world 2 チョコと剣と家柄と(後編)
はぁ…疲れた。あいつ、相当常識ないな。ってか、今はいいけど、この先どうするんだ…。
水の音が聞こえる。今、リーアはシャワーを浴びているからだ。…いかん、邪な考えは捨てよう。
……いや、無理だろ?リーアって結構可愛いぞ?ああもう…健全な男子高校生には精神的負荷が多すぎる…。
俺はなんとなくテレビをつける。くだらない若手芸人が騒いでいた。面白くない。チャンネルを変える。と、そこではヨーロッパの歴史についてやっていた。ふーん、歴史って興味ないけど、こうして見ると、色々あったんだなぁと思う。政治やら宗教やら資源やらによる争い。それは現代に近づくにつれてより悲惨なものになっていく。こんなの、氷槍で永久冷凍にしちまえばすぐ終わるのになあ…いや、聖槍無いのか。しかしまあ魔力とかないのに人類はすげーなー。いや、俺も人類の一人なんだけど。
あ、そういや夕飯まだだ。気付くと腹が減ってきた。作ってねーな…今日は簡単に炒め物にでもするか。
人参とキャベツ、ピーマンとあと豚バラ肉少しを鍋に入れて、まあ何とか適当に炒める。俺はベシャベシャな野菜は嫌だから、少しこだわる。これは練習の賜物だ。あ、しまった、米用意してねえな…今日はサト〇のごはんでいいや。
十分後、机には二人分の野菜炒め(二人分を作るのは初めてだったから少し戸惑った)とサ〇ウのごはん二パックが置いてあった。机の上の書類はとりあえずベッドの端に置いた。
リーアがドライヤーで髪を乾かしている。そろそろ出てくるか。
俺はリーアを呼ぶ。
「おーい、夕飯ができたぞ」
「わかった…すぐに行く」
ほどなくしてリーアが出てきた。ふむ…ただのジャージも似合っている。シンプルなデザインのやつにしといて良かった。
「…これは?」
「野菜炒めだ。早い・安い・うまいの三点セット。日本のアジ・ダハーガだ」
ちなみにアジ・ダハーガとは伝説の三つ首竜だ。俺の槍はなぜか竜に弱いから戦っても勝てるか怪しいが。
「アジ・ダハーガの三つ首はたしか…それぞれ苦痛・苦悩・死を意味するはず。そんなに邪悪な料理?」
しまった。たとえを間違えた。まあいいや。野菜炒めが冷める。
「ま、まあとにかく美味いから食ってみろよ」
「…美味しごふっ……お、美味しい…こんなの食べたことない…日本のごはんと合う…いくらでも食べられる気がする…」
咳きこまれながらも、やっぱり褒められると嬉しい。これでも料理は得意なんだ。
「へへ、だろ?コツはな、強火で一気に」
「おかわり」
俺の自慢を聞き流し、既に空となったサトウの〇はんのパックを俺に差しだしてきた。はいはい、まだ買い置きが…あ、あと二パックしかないな。明日辺りにでも買ってこなきゃな。
〇トウのごはん2.4パックと(0.4は俺があげた)野菜炒めの全体の六割強をすごい勢いで食べ、リーアはようやく落ち着いたようだった。
しかし少ししてリーアは言う。
「他に…何かない…?」
こいつ…まだ食うのか…?だが生憎余り物もほとんどないんだよな…あ、そうだ。
「これ、食べるか?」
「これは…?」
「チョコモンブラン。甘くてうまいぞ」
…俺が食べたかったが、まあいいだろう。
「フォークは?」
「はいはい」
「おいしい…おいしい…おいしい……」
「だろ。ショコラテアラのケーキはうまいからな」
「しょこらてあら?」
「うちの近くのケーキ屋だ。今度行くか?」
「明日」
明日は土曜日だ。行けるな。
「よし、じゃあ明日行くか」
それから二人でテレビを見たり、カードゲーム(UN〇)をしたり、軽く遊んでから、十時過ぎに寝ることにした。
俺がベッドに寝ても良かったが、なんとなく、
「ベッドで寝るか?そっちの方がよく寝れると思うが…もちろん嫌ならいいけど」
「そっちがいい。強者の寝床で寝れば強くなれるかも」
と言って、俺は簡易布団で寝ることになった。
二人とも寝床に入り、電気を消してしばらくしたとき。ふいにリーアが言う。
「私は…迷惑じゃない?」
「正直言うと迷惑だ。でも楽しいから全然いい」
「そっか。それなら良かった。私、もう邪険扱いされるのは嫌だから…」
「…リーアは、今まで大変だったんだろ?」
「うん」
「もう大変なのは嫌だろ?」
「うん」
「じゃあ大変なものが来たら俺が蹴散らしてやるよ」
「本当?」
「本当さ。可愛そうな女の子も守れないで男は語れない」
「伝説の聖槍使いが守ってくれるなら安心」
「…あ、でもお前も自分の帝剣創造を強化して、弱っちい奴らから自分を守れるようにしろよ」
「…あれ、とても難しい。私には重すぎる」
「何言ってるんだ、あれは使いこなしたら俺にだって勝てるぞ」
これは本当だ。訓練次第で少なくとも俺の足止めくらいはできるようになるだろう。
「本当?」
「本当だとも」
「じゃあ、練習に付き合ってくれる?」
「いいよ、ただし弱い炎の棘をちょっとくらったくらいで喚かないこと」
「ええ…?」
「ええ、じゃない。お前の持ってる剣を水剣に変化させればあんな炎簡単に消火できる。いいか、お前の能力は想像力しだいで無限の可能性を秘めてるんだからな」
「そっか。頑張る」
「ああ、頑張れ。俺はいつでも応援しているからな」
「うん」
「じゃあもう寝るか」
「和紀」
「なんだ?」
「ありがとう」
なんだか恥ずかしくなって、俺は寝たふりをした。いつのまにか寝ていた。
※
翌朝。俺は朝七時に起き、顔を洗ってなんとなくテレビをつけ、食パン二枚を魚焼くグリルにつっこんで焼き、コンロで目玉焼きを焼いた。そしてオレンジジュースを机の上に出した。目玉焼きは半熟の一歩後でストップした。食パンが焼けた辺りでリーアが起きた。
「お、おはようリーア。とりあえず顔洗ってこい。あ、それとパンに塗るのはマーガリンか?いちごジャムか?」
「ん?…まーがりん?
「あ、マーガリン知らないか?バターのいとこだよ」
「いちごジャムがいい」
二人でテレビを見ながら朝ごはんを食べた。やれこのいちごジャムは甘すぎるだの、やれ北海道では今頃が花見の時期だとか、楽しく話をした。
今まではずっと一人で食べてたもんな…。すると、リーアが言う。
「和紀、今日はまず何する?」
「そうだな…この町を案内するか?そのついでに買い物とかして」
「わかった」
朝食を終え、歯磨きや洗い物、洗濯をして(リーアは嫌がりながらも昨日まで着ていたあの黒い服を着て)、午前九時過ぎには家を出た。
この町、灰田町は、さっきの俺の発言を訂正したくなるほどに見どころがない。町名の通り、灰色な町、というのが正しい。
だが俺らは、この噴水は形が変わってるだとかあの公園のワニの滑り台は色が剥げてしょぼいトカゲみたいになってるだとか楽しくやりながら午前中を過ごした。昼は適当なそば屋を見つけてそこで食べた。リーアは「初めて食べたけど美味しい」と笑っていた。リーアの笑顔はとてつもなく可愛かった。
午後、〇ニクロでリーアの服とか、スーパーで今日の晩飯の具材とかを買って、帰ろうとした。
するとリーアが、「しょこらてあら」と言って俺の腕を引っ張った。ああ、忘れてた。じゃあ行きますか。
店内に入った途端、リーアが「わぁ…」と言って目を輝かせていた。
「すごい…和紀……チョコがいっぱい…あれは?」
「あれはガトーショコラだな。工夫すれば家でも作れるぞ」
「本当?…あれは?」
「あれはザッハトルテ。中にジャムとかが詰まってる」
「美味しそう…あ、あれは知ってる。ブッシュ・ド・ノエル」
「そうだな」
「…どれを買う?」
「うーん…」
悩ましい。今そんなにお金がないから、あんまり高級なのはな…。
「…お金なら心配しなくていい。私がたくさんもっている」
いや、女子にスイーツを買ってもらうなんて男として恥だ。
「気にするな、何、どれが欲しいんだ?」
「これ」
ザッハトルテか。まあいいだろう。俺は、昨日食べられなかったチョコモンブランを買うことにした。
店を出て、家に帰る途中。
「…今日の夜ご飯はどんなもの?」
「今日はサバの味噌煮だ。うますぎてほっぺた落っことすぞ」
「ほっぺたが落っこちたら嫌だ」
「わかってるって」
その晩、リーアはサバのおかわりをして、また俺の分が少なくなってしまった。まあリーアが喜んでいたからいっか。
ここまで読んでくださってありがとうございます!ちなみに和紀の槍とリーアの能力についての詳細はまもなく明かしていこうと思っておりますので、少々お待ちくださいませ。