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迷い込んで不思議の森

 


 緑、碧、みどり……。

 どこを見回してみても緑、360度どこもかしこも緑。

 そう、私は今、緑豊かなこんもりとした森の中にいる。

 空を見上げても、背の高い見慣れない木々の葉に覆われていて、今が朝なのか真昼なのかわからないほどに日が差さない。でも、辺りはぼんやりと明るい。

 足元を這う草や、木に絡まる蔦が、淡く光っているのだ。

 もちろんそんな植物は見たことがないし、私が知らないだけかもしれないけれど、聞いたこともない。

 

 そもそもこんな場所を知らない。

 自分の足で来た覚えがない。

 

 鳥の声くらいはしそうなものなのに、生き物の発する音が何ひとつしない。耳に届くのは微かな風に木の葉が擦れる音と、自分の足が土や草を踏む音だけ。

 私は歩いている。とにかく歩いている。

 行く先が決まっているわけはないけれど、どこかに行かなくては。こんな人気の無い森の中で突っ立っていても、事態は好転しないのだ。

 夢遊病か、はたまた誘拐か。

 自分の身なのに何が起こっているのかわからない。


 それなのに私は、全然怖くないのだ。


 どうしてだろう。

 すごくおかしな状況のはずなのに、何故だかこれを、普通と感じている自分がいる。

 朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて、制服に着替えて。朝ごはんを食べて、学校へ行って。

 そんな毎日の『当たり前』と、同じような気がするのだ。目が覚めて、知らない場所にいるこの状況が。

 そういえば、と両手を見てみると、学校の制服を着ていた。ということは、朝一度起きて、学校に行く途中で何らかの事件にでも巻き込まれた?

 誘拐だったらどこかの倉庫とか、廃屋とかに閉じ込められるんじゃないかな。少なくとも、人質をこんな森の中で自由に歩き回らせたりしないだろう。

 カバンは持っていないし、ポケットを探ってみたけれどハンカチや飴の一つも入っていなかった。もちろんスマホなんて無くて、連絡手段は何も無い。

 大声を上げてみようか、それともなんとかして火をおこして、狼煙でも上げてみる? いや、どちらもこんな森の中じゃ危なそうだ。野生の動物でも出てきたら裸一貫の私じゃあ美味しく食べられるだけだろうだし、間違って火事にでもなったら大事だ。

 なので私は、とにかく歩く。何を目指すでもなく、もくもくと足を動かす。

 森から出られればいいし、誰か人に会えればいいし、ここがどこだかわかるような看板でもあれば嬉しい。

 ん、そういえば、おなかがへった。

 当たり前だけれど、ここで気がついてから歩き通しで、何も食べていない。

 昨日の夜は、何を食べたっけ? あ、朝起きていたのなら、朝ごはんは食べてるかな?


 あれ……。


 おかしいな……。


 テーブルに並んだごはんを思い出そうとして、ぴたりと足が止まる。

 見慣れているはずの、毎日見ているはずの、ダイニングが。

 そこに座った家族の顔が。


 思い出せない。


 あれ……。

 それなのに、やっぱり怖くない。

 家族が三人いたのは、確か。

 とうさんとかあさんと、おとうと。

 その顔を思い出そうとすると、ぼんやりと白いもやがかかったようになる。

 でも、それを不安に感じない。

 変だな、とは思う。でも同時に、しょうがないな、とも思う。

 小学校の頃の同級生が、名前はわかっていて、声なんかも案外覚えているのに、顔が全然思い出せない、みたいな。

 あの人、確かにいたけれど、うろ覚えだなー、みたいな。

 そんな感じに、納得してしまっている。

 これ、おかしいよな。なのに、気持ちが深刻にならない。

 この矛盾しているような、ふわふわと足元がおぼつかない感じ。


 ………夢かな?


 そう思った瞬間、あたりがぱっと明るくなった。

 夢から覚めた?

 ぐるっと見回すと、緑、碧、みどり……。


 私は森の中にいた。


「覚めてないじゃん!」

 一人突っ込みが思ったより大きく響いて、自分で驚いた。木立に反響する自分の間の抜けた声を聞いていると、その中に鳥の鳴き声や羽ばたく音、何かが木を揺らすがさがさとした葉擦れの音が混ざっていることに気づいた。

 同時に、強烈な緑の青臭い匂いを感じる。

 近くの木に触ってみると、ごつごつとした硬い感触が手のひらに伝わった。


 夢から、覚めたみたいだ。五感が戻っている。


 それなのに、場所は見知らぬ森のまま。私はやっぱり夢遊病なのか? 眠ったまま歩いていた……?

 感覚が正常になると、空腹と疲労も鋭くなる。

 ここに来てからどのくらい歩いたんだろう。体感では一時間くらいは経った気もするんだけれど。

 ああ、せめて腕時計くらいつけていればなあ。

 歩き続けた足がだるい。疲れた。少し座って休もうか。いや、ここにいる理由があまり気にならないからといって、ここにいることが問題ないわけではない。

 おなかがすいた。ここで休んでいても、これは解決できない。

 それなら歩いて歩いて、お店を見つけるか、木の実でも見つけるしかない。

 はあー、どこかその辺に、食べられる木の実でもないかな? 私がわかる木の実なんて、りんごとかみかんとか…木苺とかあけびとか? 後半はちょっと自信がない。へんなものを食べておなか壊してもいやだけれど、空腹と腹痛をかけたら、背(腹痛)に腹(空腹)は代えられないのだ。

 まあ、毒を食べて死んだら困るけれども。

 私が空腹に耐えられなくなる前に何か見つけたい。

「何かないかな……おいしいもの…おしいもの……」

 希望を声に出してみる。

 よくわかんない状況なんだから、よくわからない力が働いて、マッチ売りの少女みたいに目の前にごちそうが現れたりしないだろうか。

「おいしい……」


 がさ、と、右手の木が揺れた。


 まさかほんとうにごちそうが!?

 早足でその木の前に立つ。自分の背丈より少し高いくらいで、似たような木が垣根のようにずらりと並んでいる。

「ふっふっふ。ごちそうは観念するのだ……」

 悪役みたいなセリフを吐きながら音のした木の枝葉を掻き分ける。よくしなるそれが左右に分かれて、囲いの向こう側が視界にさらされた。


「ぐぅるるるるるる……」


 私のおなかの音ではない。

 低い、犬が怒ったときのようなうなり声。


 ――灰がかった青い毛の狼が二匹、そこにいた。


 枝を押しのけていた手を離して、さっと下がる。


「何も見なかった!」


 何も見なかったことにした。

 何も見なかったのだから、何もないのだ。

「おいしいもの、おいしいもの……」

 呪文を唱えながら、そのまま数歩下がる。

 ぬっ、と。

 目の前の自然の生け垣から、黒い鼻先が突き出された。


「お゛い゛し゛い゛も゛の゛ーっ!」


 ざざざっと、つつかれたザリガニのように後ろに跳ぶ。

 どんっと強く背中を打った。

 痛い。顔は前に向けたまま手探りで確かめると、ごつごつとして、乾いた感触。

 後ろには太い木が仁王立ちして、退路を塞いでいた。

 カニのように横歩きで木の後ろ側に回ろうとしていると、眼前ではにゅにゅっと、枝葉を分けて、鼻から後ろが現れた。

「ウ゛ワ゛ーッ!!」

 思いの外野太い悲鳴が出て、自分で笑ってしまった。人間はあまりの恐怖を感じるとかえって笑ってしまうと聞いたことがあるけれど、それだろうか。

 どう考えても絶体絶命、この先の展開といえば『おいしいものを探していたら美味しく食べられた』しか無いだろうに、どこか客観的に、冷静に考えている自分がいる。

「ぐぅるるるるる……」

 青い狼が、のそりと近づいてくる。

 木に張り付いたまま、目を瞑って息を止める。

 私は木……、この自然の一部……。

 さく、さく、と、四本の足が草を踏む音に耳をすませる。

 こちらに向かっている……。

「私は木……」

 小さく呟いてみる。

 私は木。だから食べられない。

 青い狼は、私が人型の木だということに気づいたかな? そして諦めて退散したかな?

 草を踏む音はもうしない。

 ちら……、と薄目を開けてみる。

「ちらり……あっいる!」

 目の前にいた。

 大きさは私の膝くらいの高さ。レトリバーくらいかな。狼にしては、少し小さめ?

 とにかく、まだ私を人だと疑っているらしい。私の30センチほど手前で止まって、じっとこちらを見上げている。

 もう一度目を瞑る。

「私は木だよ……。具体的に言えば、木の幹……表皮の部分……。爪とぎくらいになら使えるかもしれないけど、食べられないよ……」

 あっ、爪とぎされても死ぬな。だめだ。

「………」

 息をひそめて、じっとする。

 葉の揺れる音に、鳥の声。すぐ近くのはずなのに、どこか遠くの音のように感じる。

 …どれくらい経ったかな。一時間くらいそうしていたような気もするし、興味のない授業中みたいに、「まだ五分も経ってない……」状態かもしれない。

 もう一度、そっと薄目を開けてみる。

「ちらり……寝てる!」

 私のすぐ足元で、青い狼がうずくまっていた。

 そりゃそうだ、遠ざかる足音は聞こえなかったんだから。

 体は伏せているけれど、金色の目だけはしっかりとこちらを見ている。

 目が合っている。

 こういう場合、先に逸らした方が負けなんだろうか。犬は目線を会わせると友好を示せる? それとも喧嘩を売ってると思われるんだっけ。それは猫だっけ?

 無言で、見つめあう。それこそ、長い時間が過ぎたように感じた。

 ふいに、狼が立ち上がり、私の足元の匂いを嗅いだ。

 そのまま足首、すね、膝のあたりと、順に嗅いでいく。

 何かおいしい匂い、するだろうか。

 昨日の夜か今日の朝か、私が最後に食べたメニューは思い出せないけれど、肉とか魚じゃなくて、納豆とか、魚だとしてもくさや(すごくくさい魚の干物)だとか、目の前の狼が私を食べ物だと判断しないくさい食べ物だったらいいな。

 いやいいのか? 女の子としては。くさいんだぞ。


『……ただのヒトか』


 ……ん?

 

『ヘンなカッコ』


 ………んん?


『狩人じゃあなさそうだな……。放っとくか』


 くるりと、狼が背中を向けた。のそのそと垣根に戻っていく。

 あたりを見回す。相変わらずの、緑一面の大自然。どこにも人影なんて、ない。

 今の声は……。


「狼が、しゃべった……?」


 ぴく、と耳を揺らして、青い狼が振り返った。


「あの、今、しゃべった……?」


 我ながら間の抜けた質問だけれど、さっきの声は、どう考えてもこの狼から発せられたように思える。

 なんか声と一緒にぐるぐる唸ってるのも聞こえたし。


『…オレに向かって話してるのか?(ぐるるるるるる)』


 あ、やっぱり! ぐるるるって鳴き声と一緒に、人の声がする。

「そうそう、あなたに向かって話してる」

 熱いお茶が喉を通り過ぎたように、危ないとか怖いって気持ちが、すっと無くなった。

 そりゃ、目が覚めてこんな森の中にいるのを普通に感じていたんだから、青い狼がいようと、それが人の言葉を話そうと、なんにもおかしくなかった。

「はっはっは。よくあるよくある」

 声に出してみると、余計にそんな気がしてきた。 

 よくある、よくある。

『……頭がおかしいのか?』

「失礼な! …いや、よく考えたらおかしいのかな? いやいや、そんな……」

『…まさか、オレの言葉がわかるのか?』

「んん、あなたの言葉がわかるっていうより、あなたが人間の言葉を話せるんじゃないの?」

『……本当にわかってるのか? オレの言ってることが』

「うん。でも日本語話してるってことは、ここは日本?」

 あれ、でも狼って日本じゃ絶滅してるんじゃなかったっけ。

『にほん…ご? いや、オマエがオレたちの言葉を使ってるんじゃないか。…違うな、オマエはよくわからない言葉で喋ってるのに、何故かオマエの言ってることがわかる……。まさかオマエ、テイマーか?』

 テイマーってなんだろう……。それが何のことかわからないので、黙っているしかない。

 狼は、また私のすね辺りをくんくん嗅いでいる。

『他の魔物の臭いはしねーな。そもそもこんな間抜け面のテイマーなんていないか』

「テイマーが何かはわからないけど、悪口言ってるのはわかるぞ!」

『…本当の本当に、言葉が通じてるんだな?』

「くどくない? まあ、信じられない気持ちはこっちも同じだけど……」

『じゃあ、オレの言うことを、真似て言ってみろ』

「いいけど…こんなに会話成り立ってるんだから必要ないのでは?」

『いいから、言うぞ……うんこ!』

「なんで!?」

 なんで急に女の子にそんな言葉言わせようと思ったの!? この狼。

『その反応…本当に聞こえてるみてぇだな』

「その判別方法は賢くないと思う」

『うるさいな!』

 鼻の頭に皺を寄せてガウッと咆えてくるけれど、言葉が通じるってだけでだいぶ怖くない。犬がじゃれついてくるようなものだ。

 ちょっと可愛いかもしれない、はっはっは。


『……どうした、騒がしいな。何があった』

『あっ、にいちゃん!』


 垣根から、また青い狼が、人の言葉を話しながら出てきた。

 今話していた狼の二倍くらい、ある。


 ぜんぜんかわいくない。さすがにこわい。

 すっと目を閉じて、木になりきる。


『にいちゃん! まだ動いちゃダメだよ!』

『…ヒトのメスか。奴らの仲間か?』

 小柄な狼が、大きな狼を『兄ちゃん』と呼んでいるのが聞こえる。……おにいさん?

 まあ、木である私には関係ない。

『アイツらの臭いはしなかったよ…。それよりコイツ、ヘンなんだ! オレの言葉がわかるんだ!』

 やめろ…私の話はやめろ……。私は木だぞ……。

『……テイマーか?』

『それも違う気はする…絶対、ってわけじゃないけど。ほら、なんかアホそうだし』

「あほじゃないぞ……」

『ほら! 今オレの言ったことに反応したろ? なんかヘンな生き物なんだ。ヒトじゃないのかも。さっきもこうやって変なポーズのまま固まってたし』

「これは擬態だ……」

『………ふむ』

 ちら、と片目を開けてみる。

 大きい狼は四足歩行の状態で、私の腰辺りまである。立ったら、たぶん私より大きい。

 さっきの小柄な狼と同じように、私の足元から、今度は胸辺りまでふんふんと嗅いでくる。位置的におなかあたりを食い破ってきそうで怖い。

『確かに、妙な臭いはしないな。……しかし、匂いが無さすぎる。……うぅ』

 一通り私を嗅ぎ終わった大きい狼が、ふいにぺたりと座り込んだ。

『にいちゃん!』

 あ……、よく見たら大きいほうの狼、右後ろ足の付け根から血が出ている。

 黒っぽいからもう止まっているのかもしれないけれど、長い毛にこびりついていて、すごく痛そうだ。

 手負いの獣ほど危険なものはないと言う。

 でも、このくらい怪我をしていれば、本気で戦えば私でも勝てるかもしれない……。

 そう思えば、恐怖も和らぐというものだ。

「……大丈夫?」

 擬態を解いて、足元で屈んでいる狼の頭にそっと触れてみる。払うように耳をぱたっとさせたけれど、唸ったり噛み付いたりしてこないならセーフだろう。

『大丈夫なわけあるか! にいちゃんはオレを助けようとして、人間に矢を射られて……』

『……大した怪我じゃない。少し休めば歩ける』

 ということは、この辺に人がいるってこと? 今大声を出したら、誰か来てくれる?

 ……でも、弓を持っているような人か。猟師さんとかならいいけれど、ちょっと怖いような気もする。

 それに、この子たちが見つかったら、今度こそやられちゃうかもしれない。

 それはさすがにかわいそうだ。

「んーと…、なんか、布で巻いたほうがいいんじゃない? ばい菌とか入って、膿んだらもっと大変だし……」

 こんな大怪我をしたことはないから、最善の治療法とはいえないかもだけれど。

『布なんてどこにあんだよ?』

「あっ…そうだよね……」

 スカートやベストのポケットに手を突っ込んでみる。

 とっくに試していたことだ、もちろんハンカチの一枚も無かった。

「…私の靴下とか」

 大きな狼の前に座って靴を片方脱ぐ。

 黒のハイソックス。長さも伸縮性も申し分ない。

『なんか衛生的に、悪そう』

『……いらん』

「く、くさくないよ!?」

 ほらほら、と鼻先に靴下を近づける。脱ぎたてでちょっと生温かくてちょっと湿っているけれど、くさくはない。はず。

『ウッ……』

「や、やめろ! 心底くさそうな顔はやめろ!」

 失礼な狼だ。まるで鼻先に劇物でも突きつけられたような顔をしよる。

 背けられる顔に執拗に靴下を突きつけていると、小柄な狼がそっと前足を私の腕にのせてきた。

『オレたちワーウルフは嗅覚が鋭いんだ。だから、やめてくれ……』

 そんな、懇願するような目で見ないで欲しい。

「………ごめん」

 惨めな気持ちになる。


 誰も私の靴下、くさくないよって言ってくれなかった……。


 そっと靴下を履きなおす。

『……その、なんだ。気持ちは、とっておく』

 その優しさが、心の傷に塩のように沁みた。

「気を取り直すぞ!」

 大きく宣言すると、二匹の狼はびくっと耳を揺らした。その後お互いに目配せして、私に向かって頷いてみせる。

「布じゃなくても、やわらかい葉っぱを巻くとかでもいいと思うんだ。なんかこう、大きい葉っぱを当てて、蔓で縛るとかさ。あ、そーいえば、あなたたちはワーウルフっていう種類なの? 狼の種類なんて詳しくないから、よく知らないんだけど。青い狼なんているんだね」

 立ち上がって、悲しい気持ちを紛らわせるためにぺらぺら喋りながら手ごろな葉っぱを探す。

 さすがは森、葉っぱの宝庫。大きくてやわらかい葉も、長くてしっかりした枯れた蔓も、いくらも歩かないうちに見つかった。

「これを巻きますよ」

 葉っぱを少しずらして何枚か重ねて、枝で穴をあけて蔓を通す。蔓はその辺に落ちていた石で叩いたので、伸縮性はないけれどよくしなるようになっている。

 出来上がった葉っぱの包帯を巻こうとすると、私がそれを作っている間にどこかに行っていた小柄な狼が、緑色のつぶつぶの実がついた葉っぱをくわえて戻ってきた。

『これをすりつぶすと、傷薬になるんだ』

 地面に置かれた葉っぱを一枚、手にとってみる。

「へえー、薬草ってやつかな。なんか神秘的」

 親指と人差し指でつまんで、くるくると回してみる。

 まったく見たことのない葉っぱだ。

 ……そういえば、目が覚めてから一度も、見たことのあるものを見ていない。

 そう考えたら、笑うしかなかった。

「へぇっへっぇ」

『何いきなり笑ってんだ』

 小さい狼が訝しげに私を見て、一度地面に置いた草を口に含んだ。ぐちゃぐちゃと噛んですり潰している。

 大きい狼は、さっきよりもぐったりした様子で目を瞑っていた。

 辛そうだ。

 手の中の葉っぱを見る。薄い緑色の実が房状についていて、葉の部分は肉厚だ。つまむとぶにぶにと弾力がある。

 ちら、と小柄な狼を見る。尖った牙ではすり潰すのはなかなか大変そう。

 ……傷薬か。毒では、ないもんね。

「ぐむむ」

 一息に、手にした葉っぱを口に放り込む。何ともいえない香りが…しいて言えば漢方薬のような独特な香りが鼻を突き抜けた。

「うわ苦っ!」

 そして驚くほど苦い。苦さ、えぐみ、ぷちぷちと実の潰れる食感、そして香り。

 どれをとっても一級品の不味さだ。

「でも良薬は口に苦しって言うしね」

 塗り薬の場合でもそれが当てはまるのかはさておき、これは効きそうだ。

 肉厚な葉を念入りに噛み潰す。中はアロエみたいな食感で、どろっろした…これまた苦い液体が噛めば噛むほど染み出てくる。それでいて葉の皮の部分は硬く繊維質で、やたらと青臭くて歯にひっかかる。

 あっよだれがすごい。

 口の中の異物を押し流そうと、唾液があとからあとから出てくる。口の中はよだれなのか葉の水分なのか、よくわからない驚異的な不味さの青汁でいっぱいになっていた。

 涙目になりながらぐっちゃぐっちゃと咀嚼を繰り返す。

 大きな狼が「うわ……」とでもいいたげに目を見開いてこちらを見ている。

 とりあえず親指を立てておいた。

 小柄な狼は私と同じ苦痛に耐えるように、目を閉じて一心不乱に口を動かしている。…嗅覚が人よりも優れているのなら、感じている不味さは私より強烈なのかもしれない。

『………んべ』

 丁寧に噛み砕かれてどぅるんどぅるんになったそれを、大きな狼の怪我にべろを使って塗りつけていく。

 傷に沁みるのか、大きな狼は口を引き結んでいる。

 ところで、私の口の傷薬の出番はまだだろうか。若干口の端からあふれ出しているんだけれど。

『…これでいいかな、じゃあ、オマエ、その葉を巻いて……何してんだ? オマエ』

 小柄な狼が私のほうを向いて、訝しげな顔をする。

 自分の口を指さして、次に大きな狼の傷口を指差す。

 ここに吐き出してもいい? というジェスチャーを繰り返していると、狼たちは「まじで…」という顔でお互いに目配せし合って、ちらちらとこっちを見てくる。

 二匹の狼の心底嫌そうな顔には気づかないふりで、とにかく真顔で指を指し続けた。

 せっかく不味いのを我慢してすり潰したんだから、絶対に使ってもらうぞ。

 こんなに不味いんだから、絶対に効くぞ。

 なんと言っても、良薬は口に苦し! …あれ、さっきも言ったっけ。

 だんだんリズムにのってきて肩を揺らしながら交互に指差していると、観念したのか、大きな狼がそっと怪我をした後ろ足を差し出してきた。

 ようやくこれが吐き出せる!

「ぼべべべべべべ……べっべっ」

 噛みすぎたのか、ゲル状を通り越してほぼ液状になっていた。

 その汚い青汁を傷口にだばだばとこぼしていく。小柄な狼は鼻先に皺を寄せて『げえっ…』とか言っているけれど、当の大柄のほうの狼は感情の抜け落ちた虚ろな顔をしていた。悟りでも開いた?

 口の中のものをすべて吐き出して、口元を手の甲で拭う。口の中がぱさぱさして、鼻の奥にまだ独特の臭いがまとわりついている。

 どこかで口をゆすぎたい。川とか湧き水とか、何かないかな。

 おっと、それより先に治療をしなくては。

 虚無状態の狼の、びしゃびしゃになった足を持ち上げて、葉っぱの包帯をくるくる巻いていく。粘性が少ないせいかせっかくの薬がすべて流れ落ちているような気もするけれど、見ないことにした。

「痛くない?」

 強く巻きすぎてもいけないかな。狼の手当てなんてしたことがないから、どのくらいの程度がちょうどいいかわからない。

『……大丈夫だ』

 虚ろな目がすっと動いて、私を見た。金色の瞳には光が戻っている。

 さっそく薬が効いたかも、なんて。

「……んー、…よし! こんなものかな!」

 まあまあの出来ではないだろうか。長めにとってあった蔓の両端を二重に巻いて、ちょうちょ結びで留める。その上からさらに固結びをすれば、そうそう解けたりはしないでしょう。

「あとは安静に…しばらく歩き回らないで休んでれば、大丈夫じゃないかな」

 巻き終わった葉っぱをぽんぽんと撫でる。ついでに大きな狼の頭も撫でる。

『………すまないな』

 嫌がられるかと思ったけれど、狼は目を細めて、小さい声でそう言った。

「いいってことよ。困ったときはお互い様ですぞ」

 調子にのって喉のあたりも撫でてみる。

 お、ちょっとぐるぐる言ってる。こうしてると、ただの大きな犬に見えなくもない。

『にいちゃん、どんなだ?』

 またいつの間にかいなくなっていた小柄な狼が、今度も何かを咥えて戻ってきた。私の傍にどさっと何かを落として、大きな狼の足を覗き込んでいる。

 あ、大きな狼、小さい狼が来たらきりっとした。兄の威厳ってやつだろうか。

 私も弟が……いた、はずだから、気持ちは少しわかるな。

「この葉っぱがどのくらい効くのか知らないからなんとも言えないけど、安静にしてるのが一番かな」

 そう言うと小さい狼はひとつ唸って、大きな狼に寄り添うように伏せた。

『…それ、礼だ。さっきの薬草不味かったろ』

 鼻先で示されたのは、今しがた私の傍に置かれた何かだ。

 あ、果物だ。…全然見たことないけれど、たぶん果物だ。

 硬くて少し毛羽立ったヘタが三方向に伸びていて、実は赤くてつるっとしている。手のひらより少し小さいくらい、りんごより小さくてみかんより大きいくらいかな。摘まむとしっかりした弾力がある。

 トマトみたいな感触の赤かぶと言ったところだろうか。…うまい説明が思いつかない。

 匂いは…甘い。いい匂いだ。花の蜜みたいな。桃みたいな。

 ちら、と見ると、二匹の狼は「食べないのか?」と言いたげに首を傾げてじっとこちらを見ている。

 こうやって持ってきてくれているんだから、毒は無いんだろうな。

 

 ぐるるるるぎゅぎゅぎゅずずず…


 美味しそうな匂いを嗅いでいたら、忘れていた空腹が蘇ってきた。

 めっちゃおなか鳴った。まだ鳴っている。

 地響きみたいな腹の虫を、狼の唸り声かな? みたいなそ知らぬ顔で気づかないふりをした。

 狼二匹が私のおなかを凝視している。さすがに狼の耳は誤魔化せなかったか。

 でも私は自分を誤魔化すぞ。こんな怪獣のいびきみたいな音、女の子のおなかからはしないのだぞ。

「ありがとう! 実はすごくおなか空いてたんだ!」

 大きい声でおなかの音を掻き消す。

 ヘタを摘まんで一口でかじる。食感は…もにょもにょしている。ヘタ以外まるごと口に入れてしまったからわからないけれど、たぶん中につぶつぶの種がたくさんある。

 それが歯にはさまるけれど、全体的には実が詰まって果汁が多くて、美味しい!

 味は何に似てるかな…ライチとか…? 甘酸っぱい系の味かな。

「おいしいね! これ、なんていうの?」

 あふれ出る果汁を手の甲で拭う。口の中はさっぱりした。手はべたべたする。

『それはジナだ。食べたことないのか?』

 狼たちも木の実を食べていた。豪快にヘタごと口に…あっ種吐いてる! 

 つぶつぶの黒い種がゼリー状の透明な果肉に包まれていて、狼たちはその部分だけ器用に吐き出していた。

 何、もしかして種の部分はおなかを壊すとかあるの? やだ…食べちゃった……。

「ジナ? ジナシ…じゃないよね。見た目が違うし。初めて食べたなあ」

 もうひとついただいて、今度は歯で半分かじって種を取り出してから口に入れた。うん、変わらずおいしい。

『ジナなんて珍しくないだろ。オマエ、この辺の人間じゃないのか?』

「んー……」

 小柄な狼の質問は、私のほうが答えを聞きたい。

「えーっと、まず、この辺ってどこ?」

『…ここはアニミの森だ。……お前は、自分の足でここに来たのではないのか?』

 大きな狼の問いに、頷いてみせる。あにみ…の森? まったく聞き覚えがない。

『にいちゃん、もしかしてコイツ、さっきのヤツらに』

『……シっ!』

 ふいに、大きな狼が小さく唸った。耳をピンと立てて、何か聞いているようだ。

『……ヒトの声がする』

「えっ?」

 私と小柄な狼は同時に間の抜けた声を上げて、大きな狼に睨まれた。

 慌てて口を手で押さえる。

『……ほんとだ』

 小柄な狼の耳をぴーんとしている。私も耳に力を入れる。

 眉間に皺が寄っただけで、何も聞こえなかった。

『……アイツらかな?』

 あいつら、というのは、この大きい狼を怪我させた人のことだろうか。

 伏せている狼たちにならって、腹ばいになってみる。

 柔らかい草が、鼻をくすぐった。


「ぶえーっくしゅいっ!!」


 ―――あ。


 二匹の狼が、「おまえ……!」と言わんばかりに目を見開いて私を見ている。

 私自身が自分のくしゃみに驚いて、同じように目をかっと開いて狼たちを見返した。

「ご、ごめんなさい!」

『チッ、来るぞ!』

 大きい狼が頭を低くして立ち上がり、じっと、木立の向こうを見つめる。

 人の声がする。何人かの人が、話しながらこちらに向かってきているみたいだ。

 ……私の不用意なくしゃみで気づかれてしまった。

「………」

 狼は怪我をしている。もし今、矢を撃ってきたという人たちがここに来たら、また攻撃をされるかもしれない。この怪我で走って逃げるのもきっと大変だ。

 立ち上がって、スカートについた草を払う。

『おい、伏せていろ』

 大きい狼がスカートの裾を噛んで引っ張った。

 その金色の瞳を見返して、親指を立ててみせる。

「私が囮になるから、二人はここでじっとしてて」

 ちょっと声が震えてしまった、なかなか格好がつかないな。

 狼たちは、ぽかんとした顔で私を見上げている。

『ば、バカか! アイツら、武器を持ってるんだぞ!』

「大丈夫! その人たちって、狩人? なんでしょ。私は人間だから、捕まえても肉も毛皮も手に入らない! だから狩られない!」

 そう、そもそも私は人を探してうろうろしていたんだ。合流できるなら願ってもないこと。

 ……まあ、例え動物でも、話のできる相手を撃つ人っていうのは、ちょっと怖いけれど。

 私を矢で撃って捕まえても、何もいいことがない。

 だから、攻撃されないのだ! のはず!

『待て、奴らはただの狩人ではなく……』

 立ち並ぶ木の間から、なんとなく、人影が見える。まだ私たちは見つかっていないみたいで、立ち止まってきょろきょろしている。

 んん、けっこうな人数がいるな。

 ……あれ。


「女の人だ!」


 人影は四、五人くらい見える。その中に、髪の長い女の人の姿があった。

 女の人がいるっていうのは、なんだか安心する。

 急に気が抜けてしまった。

「ほら、女の人いるよ。家族でピクニックにでも来てるのかな」

 

『馬鹿を言え! あれは奴隷商だ!』

「…そこに誰かいるのか!」


 大きい狼の声と、向こうからやってくる大柄な男の人の声が、重なって聞こえた。

「どれい…ショー?」

 どれい、ドレイ。……土鈴?

 いや、たぶん、あのいかつい体つきに、いかにも悪そうな鋭い目。

 そして一緒にいる女の子たちの、怯えた顔……。


 奴隷の、商人?


「ひ、ひええ」

 う、売られる!

 に、逃げなきゃ…で、でも、逃げたらこの子達が捕まっちゃうかもしれないし…どどどうしたら……。

「そこにいるのは誰だ!」

 

 ――見つかった!


「ひえええええ!」

 考えるより先に、足が動いていた。……前に。

 スカートを引く狼の頭をそっと撫でて、垣根の向こうへ歩き出す。


「た、助けてください! す、すごい狼がいて! なんか、もうすごい狼がいて…! あっちに走ってったんですけど! びっくりして……! とにかく助けてください!」


 思考より先に口から出た言葉はでたらめで、大嘘だ。

 冷や汗で手のひらがぐっしょりしているけれど、頭の中はいやに冷静だった。

 ここで二匹の狼と逃げても、こんな走りにくい森の中だし、手負いだし、すぐにつかまるだろうな、とか。

 一人で逃げてもまあ捕まるだろうな、とか。

 最悪背後から弓で撃たれる可能性あるな、とか。

 まあ、長いものには巻かれろというわけではないけれど、ようは降参したほうが被害は少ないと思ったのだ。

 あわよくば、狼たちには逃げてもらいたい。

 私の意図を汲んでくれたのかどうなのか、狼たちは垣根の後ろで、体を伏せたまま静かにしている。


「……女?」


 手にした弓で枝葉を払いながら近づいてきたのは、五人。

 背が高くて、がっしりとした体つきの強面の男の人。弓を持って、背中には矢筒を背負っている。

 もう一人、ひょろっとした猫背の男性。こっちはぎざぎざした刃のナイフを、抜き身で持っている。

 それから、女の子が三人。歳は、みんな私と同じくらいか、そのくらいかな。

 長い栗色の髪に、同じ瞳の色の、日に焼けた健康そうな子。

 その子と同じ髪と目の色の、ふわっとした髪に大きな目が可愛いちょっと儚いかんじの少女。この子たちは、姉妹っぽいかな。

 もう一人は、金色の髪を二つに結んだ、気の強そうな美人。この子が一番年上っぽい?

 ……それにしても。


 なんて格好しているんだろう、この人たち。

 

 背の高い男の人なんて、熊みたいな動物の頭がついたままの毛皮着てるよ。なのに布面積(毛皮面積?)が少なくて、ご立派な大胸筋やらシックスパックやら大腿筋がまろび出ている。

 目のやり場に困る。

 ひょろりとした男の人は大きなかばんを背負っていて、おとぎ話の盗賊っぽい。

 女の子たちはみんな、昔の西洋の町娘ってかんじの、素朴なドレス姿だ。

 

 まあ、髪の色も目の色も、服装も、何もかもが私の見知っているものと違いすぎている。

 ここは夢にしろ現実にしろ、そっちのほうが〈普通〉なところなんだろう。


 やっぱり、あんまり違和感がないかも。この状況に。

 いや、見るからに武器を持っているのは怖いし、惜しげもなくさらされる肉体美にはちょっとどぎまぎしてしまうけれども。

 ひええ助けて、なんて言いながら飛び出してきたのに、急に真顔になって観察を始めた私を不審に思ったのか、全員がじろじろと眺め返してきた。居心地が悪い。

 そうだ、この人たちの突拍子もない服装が普通の世界だったら、私の制服姿はとんでもなくへんてこに映っているんだろうか。

「…その格好、原初神殿の神官か?」

 ん、神官? ……神殿の?

 この制服は、ここでも馴染みのあるものなのかな。なんとなく、役どころは違いそうだけれど。

「えーっと、しんかん……?」

 なんと答えたものだろうか。話に乗っかったほうが得なのか、それとも損なのか。

 「ちがいます!」と素直に答えて、じゃあ何者なのかと聞かれてもうまく答えられない。

 「そうですう!」と言ってみせて、「ならば敵だ!」とナイフや弓でかっさばかれても困る。

 ……沈黙は金。

 狼たちから距離もとっておきたいし、両の手のひらを見せながら、ごにょごにょ言いつつカニ歩きで離れていこう。

 隙あらばそのままフェードアウトしよう。

「さて、しんかんとは……」

「待て」

 ずんずんと、背の高い男の人が近づいてきた。あっという間に距離を詰められる。

 頭の上から見下ろされると、威圧感がすごい。あと、眼前に布の少ない胸があって、思わず目を逸らしてしまう。

「狼を見たと言ったな。どちらに行った?」

「あ、あっちです」

 明後日の方向を指差す。とにかくどこかに誘導できれば一番だ。

 それでは私はここで…と去っては行けない雰囲気なので、仕方がない、案内役を名乗り出てここから離れさせようか。

「兄貴、あっちじゃあ王都とは正反対ですぜ」

 ひょろっとした男の人が、私が示した方を見ながら言った。

 兄貴、確かに、いかにも兄貴分と子分ってかんじだ。ちょっとおもしろい。

「珍しい毛色だったからな、高く売れそうだったんだが……。こっちは大荷物だ、これ以上時間を掛けても仕方がない。諦めるぞ」

 しめた、兄貴は諦めたぞ。

 横に並んだ木を挟んですぐ後ろには、まだ狼たちがいるはずだ。早く王都とやらに向かってほしい。

「魔物の毛皮より、遥かに金になりそうなものも見つかったし、な」

 なんのことだろう? 斜め上の木を見上げて、関係ないふりをする。

「どこを見ているんだ、女。お前だ、おまえ」

 目を閉じて自然と一体化してみる。

「命が惜しかったら、黙ってついて来るんだな」

 ぴた、と頬に冷たいものが当たった。

 ――ナイフだ。

 

 ――兄貴ナイフも持ってるんですか、欲張りすぎじゃないですか?


 顔を動かさないように、顎を引いて、頷くしかなかった。






 森の中を歩いている。もくもくと。

 さっきまでと違うのは、今は一人じゃなく、六人パーティーの大所帯になっているということだ。

 背の高い筋肉見せつけ兄貴は、ヤーグさんと言うらしい。ついでに言うと、小柄な子分さんはバローさん。

 栗毛の女の子たちはやっぱり姉妹で、髪の長いほうがお姉さんのリッカさん、くせっ毛のほうが妹のリコちゃん。金髪の女の子はドミナさんだと、歩きながらリッカさんが教えてくれた。

 ヤーグさんとバローさんは地図を広げて、木にナイフでつけられた印を確かめながら進んでいく。そんな道しるべがあったとは。

 私たち女の子四人は、その後ろをとぼとぼついていった。

 そうだ、狼たちは無事にやり過ごせたようで、あれから気配は感じない。

 怪我が治るまでじっとしていられたらいいけれど。

 そういえば、名前、聞いておけばよかったな。女の子たちはともかく、こんなどう考えても悪人の方々とお近づきになるより、そっちのほうが知りたかった。

 んー、と唸っていると、急に兄貴が振り返った。

「お前、名前は?」

 ちょうど狼たちの名前を考えていたから、ちょっと驚いた。暫定ポチ大とポチ中にしようと…なんて話じゃないか。私の名前か。

「私は、イミです」

「そうか、イミ。お前がどんな理由でこんなところに一人でいたかは知らないが、俺はこれから王都へ行く。原初神殿に寄ってやるから、そこで護衛料を払え。見たところ、今は手ぶらだろう?」

「え?」

 王都がどこだかわからなければ原初神殿も何のことだかわからない。

 護衛料を言われても一円たりとも持っていない。

 それはなんですかと素直に聞いてみようか。ここではわからないことが多すぎる。

 ……いや、待て。これはチャンスかもしれない。

 この人たちは女の子たちを攫って売ろうとする悪い人たちみたいだけれど、私のことは売るつもりはないらしい。王都、ということは、どこの国なのかはさて置いて、大きな町に行くんだろう。そして神殿とやらに連れて行ってくれるのなら。

 街に入った瞬間に、「この人たち悪人です!」と訴えれば、警察的な人たちが助けてくれるのでは……? 神殿っていうのも、真面目な人たちが多そうだし。

 とにかく、街に入ったらこっちのものだ。今は話を合わせて、大人しくついて行くのが得策だろう。

「…ありがとうございます」

「なに、かまわんさ。おおかた夜盗にでも襲われて仲間とはぐれたんだろう」

 今がまさに山賊まがいに襲われていると思う。

 


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