘の顔をして聞いておいた方がよさそうだ。

「その……スライムって……」

 なにかうまい聞き方があるかもと思って口を開く。

「スライムって………なんですか」

 思いつかなかった。

「お前、スライムも見たことないのか?」

 本日何回目かの呆れ顔を拝んでしまった。まだ出会って半日も経ってないのに……。

「スライムってのはなー、あー……あれだ」

 どれだ。

「あー、…そうだ、魔道生物の一種だな」

「魔道生物」

 というと、さっきリッカさんたちに聞いた魔法とかと関係があるのかな。

「透明で、なんかこう、ねばっとしてて、中に核がある」

「核とは?」

 明後日の方向を向いて説明してくれているバローさんが一瞬、「核も知らないのかこいつ」と言わんばかりの目でちらっと見てきた。

 気づかないふりをした。

「核ってのは…まあ、魔道生物の心臓みてェなもんだろ」

「うーん」

 いまいち想像がつかない。

「そんで、スライムはスライムに変わりねぇが、生息する場所で見た目が変わるのな。森スライムなら草とかが混じってて緑っぽいし、土スライムなら土が混ざってて茶色いし、固いやつもいる。この辺は核が混ざりモンで隠されてるから、ちょいとめんどうだな」

「ふむふむ…あっ、ということは、水スライムは水が混ざってる?」

「大当たりだ!」

 やったー!!

「ってそのままだろ」

「そうでした」

「水スライムはキレイな水に棲んでると透明に近いからな、明るいところでは逆に核が目立って倒しやすいが、こう暗いところだと見つけにくいな。口に入られたら窒息するぞ」

 ふんふん頷きながら、また湖を見る。水のはねる音もしないし、今は大丈夫だよね……。

 目の前の湖や、辺りの真っ暗な森から、何かが狙っているかもしれない。そんな心細さを急に思い出して、両腕をさする。

「あー…と、脅かしすぎたか。スライムは火が苦手だから、そんなに近くにはいないと思うぞ」

「そうですか! なら大丈夫ですかね! いやあ、無駄に怖がっちゃいましたよ!」

 大きな声を出して自分を鼓舞してみる。

 私の声に驚いたのか、頭上の木から何かが飛び立つ音がした。

「は、早く戻りましょうか! あ、私顔洗うんで!」

 怖がっていても仕方がない、思い切って湖に手を突っ込んで水をすくってみる。

 顔の傍まで近づけてみる、大丈夫、ただの水だ。

 何回か顔を洗う。湖の水は冷たくて、いくらか気持ちがしゃきっとした…気がする。

「使え」

 バローさんがタオルを貸してくれた。ありがたい、これで顔びちゃびちゃのままたき火に帰らないですむ。

「ありがとうございます……」

 あ…、なんかすごい、野趣溢れるにおいがする……。

 湿ってしまったタオルを返して、みんなの水袋に水を汲んでいく。口が細いせいか、けっこう入れづらい。

 バローさんは水袋と格闘している私の手元をカンテラで照らしながら、ぼんやり湖のほうを見ているようだった。

「……なあ」

 二袋ほど詰め終わったところで、バローさんが話しかけてきた。湖に手を浸したまま見上げると、バローさんは湖の向こう側を眺めているようで、こっちを見ていない。

 何か向こうにいるのかと目を凝らしてみる。

「オメー、原初教の神官なんだよな?」


「……えっ!?」


 暗闇に凝らしていた目をバローさんに向けると、何をそんなに驚くことがあるんだという顔で見下ろされていた。


 ……もしかして、ばれた?


 確かに怪しすぎたかもしれない。

 箱入り神官(なんだそれ?)だからといって、この世界について疎いのにも限度があっただろう。やっぱり、いろいろと聞きすぎた?

 ……ヤーグさんが知りたがりは早死にする的なことを言っていたけれど、本当だったんだな。

 いやまだ死ぬとは決まってないけど!

「えーとですね、それについては、その……」

「女神を信じるものは、本当に救われるのか?」

 ……え?

「毎日熱心に祈っていれば、それは女神に届くのか? 女神は願いを叶えてくれたのか?」

 これは……、私を疑っているわけではないのかな。

 普通に、私が原初教なるものの神官であることを前提に聞いてるっぽいもんね。

 それについては一安心、だけれども。

「……えっ…と」


 ……どう答えたものか。すごくむずかしい。


 宗教って、よくわからないけれど、きっとその人にとって大切なものだろうから適当には答えられない。 

 しかも私がその宗教の中である程度の立場にあると思われていることを考慮すると……?

 いや実際にはなんの立場もないどころかその女神様についての知識も一切ないけれど……?

 女神様ってそもそも何? 神様なのかな? 

 いや、神様だろうけれど、私が思うような…ぼんやりとした、自然とか、超常的なものを体現したようなものなのかな。

 それとも、一神教みたいに、具体的に『どういった誰』っていう概念があるものなのかな……。

 あれ、なんか禅問答みたいに何がなんだかわからなくなってきた。

 ちら…とバローさんを窺い見てみる。視線はまたずっと遠くを眺めていて、私が何か言うのを待っているみたいだ。

「その…えっと、私の立場というものは…いったん置いていただいて」

「は?」

「あ、いや、その…私の身分とか、そういったものは一度忘れてもらって……私個人の意見を言うとですね」

 ……苦しいかな?

 ちらちら横目で見てみると、とにかく話してみろという顔をしている。

「女神…様は、見ていると思います」

「……何を?」

「その……自分を信じて、祈ってくれている人のことを」

「…見てどうなる」

「えっと、………嬉しいと思います」


 ………。


「………」


 ………沈黙が重い!!


 絶対怪しまれてる!! 変なこと言うんじゃなかった!!

 「沈黙は金……」とかかっこつけながら黙ってればよかった!

「なんだそれ」

 ですよね!! 私もそう思ってます!

「……祈るも祈らないも人間の勝手、てことか」

「……え?」

 恐る恐る見上げると、バローさんは眩しさにそうするように、目を細めてこっちを見ている。

「……同じことを言うんだな」

「え?」

「まあ、女神サマが嬉しいってんなら……無駄じゃあなかったんだよな」 

 カンテラを傍に置いて、両手を後ろについて空を見上げている。

 つられて見上げてみるけれど、やっぱり空は真っ暗で、月も星も見えなかった。

「…さっさと戻らねェと兄貴にどやされる。ほら、手伝ってやるから袋貸しな」

「あ、はい……」

 ……なんとか誤魔化せたんだろうか。

 なんとなくもやもやするけれど、二人とも言葉少なに水を詰めていった。



 ……女神様って、なんなんだろうな……。



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